玉ねぎマンとバジリスク・上
シズカ隊と調査隊は魔物達の排泄物だらけの道から外れ調査隊の仮拠点に移動していた。兵士達はようやく息ができると安堵し。仮拠点の中央に湧水で出来た池がありそこから流れてきた川の水を汲んでシズカ達は汚れを洗い流し始めた。
仮拠点で待機していた調査隊の兵は帰ってきた兵に慌てた様子で声をかける。
「お、おい! なんだあれ! 何なんだあれは!」
「ああ大森林を越えてきたそうだ。ニの姫様の兵達で……」
「ちげえよ! あれだよ! あのバカでかい魔物!」
「だからあの魔物もシズカ様の兵だよ」
「はあ!?……シズカ様?……はあああ!?」
蟲騎士は両足を川に突っ込んで座り込み折った木の枝でゴシゴシ擦って念入りに洗っていた。
『もう良いんじゃないか?』
「駄目! 指の間もしっかりと!」
『むう……』
蟲騎士の額に生えるナナジは譲らない。本当なら自分もふくめて全身を洗いたいと思っていたが側には調査隊の兵士二人が魔物の見張りで側にいて服を脱いで洗うのは躊躇った。上半身だけだが一応女の身体なのだシズカ達のように幕を張ってほしかった。
シズカは身体を洗い着替えた後すぐにヨーコとアーダムを連れて池の側で調査隊の隊長と話をしにいた。聴覚強化で聞き耳を立てると蟲騎士を発見した時に森林砦に警戒を強化するようにと伝令を出してしまい先程警戒解除とシズカを迎える準備をするようにと伝令を送った所だという。シズカの体調を見て今日はここで休み明日砦に向かうという話をしていた。
その後は雑談になりシズカ達がここまでいかにして来たかの話になったがガシャーンという音でスキルを切り目を向けると細川を挟んだ向こう側で機械甲冑が木で組まれた椅子に座っている様子が見えた。
椅子は三台ありそのうちの一台には右脛の装甲が外され布が巻かれた機械甲冑が座っていた。数人の整備師と呼ばれた兵は蟲騎士が気になるのか魔物を見ていて余所見をして整備長に怒鳴られている。
ナナジはそれを見てそわそわとした様子で蟲に聞いた。
「あれってどうやって動くの?」
『分からん』
「戦ってたんでしょ?」
『嫌ほど』
言葉数が少ない。こんな時の彼は機嫌が悪い。機械甲冑が嫌いなようだ。
大昔に宝玉の女神からあの丸い魔導兵器を盗んで人間達が真似て作った物だと言っていた。あの女神を出し抜いて魔導兵器を盗み出した人はいったいどんな人間だったんだろう……
機械甲冑の胸装甲が前にズレて開き中から乗り手達が出てきた。肩にⅠと描かれた機体からは役割が〈教師〉と付いたまだ少年と言っていい若い男が整備師がかけた梯子を使い降りている。槍を持ったⅡの機体からは〈兵士〉と付いた強面の男。大盾を持ったⅢの機体からは……
「〈舞姫〉? 女か」
中から出てきたのは身体にピッタリと合った赤い革鎧を纒い頭を覆っていた頭巾と髪留めを外すと頭を振り長い黒髪が落ちて弾む。
手で背中まである長い髪を流した女は蟲騎士を見て青色の瞳でキッと睨み化物の額にいるナナジを見て一瞬驚いた様な顔になりまた睨む。ナナジ好みの気の強そうな美少女だった。
「(へえ、これは中々……泣かせたいねえ)」
ナナジの目が細くなり嗜虐心をくすぐった。
ナナジを睨む少女は整備師に渡されたコートを羽織ってから他の乗り手と一緒に天幕に入っていった。
「ほほう機械乗りの女か」
「珍しいな」
下の方から声が聞こえる。ナナジの様に機械甲冑を見ていたハチとクルトだった。身体を洗い終わり真新しい肌着姿だったが背に何か円盾の様な物を布で巻いて背負っている。
「女の機械乗りて珍しいの?」
ナナジは上から二人に声をかけた。
「なに? 何だって!?」
ハチが大声で聞き返した。二人はナナジの声は聴こえているが彼女の言葉が分からない。ナナジは蟲騎士と同化しているので彼らの言葉が理解できている。
『女の機械乗りは珍しいのかと聞いている』
蟲騎士がナナジの言葉を翻訳するように話す。魔物が人の言葉を発したので見張りの兵士達は驚いていた。
「ああそうだなあ余り見ないなあ!」
「ふ〜ん……うん?」
クルトが無言で手を上げナナジに向かって自分に招くように動かしている。確か降りてこいというサインだったかナナジは蛾の頭と繋がる腰をによろんと長く伸ばして蛇のように動かし蟲騎士の掌に乗り落ちないように指に腰を絡めて降ろしてもらう。
