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鹿郡領の魔術師・下

 十五で家を飛び出し、冒険者だったのは四年間だけだった。

 薄暗い安宿の一室で皆と丁度こんな感じで座っていた。豪華で柔らかなソファではなく木製の古い椅子に。

 自分の右にはファイターのルイス。左にはプリーストのテオドール。行儀悪く足を机の上に乗せて組んで座るシーフのウルリカ。あの頃はまだ彼女の左頬には傷跡が無かった。

 彼女の前の席には今ここには居ない東方領から海を渡ってさらに東にあるというニホン領の出身で名前が長すぎて誰も覚えられず仲間達からノスケと呼ばれ、タチという細い長刀を振るうサムライという剣士が座っていた。

 ノスケはウルリカの服装と態度に小言を言っては良く二人で喧嘩をしていた。


「――嫁入り前の娘がそのような格好を……もう少し婦女子としての慎みを持つでござる」

「ああん!? 何だい毎度毎度あんたは! あたいのおかあさんか!?」

「二人共やめないか」


 喧嘩する二人をルイスが止める。


「申し訳ござらぬ」

「フン!」

「まったく……じゃあレオンさん。皆に話しがあるとは何でしょうか?」


 ルイスはこのパーティーのリーダーでロードのレオンに話しかけた。


「うん……皆は北部郡にある地下遺跡都市って知ってるかな?」

「知ってますが……まさか」

「僕達で大遺跡に!?」

「その通り!」


 レオンは力強く頷く。


「昨日ギルドの受付嬢さんから聞いてね。最近遺跡で新しい下の階層に降りれる道が発見されて賑わってるそうだよ。このメンバーで冒険者として組んで二年経つ。経験も積んだし皆となら良い所まで行けると思うんだがどうだろう?」


 レオンは今の様に旅の仲間達に意見を聞く。誰も反対する者は居なかったし勇者神信者のテオドールは「新しい経典が見つかるかも!」と鼻息が荒かった。


「皆賛成してくれると思っていたよ!……で、そこで相談なんだが知り合いで実力があり古代知識の豊富なフリーの魔術師を知らないかい?」


「魔術師?」「フリーの?」「そんな奴余ってるかねえ?」「拙者にはここでは知人は少なく……」


 古代遺跡に潜るなら魔術と古代知識を持つ魔術師が是非とも欲しかった。だがそんな人材は他の冒険者チームが既に押さえられているし希少だった。


「……受付嬢さんに聞いてみるか」


 レオンがそうつぶやいた時に部屋の外からウルリカでは無い別の女性の声が聞こえた。


「我が君もお人が悪い。魔術師がお望みなら私をお呼びになれば良いのに」


 安部屋の入口にドア代わりに掛けられたボロ幕が開けられ紫色の魔術師ローブを着てフードを深くかぶる女性が部屋に入ってきた。


ーーーーーー


「我が君。私をお呼びかな?」


 デザインは変わったが紫色の魔術師ローブを着てフードを深くかぶっている。あの頃と全く変わらない彼女が部屋に入り胸に手を当て頭を下げ少々芝居がかった挨拶をした。

 いつもの彼女なら呼んでから準備だと言ってもっと化粧や服装に時間をかけてから来る。すぐに来たという事は呼ばれる事が分かってて待っていたに違いない。


「おや? 奥方様。そのようにおみ足を出して私へのご褒美かな? あいにく私はシズカ姫のように女性に欲情する趣味はないのだけどもどうしてもと言うなら」

「ち、違うんだよ先生! これは皆があたいを、わたくしをいじめるからで!」

「ゲボォ!?」


 ウルリカはこんなに速く彼女が来るとは思っていなかったらしく慌ててスカートを下ろして立ち上がり夫であるレオンの後ろへとソファに隣で座るテオドールをお尻で押し退けて移動する。テオドールはまるで殴られたような声を上げた。


「何と酷い! だが安心して欲しい! 私だけは最後まで奥方様の味方だからね! その為に明日からレッスンの時間を倍にしよう!」

「ココ〜! もうゆるしとくれよお〜!」


 ウルリカは夫に隠れて悲鳴を上げレオンは笑った。

 彼女のレッスンは非常に厳しい。自分も子供の頃経験し良く怒られた。それは彼女に見惚れていて集中出来なかったのが原因だったのだがレオンの家は代々男子はみな彼女に初恋をすると伝わっており実際その通りになり自分には彼女の血も混じっていると聞いた時はショックを受けたものだ。


