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鹿郡領の魔術師・上

 その日、鹿郡領都にある領主の館に三通の手紙と一つの知らせが届いた。


 一通は二の姫シズカと共に帝都へとシズカの護衛と情報収集の影として送り込んだヨーコからの手紙。


 その手紙には帝国軍は敗れ国境の要塞が突破され帝都に魔王軍が迫っている。ヨーコはシズカと共に籠城の為に封鎖された帝都から抜け出し脱出するという内容が記されていた。


 二通目の手紙は西方中央首都にある学園に入学中の三の姫トモエからの手紙。


 その手紙には帝都が落ち帝都にいた人々が全員魔王によって殺されたという噂と姉の無事を祈っているという内容が記されていた。


 三通目は何と西方女王ベアトリスから直筆の手紙。


 その手紙には魔王が帝都で行なった虐殺は許される事では無く必ず報いを受けさせるという決意とシズカの行方不明を知らせる内容。それと前領主である義父を励ます言葉が記されていた。


 聞けばその言葉は昔落ち込む女王を自分が励ました言葉だと前領主の義父は言った。


 現鹿郡領主は義父がこんなにも落ち込む姿を養子としてここに来て初めて見た。

 まさかあの北の英雄が守り義父がその目で見たという帝国の東要塞が一年で落ちるとは思っても無かったようで半年前にシズカを帝都の大貴族の息子に政略結婚と帝国への人質として送り出した自分を攻めていた。


 だが早馬で森林砦からのある知らせが届くと義父は文字通り飛び上がって喜びその知らせを届けた南方人の兵士の頭をガクンガクンと揺らして何度も確認しついには兵士を放り投げて館を飛び出して行った。兵士は揺れる頭で身体を壁にあちこちぶつけながらも前領主を追って出て行った。


 大騒ぎの主が出て行き静かになった鹿郡領主の部屋には三人の男達が呆然となってソファに座っていた。外ではまだ騒ぎが起こっていて「俺の馬〜!」と叫び声が聴こえた。


 彼らの前にある机の上には三通の手紙と森林砦のオットー砦将から届いた知らせの文書。届けた兵士の口から知らせは聞いたが。現在の鹿郡領主は文書を手に取って確認する。その内容は帝都を抜け出したシズカ姫が魔物の巣窟である大森林を通って森林砦にたどり着いたという。それは嬉しい知らせだが文は続き気になる箇所で現領主の目が止まった。


 シズカは巨大な魔物を率いていたと記され文書とは別にいくつかその魔物の姿絵を細かく良く描かれていた紙が付いていた。


 その絵はオットー自身では無く別の兵士が描いたのであろう魔物が川に両足を突っ込んで枝で何故か足を擦ってる様子の絵や義妹であるシズカがその手のひらに座り食事をする様子の絵。

 下半身がラミアのような蛇の形をした女性が整備されている機械甲冑を見学している様子の絵。

 森林砦であろう大門をどうやって巨大な魔物を潜らせるか皆で集まって相談してる様子の絵。

 魔物が門に頭を突っ込み三機の機械甲冑が慌てて止めている様子の絵。


 この絵を描いた兵士は何で兵士をやってるのだろうと鹿郡領主は思った。それ程その絵は良く描けている。


 その魔物の姿を冒険者をしていた現領主は見た事が無かった。北部郡にある地下遺跡都市にもこんな魔物はいなかった。


「テオドールこの魔物に心当たりは無いかい?」

「は、失礼します」


 勇者神の神官服を着るテオドールと呼ばれた男が絵を受け取る。


「私もよろしいでしょうか?」

「もちろん」


 鹿郡領の全軍を任せている将軍のルイスが領主に許可を得て一枚絵を受け取る。


 将軍は絵を見て大きく息を吸って吐き出すように声を出した。 


「これは……何でしょうね……」

「僕も分かりません。勇者戦記録でも見た事がありません」

「ああ……私もこんな魔物は見た事が無い……ゴーレムでもデーモンでもない。だがそれより問題は」


 元冒険者の領主は昔の様に仲間達から意見を聞いた。


「シズカ姫とこの魔物をどうするべきか」



 帝都にいた他の人質は皆殺しにされたというのにシズカがただ一人だけ生き残りここにたどり着いた。それも魔物を率いて。その事を周りの諸侯が聞けばどう思うだろうか。一の姫トキワが、義理の姉が嫁いだ西隣の虎郡領主は味方になってくれるだろうか。北の牛郡領はあそこの領主は以前シズカが起こした事件からとても深く彼女を恨んでいる。

