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侵入者は逃げ場が無い

登場人物紹介


蟲騎士……〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。


ナナジ……蟲騎士と同化しその額に女性の姿で生えている。性格が残虐で争いと戦闘を好む。


シズカ……前鹿郡領主の次女。赤竜乙女のあだ名がある男女問わずの色欲魔。


マチルダ……元山賊。シズカに捕まり配下になる。シズカの色欲が苦手。


レオン……現鹿郡領主。シズカの義兄。元冒険者。


テオドール……レオンの冒険者時代からの仲間。


ココ……レオンに仕えるエルフ族の魔術師。


リズ……使用人見習いの少女。ブラッツに助けられた過去がある。


デイブ……元山賊。マチルダの腹心(自称)


ヤマ……シズカが雇った傭兵。過去の勇者が作った武器ライフル銃を使う。


デク……マチルダに付いてきたモンク。謎が多い。


トカゲ……鹿郡領の兵士。

『……? むう?』

「あ、よく寝てたねもう起きないのかなと心配したよ」


 額から地面に降りていたナナジが目を覚ました蟲騎士の目を覗きこむ。


『ここは……』


 頭の周りには人間が使う大きな天幕が張り巡らされていた。

 ナナジの記憶を覗くとこれは癒しの泉亭の隣にある林でうつ伏せになって蛾の頭を覆うように二人の兵士が雨雲に気づいてナナジの為に張ってくれた物だとわかった。

 天幕の中には絨毯を敷き机や椅子など生活品を運んでもらい目が覚めた時ナナジは大きな姿鏡の前に立っていた。今は雨は降っておらず入り口を開けて昼頃の高い日の明かりがみえ天幕の入り口には簡単な宝玉神の祭壇が置かれ眠っている間ナナジは人間達に大事にされていたようだ。


 目の前に立つナナジは上機嫌で両腕を広げる。


「何か言う事は?」

『おはよう』

「うん、おはよう」


 で? とナナジは続きを待つ。

 蟲は分からない。

 ナナジの顔がみるみる不機嫌になっていき慌ててナナジの記憶を覗く。

 記憶を覗きながら彼女が目覚めた宝玉神殿で見つけてずり落ちないように紐で巻き付けるように着てた鉱石人の服から着替えてる事に気付いた。

 いま着ている服はリズが買ってきてくれた人間用の服で彼女の身体にピッタリなコルセットや肌着まであった。蟲が目覚める少し前マチルダとリズの二人を招いて着替えを手伝ってもらいナナジの言葉は通じてないが身振り手振りで何とかしてたようだ。


 ナナジは前に下がる長い帯を持って蟲の前でくるりと回って見せ。本当は必要無いが腰に巻いてピンで止めた柄の美しい布地がスカートのようにふわりと広がった。


「……で?」

『……とてもよく似合ってる』

「良し!」


 彼女は上機嫌に拳を握った蟲は何が良しなんだろうと思いつつ何日眠ってたか聞くとナナジは鏡の前でグルグル周りながら指を一本立てた。


「でも良く寝てたね〜どうしたの? 何処か調子悪いの?」

『逆だ良すぎたんだ』

「良すぎた?」

『人間の砦で精霊水を飲んだろ?』

「うん」

『精霊水、精霊力は我々のエネルギーになるんだがまさか人間からあんな質の良い精霊水を出されるとは思わなかったんだ』

「うん? つまりお腹一杯になったから眠くなって寝てたの?」

『そうだ』

「子供か!」


 いつも蟲騎士は休息期には人が入ってこないダンジョンの奥にある精霊石にかこまれて眠ていた。次の休息期はこの地のダンジョンが良いかもしれないがそれはまだ先の事。ナナジが死んだ後の事だ。


『この地の精霊は活きが良いからエルフが居るかもしれないな』

「エルフ?」

『エルフは長寿の種族で――』


 蟲はいつものように彼女の為に解説しようとしたが蛾の額に戻ったナナジが止めた。


「待って。そのエルフの事なんか知ってる気がするの」

『ほお記憶が戻ったか?』

「えっと……あれ?」

 違うようだ話しを戻す。


 エルフは非常に長寿で精霊力が強い森や土地を好んで勝手に住み着く妖精族で、姿は人間と似ているが耳が長く尖っていてとても美しい姿をしている。妖精族だけが使える精霊魔法と弓矢が得意で森の中で精霊達と遊びながら生活している。

