父の万能薬
登場人物紹介
蟲騎士……〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。
ナナジ……蟲騎士と同化しその額に女性の姿で生えている。性格が残虐で争いと戦闘を好む。
シズカ……前鹿郡領主の次女。赤竜乙女のあだ名がある男女問わずの色欲魔。
アーダム……シズカの配下。帝国から連れてきたシズカの愛人。
ブラッツ……元帝国近衛兵。シズカの愛人
ヨーコ……シズカの使用人。シズカの武術の師であり恋人。
マチルダ……元山賊。シズカに捕まり配下になる。シズカの色欲が苦手。
クルト……元千の軍所属の機械甲冑乗り。帝国東要塞の生き残り。
タルン……武器屋の商人。事故で困っていた所をシズカに助けられ旅の手伝いをする。
オットー……鹿郡領森林砦の砦将。
シズカが連れてきた蟲騎士が起こした森林砦での騒ぎに暫く放心していたオットーだったがシズカと副官に名を呼ばれて目を覚ました。大門を破壊されても喜んでいた兵士が手に持って描いていた絵の束を取り上げてケツを蹴飛ばしその絵をみて副官に預けてから改めてシズカの帰還を喜び彼女が連れていた間抜けな魔物以外の兵士一人一人に労いと感謝の言葉をかけて回った。
騒動となった魔物、蟲騎士は自分が壊した大門の横で膝を抱えて座り込んでいた。額に生える彼の同化者であるナナジに。
「フトッタンジャナイ?」
と言われてカイコ蛾に似た顔の触角をしょんぼりと垂らし破壊された大門の様子を見ている職人達に『直りますか?』と声をかけてまた驚かせて騒ぎが起きている。
兵士達に挨拶するオットーはマチルダと名乗った女戦士を見るなり「こんなシズカ姫好みの美人がおるんやなあ」と心の中で思った。
その美人がオットーに微笑んでたずねてきた。
「領主様はどちらにいらっしゃいますの?」
何と美しい声。だが何故か周りの兵士達が彼女を驚いた顔で見ている。
「領主様はここには居ません。領都にいらっしゃいます」
「ここから領都までは遠いのでございますか?」
「いや早馬走らせて〜……一日半の距離ですな」
「そうですか教えて頂き感謝いたします」
マチルダは胸に手を当て優雅に一礼しオットーに礼を言った。
器量だけじゃなく教養まで有るのかと見惚れるが何故か周りの兵士達は不気味な物を見るような目でマチルダを見ていた。
挨拶も済んだのでシズカは急ぐようにオットーに言った。
「ではオットー部隊長。私達はこのまま領都に向かいます」
「は? いや待ってください姫様!」
オットーは慌ててシズカを止め見ればマチルダが既に馬車に乗り込んで手綱を握っていた。
「何故です?」
「例え姫様でも決まりを守って頂けなければ行けません!」
「そんな物!」
「いえ守ってください! 大事なお身体と国の為です!」
森林砦の兵士達が馬車の前を塞いだ。
「何かあるのですか?」
溜息をつくシズカと舌打ちをするマチルダでは無くアーダムがオットーに聞いた。
「大森林に入った者は一度〈精霊水〉を飲んで浄めてもらわんとあかんのです。病を領内に入れぬ為の意味もありますが」
「なるほど……〈精霊水〉!?」
アーダムはオットーの説明ですぐ理解した。シズカ達は未開の大森林の中を通り魔物の排泄物の上を歩き未知の病を身体に取り込んでる可能性がある。人には効かなくても家畜に致命的な病かもしれない。歴史上病で日に万の単位で人が死に病で滅んだ国は数多くあった。だが〈精霊水〉の名を聞いて驚く。彼の知る精霊水はとてつもなく高価な物だった。
「そ、そんな高価な物で浄めないといけないのですか?」
アーダムが驚いた〈精霊水〉とは別名〈癒しの水〉と呼ばれこの世界の〈回復薬〉の原材料である。精霊力の高い地にごく稀に結晶が出来そこから湧き出ている水で、その水に他の薬草液などで薄めて作られるのがこの世界に流通している〈回復薬〉であった。