 他の六つの南部領主達もどう動くか……もしそうなれば虎郡もあっさり鹿郡を見捨てるかもしれない。


 テオドールは考えをのべた。


「シズカ様の帰還を隠すべきでは?」


 隠す? 隠すとはどういう意味かその先を言わないで欲しいと祈る思いで領主はテオドールを見つめた。だがそれも一つの考えのような気がしてきた。


「いえ、あれほど目立つ人物。もう隠せないでしょう逆に堂々と帰還をその魔物と大森林を渡って来た冒険談として大きく広めてみては?」


 ルイスの提案に領主は考え込む。良い考えかもしれない。魔王から逃れあの大森林を越えて渡って来た話しだけでも吟遊詩人達は領民が楽しむ詩にして広めてくれるかもしれない。

 領主はともかくその領民達にシズカの冒険談を広めれば領主は手を出しづらくなるかもしれない。話しが派手なら派手な程良い。


 テオドールも大きく頷く。自分の提案を領主が選ばなくて良かったと胸を撫で下ろしていた。



「ちょっと! おとうちゃんがヘンリーの馬に乗って行っちゃったよ!? ……あんたら辛気臭い顔で何してんの?」


 三人がこもる領主の部屋に女性の声が響く。


 スカートの裾が引きずる程長いドレスを着るその女性は三人の男が見つめる絵を一枚取り見つめた。


「何これ? あ、シズカさん? シズカさんが率いてる魔物ってこれ? あ! あんたらもしかしてシズカさんを!」


 女性は三人を順番に睨みつける。


 テオドールは慌てて首を振った。


「違います奥方様!」

「何が違います奥方様よテオ! あんたの考えは昔からよっっっくあたいも知ってんだからね!? うちの人に碌でも無い事を吹き込んだら承知しないよ!」

「はい! 分かってますウルリカさん!」


 テオドールは直立不動で言った。


「あんた!」

「うん?」


 ウルリカは夫である鹿郡領主に怒鳴り付け領主は顔を上げた。その青い目を見てウルリカの顔が少し朱に染まる。


「……シズカさんはその……本当ならあんたのお嫁さんになる筈だった人なんだよ? 酷い事したら駄目なんだからね!」


 領主は自分の妻を安心させるように微笑む。


「ああその事は何とかなりそうなんだ。今はこの魔物は何かと話しあってる所なんだよ」


 領主は紙に描かれた魔物をウルリカにみせて言った。

 将軍のルイスは分厚い魔物図鑑を一枚一枚広げて絵姿の魔物と確認していた。


「何? この魔物の事が知りたいの? だったら先生に聞けば良いじゃない」


 ウルリカは何でもないように言い領主はハッとなった。どうして彼女の事を忘れていたんだろう。


「そうだ……大婆様が居た。大婆様ならこの魔物を知ってるかも……誰か!」 


 領主は衛兵を呼んだ。だが前領主の起こした騒ぎで誰も現領主の声に気が付かない。領主はもう一度声を上げようと息を吸ったがそれよりも速くウルリカの怒声が響いた。


「ちょいと! 誰か居ないのかい!?」

「は! あ、……奥方様。お呼びでしょうか?」


 一人の衛兵が思わず姐さん(あねさん)と呼びそうになったのを抑えてやってきた。そのウルリカの姐さん(あねさん)は二歳年下の夫である現鹿郡領主を顎で指し。「は! お呼びでしょうかお館様」と衛兵は向き直る。


「ああすまない。うちの庭師をここに呼んで来てほしい。私が、レオンが話したがってると」

「は! 承知しました」

「ああ宜しく頼む」


 現鹿郡領主レオンは貴族らしいお手本の様な振る舞いで命令し衛兵が去ったあとに自分の妻を見る。


 その目はけして責めてる目では無かったがウルリカはレオンと目が合うと「あ」と声を出し壁から背と胸を持ち上げるように組んでいた腕を離してレオンと結婚してから貴族らしい振る舞いを毎日の猛レッスンで覚えた背筋を伸ばし両手を前で重ねた貴婦人らしい立ち姿を仲間達の前で見せた。

 左頬に白く残る傷痕がなければ誰も彼女が元冒険者の盗賊だったとは思わない完璧な淑やかな姿勢だった。

 昔からの仲間二人は不気味な物を見るようにウルリカを見て苦笑いになりレオンは満足するように微笑み頷く。


「うん。とても美しいよウルリカ」

「なっ!?」


 夫の言葉にその妻の顔はカッと真っ赤になった。


「なななな何言ってんだい! わたくしを褒めたって何も出ないよ!?」


 ウルリカはそう言って歩き辛い長いスカートの両側を掴んで大きくたくし上げるとズカズカと歩き部屋の中央に並べて置く客用の長椅子のソファに座るテオドールの隣で機嫌悪そうにドカッと腰を下ろし腕と長い足を組んだ。

 夫以外の男達にむき出しの両足が見えているが気にする様子が無いしルイスもテオドールも気にする様子が無い。冒険者時代の彼女はもっと短いスカート姿だったし昔のようにその太腿には鞘付きのベルトを巻いて昔から愛用の短剣を納めていた。


 レオンの目には今の彼女と髪が短かった頃の盗賊姿の彼女と重ねていた。


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