 閉鎖的でプライドが高く勝手に住み着く為に土地主の人間ともめたりするので余り姿を見せないがごく稀に森から飛び出してくるエルフがおり人間と関係を結び産まれたエルフをハーフエルフ、エルフ同士が町に住み産まれたエルフをシティエルフと呼び両方とも森に住むエルフからは嫌われるようだ。


『昔の知人にシティエルフがいたんだ魔王軍にも参加した事もある』

「へえ〜あの女神以外に友達居たのか」


 蟲から蛾の表情は分からないが凄く嫌そうな気配がする。


『そうだな人間の子供を拾っては自分好みに育ててその一生を見守るのを趣味にしている変人だったが……まあ良い奴だったよ』


 ーーーーーー


 鹿郡領都〈ヴォルケ〉

 その領主館の一室。領主にしては質素な部屋に三人の人物がいた。


「くしゅ!」


 そのうちの一人。ソファに座るエルフの魔術師ココが小さくくしゃみをした。


「失礼! 突然鼻がむずって……所で将軍。例の魔物はどうなったんだい?」


 部屋の主、ココの前に座るレオン。その隣に立つルイス将軍はレオンにうなずいてから話し出した。


「調査隊から届く知らせではリリーナの町で少々トラブルはあったようですが大人しくしてるそうです」

「ふうん……じゃあ問題は無いが頼りにはならない方か……」

「戦力にならない?」


 レオンの問にココはさあと首を振った。


「一度ここに呼ぶんでしょ? その時に会ってみたいのだけど」


 ココの問にレオンは困った顔になる。


「それなんですがテオが反対して大森林に返せと言ってるんです」


 ココはレオンの話しを聞いて少し間をおいてから悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。


「でしたら我が君、わたくしに良き策がございます」


 ココは少々大げさな仕草で胸に手を当てて自分好みに育てた主人に進言した。


 ーーーーーー


「おはようございますレオン様」

「やあテオドールすまない朝から呼び出したりして」


 先程と同じ部屋で挨拶を簡単に済ますとすぐ本題に入った。昼までにはリリーナ町にいるシズカ姫に早馬を出さなければならない。

 部屋にはレオンとテオドールとルイスともう一人。白い髭を生やしたシワの深い男が先程までココが座っていたソファーに座っていた。


「それでシズカ姫の魔物の事なんだけど」

「反対です」


 テオドールは即答する。


「魔物をまるで魔王のように使役して連れ回すなどとんでもない事です。我々鹿郡勇者神官戦士団はレオン様とシズカ様にお味方しますが役割神会がどう動くか、中央から聖騎士団を呼ばれる事態になりかねません」


 テオドールは捲し立ててレオンはそうかと頷いた。


「そうだね……残念だが森に帰って貰うか」

「それがよろしいかと」


 テオドールは左胸に手を当てる。


「だが魔物のもつ記憶は惜しい。報告によると魔物は勇者戦記録にも書かれていない出来事や魔王がどうやって勇者様と戦った話しを多く知っていてシズカ姫は雷帝様の姿を見た事があると魔物から聞いてとても喜んだそうな――」

「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」


 テオドールが震える声を出した。その情報は彼が知らない物だった。レオンとは別ルートでリリーナの町から正確な情報を手に入れていたのにだ。


「勇者様の……お話し? 雷帝様の……お姿?」

「テオ?」


 レオンの冒険者時代からの友であるテオドールはぷるぷると細かく震え息がぜぇぜぇと荒くなっていく。


「ず…」

「ず?」

「ずるい! 僕も雷帝様の話しが聴きたい! 聴きたい! ききたいいい!」

「テ、テオ?」

「レオ! その魔物を領都に呼びましょう! 今すぐ! ここに!」

「テオ落ち着け!」 


 ルイスがレオンの胸ぐらを掴むテオドールを押さえて引き離す。彼の性格は良く知っていたがココから聞いた話しは勇者神官の彼には効果抜群だった。


「レオン様」


 テオドールの変貌に若干引き気味みになってる白髭の男がレオンに進言する。


「領都に魔物を近づけるのはやはり領民達に不安を生みます。リリーナの町には悪いですが落ち着くまで魔物はそこに留めるのが良いかと思います」

「そ、それが良さそうだね。話しを聞く為にシズカ姫をこちらに呼ぶか私が出向こう。それでいいかな? ヘンリー」

「はい」


 ヘンリーと呼ばれた男は頷いた。彼は義父が相談役にとレオンに付けてくれた男だった。隠居した義父とは旧知の仲で五十を過ぎてるが良く働いてくれている。領主としてまだまだ未熟なレオンを支えてくれている一人だ。

