勇者の異物
シズカ達が大森林を進む事に生い茂る木の高さは低くく細くなるようになった。蟲騎士は背曲げて地面を良く見る。出来るだけ人間が進みやすい地面を探し木を蹴り折り土を踏み固めて西へと進む道を作る。
昔魔王軍に参戦しこの大森林で似たような事をした事がある。今の西方領と帝国の国境辺りにあった要塞に籠もる勇者の軍を森から大きく迂回して後方の村や町を低級魔物の大群で襲い勇者達が救出のために要塞から出た所を大型魔物で襲うという作戦だったのだが……
ここよりもっと北の、今の西方領中央にかかる森から入って進み他の大型魔物達と一緒になって後に続く魔物達の道を切り開き地面を踏み固めて進んでいた。
煩わらしくなり森を焼き開こうとしたがここを住処にしてる〈砕く者〉や〈万の足〉らの魔物から大反対された。
だが途中で続くはずだった小型の低級魔物の大群が全員居なくなり中止となって引き返す事になる。
調査によって低級魔物達は魔獣兵の私に怯えて逃げ出した事が分かった。
困ったハーフエルフの女魔王は私を軍団から外して魔王城に待機させられ一度も戦闘せずに戦争が終わった。
結果は見事勇者を倒して勝利したが同化していた者はやる気満々だったので周りに当たりまわっていた。
あの時一緒になだめてくれたエルダーウィッチはまだ存在するだろうか……
そういえば逃げ出した魔物達。あいつらは何処に行ったのだろう。勇者神信者のシズカにはもちろん、ナナジにも話してはいない四戦記前の事だが――
「ナナジさん飯だよ〜」
アレックスがナナジを呼ぶ。その声はそれ程大きくは無いがナナジには良く聴こえていた。
「ご飯だって」
『何だか慣れてきたな』
シズカ達は朝に決めた速さで、決めた距離、決めた時間だけ進む。十数分ほどの小休憩を数回入れた後は半刻程の大休憩。昼の食事後にも大休憩。そしてまた小休憩数回と大休憩を繰り返して進み。決めた距離まで進むか日が沈みかければ早々と休む。蟲騎士が居るので見張りに立つ者が必要が無くなり夜は全員ぐっすりと寝る。
急いではいるが慌てない。
バナンと言ったか騎士の男がまだ旅慣れてないシズカ達に提案してこうなったという。無理して足を速めると結果的に遅くなるというのだ。
魔物の自分には余り理解できなかったがここまで大森林を通って来た人間達に脱落者が居ないのでこれで良いのかもしれない。
大昔に人間の軍には行軍について行けなくなった人間が倒れていくのを良く見た。
いつからか見なくなったのはこうした方法を思いついたからかもしれない。
森の中なので張った天幕は女性陣が使う二つだけで男性陣は食事を終え敷物を敷いてそれぞれ談笑したりごろ寝したりしている。
シズカがヨーコの腰に手を当てながら同じ天幕に揃って入って行く。
シズカとヨーコを横目で見ながらその後ろを腰を長く伸ばし人間達と食事をしていたナナジが通り蟲騎士の額に戻ってきた。
本来蟲騎士と繋がっているナナジに食事の必要は無い。以前居た森の中で獲物を食べ貯めたので数カ月は食事しなくても良いのだが彼女には毎日食べさせるようにしていた。
彼女が食べた物がどうなるかは実は蟲騎士にも解らない。排泄は自分がするので繋がってはいるのだろう。
『美味かったか?』
「溶けたチーズが美味かった〜」
ナナジはそう言ってぺろりと唇を舐めた。
シズカ達は馬車一台に食料を、旅用の携帯食や保存食を満載にしてこの大森林に入ったようだ。半分になっているが燻した小動物の肉が幾つもぶら下がっている。
飲み水はそれぞれの馬車の中に川の水や雨水を樽や革袋に貯め、必ず馬車にぶら下げた小樽に通してから火で温め茶の葉などを入れてから飲んでいた。
ナナジは「これは何?」と小樽を指差してアレックスに訪ね、蟲騎士がナナジの口を使う。
『これは何だと言っている』
「ああこれはろ過器だよ」
『ろ過器?』
ナナジではなく蟲が聞き返す。
「これの中に水を入れて通すと飲める程綺麗になるんだ、一応温めるけどね。ああ仕組みは聞かないでくれ、俺も良くわ分からないんだ。大昔の勇者様の発明でね」