腰を伸ばして降りてくるナナジに見張りの兵士は驚いたが興味の方が勝ったのか近づいてまじまじと彼女の蛇のような姿を見て顔をじろじろと見る。そんな兵士達にハチは注意した。
「おい! 余り無礼のないようにな! 彼女は宝玉の女神様の妹様だぞ!」
「あ? 別に見るだけ良いだろ……宝玉神? ええ!?」
兵士達は慌てて両手を合わせて下がる。二人とも宝玉神の信者だったようだ。
ナナジは気にせず手から降りてクルトの話を待つ。
「機械甲冑の見学をしたいなら頼んでみよう。整備の邪魔にならないよう離れて見るだけなら許可される筈だ」
そのクルトの言葉にナナジは目を輝かせてうなずいた。
『待て』
「足洗え」
『むう……』
止めようとした蟲にナナジは言い放った。
シズカ隊は洗って冷やした身体を暖める為に釜を借り焚火をつけて昼に食べれなかった食事を始めた。調査隊から分けて貰った食料に新鮮な野菜があったので玉ねぎ神信者のヤマはとても喜んだ。
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玉ねぎ神はこの役割の世界で最も新しく生まれた神だといわれているが宝玉の女神以上の逸話や昔話が数多くある。
玉ねぎ神は初めは夢魔の一種だと思われていた。
むかしむかし、ある寝静まる夜。それは野菜を嫌って食べない子供の夢に現れた。
赤いマントを翻し顔が玉ねぎで出来たその男。
「野菜を食べよう! 野菜を食べれば病知らずの身体になり元気になるぞ! さあ野菜を食べよう!」
親指を立てて顔の玉ねぎをピカリと輝かせて子供に諭した。
その日から多くの子供達の夢に現れたその玉ねぎ男はいつしか子供達から玉ねぎ神と呼ばれるようになった。
ただ食べろと諭すだけでなくこんな逸話もある。
ある時夜遅くに目を覚ました子供は親をゆすって起こした。
何事かと聞けば夢に玉ねぎ神が現れたと言う。親は驚きその子は好き嫌いもせず野菜も食べるので現れる筈が無いと言った。だが子は違うと言う。
玉ねぎ神は台所の馬鈴薯が二つ腐っているから食べないようにと知らせてくれたのだと言う。
驚いた親は台所を調べると袋に入った馬鈴薯が二つ腐っていた。
元々八大神だった神々がいつから九大神と呼ばれるようになったかは未だ判明していない。最も有力な説はある国の王子が玉ねぎ神に助けられたと言う逸話からだ。
ある国の王が王子を連れて狩りに出かけた。だが王子は皆からはぐれてしまう。心配した王は家臣達に探させ三日後王子は大量の野菜を抱えて発見された。聞けばダイアウルフの群れに襲われ玉ねぎ男に助けられたのだと言う。
ダイアウルフが王子に襲いかかるその瞬間それは現れた。
赤いマントを翻し玉ねぎで出来た顔をピカリと輝かせた玉ねぎ男がダイアウルフの前に立ち塞がった。
「玉ねぎパーンチ! 玉ねぎキーック! 止めだ! 玉ねぎクラーッシュ!!」
玉ねぎの汁をかけられ泣きながらダイアウルフの群れは逃げ出した。
「三日後に助けがくるぞ! それまでこの野菜を食べて頑張るんだ!」
そう言って王子に大量の野菜を渡して玉ねぎ男は親指を立てて顔の玉ねぎを輝かせて消えた。
後年、王となった王子は国中の村々に小さい玉ねぎの祠を建てて奉ったのが九大神と呼ばれる始まりだという説が有力である。
玉ねぎ神は他の神々のような大きな神殿や神官は居ない。だが子供達の守り神として信仰に関係なく必ず一つ町や村の端や道の側に小さい祠を建てられて奉られている。
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「……玉ねぎ様玉ねぎ様新鮮な野菜を我に下さりありがとうございます……」
あのヤマが玉ねぎ神への祈りを捧げている。同じ焚火を囲むデイブとガイはこんなに真剣に玉ねぎ神に祈る人を始めて見た。自分達も玉ねぎ神には祈った事はある。だがそれは子供の頃野菜嫌いをやめさせる親の躾のようなものだった。
祈りの邪魔をするとヤマは本気で怒るので二人は顔を見合わせて静かに食事をしていた。
「なぁ、あんたもしかして影か?」
玉ねぎ神への祈りを終え食事を始めたヤマに声をかける者がいた。昼間に機械甲冑を止める為に銃を放とうとして止めた兵士だった。




