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見学会・下

 一年と数カ月前。


 東方軍の生き残った残党を率いて帝国の東要塞に到着したハチは要塞施設内にある機械甲冑隊の整備施設内の有様を見て落胆した。

 乗り手達はかき集められた若手ばかりでベテランはおらず整備師達と反発しあって機械甲冑はろくに整備されずに蜘蛛の巣が張っていた。

 余所者のハチはここは駄目だと早々と見切りを付け一緒に避難してきたバナン達と今夜にでも逃げ出す相談をしようと施設から出ようとした時、要塞に来る途中で拾った体中を包帯でぐるぐる巻きにしたクルトが整備施設内にずんずんと歩いて入ってきた。


「お、おい! お前もう起きれるのか!?」 

「?……ああ、お陰で死なずに済んだ。ありがとう」


 ハチに声をかけられ振り返ったクルトは初め誰だといった顔で眉をひそめたが自分を助けてくれた男だと思い出したのか礼を言って深々と頭を下げた。

 千の軍の兵士は不気味なぐらいに礼儀正しいがこの男は少し変わっていた。


「貴方の機械甲冑は歩くのに負担がかかりすぎている。ガニ股で歩く癖を直すべきです」

「お、おう。そうだなすまん」


 頭を上げたクルトにいきなり駄目出しを言われてハチは面食らう。


 クルトは整備施設内や並ぶ機械甲冑を一瞥すると再びずんずんと歩き出し端でだらけていた兵士達に無表情で立てと静かに一喝した。


「え、誰だ?」「もしかしてここの教官じゃないか?」「そういえば怪我をしたとか聞いたな」「あ〜それでか」


「うるさい、黙れ、立て役立たず共」


 若い兵達は突然やって来た包帯でぐるぐる巻きの男に立たされ無表情で役立たずだの国の損失だのお荷物だの家に帰れだの言われては彼の放つ妙な気迫に押されて誰も言い返せず顔を伏せて立ち尽くし中には涙ぐんでる者まで居た。


 クルトが話すそれはベテランが新兵達の性根を叩き直す時のお馴染みの台詞なのだが無表情で淡々と言い放つ彼の言葉は新兵達に余計に突き刺さるようだった。

 次に彼は機械甲冑を一機一機見て回り整備の不十分な箇所や僅かな汚れを見つけてはその機械乗りと担当の機械整備師を呼びつけ連帯責任だと一箇所事両方に腕立て伏せ十回を命令する。

 教官でもないのにクルトの命令を兵士達は素直に従っていた。

 要塞内にある機体の半分を過ぎた頃。機械甲冑の顔に付いた蜘蛛の巣を指差したまま突然クルトは動きを止めた。

 整備師はしまったといった顔になっていたが突然動きが止まったクルトに恐る恐る声をかけた。


「どうしました? あの? ……わあ! 血吐いた! 倒れた!?」

「教官殿〜!?」


  教官ではないクルトはそのまま姿勢で白目になり血を吐いてぶっ倒れて施設内は大騒ぎになった。騒ぎを聞きつけた看護師と薬師と神官が飛んできてクルトを見た瞬間に叫んだ。


「あ〜! 先生〜! いました患者さん!」 

「あんた何で重症なのに動いてるんだ!」

「死にたいのか! てか何で死なないんだ!?」


 そのまま担架で運ばれて行ったクルトを兵士達はポカンと口を開けて見送り。しばらくしてから施設内に笑い声が響いた。 


「ククク……ワハハハハ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! あんな、あんな奴居るんだな! ワハハハハハハハハハハ!」


