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蛮族の待ち伏せ

ちょっとお汚い、かなりお汚いお話があります。食事中や苦手な方はご注意ください。

 鹿郡領の森林砦まであと二日の位置。


 砦があると聞いた方向に蟲騎士は進んでいた。もはや自分を超える背の高い木は無く蹴れば容易く折れもう必要は無さそうだが人間達の馬車が通れるようにと地面を踏み固める。


 いつものように進んでいると異臭がしてきてナナジは鼻を押さえ悲鳴を上げた。


「くっさ! 何この臭い!?」

『魔物達の腐った食い散らかしと糞尿の臭いだな。やけに数が多いし新しい』

「ここ人間の砦近くじゃないの!?」

『そのはずだが……』


 蟲は人間達の馬車を振り返る。先頭で馬車の手綱を握るマチルダも鼻を押さえて顔色も悪い。鼻の位置が高いナナジでも悲鳴を上げる臭いに地面に近い彼女達にはもっとつらいだろう。鼻を布で覆っている者も居た。


『人間には毒になるかもしれん』

「引き返すか聞いて」


 ナナジは鼻を押さえなが言うので変な声になった。


『引き返そうか』


 蟲は人間達に聞いた。


 鼻を押さえるマチルダは馬車の中に居るシズカに尋ねてそしてすぐに向き直り腕を振って合図を蟲に送る。


 ――前進。


『ふむ……』

「嫌だなあ〜!」


 潔癖な所があるナナジは聞いといて不満をあげながらも蟲騎士は前進を再開する。

 もはや蟲が道を作り踏み固めなくてもよかった。魔物の大群が木を折り地面を踏み固めた上に糞尿を垂れ流していた。



 シズカの私兵隊はこれまで出来るだけ清潔にして旅をしていた。


 見た目は美しい貴族の夫人を頭にして旅をするのだから不潔はいかんだろうと野盗のような傭兵と山賊の男達も三日に一度は湯で身体を拭き髪や身なりを整え。出した糞は自分で土に埋め尻を高価な紙で拭いた。

 だがその為かここで急に汚物の臭いに囲まれて士気が落ち数名が体調が悪くなり前進を指示したシズカ夫人も馬車の中で吐く羽目になった。


「ウエッ!……やだあ……こんな所で死にたくない……もう少しなのに……やだあああ……ウッ!」

「もうしっかりおし!」


 頭痛を我慢して桶にオロロロと吐くシズカ夫人の背をさするアンナは今まで押えていた弱音も吐く彼女を励ます。本来この役目であるはずのヨーコはリズと一緒にぐったりとしていた。



 進みながら魔物の足跡はますます多く臭いはきつくなる。蟲の目で地面の見ていたナナジは鼻をつまみながら、本当は口も開きたくないが彼女は聞きたい事をすぐに聞く。


「これどう見てもシズカさんに聞いた森林砦に向かってるよね?」

『ああ、だがどういう事だ? 魔王軍でも無いのに低級魔物が足並みをそろって何故大規模な攻勢を?』

「蟲がわかんないのなら私にも……いや待て、もしかしたら」


 ナナジが急に女言葉を止めて何か気付いたように考え込んだ。


『どうした?』

「……こいつら私達に怯えてここまで逃げて来たんじゃないか? リズちゃん誘拐した時に言ってたろゴブリンが逃げるって」

『……ああ』

「大森林を進むたびに箒で履くように魔物達をここまで押し込んだんじゃ……ないかしら」


 ナナジは思い出したように女言葉を付け足した。


 本来の大森林は低級魔物の巣窟である。


 だがある意味蟲騎士と一緒に行動していたシズカ達は低級魔物の群れと遭遇した事は無いしナナジが目覚めてから一度もゴブリンやコボルドを見た事が無かった。


 魔物の群れは巣から逃げ出し何処に行ったのか?


