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彼女の役割

 ――夢。


 悪夢ではない。楽しい夢でもない。

 ただただつまらない夢。


 私は貴族の家に嫁いだ女。

 貴族の妻。

 貴族の夫人。

 贅沢な暮らし。

 優しい夫。

 可愛い私の子供達。

 幸せな人生。


 ……嘘だ。


 私の人生は一つの事だけの為にある。

 ああ……またこの役割の為だけに私は生まれた。


 勇者様が私の屋敷に入ってきた。いつも断りもなく無断で突然邸内に入ってくる。不思議な事に誰も彼もしくは彼女を止めない。時には深夜になっても平然と寝室に入ってくる。


 そして私は勇者様にこう言うのだ。

 いつもの台詞。


 もう嫌だ! こんな事言いたくない!


「あら貴方は誰? 田舎者が私の屋敷に何の用?」


 違う! 私は貴方に憧れていた! 貴方と一緒に戦いたい! 私のような女でも皆の為に! 


「田舎者が全く床が汚れてしまうわ」


 馬鹿な女め! 勇者様に何て口を!


「※※※※ にある山に肌が美しくなる湧水があるのお礼もするわ。汲んできてくださる?」


 いらない! そんな湧水いらない! お前のような醜い女は汚水で顔を洗え!


「本当に汲んできたの? アハハハ! ああ、お礼をしなければね」


 私は勇者に銀貨百枚が入った袋を投げるように渡す。


 馬鹿女! 馬鹿女! 馬鹿女! 待って勇者様! 私の全てを! 全て捧げます! 私の財産も! 私の身体も! 全て!


 勇者が去って行く。


 その瞬間、役割を終えた私は朝起きて屋敷の中をさまよい。いつの物かどこからか取り出した硬いパンを食べ。夜寝室で眠る事を繰り返すようになる。

 愛する夫や愛する子供達と話す事も無くなり老いて死ぬまで繰り返す。


 勇者は二度と私の屋敷には来ない。

 もうクエストは無いからだ。クエスト? 

 ずっとそうだった。ずっと? 

 そしてまた。また? 

 次の人生も。次も!? 

 次の勇者にも、そして次の勇者にも、次の次の勇者にも、次の次の次の勇者にも、次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も私は同じクエストを勇者に――





「――っ! ――は!?」

「奥様?」


 知っている天幕の天井をランタンの灯りが照らしている。


 使用人のヨーコが右手の方からシズカを覗きこみ頬を流れるものを温かい布で拭った。


「お加減はいかがでしょか? 眠っている間ずっとうなされていらっしゃいました」

「夢を……見ていたのかな? 忘れちゃったけど」


 シズカはハァと息を吐く。


「……あの魔物さんは?」

「今はアーダム様が話しを聞いておられています」

「そう……」


 天幕の中に敷かれた綿が詰められた柔らかな寝具の上に寝かされていた。

 この敷き布団という物は古代の勇者が発明したもので旅用寝具にしては綿を大量に使う高価な物だったがシズカは隊全員分をブラッツとタルンに命令して購入させた物だった。


 今のシズカは鎖鎧は外され、戦闘ドレスとズボンも脱がされ、下に着る薄いチュニックだけの姿だった。

 チュニックは汗を吸い肌に張り付いて気持ちが悪かった。


「着替えを……あら?」


 起き上がったシズカはヨーコの姿を見てはっとした。

 彼女は鎖鎧の武人姿では無く帝都で見慣れたリズの物のような派手さは無いが上品なメイド服の姿で座っていたのだ。


「どうされました? お着替えですか?」


 ヨーコはどうだと悪戯顔でシズカを見て言った。


 やっぱり彼女はこの姿が一番素敵だ。


 二人はフフフと笑い合い。だがシズカは急に怖くなった。


 私は何故大森林を超えようと考えたのだろう。アーダムとブラッツ二人の男を手に入れ、マチルダを手に入れ、何でもできると錯覚したのか? 馬鹿な女だ。ヨーコを失うかもとは考えなかったのか? 本当に馬鹿女だ。


 ヨーコが口を開く。


「もうあの様な事はしないでくださいませ」

「あの様な? ああ――」


 あの魔物の前に出た事か。


「ああしないと駄目だと思ったの」


 皆を危険な場所に連れてきて危険な目に会わせた私の責任を。


「ですが……」


 ヨーコはシズカに潤んだ瞳の顔を近づけた。


 あれ? ち、ちょっと! もう! こんな時に!


 購入した寝具にヨーコの分は無い。彼女は自分と同じ寝具を使えば良いのだから。


「……奥様に何かがあったら私は……」


 ヨーコはシズカのチュニックの胸元の紐を緩めた。


 あれあれ? いつもより積極的!? どうしよう。こっちも……いや待って! たまにはこういうのも良いかも! 我慢! 我慢よ!


 シズカはヨーコにワキワキと伸ばそうとしていた手を引っ込める。


「私は……」


 潤んだ瞳でヨーコはシズカの汗で濡れたチュニックを肩からずらし落とし。


 あ、もう無理。


 シズカはあっさりと限界を超え青い瞳にカッと火が点いた。

 帝都のサロンで貴族の男共を喰い荒らし回った火竜乙女夫人の姿がそこにあった。

 ふいと背を向けたヨーコに唇を舐めるシズカが腕を伸ばした。



 天幕の入り口がサッと開けられ。


「ヨーコさん、夫人は目を覚まし……ふぇ!?」


 マチルダが天幕の中に入りその光景を見て声をあげ。そして顔を真っ赤にして後に倒れた所をアンナに支えられた。


 マチルダを支えたアンナは天幕の中を見て「あらまあ」と声を出してからマチルダを抱えて入り口を閉めた。


 ーーーーーー


 ワームとの戦闘後、太陽は既に沈みシズカ隊は草原の川の側で久々に天幕を張っていた。女性用に大きな天幕は二つ。その一つにシズカ夫人とヨーコ用に、もう一つはマチルダとアンナとリズ用だ。二つの天幕を中心に男性用の中型天幕を囲むように五つ張る。一つの天幕に三人分の布団を敷いて眠るのだ。