「実は大婆様を呼んだのはこの――」

「ンンン? 最近歳のせいか耳が遠くなってね。我が君よ今何とおっしゃったのかな?」

「……ココ「姉様」を呼んだのは」


 レオンは姉様の部分を大きく強めに言うと彼女は出来の良い生徒に満足するように何度も頷く。


「ウンウンウン! さあ我が君よ! このココお姉さんに何でも聞きなさい!」


 そう言って魔術師はローブの顔にかかるフードをバッと後ろに落としてその顔を見せた。

 化粧は少々濃いがその顔はけして老けておらずそれどころかこの部屋の中で一番若く見え水色の瞳と青みがかった黒髪。美しく整ったの女性の顔がそこにあった。


「実はそのシズカ様の事なんですが……」

「ああ言わなくても良いよルイス将軍!」


 ココと呼ばれた魔術師はルイスに手のひらを向けて制した。


「魔王に処刑された筈のシズカ姫が何でも巨大な魔物と仲間を率いてあの大森林を渡ってここまで来たんだって? 凄いじゃないか! 私もその冒険談を聞きたいぐらいだよ!」


 ココは大げさに驚いて言ってみせる。だがそれは先程レオン達がここで言ったばかりの事だった。


「流石お耳がはやい」

「私の耳は特別製でね。この館の中の内緒話は何でも聞こえてしまうのだ」


 ココは長い黒髪に隠れる自分の耳を引っ張り出す。


 ピョコンと長くとがった耳が飛び出した。


 レオンの家に代々仕えていた魔術師ココ。今は鹿郡領主となったレオンに仕えている彼女はエルフの魔術師だった。


「ココ姉様。これがシズカ姫が連れてきたという魔物です」

「拝見しよう!」


 魔術師はニコニコと微笑んで勧められたソファに座り領主から絵姿が描かれた紙を受け取りそこに描かれた魔物を見た瞬間真顔になった。


「あ、これはいけない」

「いけない?」 


 エルフの魔術師は人間が考え事をするように顎に手を当てう〜んと考え込み別の紙を取ってはじっと見つめる。

 そしてラミアの様な姿の女性が機械甲冑の整備する様子を見学してる絵を見てああ〜と大げさに天を仰いだ。


「先生?」

「間違い無いよ。こいつは魔獣兵だね」

「魔獣兵?」


 ルイスはここにある一番古い魔物図鑑を広げ魔獣兵の項目を探しだした。


「ルイス将軍そんな新しい図鑑には無いよ。こいつは灰の時代より以前の魔物だからね」

「灰の時代より以前!?」


 テオドールが驚きの声を上げる。


 灰の時代とは千五百年前。勇者の敗北が続き長く続いた大暗黒時代によって全ての文化が燃え尽きた事からそう呼ばれる。そのためそれ以前、人の歴史の記録は残っていない。古い遺跡から見つかる勇者の異物がほんの僅かに空白を埋めるのみである。


「魔獣兵は一体一体姿形が違っていてね。私も全部は把握していないんだけども……こいつはその中でも最悪な〈勇者殺し〉と言われてる奴だよ」


 ココは文書に付いていた最後の姿絵の紙をみる。


 壊れた門を呆然と眺める兵士達とシズカが叱りつけ正座で座る巨大な魔物が何度も頭を下げている。魔物の愛嬌がある様子が良く描かれいた。

 この絵を描いた兵士は何で兵士をやってるのだろうと魔術師は思った。


「〈勇者殺し〉ですって! どの勇者を殺した魔物なんですか!?」


 勇者神神官のテオドールがココに顔を寄せて唾を飛ばして詰め寄る。勇者の事を学ぶのが彼らの信仰だ。

 ココは顔をそむけて微笑み興奮しているテオドールをどうどうと馬を抑えるように言って手を振った。テオドールはハッとして彼女に謝罪をして顔を下げた。


「流石にそれは私にも分からないなあ。だってほら私もまだ若いエルフだからね! まだ千年も生きてないしね!」


 エルフは自分の胸に手を当てて言う。だがここにいる全員はこの魔術師が古代地下遺跡都市の入口を見た瞬間「うわあ〜! 懐かしいな〜!」と声を上げたのを聞いていた。古代地下遺跡都市は二千年以上前の物だと長年の調査で分かっている。



「それでココ……姉様。この魔物は鹿郡の力になってくれますか? それとも危険なのですか?」


 レオンは鹿郡領主として核心な部分を自分に仕えてくれる魔術師に聞いた。危険ならば領民を守る為に自分は行動をしなければならない。


「う〜んそこなんだけど……」


 エルフの魔術師がまるで人間のように腕を組み首をひねって考えこむ。しばらくしてうんと頷き顔を上げてレオン達に人差し指を立てて話し始めた。


「こいつは最悪な魔物なんだが最低な魔物ではないんだ。例え鹿郡領に向かえたとして最善でも最高の戦力になるとは限らないんだよ」

「「「「は???」」」」


 部屋に居る全員がこのエルフが何を言ってるのか分からない。


「この魔物自体は話は通じる奴なんだけど同化している人物を良く知る必要があるんだよ」

「同化……ですか?」

「うん。きっとこの娘だね」


 エルフの魔術師は伸ばした指で一枚の絵をトンと叩く。その絵は機械甲冑を見る魔物の女性が描かれた絵だった。


「頼めば大森林に帰ってくれると思うけど味方にすると鹿郡の強力な戦力になるよ!……保証はしないけど」


 そう言ってココは昔の事を思い出していた。


 身体を同化者に乗っ取られ暴れまわっていた〈勇者殺し〉をココと本来の身体の主は必死に額に生える同化者をなだめ落ち着かせようとした。

 だが彼が止まったのは魔王城が焼け崩れた時だった。


 そんな奴を領内に入れて良いのかとエルダーウィッチは悩んだが決めるのは私では無いしと鹿郡領主に微笑を向ける。


「さて我が君どうするう?」

「……まだ分かりません。ですが決めた事があります」

「ほう! それは何かな!」


 西方南部現鹿郡領主レオンは魔物の絵姿が描かれた紙を持ち宣言した。


「この絵を描いた者をうちの専門絵師として雇いたいと思います」

「え、あ、うん。良いと思うよ」


 鹿郡領の魔術師は素直に頷いた。

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