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見学会・上

 ナナジはリズが持ってきてくれた食事を流し込むように食べて済ませると機械甲冑の見学をハチとクルトに頼んだ。

 二人は食事の途中だったが止めて笑い嫌な顔せずに引き受けいつもの赤い革鎧を纒い整備長に頼み整備の邪魔にならないならと許可を出してもらってきてくれた。


 ナナジは整備される機械甲冑を目を輝かせて見ながら隣ではハチが解説してくれた。


 彼は胸装甲が開いた甲冑の中を指差して言った。


「上のがここから見えるだろ。このタイプは乗り手の頭上に血液の流れや魔素の残量とかが分かる各種のメーターが設置されてて中は真っ暗になるからこれがボウと光るんだ。この一番機のように損傷して出血したら頭上のメーターを見て適切な血止めを操作しないといけない。横の腕を突っ込む穴の先、丁度手の位置にある操作桿にスイッチがあって左の親指だけ動かして操作するんだ。スイッチはこんな形をしていてな」


 そう言ってハチは十字に指を動かした。


「頭上のメーターを見ながら出血中の位置を選択して右の人差し指にかかるスイッチをこう押せばその部分の血が止まる仕掛けになってんだ」


 ハチはまるでヤマの持つ銃の引き金を引くような指の動作をした。


「血が止まるとその部分は動かなくなるが全部の血が無くなって完全に動かなくなるよりマシだろ? この二つのスイッチは他の操作にも――」


 ハチの解説は続く。彼は彼なりに身振り手振りで分かりやすく解説しているつもりだった。


 ナナジは理解できてるのかフンフンと頷くが一緒に聞いていた蟲はもはやお手上げだった。この人間が何を言ってるのか分からない。魔物の見張りというかもはやナナジの護衛のように立っている二人の南方人の兵士も最初は興味から聞いていたが既に諦めた顔になっていた。

 整備長は最初自分が解説しようかと近くに居たがハチの解説が始まると必要無いと判断して自分の仕事に戻って行った。

 クルトはこの機械甲冑の乗り手が消えた天幕の方を見ている。


 ナナジは機械甲冑の装甲が外された両足を指差し聞きたい事をハチに質問した。その言葉を蟲が翻訳して話す。


『この筋肉はどうやって作るのかと聞いている』 

「おう、こいつは特殊な薬品に魔獣や動物からとった筋肉の欠片を漬けて数週間魔素を――」 

「待てハチ」


 クルトが突然口を開き天幕の方に向いていた顔をぐるんと動かしてハチに向けた。


「それは機密だ」

「あ? あ〜中央ではそうなのか? 東方のムラマサ工呪だと社会見学で教えてくれる事だぞ? あっちで機密なのは漬ける薬品の成分と配合のことなんだが」

「そうなのか?」

「おう」

「そうか……すまない邪魔したな」


 そう言ってクルトはまた天幕にぐるんと顔を向けた。その様子を見てハチは溜息をついた。


「(ここでもまたやるかもしれないな……)」


「アノ〜」


 ナナジは止まっていた話の続きを促し言葉は通じてはいないがハチは詫た。


「おっとすまん。あ〜何の話だったか? そうだ各衆の特長だったな! この西方製を見れば分かるが人型にこだわって指が五本指なんだ武器を持って握るだけなのにな。で、東方製は知っての通り三本指でだいたい指を見ればどこの製造かが分かるように――」


 ナナジと二人の護衛は揃って違う違うと手を振った。


「はい、ちょっとごめんなさいよ」


 その時整備師の一人がそう言って木製のトレイを抱えて間を通り過ぎた。トレイ上には菓子を乗せた皿と高そうな磁器製の茶具が乗っていた。


 ハチは目で菓子を、ナナジは茶具を追った。


 ハチの腹が鳴る。見学は既に一時間過ぎているが整備はまだ終わらないようだった。整備師達は一番機の装甲が外された左足を見ているようだが時々首を捻っていた。


「……そういや飯の途中だったな」

「ア、ゴメンナサイ。アリガトウゴザイマシタ」

『すまない。貴方に感謝します。と言っている』

「おう、続きはまた今度な。おいクルト飯に行く……あ」


 ハチが見るとクルトが機械乗り達が入って行った天幕にずんずんと歩いて行く。


「あちゃ〜やっぱりか!」


 ハチは慌ててクルトを追った。ナナジも何事かと後を這って追った。機械甲冑の間を通り彼女が残す太い蛇のような身体を整備師達は驚いて進む彼女と残る地面の身体を交互に見る。護衛の兵は踏むなよ! と注意して回ってくれていた。


「あ〜クルト君。一応言うがここは東要塞と違うからな? 俺達完全に余所者だからな? そこ分かってるか?」

「分かっている」


 クルトは無表情で言った。


「ああそうかい。じゃあお手柔らかにな!」


 ハチは頭をかき足を止めてクルトを見送る。ナナジはハチにどうした? と声をかけた。言葉は通じて無いがハチは蟲が翻訳する前に答えた。


「あいつはな――」


 天幕から先程トレイを持っていた整備師が出てきて不貞腐れるように地面に唾を吐いていた天幕に近づくクルトに気づくと慌てて道を譲り止められもせず彼は天幕の入り口を開けて中に入っていった。


