白騎士見参!
ちょっとお汚いお話があります。食事中や苦手な方はご注意ください。
先日にシズカ達が西に去った草原に東から馬車の大集団が入って来た。
「何だこりやあ! 大森林のど真ん中に草原だあ!?」
先頭の馬車から職人の親方風の、頭に鉢巻きをしたら似合いそうな男が驚いたような顔で馬車から降りて感動して中心の川にそって草原を見渡した。だが一部の草原が染みのように焼けていたのでちょっとがっかりする。
鬱蒼とした大森林に出来た謎の道を馬車で横から奇襲されたら一貫の終わりになりそうな一列になって緊張して進み休めば誰かの物の匂いに悩んだ。
細い空間を集団で行軍する中で一番大変なのは食料でも水の確保でもない、彼らが出す物の匂いだ。
他人の物の匂いは一気に士気を落とす。
森の中には低級魔物が居ると言われて育った彼らにはその心配は無いと言っても誰も森の中に入って済ませようとしない。
道の途中おそらく任務の一つで追っている集団の物だろう穴を開けて土の中に埋めていたのを部下が見つけてすぐ真似した。
匂いはかなり抑えられたが百人以上の物となると完全にとはいかないが前よりかはマシになった。
改めて帝国の作った帝国大道に一定間隔で水が流れる便所が設置されてたのはこの為だったのかと感心した。
……とまあそんな鬱陶しい数日を過ごしていた彼にはこの草原で心が洗われる思いだった。
彼は鎧を着ておらず作業着のようなつなぎを身に纏っている。魔物の巣窟である大森林を通るには危険すぎる軽装であった。
「お〜こりやあ凄えや!」
「ケンプ隊長どうします? 白騎士殿に頼めばあの川も渡れそうですが」
ケンプと呼ばれた男はう〜んと唸りながら上級の紙に写された地図を見る。この辺りの地図では無く帝都から西方領国境までを描かれた写しで距離とかかる日数がメモしてあった。
その下には森の道から細かく一日進んだ距離とここまでの日数。落書きのような簡単な地図が描かれていた。
男は何か計算するように指で紙をトントンと叩いている。
ズシーン……ズシーン……
考え事をしてる間も馬車の列は次々と草原に入ってくる数人は降りて草原を見渡すがこの男達も鎧を着ていない。
ズシーン……ズシーン……
列の最後の馬車に乗っていた一人の男が来た道を振り返り慌てて道を開けろ! と声を出す。
ズシーン!……ズシーン!……
道を開た馬車のすぐ横を何かが降りてきた。
ズシーン!
「馬鹿野郎! 踏み殺す気か!」
男が上に向かって怒鳴る。
馬車のすぐ横には白い。巨大な、人の足のような物が止まっていた。
ズシーン!
「危ねえ! 少し待てねえのか!」
自分達の前方の馬車から声が上がる。見ると同じ足の様な物が馬車の横に止まっていた。
横に止まっていた足が今度は宙に浮く。
ズシーン!……ズシーン!……
まだ草原に入りきれない馬車の列から次々に悲鳴と罵声が上がる。
ズシーン! ズシーン!…………
白い足が草原に入り一度足を止め暫くして何かに気が付いたように今度は早歩きで歩き出した。
ズシン! ズシン! ズシン!
ケンプはその騒がしい足音と揺れに気にも止めず。何かを決断するようにうなずいた。
「……いや、丁度良い。ここに〈門〉を作っちまおう皆に野営の準備始めるように言っとけあと半分を今の内に休ませろ」
「は!」
もしこの時にケンプが前進を命じ川を渡っていればもしかしたらシズカ達に追いつき出会っていたかもしれない。だがそうにはならなかった。
十数の馬車から男達が降りてくる。やはり鎧は着ていない。野営用の天幕を別の馬車から降ろし始め片っ端から建て始める。
だが半分の男達は馬車の影に入り毛布をひいたりかぶったりしてゴロンと寝転がり休みだした。
別にサボっているのでは無い。休むのが今の彼らの仕事なのだ。
「何だ? 地面が硬いな?」
「このすぐ下は岩か? どうする?」
「何かでかい穴があるぞ」
「印を立てろ。危ねえから埋めとけ」
「雨が降るかもしれねえ川がどこまで上がるとか良く見とけよ」
細かく命令せずとも自分達で考えで動きだす自慢の部下達を見回す。その視界に離れた場所で白色の巨人が膝を付いて屈んでいた。焼けた草原の中心だ。
「あのゴーレム何してんだ?」
ケンプは膝を付いて屈む巨大な白いゴーレムに近付いた。
屈むその前には馬が丸々入る大きく深い穴が開いておりケンプはここも埋めさせようと思った。
「白騎士殿どうされた!」
ケンプの声を聞いて白騎士と呼ばれたゴーレムの頭上に生える上半身だけの白い板金鎧が動く。
膝を付いて屈んでいてもその位置は高いがその鎧の人物はその表情が見えない頭全体を覆った兜を動かしケンプを見て指全体を包む篭手の手で地面の穴を指し良く通る若い男の声で答えた。
