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木々が生い茂る大森林の真ん中にぽっかりと穴が開いた様な広い草原があった。
風が吹くたびにゆれる草は短く、その中心には川が流れていた。
もし大森林の中を旅する旅人がこの草原にたどり着いた時は灼熱の砂漠でオアシスを偶然見つけた時と同じ感動を持つだろう。
そして川の流る方向に目を向け転がる巨大ワームの死骸や染みのように焼けた草原をみてちょっとがっかりする。
草原の中心を流れる川の側に二人の人間が立っていた。一人は山賊王の娘マチルダ。もう一人はその腹心(自称)デイブであった。
マチルダは鎧は纏っておらず一括りにまとめていた金髪も下ろし男性用のチュニックとズボンとサンダルというラフな服装だった。
下ろした金髪が風で草原の草と同じようにゆれる。
デイブも似た様な格好でその上にフードのある旅人のローブを纏っていた。
横目でマチルダを眺める。男装しているが美しい娘だ。顔が整い過ぎて男前とアンナから言われるのも納得する。
もし着飾り街を歩けば多くが振り返るだろう、男からもそして女からもその中にはもちろん自分もいる。
ーーーーーー
彼女の父は百人の山賊を束ねる山賊王と呼ばれた男だった。だが東の要塞に荷物を運ぶ大規模な輸送隊を襲ったさい凄腕の弓兵に矢で射たれあっさりと死んだ。仲間の多くが射たれ捕らえられ首をはねられた。
その時デイブは隠れ家の居残りでその場には居なかった。
山賊団のあとを継いだのは彼女の腹違いの兄だった。だが彼は一人の旅人に取り巻き達とチンピラのように絡みそして槍で胸を穿かれてあっさりと死んだ。取り巻きも一人残らず討たれ首をはねられていた。
その時デイブは酒を取りに行かされていてその場には居なかった。
山賊団は解散となった。
誰もマチルダを頭にとは考えなかった。能力も実力もあるが女という理由と彼女に付いている役割のためだ。
残ったのは自分と幼馴染のアンナとその夫のジョン。そして仲間からデクと呼ばれてた坊さんだけ。
マチルダは残った者で自分の山賊団を作ろうとしたのだが……
最初の仕事であっさり捕らえられた。
襲ったのはシズカ夫人の馬車だった。
ヤマが構える筒から破裂するような音が続けて響くと雇った傭兵のガイの剣を弾き落とし、山で拾った三人組の元兵士の男達は始めからやる気が無くさっさと剣を捨てて降伏してしまった。
クソ! っと悪態をついた時、後ろから男の声が聞こえた。
しかし自分の後ろにはマチルダしか居ないはずだ。
「は〜いそこまでだよ〜」
驚いて振り返ると後ろからマチルダの口を押さえ首に小剣をつけるアーダムがいた。
デイブは優男の顔を見て「あー! あんたは!」と声を出す所でブラッツに押し倒され縛られた。
縛られ口も塞がれ俺もここで首をはねられるのかあ。と思っていた所でそれが聞こえた。
「命を救う代わりに仲間になりなさい」
苦労して顔を向けると赤い女が腰に手を当ててマチルダを仲間に誘っている。
マチルダは始め赤い女を睨みつけていたが女がシズカと名乗りその故郷の名を口にした時マチルダの顔に変化が起きた。
まるで探し求めていた物を見つけたような。
デイブはシズカの仲間になったマチルダの目的を察していた。
仲間達も全員ついて行く事を約束して解放され。はい雇い賃と金を渡され目の色を変える。
もちろん自分も解放されほっと息を吐いた所でアーダムに笑顔で肩を掴まれた。目が笑っていない。
わかってるね?
あ、はい。
ーーーーーー
「便利ね」
マチルダの声でデイブは現実に戻ってきた。
デイブは目の前で馬車を両手で持って川を渡る蟲騎士を見て声を上げた。
「便利ですねえ」
川は思ってたよりも深く流れも速い。渡る為に浅瀬を探す事になった。だがその時蟲騎士が声を上げた。
『だったら我々が運ぼう』
馬を外し荷台だけの馬車を運び荷物を一切濡らさずに渡す事が出来た。
馬だけは蟲騎士を怖がり嫌がるので馬の扱いに長けたバナンとジョンが一緒になって泳ぎ渡った。
『最後だ乗れ』
「え、ええ……じゃあお願い」
蟲騎士は最後に残っていたマチルダとデイブに向って手を伸ばす。シズカ隊のほとんどはもう川の向こう側に渡っていた。
蟲騎士の手は昆虫の脚が集まって手のような形になっている。
彼女は蟲騎士の手に乗りその形のよい尻を蟲の手におろした。
「(いったいこれはどんな生き物なのだろう)」
興味深くその手に触れてみる。
マチルダに触れられて蟲騎士の指がぴくりと動いた。
「ひいい!」
未だ手に乗り込まないデイブが動いた指を見て悲鳴をあげた。
「なに?」
『どうした?』
マチルダはデイブにほら早くと急かす。
「いや、あの……俺が虫が苦手なの知ってるでしょ?」
どうやら彼は蟲騎士の指を一番嫌いな虫の脚を想像したようだ。
「はあ? じゃあ泳ぐ?」
「俺が泳げないの知ってるでしょ!?」
「わかったじゃあ目をつぶれ! 乗せてやるから!」
「そんな恥ずかしい事できません!」
そんなやり取りが蟲の前で繰り返される。
『ふむ……』
蟲騎士の額に生えるナナジがイライラした顔で言い放った。
「摘んで運ぼう」
『そうだなデイブ君。目をつぶれ』
「え? 何、わああああ!?」
マチルダが乗る反対側の手でデイブのローブを摘みあげ。川を渡り始めた。
『すぐ着く目をつぶっていろ』
目をつぶれと言ってもデイブはぶら下がりながら下を見ていた。
川の深さは始めは浅かったが中間で急に深くなって蟲の足が沈む。
デイブはそれを見てバタバタと足を動かして暴れだした。
「あわわわわ!」
『暴れるな危ない』
「じっとしてろ!」
「モウスコシダカラ!」
ビリッ!
