ごはんを食べよう。よくかんで。たくさん食べよう
アベル少年の髪を散々グシャグシャにしたロカとマルティは少年をようやく離してからまたタルンと一緒に焚き火に居る魔物に再び目を向ける。
「しかしマジかよ……」
「何か凄い現場に会っちゃったな俺達……」
「そうだねえ。きっと勇者か英雄達でしか見た事がないような風景だろうね」
シズカは魔物に挨拶を済ませ後に改めて魔物はシズカに忠誠を誓った。
「私達は伝説の瞬間を観ているのかもしれないねえ」
化物の額に生えていた女が魔物につながる腰から下をにょろりと伸ばして化物の頭から降りて来た。
驚くシズカ達の前に蛇が首をもたげるように立つその姿は一見すれば確かに蛇女だったとロカとマルティが思うだろう姿をしている。
人の部分は身体は細く華奢で肌が透き通るように白い。癖のない真っ直ぐな黒髪はその身体を隠す程長く。瞳の色はシズカと同じ青。その顔には目尻や唇に影や紅などを入れ化粧をしていた。
「(あれ? 男?……いや違うか)」
シズカは改めてナナジの顔を近くで見た時なぜか美しく女装をした男性だと思った。
帝都にそんな趣味を持つ貴族もいたし自分がこうなのだから人の趣味を変だとは彼女は思わない。
だがその華奢な身体にある膨らみを見て女性だと改めた。
『この者の名はナナジと申します』
ナナジは深々と頭を下げてよろしくお願いしますと挨拶するがシズカ達にはその言葉が理解ができない。
蟲はナナジの口を使って言葉を伝え。
「ええナナジさんよろしくね!」
シズカはナナジの手を両手でつつむように握ってニコニコと微笑む。
「やっぱり……」「魔物でもかあ……」「また……」
二人の横に並んで見ていた優男と顔のでかい男と褐色肌の女は何か察したような顔と声を出す。
「ナナジさんの事もっと知りたいわあ」
ニコニコ。にぎにぎ。さすさす。
「ン? ンンン?」
その手の柔らかな感触は嬉しいが何だ? 彼女から宝玉の女神と似た何かを感じる?
「アノ……チョットマッテクダサイ?」
「あら、あなたも青い瞳なのね同じ西方人かしら? でも服は鉱石人の物よね? 宝玉の女神ゆかりの人かしら?」
シズカはナナジの髪を触りその瞳を覗き込むように顔を近づける。
「チョ! カオガチカイデス! チョット、カナリチカイ!」
ナナジはシズカから離れようとするが彼女はグイグイ来る。
『はい彼女は宝玉の女神より寵愛を受け名を賜りさらに姉妹の契りを結び……』
魔物は淡々とナナジの紹介を続けて聞いていた三人は女神の妹!? と声を揃えた。
「お〜い飯だぞお〜って何この状況?」
アレックスが食事の知らせをしに来た時は真っ赤になった魔物の女の顔を胸に抱きしめるシズカ夫人を慌てた三人が引き剥がしている時だった。
「やだなあこんな伝説……」
「は、ははは……」
マルティがつぶやくとタルンは苦笑いをした。
ーーーーーー
「あなた大暗黒時代に生まれた魔物なの!?」
『左様でございます』
「それで灰の時代から始まる勇者戦記録に魔獣兵って魔物の記録がないのね」
ナナジはアレックスが持ってきてくれた腸詰めと乾燥野菜のスープに口をつけその美味さ驚いた。そういえば目覚めてから口にしたのは塩っからい干し肉や山で見つける食材の役割が付いた渋い木の実や酸っぱい果物ばかりだった。
スープを口に含み。ン〜! と喜び、がつがつとスープがしみた馬鈴薯にかじりつく。
アレックスの顔にナナジの食べっぷりを見て笑顔が浮かんだ。
「良かった味覚は人間と同じか。魔物の食事は作れないからどうしようかと思ったよ」
ナナジの食べる後ろではシズカ夫人が蟲の掌に座り時折スープをスプーンで口に運びながら何か話し合っている。
その話は自分にはよく分からない。何か歴史のお話ぽいがさっきから蟲があんな話し方をするのが面白く無かった。
だが別にシズカ事は嫌いではない。先程抱きしめられた時のあの埋まるような感触はその、とても、凄く……
うへへへと顔がゆるむ。
「お、そんなに喜んでくれるなら嬉しいねえ。ほらおまけだ」
勘違いしたアレックスはそう言って焼いた腸詰めを一本彼女の皿に入れてくれた。
ナナジは笑顔でアレックスに礼を言うが通じない。彼女の翻訳機は現在使用不能だった。だがアレックスはいっぱい食べなと言って笑った。
