挨拶は大事!
登場人物紹介
蟲騎士……〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。
ナナジ……蟲騎士と同化しその額に女性の姿で生えている。性格が残虐で争いと戦闘を好む。
シズカ……前鹿郡領主の次女。赤竜乙女のあだ名がある男女問わずの色欲魔。
アーダム……シズカの配下。帝国から連れてきたシズカの愛人。
ブラッツ……シズカの配下、元帝国近衛兵。シズカの愛人。
ヨーコ……シズカの使用人。シズカの武術の師であり恋人。
ヴォルケ……前鹿郡領主でシズカの父親。レオンを養子にして領主の座を譲った。
リズ……使用人見習いの少女。ブラッツに助けられた過去がある。
大森林の上空で一匹の魔物が首を後ろに向けた為にバランスを大きく崩し大慌てで羽ばたいていた頃。
西方南部郡の一つ鹿郡領にあるリリーナの町、その町が一望できる位置にある癒しの泉亭という高級湯屋の隣にある林、そこででうつ伏せにしゃがむ蟲騎士の周りをグルグルと「は〜」「へ〜」「ほ〜」と言いながら見て回るヴォルケをナナジはこの世界で生き物が持つ役割が写る目で見て追っていた。
〈放浪者〉と役割が付いた男は蟲騎士の周りを右へ左へさらに何周か回った後、ピタッとナナジの前で止まった。
放浪者ヴォルケは地面に触れる程裾の長い前合わせのドレスを着るナナジを「ほ〜」「へ〜」「は〜」と言いながら顎に手を当てて顔を上や下へと動かして彼女の身体を興味深く見ていた。
ナナジもヴォルケを興味深く見ている。シズカの父親で五十過ぎとは聞いたがどう見ても年齢が五十を過ぎた男性では無い。髭もなく三十代の男にしか見えない。
「(アーダムがもう少し歳をとったらこんな感じになるかも)」
そんな事を思いつつ疑問は彼に付く役割ではなくもう一つ見える種族名で判明していた。
ハーフエルフ。
短命の人間と長命のエルフとの混血種族。
だがそうだとしたら彼の娘であるシズカの種族は何故人間なのだろうと別の疑問が浮かぶ、それに彼の耳は蟲から話しに聞いたエルフのように耳は尖っていないのはなぜだ?
そうナナジが思っているとヴォルケがナナジの顔を近距離で覗き込んできた。
「ふむふむ綺麗な青い瞳だねえ黒い髪だから西方人と東方人との混血かな?」
そう言ってぐいぐい来るヴォルケの青色と興味の色の瞳を見たナナジは間違いなくシズカの父親だと汗を流しながら確信した。
ヴォルケはナナジから顔を離し視線を下へとさげてナナジのお腹の辺りを指さした。
「ちょっと服の下を見せてもらって良いかな?」
「ン」
ナナジは躊躇うことなくドレスの前合わせの腰巻きを両手に掴んで開く。
そもそも自分の下半身には男性が喜ぶような物は無い。この裾の長いドレスはリズとマチルダのアドバイスを受けて人前で魔物の部分を隠す為に着ているのだ。
二人のアドバイスでこの町の長や神官達とドレス姿で会った時はなかなか受けが良かった。
「ほうほう! なるほどなるほど!」
ヴォルケはしゃがんでまじまじとナナジの下半身に注目する。
周りで見ているシズカ達はその様子になんだかなあ〜といった顔になっていた。
ナナジの下半身には二本の足は無く一本の大蛇のような身体が蛇が頭を上げるように立ち上がり蟲騎士の顔、蛾の額まで長く伸びて繋がっている。
ヴォルケがナナジのヘソの下、人間の部分と魔物の境目部分に手を伸ばしたのでナナジの護衛のように左右に立つ二人の調査隊員が声を上げた。
「ヴォルケ様おやめください」
「ヴォルケ様いけません」
「え? え?」
「父様何をなさってますの?」
「え〜?」
ヴォルケは左右の兵を交互に見てから後ろからアーダムとブラッツの二人を従え半目になっている娘のシズカに呼ばれてふり返る。
シズカから見ればスカートをたくし上げる女性の前にしゃがんで手を伸ばそうとしてる父親にしか見えない。
シズカは腰に手を当てハァ〜と深く深く息を吐いた。
「ナナジもそんな事やめなさい」
「ミラレテハズカシイモノナンテナイデスヨ」
ナナジはシズカに笑顔を向けて両手に持つ腰巻きの端をパタパタと振ってから手を離した。
「うん?」
ナナジの声を聞いてヴォルケは彼女に向き直る。きっと父親もナナジの言葉が理解できなかったのだろうとシズカは思った。
『見られて恥ずかしくは無いと言っている』
ナナジの口から男性の声が、蟲騎士が彼女の言葉を翻訳して話しヴォルケは驚いたように目を大きく開けた。
「へえ〜君は人の言葉が喋れるのかい?」
『閣下、戦う相手の言葉を覚える事は容易い事なのです』
「なるほどねぇでも閣下は要らないよ。今の儂はただの人間だからヴォルケと呼んでね」
『承知しましたヴォルケさん』