 蟲騎士の鍬形のような大顎がカクンと開く。彼にはどうやら考えも無かった事だったようだ。



「そもそも何で低級魔物は蟲から逃げるの?」


 そう聞いてからすぐ彼女は何かハッとなって目は鋭くなり辺りを気にし始める。蟲はそんなナナジに気付かずにう〜んと唸り。


『ご先代がまだ獣だった頃に魔物になにか――』

「待って」

『何だ? ……何だ?』


 蟲は何だど聞いてからナナジの様子が変わってた事に気付き二回聞き返した。


「何だろ……この感じ……何か居るような……でも……」


 足を止めて蟲もスキルを使って辺りを警戒する。


 視覚と聴覚強化で、目と耳で、嗅覚強化は、鼻は地面の糞で使い物にならない。


 〈熱感知〉――反応無し。


『……』

「……ごめん、気のせいだったかも」

『自分の感を信じろ。こんな時は我々より優れてる人間に任せれば良いんだ』


 蟲は左腕を上げ前もって教えてもらっていた警戒を知らせる合図をした。


 蟲騎士が後方の人間達に見えるように送った合図は機械甲冑兵が腕だけで行う〈アームサイン〉という物で、武器を持たない空いてる方の腕、左腕で、開くと閉じるの二種類しかできない手とで行う合図方法である。


 掌を広げて頭の高さまで上げる。――止まれ。


 軽く手を握って出来る手の穴を向ける。――見ろ。


 そのまま手首を左右に回す。――周りを見ろ。


 その合図を見た機械甲冑乗りのクルトとハチが同時に「警戒しろ。だ」と言った。



「もり、まわり、たくさん、ひといる」


「森に人がいる。包囲されている。待ち伏せだ」


 馬車の中で寝込むデクがヤマに話しヤマがアーダムに報告した。アーダムは頷き数歩歩いて馬車から離れ両手を口に当てて大声を出した。


「あ〜! 旅の者で〜す! こちらに戦闘の意志はありませ〜ん!」


 ビュン!


 一本の矢が彼に、彼の足下の地面に刺さった。クロスボウの矢だった。


「警告かな? うん。まあ、警戒はするよね普通。こっちは魔物に率いられて大森林から来た人間だもんね」

「アーダムどうする? やるのか? ……全員か半分は死ぬが」


 ガイが残酷な現実を話す。


 自分たちの着ている鎧はミスリル製のチェインメイルだ。斬撃や多少の突刺攻撃からは十分に身を守れる。だがクロスボウの盾を割る程の衝撃力と貫通力はどうだろう。


「戦闘は駄目だよ……ああ夫人は必ず守るように」


 アーダムはそう言って相手の出方を待つ。

 矢を当てないという事はそこで待てという意味だ。だったら待つさ、いくらでも。


「化物頼むから動くなよ」


 聴こえてるんだろ? 覗き魔物め。



 マルティはクロスボウの矢が飛んで来た方向に目を向けている。位置は掴んでいたが問題は自分の小弓で届くかだ。


 ヤマさんの武器だったら……



 ヤマはアーダムが離れた時に索敵と感知スキルさらに対潜伏スキルを密かに使用していた。だがデクのように見つけられない。だとすれば相手は隠密や潜伏スキルを使用していない。


 魔術か厄介だな……



 マチルダが幌の中を見て唇を噛んだ。幼馴染のアンナがシズカ夫人に覆いかぶさっている。

 クロスボウで撃たれれば馬車の幌など簡単に貫くだろう。彼女はその大きな身体で矢から夫人を守る気だった。


「アンナ離して! お願い!」


 夫人は声を震わせて言うがアンナは断る。


「だめよ。ああ夫人の抱き心地て本当に良いね! ちょっとゲロ臭いけど」


 そう言って彼女はニヤリと犬歯を見せて笑った。


 ヨーコはふらつきながらも立ち上がり恐怖で震えるリズにしゃがんでいなさいと上司として命令をした。

 主人に覆いかぶさるアンナに「それは私の役目です」と言葉を飲み込みそれよりも確かめる事がある。馬車の幌から出ればすぐに分かるはずだ。


「ヨーコさん! 危険です!」


 マチルダは馬車の幌から出ようとするヨーコに手を伸ばして身体を支えて止めた。


「大丈夫です。襲撃者が私の想像通りなら戦わなくても良いと思われます。この辺りで危険な大森林に入る人間なんて蛮族以外にありえませんもの」

「蛮族?」


 聞き返したマチルダにヨーコは微笑み手を退けて幌から出る。馬車から降り上品にアーダムの側まで歩いた。


 アーダムは足音に驚いて振り返った。


「ヨーコさん!?」

「アーダム様ここはお任せ下さいませ」

「で、ですが!」


 彼女は強い。それは彼が良く知っているが姿が見えない敵の攻撃にどうするというのか。


 ざわ……


「え?」


 待ち伏せ側からざわつきと反応があった。今まで姿を見せなかった襲撃者が突然にアーダムの前、ヨーコの正面に姿を見せた。


 兜からはみ出す赤い髪と紅い瞳。そしてラメラーアーマーを纏う褐色肌の男だった。歳は四十過ぎか。目を見開き驚きの表情でヨーコを見ている。他の男達も姿が見えたクロスボウを持ってるが誰も構えていない。多くの者がラメラーアーマーを纏いそこからのぞく肌の色が褐色の肌をしていた。