『時折は戦争に参戦していたのですが今まで運良く勇者とは出会わず生き残りました。同族の数体は勇者に敗れ滅せられましたが勇者神殿の戦記録に記録は無いのですか?』
「巨大モンスターって他にも多くいるでしょ? ドラゴンとかキメラとか異形の魔人とかにまとめられて記録されてるかも」
『なる程そうかもしれません』
勇者の神とは歴代勇者の鎮魂と用水路の守護を司る神である。
勇者の魂は異世界より来た魂であるためその魂は役割の神のもとに還る事が出来ない。その代わりを勇者の神が行うのだ。
生涯を戦いに投じた勇者の魂を神の神殿に招き肉と酒と舞でもてなすという。
そんな勇者の神が何故用水路の守護を司るのかは諸説あるのだが――
勇者神信者の一部は彼もしくは彼女の子孫だがある地域の町や村では住民全員が高名な勇者の子孫を名乗り大規模な勇者祭を行って客を招いたりしている。
シズカのような一般信者や神官のほとんどは一種の研究者集団で各地の勇者神殿に訪れるとそれぞれ推しの勇者で語り合う神官と信者の様子が多く見られた。
彼らは勇者戦記録を経典として学び。そして研究する。
経典の中には空想など物語として書かれため嘘や間違いも書かれた戦記録も多い。空白、暗黒時代で失われた記録も勿論ある。そういった記録を修正し探し出すのが彼らの信仰なのだ。
そのため一般信者もまじった経典大会議ではある勇者の戦記録に一文を書き足すか消すかに時として殴り合いになるまで白熱するため会場の外では治癒魔法が使える神官が控えていたり回復薬を山積みにしているという。
「あ、でも待って三聖帝時代に空より岩を落し勇者と聖都を脅かす魔物が現れって記録を読んだ事があるわ。もしかしてさっき教えてくれた魔物じゃない?」
『〈強襲〉でしたら確かにその時代に参戦したと聞いています』
魔物の話を聞いてシズカは瞳を輝かせた。
「凄いわ! その魔物さんともお話聞いてみたいわ!」
「ふ、夫人!?」
「お、奥様!?」
近くに控えていたアーダムとヨーコが慌てる。シズカの大きな声に直接魔王軍と戦った三人組はなんだかな〜と苦虫を噛んだような顔になっていた。
『王がお望みとあらば戦後に頼めば話を聞けるでしょう』
「王? 何処の?」
『シズカ様の事でございます』
シズカは目をぱちくりとしたあと顔が照れたように笑う。
「私が……王だなんて……そんなフフフ。あ、そうだ。あなたが最近勇者と戦った時代はいつ?」
シズカがたずね少し考えたよな間があったあと魔物は語りだした。
『今から七戦記前だったでしょうか。今の西方領から生まれた雷帝の』
「百万の軍の!?」
シズカは蟲の言葉を最後まで聞かず興奮気味に聞いた。
ヨーコも驚いたように顔を上げた。西方人には有名な名だからだ。
『左様でございます』
「凄い! 凄い! やっぱり雷帝は強かったの!?」
『それはもちろん。百万の兵に七人の英雄と勇者のパーティーに敵う筈なく我々魔王軍は逃げ回るはめになりました』
西方領に住む者なら誰もが知っている伝説の勇者と戦った魔物が目の前にいる。
あの巨大ワームを容易く倒したこの魔物でも敵わないと言わしめた勇者の姿をシズカは魔物の目から通して見つめる気分だった。
「そっかあやっぱり強かったのかあ。惜しいなあ雷帝が死ななかったら今頃帝国領の半分は西方の物だったのに……あ、ごめんなさいね」
『……いえお気になさらず』
「気付いてる? 私のシズカって名前はねその雷帝の、勇者の名前からつけられたのよ?」
「(うん?)」
ナナジの口に運ぶスプーンが止まった。
『その名を聞くたびに背筋が凍る思いがします』
「じゃあ私の事は王じゃなくシズカと呼びなさい」
『それは困りました』
「フフフフ」
「(??? その勇者って蟲が倒したんだろ?)」
――大まぐれで勇者を倒せた事があるんだ――
――私が殺した勇者なんだ――
「ねえどんな魔物が勇者シズカを倒したの?」
『……それが実を言えばよくわからないのです。皆散り散りに逃げ回りやっとの思いで集結したら勝利宣言を魔王様から聞き勝ったと喜んでいても誰もが訳がわからない状況でした』
「(あれ? 言わないの?)」
「あらそうなの? 残念」
『……一度だけ雷帝の姿を見た事があります』
「え!」
『その時同化していた者は大変美しい女性だと言っておりました』
ナナジの目に蟲の記憶か画像が映る。
