いい湯だな! うふふん♡・下
登場人物紹介
蟲騎士……〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。
ナナジ……蟲騎士と同化しその額に女性の姿で生えている。性格が残虐で争いと戦闘を好む。
シズカ……前鹿郡領主の次女。赤竜乙女のあだ名がある男女問わずの色欲魔。
アーダム……シズカの配下。帝国から連れてきたシズカの愛人。
ブラッツ……元帝国近衛兵。シズカの愛人。
ヨーコ……シズカの使用人。シズカの武術の師であり恋人。
マチルダ……元山賊。シズカに捕まり配下になる。シズカの色欲が苦手。
クルト……元千の軍所属の機械甲冑乗り。帝国東要塞の生き残り。
タルン……武器屋の商人。事故で困っていた所をシズカに助けられ旅の手伝いをする。
リズ……使用人見習いの少女。ブラッツに助けられた過去がある。
ジョン……元山賊。マチルダの部下。アンナとは夫婦。
アンナ……元山賊。マチルダとは幼馴染。ジョンとは夫婦。
トカゲ……鹿郡領の兵士。
露天浴場の隣の庭から聞こえたジョンの声にマチルダは塀越しに声をかけた。
「一体どうしたんだ! 何でクルトが降ってきた!」
「マチルダさん風呂に入ってたんですか!? あ〜え〜……」
顔にクルトの足型を付けたジョンは思ってたより飛んで行ったクルトを投げた本人が一番驚き両手で口を覆う妻の姿を見る。
「……クルトの奴が悪酔いしたらしく覗きをしようと塀を登ってたんで……」
「はあ?」
だがマチルダはさっきの騒ぎから夫婦の時間を邪魔をしたクルトに怒ってアンナが放り投げたんだろうと察していた。
胸に抱えるナナジが長い身体を使って大の字になって湯に浮いて気を失ってるクルトを突いている。
「ああそうかい」
「えっと……クルトの奴は大丈夫ですかい?」
「呼吸はしてるよ。この湯につけといた方が回復は速いだろ。ほっときな」
そう言ってマチルダはナナジを抱え直し。胸に抱えられた彼女は「フニャア」と鳴いた。
ーーーーーー
リリーナの町は他の町と違い南方人の多く住む町である。前領主が南の荒れた地から彼らをここに招き一緒に住むようになった。元々住んでいた村の住民とは初めの頃はトラブルはあったが精霊水がもたらす富とゆとりと三十年という時間と理解し合う努力が実り民族が違えども共に町を大きくした仲間と認め合い混血も進んでいる。
その日そのリリーナの住民達は巨大な魔物。癒しの泉亭の側に座り込む魔物の噂を聞いて武器を持って集まっていた。
――あの魔物は森林砦を破壊し突破した。
――あの魔物は炭を運ぶ輸送隊に襲いかかった。
――あの魔物は今は眠るように大人しくしているが目を覚ませば町を襲うかもしれない。
そんな噂が出回り戦える者は町を守る為に揃って武器を持って広場に五十人程集まり町の守備隊が説得し武装した住民達を抑えていた。
時間が経つにつれ騒ぎを聞いて休暇中の森林砦の兵士や一旦帰ってきてた職人達、輸送隊の兵士や商人達がやってきて真実が語られ冒険者ギルドからの調査の発表で騒動は治まっていった。
――多少事故は確かにあったがきちんと魔物は謝って話が通じる。
――あの魔物は帝国から帰ってきたシズカ様の支配下にある。
「シズカ様がお戻りになられた!?」
「また!?」
「若い男を隠せ! 女もだ!」
シズカの名を聞いた途端、武装した住民達は蜘蛛の子を散らすように去って行った。
最近この町に赴任した守備隊長は古参兵に訪ねるように視線を向けたが古参兵は兜を外して笑っていた。
リリーナの町にある冒険者ギルドの建物の一室でアーダムは輸送隊の事故で現場にいた調査隊の兵士トカゲ、そして輸送隊の隊長らと東方人のギルド長に魔物について話をしていた。
ギルド長は事故当時の状況をトカゲと輸送隊の隊長から詳しく話を聞いてからアーダムに向き直った。
「なるほど。では本当に襲撃では無く事故だという事ですね」
「ええその通りです」
笑顔で答えるアーダムだが内心何で僕があの魔物の弁護をしなくちゃならないのだと憤っていた。
「いや〜うちの者が大騒ぎしちゃって申し訳ありませんね〜」
「はっはっはっ。いきなりあんなのが現れたら誰だってああなりますよ」
輸送隊の隊長がアーダムに詫びる。
今は飄々としたような彼だが魔物から逃げようとした彼の部下達と違い魔物を怒鳴りつけて頭を下げさせて謝罪させひっくり返った荷の片付けを手伝わせた人物だった。
「では住民達が出した魔物討伐依頼はギルドの方で無かった事にしておきます」
「お願いします」
頭を下げるアーダムにギルド長は続ける。
「その代わりですが大森林の情報が欲しいですね」
「大森林ですか?」
「ええ。この先大森林に入る冒険者達と開拓者達の為に少しでも情報が欲しいですから」
「なるほど……文書にして必ず提出します」