「あ」『あ』「あ」「ア」
ジョンとバナンは馬達と一緒に川を渡り濡れた身体を焚き火で乾かしていた。
何か悲鳴が聞こえた気がして川を背にしていたジョンは振り返えろうとした。
「何だあ?」
「デイブが落ちた」
正面に座るバナンがのんびりした口調で言うがジョンは慌てた。
「何だって!?……あ〜あの辺りなら足が付くから大丈夫かあ」
デイブは結局蟲騎士に水からすくい上げられてびしょ濡れで手の上に乗って運ばれていた。
「予定よりはやく出発できそうだな……ん?」
「こっち側にも道があると良いんだがなあ」
「え? うわ! ちょ!」
その時バナンが慌てる声を上げる。
「あ? どうし――」
ジョンがまた後ろを振り返ろうとするとドシーン! とジョンの目の前、焚き火のすぐ側を蟲騎士が足で踏みポイとびしょ濡れのデイブを置いて行った。
「馬鹿やろお! 危ねえだろお!」
ジョンは通り過ぎていた蟲騎士に抗議の声を上げた。
森の手前でアーダムとブラッツとタルンが話し合っていた。
「森の道が無いな」
ブラッツがう~んと唸るように言った。
「あの道はこの草原までの道だったのかねえ?」
タルンが困った顔で言う。
「……」
アーダムは何も言わず彼はあのワームがあけた穴の近くで拾った石ころを熱心に見ていた。
「しかし石切場は無かったんだねえ」
タルンは以前言った予想が外れたなぁと思った。あれ程町を囲む石の量なら相当な規模の石切場があると想像していたのだが。
「いや、もしかしたらこの草原にあったのかもしれませんよ?」
アーダムが石ころから視線を外しタルンにその石ころを手渡す。
その石ころの色は黒、あの国境町を守る石壁と同じ色。
タルンはハッとした。
「え?……ここ……ここの草原全部がかい!?」
この草原の上は元々巨大な黒石岩があった。
全て宝玉の女神に刻まれあの宝玉山の側まで運び女神が自分の神殿を築いた。
余分に余った石は山積みで放置され人間が発見し町まで運び町を守る石壁にした。
岩が取り払われた後は月日が経ち川が流れ土や砂が溜まり草が生え草原になった。
地下に僅かに残っていた黒石のかけらがワームによって掘り返され今自分の掌の上に……
「はっはっはっ! 想像ですよ? でもあの派手好きの宝玉の女神ならおかしくない気がしますね」
アーダムは笑って言った。
ーーーーーー
一方その頃。
「ヘプチ!」
「あら宝玉様? お風邪ですか?」
鉱石人のあかが書類の束持って宝玉の女神体調を心配した。
だが神は風邪などひかない。
「??? 何処かの暗黒神信者が妾の悪口を言ってるのかしらあ?」
ズーと女神は鼻を鳴らした。
ーーーーーー
「もう少しなのに……」
シズカは呟いた。蟲の掌から見た風景はとても素晴らしかった。きっと人がその一生に一度も見る事は無い風景。そこで西の方角の遠くに見えた高い山。その山に彼女は見覚えがあった。正確にはその裏側を。
もう少しだ。私達は故郷のすぐ側まで来ている。
だが……
ズシーン!
『どうかされましたか?』
頭上で蟲騎士が声をかけてきた。自分の立つ場所からは額に生えるナナジの姿は見えない。
「道がないのよ。最悪馬車を置いて行くしか……」
『あの馬車が通れる幅があればいいのですね?』
「そうだけど」
『お任せを。ナナジ警戒を頼むぞ』
蟲騎士は森に向かって歩き出す。篭手から一本鉈を取り出した。
「え? ま、まさか……」
ザン! ザン! ザン! メキメキメキメキ!
蟲は大木の根を埋める土ごと鉈を叩きつける。そして足で木を蹴り倒し。地面を何度か踏み固めて行く。
蟲騎士は森の中に道を作りはじめたのだ。
バキバキバキバキ!
『この幅でどうだ?』
いくつか木を蹴り倒し蟲は一度止まり。振り返ってナナジにたずねる。
「ん〜ギリ……かな? 私らが通れるぐらいの幅ぐらい採っちゃおか?」
『余り森を荒らしたくない。間引くぐらいにしよう』
ザン! ザン! ダン! バキバキバキバキバキバキ!
ブラッツは驚きながらもシズカに振り返った。
「これなら何とか通れそうです」
「……出発しましょう皆を呼んで」
シズカ達が草原を出発したあと暫らくして放置されたワームの死骸を〈万の足〉と呼ばれた巨大ムカデが現れ食べ始めキュー! と鳴いた。
ムカデは食べながらは〈勇者殺し〉の去った西の方角をみる。
すでに木を切り倒しながら進む彼の様子は彼女からはもう見えない。
ピクリとその触角が動き後ろの、東の方角を振り返った。
巨大ムカデは慌てたようにワームの死骸をすべて拾い集め大量の足で抱えながら北の山に去っていた。
その草原に馬車の大集団が現れたのは日が沈み再び昇り始めた頃だった。
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