『勇者の発明か……』
蟲は唸る。
異世界からやってくる勇者はこの世界で様々な物を発明する者が多く居た。このろ過器もそうだが男達が敷いている布団、水が流れる便所、おそらく帝国が作った帝国大道もそうだろう。
発明だけではない。風俗、農法、化学、教育、道徳、政治、法律……
文化だけではない。武器、兵法、戦術や戦略、衛生、火薬を使った兵器、機械甲冑に変わると言われた戦車という乗り物。
特に機械甲冑の改良は妙に熱心で多くは失敗したが中にはそれまで歩いて戦場まで移動させていた機械甲冑を専用の馬車を作って輸送する方法は今でも使われていた。
この世界に本来無かった勇者がもたらした発明は暗黒時代になれば多くは失われるがその残骸が残っていく。
この世界には勇者の、異物が多く混ざり込んでいる。
『今回の勇者はまだ姿を見せないが確実に生きている。恐ろしい発明をして魔王に逆襲を狙っているかもしれない』
「ふ〜ん」
ナナジは興味が無さそうだった。
『だがこうやって人間の味方をしていれば狙われる事は無いだろう』
「うんうん」
ナナジは水筒に入れて貰ったお茶を飲みだした。
『一体何処にいるのか……』
ナナジは蟲騎士の額の上で寝ころびゲップをした。お腹がいっぱいで幸せそうだった。
順調に進めばあと三日ほどで大森林を抜ける。ここからでも見える高い岩山の天然の壁。そこにあると言う森林砦という砦に近づいたら守備隊の兵達を驚かせないように一旦シズカが話しを付けてくる手筈になっていた。
そのシズカだが……
「あ、またあの二人……」
突然ナナジが起き上がる。能天気でふざけてる時でも彼女は周りの物音を〈聴覚強化〉を使って警戒していた。
『どうした?』
「なんでもない! なんでもないよ! ほら休んで! 休んで! 交代するから!」
『そうか? ならそうさせて貰う』
蟲騎士の身体の操作が切り替わり蟲からナナジに代わる。そして蟲はスンと静かになった。
短時間だが彼も眠る。その場合はナナジに身体を任せている。
「……は~参ったなあ。あのおねえちゃん達見てる時から妙に距離が近いとは思ってたけど……」
スキルでどうしてもシズカの天幕から聞こえてしまう物音にナナジは顔が熱くなっていく。見えない分想像力で凄い事になっていた。
「どうしよう。スキルを切っておくべきか? でも、あ~も~う~ん……はぁ」
こんな身体でも性欲は、一応、ある。下が無いけども。でも……ちょっと……ちょっとだけ試してみようか……あのアベルって少年でも……いや、マチルダってお姉さんの方が……
『ところで』
「ッ――――――――!」
ナナジは思いっきり自分の生えるカイコ蛾の頭をぶん殴った。
蛾の表情は分からないが少し痛そうだった。
「ハァ……ハァ……ハァ……な、何?」
『……気づいてるかと思ってな』
ナナジの目に六角形の印が付く。警戒色は緑色だがヤマと名乗った黒装束の男があの武器を手に持ったままじっとこちらを見ている。
「うん。まあ、警戒はするでしょ普通。こっちは魔物だよ?」
『銃といったか。あの武器は厄介だぞ、もし狙われたら……』
あの武器も勇者の異物だ。
「その時は……殺すさ」
ナナジの顔が残酷な微笑みで歪んだ。
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一方その頃天幕の中のシズカとヨーコは。
「あ……ダメ……気持ちいい……」
「奥様……もう少し……」
「ま、まって……」
「いけません……せ~の!」
ゴキン! バキバキバキ! ボキ!
「い! っっっう~! 効くわ~! ヨーコのマッサージ!」
シズカ夫人は涙目になって言った。
「はい、お終いです。今夜もよくお休みになってくださいね♪」
ヨーコは太陽のような微笑みを主人に向けた。
ちなみに勇者要塞攻略は〈砕く者〉ちゃんが頑張ってくれました_(:3 」∠)_