「お願いします。いやあ楽しみだ!」
ギルド長は子供のように笑う。根っから冒険好きの人物のようだがその笑顔をアーダムは何処かで見たような気がした。
「殆どあの魔物に守られながら進んだので余り面白い話は……ああ大森林の中頃に広い草原がありましたね」
「大森林に草原!?」
「草原……」
ギルド長とトカゲも驚きの声をあげる。
「ええその草原であの魔物と出会ったのです」
「同文を調査隊の方にも頂いても良いでしょうか?」
「分かりました」
トカゲにうなずいた後ギルド長と握手してからアーダムは解放された。
階段を下りるとタルンが待っていた。
「やあ。お勤めご苦労さまだねえ」
「はっはっは。本当疲れました……そちらはどうでした?」
「家族への手紙の方は依頼し終わったよ。あと……こっちも」
タルンは紙の束を取り出した。
ーーーーーー
「虐殺……」
二人は冒険者ギルドの一階にある酒場に場所を移しそこで帝国軍と魔王軍の戦争について調べてくれたタルンからアーダムは話を聞いた。
酒場は客は少なく冒険者パーティーだろうか現れた巨大な魔物について情報を受付嬢から聞こうと数人がクエストカウンターに詰め寄っている。
「魔王は降伏した帝都にいた西方人の貴族達を女子供、使用人もふくめて全員処刑し首の塔を作って晒したそうだよ」
「何という事を……」
アーダムは目を瞑る。西方の人質達に反逆者が出ないか見張る為、任務とはいえ人質貴族達が楽しむ専用のサロンに潜入し正体を偽り若い貴族達と偽の友人を作る事もあった。彼らが籠城の為に封鎖された帝都から脱出できたとは思えない。
もしあのサロンでシズカとヨーコに出会わなければ彼女達も処刑されていたかと思うと寒気がする。
――闇の中ランプの灯りで道を照らす暗黒神よ本当に感謝いたします。
「アーダム君。大丈夫かい?」
「……はい。少し帝都にいた西方の友人達の事を思い出しまして」
「そうかあ……西方の人質貴族で助かったのはシズカ夫人だけだという事も」
「タルン様? アーダム様?」
名前を呼ばれたのでタルンは椅子に座ったま振り返る。
振り返るとこの町の女性達がよく着ている衣服を着た背が高く美しい褐色肌の女性が立っていた。タルンはその女性が誰か一瞬分からなかった。自分が売った鎖帷子の武人姿かメイドの姿しか知らなかったからだ。
「ヨーコさん何故冒険者ギルドに?」
アーダムが女性の名を言った。
「父に帰還の挨拶をしにきたのでございます」
「ああ父君がここに勤めてるのか」
「ヨーコ君。もうすぐ暗くなるし宿に戻るなら我々と一緒に帰ろう。ここで待っているよ」
「タルン様ありがとうございます。では行ってまいります」
彼女は微笑み二人に上品に頭を下げてから階段を上がって行った。
ヨーコを見送ってから頭の中で彼女の微笑みと先程会ってた東方人のギルド長の笑顔と重なる。
「ああっ!」
アーダムの声にタルンは驚きビクッとした。
ヨーコと入れ違うようにトカゲと輸送隊の隊長が下りてきた。
輸送隊の隊長は軽く挨拶して去ったがトカゲは森林砦で預かる荷物や馬車について話があると足を止めた。
「残ってた食料以外は二日後全て浄めてお返しできます。馬と荷台は癒しの泉亭までお運びして良いですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「領主様からの連絡が来るまで早くても三日かかるでしょう。それまでこの町でごゆるりとしてください」
そう言ってトカゲは笑いではと頭を下げて去って行った。
「勝手に動くなって意味かなあ」
「どうでしょう」
カウンターの方から冒険者の大声が聞こえた。
「――だから癒しの泉亭の周りは調査隊の連中がいて近づけないんだ!」
ーーーーーー
「父は会うなりいきなり結婚話でございました……」
「はっはっは。父君は心配してるのですよ」
「そうだよ? 娘を心配しない父親はいないよ?」
「ですが私にはシズカ様が……」
手をあてた頬を朱に染めるヨーコに二人は苦笑いをする。
三人は癒しの泉亭まで続く道を歩いていた。
タルンはランタンを持っているがリリーナの町は明るく魔物の騒動はあったのに未だ店を開け中から灯りがもれ笑い声も聞こえている。
ヨーコはアーダムの右腕に手をかけて歩いていた。初めはタルンのエスコートを受けようとしたが彼は灯りを持つとスタスタと前を歩きだし仕方なくライバルの手を掴む事になった。
急にアーダムが一歩大きくして前に進んだ。
「若い男を隠せ! 女もだ!」
そう言いながら武装した集団が左側、道の中央を慌てたように通り過ぎる。彼は歩く幅を変える。自然とアーダムの身体でヨーコを守るように歩く形になった。
アーダムの事は別に嫌いでは無い。優男で細く見えるが掴む腕はたくましく癒しの泉亭で借りた服の下は引き締まった身体がある事も知っている。