「紅い瞳に褐色の肌……南方人か」


 アーダムはヨーコを見る。彼女は黒髪で黒く潤んだ瞳……そして褐色の肌。


 男は震えながら微笑むヨーコに近づき話しかけてきた。


「お嬢が、何故……ニの姫と共に、帝都にいるはずでは……」 

「お久しぶりですね。おじ様」



「何だ戦闘にならないのか」


 ナナジは心の底からがっかりしていた。


 馬車から離れた距離にいた彼女は姿を見せた男達の役割を見ていた。兵士、戦士が多いが中には暗殺者、忍者、野伏、暗黒騎士、狂戦士、ヨーコに近づく男は……


「役割は〈妖術使い〉だね」

『魔術師が居たのか』


 魔術師とは大気中の魔素や精霊力を触媒を通して理を変えてその力を、魔術を使用する者達である。


『あの男に我々とシズカ達全員に "自分達は存在しない" といった魔術でもをかけられたか?』


 存在しないのだからいくらスキルを使っても見つからない。見つかる訳が無い。"存在しない"のだから。


「え〜! ずるくないそんなの!」

『ふむ……こんな大規模な魔術には相当大きな触媒が必要なはずだ。いつの間に使われたんだ』

「触媒?」

『魔術師の呪文を唱える声だったり手に持つ玉だったり、まあ要するに魔術を使うには何かしら道具が必要なんだ宝玉の女神が鐘の音を使ってたろ。アレが触媒になる』

「ああアレかあ」


 美しい女神が座る宝石で飾られたソファーにぶら下がっていた小さい金色の鐘の音。


『音、光、松明の火とか水筒の水とか、後はそうだな……(こう)とか』

「……香り(かおり)?」


 ナナジは気づいた。


『そう香り(かおり)だ……あ』


 蟲騎士も気づいた。触媒ならいくらでもあったのだ。自分達はその中を進んで来た。あの南方人の魔術師はこれを触媒として使って魔術を使ったのか。


「ほっんとに嫌だなあ〜!」


 ナナジは鼻をつまみながら心の底から嫌そうだった。



 キュイイイイイイン。


「え?」

『む?』


 蟲騎士のすぐそばで突然の機械音が鳴り響く。術が切れたのか隠れていた物が姿を見せた。


『こんなに近くに居たのか』

「え? 魔導兵器? でも……役割が、違う……こ、これは!」

『そうか見るのは初めてだったな』


 それは騎士が纏う板金鎧(プレートアーマー)のおばけのようで。蟲騎士に比べれば小さい五メートル程の大きさ。ナナジの知る魔導兵器は丸い体に手足が生えた様な姿だったが目の前のこれは逆三角形なスマートな人型。だが重心とバランスをとる為だろうか両足は太く足底が広い。


「これ……これは……」


 ナナジの脳裏にノイズが走る。目覚めた時自分の姿を見た時と同じ言葉だったがもう思い出せないし意味も理解できない。だが別の言葉、いや感情が彼女に駆け巡る。


 それは歓喜。二本足で立ち、歩くその姿にナナジは何故か心の底から喜び、感動していた。


『これが機械甲冑だ』


 ナナジと違い蟲はカイコ蛾の毛が逆立ち忌々しそうに唸る。


 機械甲冑の数は三機。緑色のコートを纏いその胸には鹿の角の紋章が白い糸で縫い画かれ、同じ紋章が刻まれた剣や槍を構えて蟲騎士を囲む。


『宝玉の女神から恐れ多くも魔導兵器を盗み出し! 人間達が大型魔物(モンスター)に対抗する為に作り出した機械仕掛けの甲冑だ!』


 蟲の説明が終わると同時に三機の機械甲冑は蟲騎士に攻めかかってきた。


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