「あ、挨拶がまだだったね!」
ヴォルケは笑顔になってナナジに向かって右手を差し出した。
「ア、ワタシジャナクテコッチガイッテルンデスゲド」
ナナジは蟲騎士と自分を指さす。ヴォルケは蟲騎士が翻訳する前に明るい声を出して頷いた。
「そうか男の人の声はこっちで女の子の声が君なんだね?」
「ソウデス。エット……ヨロシクオネガイシマス」
ナナジは差し出されたままのヴォルケの手を見てその右手を握った。
「ヨロシクネ!」
「エ!?」
ナナジの右手を握り返し微笑むヴォルケに自分の知る言葉で挨拶されたナナジは驚いた。
『今後ともよろしくと言っている』
「うん! よろしくナナジちゃん!」
ナナジの言葉を真似をしたのかたまたまの偶然だったのだろうか微笑むヴォルケの表情は変わらない。
ナナジとヴォルケが手を離してすぐヨーコとリズが食事を乗せたお盆を持ってやって来た。
「ヴォルケ様、シズカ様、宿にお戻りくださいませ。皆待てずお食事を始めてしまいました」
「ああそうだね。皆さんにも挨拶しないとね。戻ろうかシズカちゃん」
「マチルダの事ちゃんと話してくださいよ?」
「エへへへ……あ、はい……」
笑って誤魔化そうとするが娘に睨まれヴォルケは参ったなぁといった感じで頭をかきながら宿に向かって歩きだした。
その後ろをアーダムとブラッツが続く、二人には逃亡癖がある父を見張るように言ってある。
シズカは自分の使用人を待った。
二人の使用人はナナジの食事にしては量が多い盆を天幕の中に運びヨーコだけが出てきた。
リズはここでナナジと一緒に食事をするので残る。
ナナジは自分の右手を見ながら首をひねり考え込んでいた。
「お食事前にお着物を着替えましょうね」
リズがナナジを天幕に連れて入り入り口の幕を下ろして閉めた。幕の下から蟲騎士の額まで伸びるナナジの身体がニョロニョロと地面の上で動く。
護衛の二人の兵士はいつの間にか姿が消えている。
うつ伏せの蟲騎士は動かない。その蟲騎士の前でシズカは手をもじもじと合わせてヨーコに声をかけた。
「あ、あの、あのねヨーコ」
「なんでしょう? シズカ様」
「さっきの事まだ怒ってる?」
「え? あ、フフフフ。いえ怒っていませんよ? さあお宿に戻りましょう」
笑顔でヨーコは手を伸ばしシズカの表情がパッと輝いてヨーコの手を握った。
その様子を振り返って見ていたヴォルケは二人の見張りに聞いた。
「あの二人は帝都でもあんな感じだった?」
アーダムとブラッツは視線を合わせ頷いたアーダムが答えた。
「いつも二人一緒でしたね」
「結婚後も?」
「旦那様とは戦争で一度も会えなかったようでした」
「え!? ああそっかぁぁぁ〜……」
シズカの父親は大きくため息をついた。
シズカの手紙やヨーコの知らせにはそんな一文は無かった。「幸せです」「幸せそうです」と書いて二人共本当の事を隠していたのだろう。
「またかぁ〜シズカちゃんには嫌な思いばかりさせてるなぁ〜もうこれ完全に父親失格だよね?」
ヴォルケがふさぎ込む横でそのおかげでシズカと出会えたのだとシズカの愛人二人は視線を合わせた。
夫が屋敷に居ないので帝都の貴族専用のサロンに入り浸りだったシズカが男を作る理由は肉体関係以外にも帝都脱出の為の人材を見つける為でもあったのだが二人とも下心があってシズカに近づいた事は否定出来ない。
頭を抱えていたヴォルケがパッと顔を上げる。
「所で君達はシズカちゃんとどんな関係?」
二人はビクッとした。とてもじゃないが父親に向かって言えない。
「忠実な配下です」
「忠実な部下です!」
二人は何とかそう言えた。
「父様、お聞きしたい事があるのですが」
その時ヨーコと手を繋ぎながらヴォルケ達に追いついたシズカは父親にたずねた。
ヴォルケの目は二人が繋ぐ手を見ているがシズカとヨーコは気にする様子がない。
「なんだい?」
「先程ナナジと手を繋いでましたが何だったのです?」
「あ〜あれね。あれはね挨拶だよ」
「挨拶?」
「そそ! 儂達が普段しているそれぞれの信仰する神の一礼じゃなくて〈握手〉ていう遠い遠い国の挨拶だよ」
「握手……?」
シズカはヨーコと繋ぐ手を見つめた。
ヴォルケから笑みが消えて真剣な顔になって娘を呼ぶ。
「いいかいシズカちゃん。ナナジちゃんを絶対に見捨てちゃいけないよ。どんな時も彼女の味方になり、そして君の味方にするんだ。良いね? そうすれば君の望みは叶う」
「は、はい父様……」
「良し! じゃあご飯にしようか」
ヴォルケは笑顔になり宿に向かって歩きだそうとした。
だが突然走り出して逃げ出しアーダムとブラッツに追われヨーコに回り込まれてあっさりと捕まった。