ふと思い出し腕を掴んでる事に急に恥ずかしくなった。
ヨーコの父親はアーダムが気に入ったようで彼なら良いよ? と言って慌てて否定したばかりだった。
ヨーコの微妙な変化に気づいたアーダムは声をかけた。
「どうしました? 疲れましたか?」
「……ええ少し」
「宿に着いたらゆっくりしてください。……夫人の相手は僕がしますから」
「! いえ私が奥様のお相手をいたします!」
「ヨーコさんは森でずっと任せてしまいましたからね。それにお疲れのようなので僕がしますよ」
「いえ私が!」
「いや僕が!」
後ろで言い合う二人をやれやれしまったなあといった顔になっているタルンは十字路で曲って来た前を歩く知った二人組に気づいた。
「リズちゃんにブラッツ君?」
名前を知ってる声で呼ばれて二人は振り返る。一人は明るく。もう一人は慌てたように。
「タルン様!」
「タルン殿!?」
二人は何か包をいくつか持っていた。
「おやあ? お買い物かい?」
「はい、服を買いに!」
「この時間でも店は開いてると聞いたので」
「あ〜なるほど。それにしても沢山買ったねえ」
「私はお給料とブラッツ様は報酬を頂いてたので買いに行こうと誘ってくれました!」
リズはとても明るい。きっと楽しかったのだろう。
新しい衣服は普通高い物なのだがブラッツは森の中でリズを救った報酬を貰っていた、それでも二人の持つ包は多い。
「ナナジ様の分もあります! ナナジ様のお召し物はおきれいですがまるでお身体に巻き付けるように着ておられておかわいそうだったので!」
「リズちゃんは優しいなあ」
「彼女は下がいりませんからね半額で買えました」
ブラッツは苦笑いしている。きっと財布が軽くなったのだろう。
「丁度我々も帰る所だよ。一緒に……?」
タルンは後ろを振り返るとアーダムとヨーコが呆然とした顔でブラッツを見ていた。
「アーダム……ヨーコ殿……?」
ブラッツが二人が組む腕を見るとヨーコは突き離しアーダムは地面にぐえ! と顔から倒れた。
「ブラッツ様……あなたがここに居るという事は奥様のお相手は今……」
ヨーコは唇を手で覆い震えながら言った。
ーーーーーー
癒やしの泉亭の露天浴場ではマチルダはナナジの後頭部を自分の胸に乗せ蛇のように塀の外の本体まで続く長い下半身を使って仰向けで浮くクルトの頭をテシテシと突いて弄るナナジを抱えて湯に浸かっていた。
「ウリウリ」
「フフフ。良しなよ」
マチルダはよせと言ってるが止める様子は無くクスクス笑っている。ナナジはもう先程までのように緊張する様子は無くなった様だ。
「ア、オキタ」
頭を何度か突かれてクルトは突然カッ! と目を覚ました。
「!……!?……??……!」
ザバン! と湯から起き上がると自分の状態を確認し湯着姿のナナジとマチルダに気づきバッ! と顔を勢いよく反らし。
「すまん」
一言詫て浴場から出て行こうとする。
「ちょっと」
「……何だ?」
マチルダが呼び止めクルトは振り返らずに足を止め聞き返した。
「二人の女の身体を見てそれだけかい?」
「……」
沈黙、どうやら彼は考え込んでる様子だった。
「……綺麗だ」
そう言ってクルトが浴場から出て行くとマチルダは頭を自分の胸に埋めるナナジと見つめ合う。
「綺麗だってさ」
「プッ!」
「あははは!」
「アハハハ!」
二人は揃って吹き出し笑った。
マチルダは相変わらず言葉は何を言ってるか分からないがナナジと仲良く出来たと思い嬉しかった。先程自分を噛み殺そうとした事など知りもしない。
突然バァン! と何か床に叩き付ける音がした。
「なんだい!?」
浴場の入口である幕をバッと勢い良く開けられそこから白目のクルトの後ろ襟を掴んで現れたのはシズカ夫人だった。
「夫人?」
「静サン?」
シズカはYUKATAをきちんと身に纏いしっかりと帯をしている。だが顔が髪のように真っ赤だった。
「ヒック! ……居ないのおおお誰もおおお!」
「酔ってる?」
「ヨッテマスネ」
シズカは引きずるには重いクルトを捨てて二人にフラフラと近づいてくる。
このままだと浴槽に落ちそうなのでマチルダは湯から立ち上がり浴槽から出てナナジを降ろし近づいた。降ろされたナナジも一緒に蛇のように這ってマチルダについていく。
「一人は嫌なのよお……もう!」
酒臭い。
「ダイブノンデルナア」
「アーダムとブラッツは一緒じゃないのか」
シズカを濡らす訳にもいかないので二人は片方づつ手を握る。するとシズカに変化が起き二人の手をギュッと握ると突然ポロポロと泣き出し座り込んだ。
「怖いの……一人は……誰か居ないと……怖くてたまらないの……眠れないの……」
手をつかまれる二人は目を合わせ困惑する。
シズカはナナジとマチルダの手を握ったまま寝息を立てていた。




