戦火の始まり・上
始まりは突然始まった魔物達の大進行だった。
大森林から大量の魔物達が牛郡領内へと一斉に進行した。侵略や襲撃ではなく文字通りの大進行であった。
牛郡領のある街の兵士達は魔物の数に驚きながらも日頃の訓練と経験と使命によって混乱せず領民達を街囲む城壁の内側へ避難させ魔物の襲撃を報せる狼煙を上げた。
数時間耐えれば援軍が来る。自分達はそれまで耐え民を守れば良いのだ。
だが城壁の上で弓矢を持つ兵士たちが目にしたのは自分達が立て籠もる街を無視して領内奥へと走り続ける魔物達の姿だった。
中には城壁に激突して死んだコボルドや、堀代わりの深い川に落ちて溺れるゴブリン、民家に激突して転んだオークが膝から血を流しながら再び走り出す姿を見てその様子を見ていた一人の兵士はポツリと言った。
「何かから逃げている?」
魔物達は狂たように走り続け牛郡領内の奥深くへと進行していった。
魔物の大進行の報を受けて牛郡領主は大慌てで出撃しようとしたがこの日の為にと用意していた傭兵隊の集結が遅れた。このままだと領内の内側にある無防備な穀倉地帯まで入り込まれてしまう。
悲鳴を上げる領主に一つの報告が届きそれを聞いた領主は兵士達と一緒に歓喜の声を上げた。
ある騎士団が領地の奥へと走る魔物達の先頭に掛り見事に足を止めて討伐したのだ。
その騎士団は即応に動ける部隊の必要性を日頃から訴えていた牛郡領主の長男で後継者でもあるウイリアム子爵自らが結成し鍛え指揮するウイリアム騎士団であった。
ウイリアムの騎士団と合流した父親である牛郡領主は以前に騎士団の中核となる美姫ばかりを揃えた彼の騎士達を見て。
「お前ハーレムつくったかったのか?」
「いえ優れた者を登用したまでです」
「いやいや! こんな美人ばかりで嘘だろ! ずるい! 一人ぐらい分けてよ! あ、ママには内緒で!」
……っと騎士団の結成式での公の場で言った事を馬上で詫た。
父親は思った事をすぐに口にしてしまい失敗も多いが領民から愛される領主だった。
ウイリアムはその幼年期は女子と間違えられた程の美形の顔を引き締め牛郡領主に進言する。
「領内奥に進行した魔物は動きやすい我々が討伐します。父上は大森林側の孤立した領民達の救出をお願いしたいのですが」
息子の発言に領主は嬉しそうに頷いた。
「よし分かった! パパ頑張っちゃうぞ! ここを任せたからな!」
領主は離れて行きながら馬上で振り返り息子に声をかけ続けた。
「ウイリアム! 無理して怪我するなよ! ご飯はちゃんと食べろよ! 歯磨けよ! あとやっぱ一人ぐらい女の子を………!」
最後の方はウイリアム達には遠く、兵達の行軍の音で聞こえなかった。
ーーーーーー
各街の守備隊と自発的に動いてくれていた冒険者達も吸収し二千人以上の部隊になったウイリアム騎士団の戦いは連日休みなく続いた。
狂ったように走り続けていた魔物もいつしか我に返ったのか足を止め守りの薄い村に襲い掛かるようになり襲撃の報せや狼煙が上がれば即座に騎士団は出撃して魔物を討伐し続けその数を減らしていった。
騎士団本陣に一人の女騎士が駆け込み団長の前に立って手のひらに拳を当てて一礼した。本来であれば膝を付くのだがウイリアム騎士団ではいつ襲撃があるか分からない戦地で直ぐに動けるようにと省くようにしていた。
手書きのメモだらけの地図を置いた陣机の周りに並ぶ美姫ばかりの騎士達の中央で銀に輝く鎧を魔物の返り血で汚した団長が地図から目を離して伝令にその顔を向ける。
「(ああ団長の疲れた顔もいいなぁ……)」
女騎士は団長に見惚れるがその彼が何だとばかりに首をかしげたので慌てて任務を思い出した。
「ほ、報告します! 別働隊は地域の魔物の討伐は完了し帰還中との事です!」
「ご苦労。戻った副団長には兵を良く休ませよと伝えてくれ」
「はいっ!」
「ようやく終わりが見えてきたね」
「偵察に出た三式隊からの報告があった魔物の群れはこれで最後です。はい、あとこれ今日の分ですわ」
他の女騎士とは違いスーツ姿の副官が書類の束を差し出した。
ウイリアムは受け取り嫌そうに数枚めくる。
「新たに魔物が現れないのは父上が押さえているからだね」
「届く知らせでは向こうも連日戦い続きのようですわ」
「良し。副団長が戻りしだい隊を半分に分けて父上の援軍に向かう。残す者はすまないがまだ休めんぞ。冒険者ギルドの方々と協力し隠れた魔物に備えてくれ」
「はいっ!」
「皆の者! もう少しだ! もう少し私に力を貸してくれ!」