回復薬の効果は飲めば傷は塞がり戦で重症を負ったクルトは一命を取り留め。大森林で骨を折ったアーダムは僅かに〈精霊水〉を濃くして作られる上級回復薬を飲んで一晩で骨はつながった。
傷だけでなく毒消し、麻痺消し、病消しと効果がある精霊水自体で売られる事もありその場合〈万能薬〉として売られている。帝都では〈万能薬〉は小さい硝子瓶一個に〈回復薬〉十個分の値段が付けられていた。
ちなみに〈回復薬〉一個の値段は平均で帝国銀貨五十枚である。銀貨一枚で人が五日暮らせるのでアーダムが驚くのも無理は無かった。
「そう、じゃあはやく全員分持ってきてくれる?」
「ええ!?」
シズカがそう言ったのでアーダムは驚く。そんな酷い。いや酷いのは知っていたがそんな我儘で意地悪な人だとは思ってなかったのでショックだった。
アーダムが驚いた顔をしたので今度は彼に嫌われたくないシズカが大きく慌てた。
「ち、違うのよアーダム違うの!」
シズカの説明でアーダム達は鹿郡領が裕福な理由を知った。
「鹿郡では〈精霊水〉がいっぱい湧き出てるの!」
ーーーーーー
「鹿郡領はミスリル鉱で財をなしていると思ってました」
砦内奥の一室でブラッツは出された陶器のコップになみなみと注がれた精霊水を飲み干してから言った。
味は水と変わらず無色透明だが光に当てると虹色の輝きを反射し地下室で保存され良く冷えていたが飲んだ瞬間身体の中で暖かく何か力の広がりを感じこれが精霊水か……この一杯で給料何ヶ月分なんだろ……とそんな事を思っていた。
「いくら鹿郡の領権を父様に譲ってもミスリル鉱山の採掘権まで西方王は渡さないわよ」
開けた窓から見える蟲騎士も樽で入れられた精霊水を大顎を付けて飲み頭上のナナジもコクコクとコップで渡された水を飲んでいた。
「なるほど……てことはこの精霊水は?」
「父様が鹿郡に来てみつけた物よ。ミスリルが採れる土地には深い地下ダンジョンができててそこに精霊石が出来て精霊水が汲める筈だって言ってね。何処で学んだのやら」
「へ〜そうなんですか」
アーダムが素直に関心しシズカはどこか誇らしげであった。
シズカの兵士達は水を飲んだ後に商人のタルンから帝国での精霊水の値段を聞いて飲み干した空のコップを見て目をまるくしていた。
「子供の頃、貧しい村に前領主様がやって来て人を集めてここを掘ってと言ったのを覚えてますよ」
オットーが目を細めて昔の話をしてくれた。
「皆不満をいってましたが精霊水の泉を見つけた日からの大人達の手のひら返しは子供から見ても痛快でしたわ。前領主様は喜びの余り踊り岩の上で裸になって変な踊りをしてましたなあ」
「父様そんな事してたの……ってあの祭り広場の踊り岩の由来ってうちの父様なの!?」
「シズカ様も祭の日にその踊り岩のって町の若い男衆と女衆を集めては色遊びを……」
ざわめく兵士達。
「違うの! 違うの! 本当に違うのよ? 皆と普通に遊んでただけよ!」
「……昔から酷かったんですか?」
「……酷いというか狂ってましたな〜誰に似たんかな〜」
「違うからああ!」
シズカは涙をためて顔を真っ赤にして否定しヨーコに良し良しと慰められていた。
オットーの村の貧しい生活はその日から変わった。その村は鹿郡領に三つしかない大きな町の一つになり現在はリリーナの町と呼ばれている。
リリーナの名はシズカの今は亡き母の名でありシズカが帝国へ嫁ぐまでその町で過し森林砦の後方にある町である。
オットーの女性副官が近付き彼に耳打ちする。
「うむ。分かったご苦労」
先程まで笑っていた彼は真顔になりシズカに向き直る。
「シズカ様。リリーナの町に薬湯屋の宿を用意させました。数日宿にお泊りになり湯につかりごゆるりと旅の疲れをお取りください」
シズカは眉をひそめる。
「何を言ってるの? 私達はこのまま領都に向うわよ?」
「いえ宿に入って頂きます! 姫様のためです!」
オットーは何故か譲らなかった。
今回登場人物紹介を作ってみました。_(:3」∠)_