「これをやったのを知っていると言っています」
「この穴を開けた奴を?」
ケンプは大穴を覗き込む。どんな魔物だろうか穴は高熱に当てられたように岩は焦げ砂は溶けて硝子状になり地の底に続いているようだった。
『否』
白騎士と呼ばれたゴーレムは立ち上がった。
その大きさは機械甲冑をはるかに凌ぐ。大きさを比べればよちよち歩きの赤子と大人ような差があった。
全身を金属のような白い装甲で包みその姿は人のようではあるが武者のような頭は大きく、それを乗せる細い胴体には女性のような二つの膨らみとくびれがあった。両肩は大きいが上腕は細長く前腕部の辺りで太く篭手の形になり白い手と指がのびる。長いスカートの様な装甲が腰と尻を包み前の部分の装甲は短く代わりに白い布が下がっている。そして体重を支える足は馬車を踏み潰す程大きく踵はヒールのような突起が地を刺していた。
その高さは二十メートルはあるため頭上は遠くなり鎧の人物の声は聞こえなくなった。
白騎士は腰に片手を当てて立つその立ち振る舞いはまるで人のようだった。
『〈勇者殺し〉何処に御座す』
白騎士から女性のような優しげな声が聞こえた。
ケンプはその名に聞き覚えがあった。確かグエン副長が言ってた奴だ。
「名前は派手ですが確かすげ〜目と耳が良くて熱線を放つ魔物。でしたかい?」
穴を作った奴では無く焼いた方かその程度ならこの目の前の魔物の方やべーだろとケンプは思ったが。
『否、勇者殺しが然程な事は無し』
白騎士の顔と頭の装甲が開き六つの目が現れさらにあちこちの装甲が開き多くの目が一斉に現れた。
目は生物的でギョロギョロと動いている。
先程まで白く美しい姿だっただけに余計異様に見え、そして乳房の部分にある一つ目がケンプをじっと見ている。
「……強いんですかい?」
ケンプは白騎士のその見た目の変わり様に若干引きながら尋ねた。
『我など容易く葬られる』
「本当ですかい!?」
一千機の機械甲冑兵を倒したこの魔物より強いだって?
『ここに居る皆を瞬時灰に処す程……今この瞬間狙っておるやも』
全身の目を激しく動かすが彼が本気を出せば自分では見つけられない事を良く知っていた。
『何処に御座す』
白騎士は緊張した息のように全身からシュー! と白い蒸気を噴いた。
『何処に御座す』
一つの目が彼の足跡を見つけた。足跡は川を渡り森まで続いていた。
彼はこの先にいる。
白騎士は目を閉じて川に向って歩きだし慌てたケンプが追って走りながら叫ぶ。
「待て! 何処に行くんだ!」
『無論追う』
「止まれ! あんたが居なくなったら困る! 下級魔物の群れに襲われちまう!」
ケンプ達は足を速める為に武具を装備したり馬車に積んで居なかった。白騎士がいれば下級魔物は避けるので必要ないからだ。
彼らはここで行うもう一つの任務があるのだ。
「止まりましょう彼らを置いていけません」
額にある半身の鎧に言われて白騎士は川に入る手前で止まった。
『無念……』
森を見つめる白騎士の下でケンプは息を荒くしていた。
「ゼー! ゼー! まったく……お?」
ケンプはすぐ側に野営跡を見つけた。焚火の跡に天幕の跡そして離れた場所に道で見つけたあの便所の跡。二十人程度の集団の物だ。
ここに人が居た。おそらく追っていた集団だ。出会ったらついでに程度の任務だったが。
「〈勇者殺し〉はこの連中を襲った?……慌てた連中は川を渡り森の中へ……勇者殺しも追って森へ……いや? 何かおかしいぞ?」
焚火跡の側にある草や土のへこみを凝視する。
白騎士のような巨大な魔物がここで寝そべっている? まるで……そう、まるで。
人と魔物が一緒に談笑しているような。
「ハッ! そんな馬鹿な俺達魔王軍以外に……」
ケンプは苦笑して頭を振る。
『御戻りませい!』
白騎士が突然地を揺らすほどの大声を上げた。
ケンプの部下達も何事かと手が止まる。
『聞こえておろう! 御戻りませい!』
白騎士の大声は森に広がっていった。
一方その頃ナナジは大あくびをしていた。木の根を斬ってるだけなので飽きたのだ。
「うん?」
誰かに呼ばれた気がして振り返る。シズカ達はゆっくりだが付いて来ている。森の道と違い流石に馬車は進み辛く歩きにくいのかその顔には疲労が見えた。
声は彼女達じゃない? もっと後ろの方からか? と《聴覚強化》の範囲を細長くし後ろに草原のあった場所まで伸ばそうとした時蟲から注意された。
『何をしている?』
「え、いや後ろの方から」
『サボるなよ?』
「む! サボってないよ!」
ナナジは《聴覚強化》の範囲を周辺に広げ結局後方の白騎士に気付く事は無かった。