白馬に跨がり黄金に輝く鎧を身に纏いロール状の金髪に輝く王冠を冠る凛としたその青い瞳と稲妻が走る剣の剣先を真っ直ぐこちらに向けて叫んでいるのか唇が開いていた。
「(あ、好みかも……)」
蟲が言わないのは何か理由があるのだろう。そう思ってからナナジは最後の腸詰めにかじりついた。
「そっかあ美しかったのかあ」
えへへへとシズカ夫人は照れ笑いをした。
『名前は同じですがシズカ様とは似ておりません』
「そ、そんな事は言わなくても良いの!」
『あ、はい』
そんなやり取りを聞いて周りで食事をしていた兵士達はブフッ! と吹き出して笑ってしまった。
食事後一旦蟲との話を止めたシズカ夫人は兵士一人一人に労いと感謝の言葉をかけ彼らのコップに飲み物を自ら注いで回っていた。
先程不快にさせたハチ達には謝罪をする。
「ハチもさっきはごめんなさい。勇者神信者としてつい魔物さんの話に興奮しちゃったの」
「いえ……あ、どう……も!?」
高価なスカートに土が付く事も気にせずシズカが膝をついて屈んでコップに飲み物を注いだので不機嫌に胡座で座っていたハチの目の前でシズカの肌がゆれた。
彼女はこの為に胸元を大きく開いた服を選んだのだ。
側にひかえるブラッツはシズカのこの服装や先程ナナジにした振る舞いも全て計算で行っている事を知っていた。
「(この人はこれだから恐ろしい……)」
帝都のサロンで自分も引っかかった。
目的の為なら何でもする。その為なら自分の身体も利用する。どんな手を使っても手に入れる。そして不要と判断したらあっさりと捨てる。しかも一切恨みをかわずに。
「彼女はとんでもない野心家で悪党でしかも自覚がないから恐ろしいね」
帝都にいたころ酔っ払た彼女を苦労して運んだベットの側で同じく酔ったアーダムがそう言ったのを思い出した。
ハチも分かってはいるがこうされると許してしまうのが男という生き物なのだ。
「は、はははしかし夫人、今日はとくにその、御美しいですね。ははは……」
既にやられてデレデレのバナンが言った。
「まあ嬉しい。……じゃあ今夜わたしの天幕に入る事を許すわ」
「あ、それは遠慮します」
急に素に戻る。
「何で!?」
「だって身分の差あるし……」
「ヨーコさん困らせるしなあ……」
「……」
クルトは首を振ってから飲み物を飲み干した。
「どいつもこいつもおおお……!」
逆にシズカ夫人が不機嫌になった。
そういえば盛った赤竜と比較されるような時の彼女は……
「(あれ? 計算なんだよな?)」
ブラッツは答えが出せる自信がなかった。
「ナナジ様お飲み物です」
「ア、りずチャンアリガトオ〜……?」
リズがナナジに飲み物が入った木製のコップを持ってきて手渡しそして顔を寄せ耳元でささやくように小声で話しかけてきた。
「あ……あの……」
『何だ?』
ナナジの口からは男の、蟲の声でリズに合わせて話をしだす。
「私の事は皆には……」
『分かっている黙っていれば良いのだろ?』
彼女の〈役割の巫女〉の役割は仲間には内緒にしているようだ他者の役割が見える眼は人には歓迎されるものでは無いのかもしれない。だったらナナジの眼の事も黙っておいた方が良いだろう。
蟲の掌をまるで王座のように座り不機嫌に飲み物に口を付け息を吐いてからシズカ夫人が蟲にたずねた。
「魔物さん一つ聞きたい事があるんだけど?」
『何なりと』
「私達はあなたの事を何と呼べば良いのかしら?」
『蟲とお呼び下さい』
「え? む、虫?」
シズカ夫人が聞き返したのでナナジが手を上げて口を開いた。
「チョットマッテ」
ーーーーーー
「別の名前にした方が良いんじゃない?」
『そう言われてもなあ』
蟲はあまり興味が無さそうなのでナナジが考え込んだ。
自分と呼び合うのは良いが人間達にはシンプル過ぎて逆にわかり辛いかもしれない。
う〜んと考えながらナナジは人間達を見て。一人の男に目が止まった。
〈騎士〉の役割が付いたバナンと名乗った男だ。
「騎士……蟲の騎士……これで良いんじゃない?」
『ああ』
ナナジは背の蟲のカイコ蛾の顔を見る。
「思いつきだけど良いの?」
『良い』
ナナジは人間達に向き直る。シズカ夫人が首を傾げてたずねた。
「決まった?」
『はい〈蟲騎士〉とお呼び下さい』
蟲騎士はナナジの口で名乗った。




