南部の魂
登場人物紹介
蟲騎士……〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。
ナナジ……蟲騎士と同化しその額に女性の姿で生えている。性格が残虐で争いと戦闘を好む。
シズカ……前鹿郡領主の次女。赤竜乙女のあだ名がある男女問わずの色欲魔。
レオン……現鹿郡領主。シズカの義兄。元冒険者。
建築用の木材や炭を積んだ馬車列が続く。馬車の数は大きさは大小バラバラだが五十を超え半分は鹿郡の鹿の角が描かれた旗を掲げてるが残り半分は行商人や領民個人の物。
先頭を進む武装する兵士の数は十名、最後尾を歩く兵は十名。この大行列を僅か二十名で守るのは少ないように見えるが兵士達の表情は穏やかであった。
行列はT字の道に当たり右は森林砦への道、左はリリーナの町へ続く道、先頭の兵士達は左へと曲がり。ここまで来ればあともう少しだ、町についたら風呂に入ろう。最後尾を歩く兵士はそう思った。
リリーナの町は特に薪と炭をよく消費する。それは自分達が入る風呂の為だった。
一般の西方人はそもそも浴槽に湯をためて入浴するという事はあまり行わない。川や泉の水で沐浴するか蒸し風呂で汗を流すのだが同じ西方人でも南部郡の西方人はとにかく湯をためた風呂に入りたがった。
それは彼らの先祖がはるか遠くの東の地からやってきた事から由来する――
役割の世界は百年に一度勇者と魔王が生まれ殺し合う世界である。
魔王の役割が復活し同時に勇者も生まれる。だが生まれた場所が大問題になった時代があった。
魔王は西方の現在の西部の地で復活し勇者は東方の地からさらに東にある過去の勇者が築いた島領ニホンで生まれた。
殺し合うにはお互い大陸の反対側で遠すぎたのである。
早い内にお互いの位置は把握していたようだがこの距離がどうしようもなかった。しかも勇者戦記録によると所々に両方とも「行くの面倒くせえ」の一文が見え隠れしている。
勇者は島から一歩も出ず魔王も西方の一部を占領して侵攻がぱったりと止まり戦争だけがだらだらと続く。
戦費に悩んだ国々はニホン領に勇者を出すよう圧力をかけ勇者も周りの目から島に居られなくなり遂にニホン領の軍を率いて島から追い出されるように出陣した。
当時は帝国大道のような良く整備された道は無く。嫌がる勇者を連れてニホン軍は東方から西方まで慣れない地で強行軍を行い島を出た時は二千いた兵は連合軍の元に到着した時は千以下にまで減っていたと記録されている。
戦争はニホン兵が西方に到着してから数週間後に終わった。勇者が実にあっけなく魔王を討ったのである。
だがこの勇者が称えられる事は無かった。
勇者は魔王を討ってすぐ突然亡くなり勇者の代わりに死をも恐れずに戦い三百以下にまでに減ったニホン兵達が称えられた。
皇帝はこの兵士達に西方で山脈を挟んで開拓したばかりの南の地を与えそれが西方南部の始まりでありその地に残り住む事を決めたニホン兵達の血は混血によって薄まり黒髪は金髪になり黒い瞳は青い瞳になったが文化と魂だけは僅かに残った。
その一つがニホン人の魂。
〈お風呂〉である。
入浴とは本来医療行為であり湯に浸かって身体を温め、汚れと垢を落として清潔にし、精神に安らぎをえる。
だが湯を浴槽にためて浸かるというのは大変な事だった。
人は風呂に入る為に水を温めるのに火を使った。
火を使うには薪や炭を燃やす必要があり薪や炭を得るには森に入る必要があるが森は魔物や猛獣の巣でろくな装備も無く薪を取りに一人で森に近付いた者は二度と戻らない。
人は薪を得るために兵を使った。
完全武装の兵士が魔物を討伐し守られながら人は薪を集め炭に必要な木を伐採し森から持ち帰るのである。
その為薪と炭作りは兵を持つ南部領主の仕事であった。
――列が進む左手の方角には現領主の命令で植えられた苗木が育ってできた林が見えた。
せっかく森を切り開いて広げた土地を畑にせず何故魔物の巣になる森をわざわざ作るのかは兵士には分からなかったがあと十年もすればここから炭にする木を切るのだという。そうすれば輸送も楽になるだろがまだまだ先の事だ。