「「「「はいっ!」」」」
自分の育て上げた女騎士達の耳に心地良い返事にウイリアムは満足そうに頷いた。
ウイリアムは出発の準備で騒がしくなった陣の中央にある自分の天幕に副官と共に入った。
美形の顔には酷く疲れが浮かび兜と書類の束を机に置いてから女達が王座と呼ぶ椅子に座るとそのまま眠りそうになり頭を振って眠気を飛ばす。
「ウイリアム様、汚れをお流しします」
「頼む」
天幕の中で控えていた世話係の女達が温めの湯を入れた瓶を持ってウイリアムの両側から纏ったままの鎧の上から湯をかけて黒くこびりつく魔物の血を洗い流し本来の銀鎧の輝きが戻って行く。
彼が望めば彼女達は風呂を用意し身体も洗ってもらえるがそれは出来ない。自分の部下達は今も忙しく働き顔も洗えない者もいるのだから。
髪と鎧を女達に拭いて貰っているとウイリアムの忠実な副官、エレオノーラが篭手のままでも飲めるようにと握りの無い湯呑に注がれた茶を団長に上品に両手で持って差し出した。
「ウイリアム様、お疲れ様ですわ」
「ありがとう」
礼を言って温かい茶を受け取ったウイリアムは美味そうに一口飲むと頷いた。
「うん、でも僕よりも兵の方が疲れているはずだよ」
「戦い続きですものね」
「四百年ぶりの大襲撃、大昔の鹿郡が滅びかけたのもうなずけるね」
「先程その鹿郡から来た冒険者に聞きましたわ。鹿郡領にも魔物の襲撃があったそうですが例の森林砦が全て塞いだそうですわ」
「……やはりヴォルケ卿は先が見える優れた方だった。僕達も要所に大砦を築き大森林から魔物の襲撃に備え守りを固めるべきだったんだ」
「とてもそんな優れた御仁には見えなかったですわ……」
エレオノーラは前に使者の護衛として鹿郡におもむきヴォルケと謁見した事がある。
翁の仮面で顔を隠し仮面の穴から見えるその目が自分をまるで舐め回すようにジロジロと見ていたのを思い出して寒気がした。
「エリーの姿が魅力的だったんだよ」
微笑むウイリアムに二人の時にしか呼ばない愛称で呼ばれエレオノーラくらっとした。このまま彼に倒れ込みたい。だが世話係の女達の目にハッ! と気を引き締める。
世話係の女達はウイリアム親衛会の尖兵だ。先程茶を渡した時、例え篭手の上からでも手が触れたコンマ数秒も親衛会に報告されるだろう。ウイリアム騎士団の軍規以上の鋼の掟は例え副官であっても出し抜き禁止である。
「そ、それとその鹿郡からもう一つ情報がありますわ。詳細は分かりませんが鹿郡が一匹の巨大モンスターを飼ってるいと噂がありますわ」
「ああ蟲姫騎士だね。吟遊詩人の歌で聞いたよ」
「え? どちらでです?」
ウイリアムは湯呑に口を付けてから確か〜と続ける。
「二日前に別働隊と一緒に村を解放したろ? その晩村で聴いたじゃないか」
「存じませんわ」
「あれ? ……あ!」
ウイリアムはしまったといった顔になった。そんなうっかりな所もエレオノーラは大好きだ。
そしてその村の事は覚えている。全部終った時は夜遅くなったので魔物の包囲から解放した村の側で天幕を張って一晩休んだ。
騎士団員は村には入らないようにしていたはずだ。だが今はそんな事よりも肝心な事を聞かなければならない。
「誰と行ったんです!?」
後ろの世話係の女達も身を乗り出し耳を傾ける。
相手は一式隊のフレイヤか? それとも術式隊アザリーか? まさか一時期噂になった三式隊のローラとか!?
「あ〜副団長とだよ」
それを聞いて女達は話しに興味が無くなった。世話係の女達は持ち場に戻りウイリアムを眺める大事な仕事に戻る。
「何だ。あれとですか」
副団長をあれ呼ばわり。ウイリアムは苦笑する。
「仮にも副団長だよ?」
「あんな物はあれだけで充分ですわ」
今度はあんな物扱い。
「何故あんなのと一緒に村に?」
「彼が僕には息抜きが必要だと言ってね。陣を抜け出して村に居た吟遊詩人に最近の流行りを頼んだんだ。陣から皆に見つからないように抜け出す時は中々楽しかったよ」
それで次の朝団長あんなに元気だったのか。待てよ? 軍規違反で副団長を処刑にできないか? ……駄目だ一緒に陣を抜け出した団長も罰せないといけないこの件では諦めよう。
う〜と唸る自分の副官をウイリアムは茶を飲みながらどうしたんだろ? と見ていた。
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魔物の大進行について『私は悪くない。知らない』などと鹿郡にいる虫タイプの巨大モンスターは話しており……_(:3」∠)_