 笑い声の中心に兵士達の視線が集まる。視線の先には黒髪の東方人で髭面の機械乗りが腹を抱えて笑っていた。 


「クククク……ハア〜! 笑ったなあ。こんなに笑ったのはいつぶりだ? ええ?」


 ハチは兵士達にニカリと歯を見せて笑いながら立ち上がって大きく息を吸って叫ぶ。


「俺様はお前らを見てすぐ見捨てる事にしたがあいつはしなかった! 良い奴だ! 良い奴を見ると気分が良い! 気分が良いのでお前らを助ける事にする!」


 声がでかい。息を吸って再び叫ぶ。


「東方ムラマサ工呪衆次期当主。ハチロウ・ムラマサ様直々に貴様らを鍛え叩き直してやる! 並べえええええ!」 


 ムラマサ工呪衆。

 役割の世界で三つしかない機械甲冑の設計と量産。心臓の製造ができる施設と技術を持つ組織である。宝玉の女神から魔導兵器を盗み出した勇者ムラマサの子孫達でもあった。

 東方軍とあの魔王軍も東方ムラマサ製の機械甲冑を使っていた。その特長は姿形が武士の鎧武者のような見た目をしている。 


 そんな跡取りの大物がこんな所に居る訳が無い。しかも機械乗りだ。大ボラにしてはでかすぎるが誰も否定出来ない迫力と声がとにかくでかかった。


「整備師共は直ぐに全機総点検だ! 一箇所でも不具合があれば乗り手と一緒に一箇所ごと腕立て伏せ百回だ! 俺様はあいつ程優しく無いぞ!」

「えええ!?」

「ええ、じゃない! はいだ! はいと言え! いいえの時もはいを付けろ! はい、いいえ。だ! とっとと整備始めえ!」

「「「「はいいい!」」」」


 整備師達は悲鳴のような返事をして自分が担当の機械甲冑に散った。


 ハチは残る機械乗りの新兵達に顔を向ける。新兵達は息を呑む。 


「良いか! 貴様らは機械甲冑が無いと何も出来ない役立たずだ!」


 そう言ってハチは自分の足をパン! と叩く。


「だが何とお前達には両足がある! 走れる役立たずだ! よかったな! 嬉しいか!?」

「「「はい! いいえ、はい!」」」

「よ〜し! ではこの施設内を百周走れ! どべの奴は十周追加! 先頭の奴も十周追加! 俺様の機嫌を損ねた奴も十周追加だ! 死んだら喜べ葬式代はここ持ちだ! 神官様もいるぞ! 良かったな! 嬉しいか!?」

「「「「はい、いいえ! いいえ!」」」」

「では走れ! 役立たずで無い所を俺様に見せてみろ! 行けえ!」

「「「「はい! はい!!!」」」」


 新兵達はやけくそな返事をしてドタドタと走り出した。 


「何だ……良い兵達じゃないか」


 ハチは逃げようとした自分を深く反省した。



 数日後。機械甲冑の整備施設に老人が入ってきて驚いたように施設内を見渡していた。


 ハチは見慣れない老人を見つけると声をかけた。


「おいジジイ誰だ? 危ねえぞ」

「え? ああごめんよ。ここって機械甲冑の整備施設だよね?」

「見りゃ分かるだろ? 何に見えるんだ? ボケてんのか?」

「だよねえ? いや〜オイラが聞いてたのと様子が違ってたからびっくりしちゃった。ハハハハ!」


 施設内では機械甲冑は全て新品のように磨かれ。

 激しい模擬戦でボロボロになって帰ってきた甲冑から出てきた機械乗りは整備師に不調の部分を細かく報告し整備師達は分かった任せろと返事し工具を動かし始めた。

 施設の端の方では機械乗り達がボードに紙を貼りいかにして魔王軍の機械甲冑に対抗するかと陣形を描き「やはり狭い場所に誘い込んで陣取りファランクスを組むしかない!」と声が聴こえ数人の兵がうんうんと頷いている。


「ハハハハ! オイラ、機械は専門外で不安だったんだけどこれなら行けそうだねえ!」


 笑う老人をハチはじろじろと見た。年寄りにしては背筋がピンとしている。


 何者だ?


「ジジイあんた……」

「ハチ教官! 持ってきました!」

「おお! そうかご苦労!」


 ハチに声をかけた若い整備師の手には頼んでおいた書類の束を抱えて持っている。ハチは喜んで書類の束を受け取りパラパラとめくった。


「あ、そうだジジイ見学だったら要塞将の許可をもらってから――」

「誰に言ってるんです?」

「何? あれ? さっきまでここにお爺さん……まあ良いか何でも無い」

「はあ、ところで予備部品の書類なんて集めてどうするんすか?」

「良し背骨はあるな……これも……心臓はあいつのを使うとして……よ〜し!」


 ハチは別の書類と見比べて何か満足したように頷き顔を上げて整備師に歯を見せて笑った。


「決まってるだろ。包帯男の機械甲冑を作んだよ!」



 要塞内の通路を老人は嬉しそうに歩いていた。警備の兵は老人の顔を見て慌てて道を譲った。


「なんだいなんだい副官君も要塞将君も見る目が無いなあ! ()()()も甲冑隊も良い兵が揃ってるじゃないか! 良いぞ良いぞお。オイラ楽しくなってきちゃった!」


 老人は笑顔だった。


「どうしよう! 出来ちゃうぞ! 一年間守りきれちゃうぞ! ハハハハ! あの糞野郎に大見得切っちゃったけど出来ちゃうじゃん! ざまみろ!」


 スキップする老人の名はホープ。英雄の役割を持ち北の英雄と呼ばれ前勇者の息子でありここ東帝国要塞の最高指揮官である。



 一年後、この東要塞機械甲冑隊二十七機、いや二十八機は魔王軍の機械甲冑本隊を相手に要塞防衛戦で一発かます事になる。


 ーーーーーー



「オオキイトエライトカンチガイスルンダッテ!」


 魔物の女はニヤニヤと笑いながら何か言った。


「何だって?」 

『……』


 男の声は答えなかった。


 頭上で突然蟲がコロロンと鳴いたので魔物の掌に座っていたシズカ達は「うん?」と上を見上げた。



 クルトが天幕から出てきた。相変わらずの無表情で怒ってるようには見えない。


「おう、どうだ? あいつら使えそうか?」

「能力と才能はある。後はあいつら次第だ」


 ハチの問にクルトは真面目に答え。それから化粧をしたナナジの顔をじっと見つめる。


「ナ、ナニ?」

「似ているな」

「エ?」


 誰と?

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