そう思いつつ時折後ろを振り返って安全確認し、それが見えたので隊長を呼んだ。
「後方から騎兵が来ます。数三」
「ん、町へ連絡用の早馬だろ」
「いえでもこっちを呼んでますよ?」
「ん?」
振り返り兵士の手で指された方向。森林砦の方向から三騎が駆けてうち一騎がおーいと手を上げている。
「本当だ」
「どうしましょ」
「……一応全車を止めようか」
兵士は了解と言って息を大きく吸った。
「全たああああああい! とまれ!」
独特の声掛けで前に向かって声が拡がる。
兵士の声に合わせ車列は軍、商人関係なく後方から順に声を掛けあって止まる。
「とめ〜! よし!」
「とめええ! よーし!」
「ぜんたああい! よおおおおし!」
輸送馬車は必ず後から止める。
車間は十分開けてあるが前から止めると後の馬車が前の馬車にぶつかる危険があるからだ。その為輸送隊の隊長は全車が見やすい後方で指揮をする。
全ての馬車が止まり先頭の班を指揮する副隊長が後方へ向かってすれ違う商人達に休憩か? 何で止めるんだ? と言われながら走ってくる。
副隊長が後方に着く前に三騎のうち二騎は馬車列の横を通り過ぎ一騎は止まって馬から降りて隊長に声をかけてきた。
「森林砦の者です! 炭の御役目ご苦労様です!」
「はいど〜も。どうされました?」
「は! それが……」
騎手が馬車の方に目を向け。
「多いですね……」
輸送馬車の数が。
「先日の大襲撃の騒ぎで炭が南の村で溜まっちゃっててね。一昨日解放されたのでこの後もどんどん来ますよ」
それは騎兵が納得する答えだった。
数日前の大森林から魔物の大襲撃の報を受け森林砦への増援と補給のため。自分達の輸送ルートはリリーナの町と森林砦の道を一部を使うため止められていたのだ。封鎖されてる間にリリーナの町に運ばれるはずの炭や物資は周りの開拓村から集まりどんどん溜まってしまう。
そんな状況で道が開放されたからといって一斉に馬車を進めれば事故の元になる。これでも小分けし馬が足りず自分達が乗る馬も荷台をひいている。
「あ〜なるほどそれは本当にご苦労様です」
「いえいえ。それで?」
何で俺達を止めたの?
「実はもうすぐ森林砦からでた馬車列がここにくるのです。それで――」
「まさか道を譲れって?」
道幅は馬車二台分以上通れる広さはある。自分達は一列で通っているのだから急いでるなら横を通れば良い。それに荷を満載している荷台全部を道の横に移動させるのは言って簡単に出来る事では無い。
「いえ、そうでは無く……」
その時先頭から走ってきた副隊長が到着した。
「ゼー! ハー! ゼー! ハー! じょ……状況……」
そばに居た兵士が副隊長に腰の水筒を渡しながら副隊長に自分が聞いた話を短く報告する。
「ここの道を譲れと」
「ブッハ!! ああん!? これ全部よけろってか!」
副隊長は口にふくんだ水を吹き出して怒り出した。
「い、いえ違います!」
「そっちの荷は?」
「え〜っと……ひ、人です……」
騎兵が口籠った。人なら炭輸送を止める程の事では無いだろう。それこそ横を通れば良いのだから。
いや待てよ荷は早馬を飛ばす程の人物という事か?
「領主様でも通るのか?」
「いえ、違います」
じゃあ何なんだ。
……ズシーン……
ん? 何の音だ?
「私はこれから来る物を見て……」
ズシーン……ズシーン……
何だ? 地面が微かに揺れている?
後ろの荷馬車をひく馬達が騒ぎ始め御者達があわてて馬を落ち着かせようとする。
林からは羽を休ませていた鳥達が一斉に飛んで行く。
「けして慌てず騒がず……」
ズシーン……!
先程曲がったT字の道より先。森林砦に続く岩山を削りできた山道からそれがぬっと現れた。
それは真っ白なカイコ蛾のような頭をしていた。
上から下まで二十メートルはあるずんぐりした体に灰色の機械甲冑のような鎧姿。
腰にボロボロの腰布を巻き。
昆虫の脚が集まってできたような手足。
機械甲冑をはるかに超える巨大な……
「落ち着くようにと知らせに……」
それはこちらに顔を向けコロロンと大鈴を転がしたような声で鳴いた。
副隊長が水筒を落とした。
「バ ケ モ ノ だああああああああああ!!」
大騒ぎになった。