「――怒ってるんだ」



「お前達は何をしている」


 天幕にいきなり入ってきた自分達と同じ革鎧を纏った男は無表情でそんな事を言った。


 一番機の若い乗り手は菓子を口一杯に頬張り。二番機の強面の乗り手は茶に口を付け。三番機の少女の乗り手は天幕の間にある仕切りの幕を開けて何事かと顔を出した。


「何って……休んでいるんだが」

「整備師達は働いている。何故休む」

「え? だから……」

「何故休んでいる」


 二番機の乗り手はクルトが何を言っているのか分からない。機械甲冑乗りが機械から降りれば休むのが当たり前ではないか。だが目の前の無表情の男が放つ何かに押され声が出ない。


 クルトは二番機の乗り手を無視して一番機の乗り手に話しかける。若い男は慌てて菓子を飲み込んだ。


「一番。お前の機体は右足が損傷していたのに何故整備師達に報告しない」

「報告って、あれぐらい見れば分かるだろ?」

「整備師達は両足全体を開けて点検していた。あれでは二時間かかる。損傷箇所は右脛だけだと報告すれば三十分で済む。お前は戦場で皆戦ってる中で二時間待つのか」

「んな事!……いや、そんな事は……ないッス……」


 一番機の乗り手は否定しようとしたが最後の声は小さくなった。


 クルトは機械乗りでも珍しい少女に向く。

 少女は革鎧を脱ぎ白く裾の長いワンピースを着ていた。

 長い黒髪にブラシをかけていたのか手に高級そうな動物の毛で出来たブラシを持って突然入って来て仲間達にずけずけと物を言うクルトを青い瞳で睨んでいた。


「似ているな」

「え?」

「いや……何故鎧を脱いでいる」 

「何故って、わたくし達はあの魔物と!」 

「三番。お前は今この瞬間にその魔物の襲撃があればその格好で機械甲冑に乗るのか」

「な!?」


 少女の顔が一瞬でカッと赤くなった。


 機械甲冑乗りの纏う革鎧は身を守る防具以外にアンダーアーマーとしてあちこちに付いてあるフックやベルトに甲冑と繋げる為に着ている。つまりこの革鎧を着てないと機械甲冑に乗れないし動かせないのだ。

 少女は鎧を脱いでるので機械甲冑に乗るには再び鎧を装備しないといけない。


「貴様がのろのろと着替えてる間に俺は貴様の機械甲冑に乗り込み役立たずの心臓を放り捨てて自分の心臓をはめて出るぞ」

「……クッ!」


 無表情でクルトに言われた言葉に少女は怒りを超えて震え目には涙が浮かんでいた。

 クルトは無視して三人にいい聞かせるように口を開いた。


「お前達は勘違いしている。機械乗りは貴族や騎士ではない」


 置いてある菓子を手に取り顔の前まで上げる。


「こんな物を座って食べる資格は無い」


 そう言ってクルトは菓子を握り潰して捨て手についたカスを払った。


「俺達は機械甲冑の部品だ。機械甲冑の身体を動かす為の歯車だ。外に出ろ貴様らの身体を見てもらっている整備師達と一緒に働く者が本物の機械甲冑の戦士だ。休むのは全て終わったその後だ」


 そう無表情で淡々と話し終わったクルトは天幕から出て行き二番機の乗り手の男はやっと息を大きく吐けた。


「はぁ〜怖かった……誰だったんだ?」

「千の軍の人だって……」

「千の軍ですって!?」


 一番機の乗り手から聞いて少女は目を丸くする。それは機械乗りなら誰もが知る部隊名だったのだ。



 天幕の外ではクルトが入った後すぐハチとナナジの二人が聞き耳を立てていた。ナナジが整備中で座る機械甲冑の間を通って天幕まで伸ばした身体を整備師達は踏まないように注意し迷惑そうに彼女を見ている。


「またやりやがった」

「キビシイヒトナンダネ」

「何だって?」

『厳しい人だなと言っている』


 ナナジの口から男の声、蟲が翻訳して話した。


「ああ……クルトは何も無い時は一日ぼ〜っとしてるような変な奴なんだが機械甲冑の事になると人が変わったようになるんだ。東要塞の機械乗り達にも同じような事しやがった」

「オナジコトッテ?」

『同じ事とは何だと聞いている』


 ハチは腕を組んで考えてから話し出した。


「何と言ったら良いか……俺様もそうだったんだがあんな機械甲冑に乗ってると若い機械乗りてのは偉そうになるんだ。自分は大きい、強い、偉いと勘違いしてな。若い内に先輩達にガツンと叩かれて気づく物なんだが……」


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