 レオンの友はまだ騒いでいる。結局ココを呼んで眠らせるまで騒いでいた。

「僕が勇者戦記録を書き換えるんだ! この僕が! アハハハハハハ! あいつらを見返してや――」

 ーーーーーー

「――と、いう訳でしばしこの町に居て欲しいとの事です」

「そう分かったわ」


 癒しの泉亭の一室でシズカは愛人達と一緒に調査隊のトカゲが持ってきてくれたレオンからの手紙を受け取りこれからの予定を聞いていた。 


 一方その頃。


 癒しの泉亭の馬小屋の前で荷物整理を終えたシズカの兵士達は昼飯にしようと荷物を担いで宿に向かっていた。

 歩きながら飯の後ここを出る前に湯女と楽しめる時間はあるか、それぞれどの湯女が気に入ったかと話題で笑いがあがる。 


「みんな まって」


 最後尾を歩くデクが突然止まって仲間達を呼んだ。日頃余り話さない彼が呼んだので全員どうした? と振り返る。

 デクは何も無い彼の隣をじっと見つめ何も無い場所に腕を伸ばし何も無い空間を掴む。すると後襟を掴まれた三十代ほどの男の姿が浮かび上がった。


「な!?」 

「何故バレた! 秘術風呂覗きの術は今まで誰にもバレた事がなかったのに!」

「……何だこいつは?」


 全員驚いた顔から男の言葉で呆れ顔になる。ヤマは黙って自分の荷物からロープを取り出した。


「あ、ちょっと待って! 痛い! 凄いね君なんで分かったの? 痛い! 痛い!」


 デクは男の問に答えず地面に押さえつけヤマは特別製で細く丈夫なロープで手際良く侵入者を拘束し縛りあげて地面に転がせた。


 デイブが棒を持ってチンピラのように睨みつけて縛られた男の顔を覗き込み。元山賊なので凄みがある。と、本人は思っている。


「お兄さん悪いけどね。ここ今は関係者以外立ち入り禁止なんだわ」

「待って! 関係者だから! 本当に!」


 縛られた男は腹筋だけで上体を何とか起こした。


「ここにシズカちゃん居るんでしょ!? パパが来たと伝えてくれたら良いから!」

「パパだあ〜?」


 侵入者は三十代の男にしか見えない。シズカから父親は五十過ぎだと聞いている。


「シズカ夫人にこんな若い父親が居る訳ないだろ! いい加減にしろ!」

「本当だよ〜!」


 そう言いながら男は縛られた体を揺する。


「フン!」 


 ゴン! とデイブは侵入者の頭を棒で殴った。


「きゅ〜……」


 パタリと倒れ侵入者は静かになった。瞳は青で金髪の西方人、着ている服も良い物で金持ちそうだ。色街に行けばきっと女にモテるだろうそんな顔をしている。


「何だこいつは?」

「影にしては間抜けだな」

「だが完全な透明化だった魔術師か?」  


 ヤマが侵入者の持ち物をさぐる。

 武器などはなく食べかけの携帯食と紋章が紐でぶら下がった財布をみつけた。紋章は鹿の角が描かれている。


「魔術の触媒になるような物は持っていない。音声魔術か? だが呪文などは聴こえなかったが……」


 音声魔術は人の声を触媒にする魔術で声が届く範囲で魔術の効果が出るがヤマの知る音声魔術で透明化のような魔術は長時間の詠唱が必要でさらにその詠唱を透明に見せる為に対象に聴かせる必要があり潜入などではけして実用的では無いしそんな呪文は自分には全く聴こえていなかった。


「何事ですか!」


 いつも蟲騎士のそばに居て護衛していた二人組の兵士が騒ぎを聞いて駆けて来て縛られてる侵入者の顔を見て驚きの声をあげた。


「ヴォルケさまあ!?」

「知ってるのか?」

「知ってるもなにもこの方が前領主様だよ! シズカ様の父君ヴォルケ様だ!」

「なん……だと?」


 鋭い歯をした兵士から侵入者の正体を聞き全員の視線が男に集まる。

 侵入者の男は頭に大きなこぶをつけて泣きながら失神していた。


 ヤマは失神する男の周りにいくつかの小さい光が男を心配するように漂っているのを見てそうかとうなずいた。


「なるほど精霊魔法か精霊魔法なら悪戯好きの精霊から力を借りて透明化が可能かもしれない。この男ハーフエルフか」

「冷静だなおい!」


 貴族をぶん殴るという大罪をやらかしたデイブは泣きながら怒鳴った。    

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