 そして一番大事な物。


 便所の位置は毎回場所で揉める。

 誰もが自分の天幕から近い場所は嫌だった。

 柱を打って幕で囲み。穴を掘って紙を置き手を洗う為のタライに川から汲んだ水を入れて完成。


「では早速」としたガイに「先に女性からだろ!」とデイブとが言い争いが始まる。

 彼らシズカ私兵隊のいつもの風景だったがいつもとは違う大きな異変あった。


 それはキャンプの焚き火の側に巨大な化物が寝そべっていたのだ。


 二十メートルはある化物が地面に顎を当ててうつ伏せになり焚き火を間に挟んでアーダムとブラッツの二人と話しをしていた。


「つまり僕らはとばっちりを受けたと言う事だね?」

『ああそう言うとそうだな』


 アーダムは化物からこの騒動の真相を聞いた。

 何でも魔物の縄張り争いであの巨大ワームの群れの親とこの化物が戦い。勝利したところ地下で餌を待っていた子供の群れが他の餌を求めて逃げ出したらしい。

 そして逃げ出した方向にたまたまシズカ達がいた。

 ワームはシズカ達を餌として狙い。

 化物はワームの群れを追いシズカ達に分からぬよう張り付いて追跡した。ワーム達が食事を、つまりシズカ達に襲いかかり頭を出せば即座に殺す為に。

 ワームの群れも地下から化物が諦めシズカ達から離れるのを待っていたらしい。


「大森林に入った頃から?」

『そうだ』

「ずっと?」

『そうだ』


 ヨーコさんとタルンが感じた地揺れというのは地下を移動するワームだったという事か。


「僕らの知らない間に周りで我慢比べをしていたのか」


 アーダムはハァと息を吐いた。


『意地の張り合いとも言う』

「君が言うのかい?」

『追跡を始めたのは私では無い彼女だ』


 化物は昆虫の脚が集まって出来たような手で自分の額を指さした。

 指のような物で差された位置。カイコガの額に腰から下は化物に埋まり腰から上の上半身しか無い女が腕を組んでふんぞり返っている。


「サキニケンカヲウッテキタノハムコウダ!」


 女は何か言ってるがその言葉はアーダムには分からなかった。


「……何だって?」

『先に攻撃してきたのはワームだと言っている』


 化物は一計を案じた。

 それがシズカ達から一旦距離を取り化物が離れたと思ったワームが頭を出した所に全力で走って追いつき皆殺しにしようという滅茶苦茶な計画だったのだ。


 アーダムはどこまでが本当なのかと考え化物は正直に話をしてくれているとも思う。だが全てを信じるのはとても危険だと思った。


「コイツハジメハ、ワタシガアナタタチヲミナゴロシニスルトオモッテタノヨ」


 化物の額に居る女が何か言っている。


「……彼女は何だって?」


 アーダムが聞くが化物は答えない。何か誤魔化すようにコロロンと鳴く。


「オイホンヤクキ!」


 女が自分が生えているカイコガの頭をペシペシペシと叩く。


 やはり何か隠しているのか?


 魔物が人間の傘下に入る理由が約束だからとか信じられない。何か理由があるはずだ。

 リズの話によればこの化物は魔王軍が帝国軍に勝利したと聞いて驚いていたという。

 バナンの話によれば魔王軍はこの化物に似た魔物だけを戦争で使っていたという。


 脱走兵か? ……いやそんな感じではないな。


 ふと化物の額いる女を見てずっと聞きたい事を聞いてみた。


「所で彼女は人間じゃないのかい?」

『元はな今の彼女は魔物で私でもある』

「元には戻せないのかい?」

『無理だ』

「……彼女を失うと君はどうなるのかな?」


 ナナジを見る目が細くなる。


『……何も。新しい同化者を探しに行くだけだ。ああ我が魔王は中々良い色をしていたな』


 色とはどういう意味か。アーダムはすぐに察した。


「……君の魔王じゃない僕達の王だ」


「(この化物は……)」

『(この人間は……)』


 何だろうナナジとブラッツの目に何かバチバチと火花のような物が見える。


「ケ、ケンカスンナヨ?」

「お、おいアーダム?」


 女は自分が生えているカイコガのモフモフの頭を撫でていた。


「……彼女は何だって?」

『……仲良くしろと言っている』

「……はっはっはそうだね。仲良くしよう今日から仲間だからね!」


 バチバチバチ!


 アーダムが珍しく荒れている。こんなんでこの先大丈夫か? とブラッツは汗をかいた。


 ーーーーーー


「はい、奥様お着替え終わりました」

「あ、うん……ありがとう……」


 シズカは着替えを終えヨーコに礼を言った。


「先程のマチルダ様はどうされたのでしょうね?」

「そうね……」


 シズカは背を向けたヨーコに飛びかかる直前。

 天幕入り口が開けられ慌てて用意された椅子に座り。

 振り返ったヨーコは湯に付けてしぼった布でシズカの背を拭いてくれたのだ。

 そしてマチルダはそんな夫人とヨーコを見た瞬間ぶっ倒れた。


 隣の天幕でアンナは顔を真っ赤にして鼻を押さえる幼馴染に話かけた。


「あんた本当大丈夫? 呪いでもかかってるんじゃない?」

「ふにゅぅ〜」



 着替えたシズカはいつもの戦闘ドレスではなくこの世界で貴婦人らしい服装をしていた。

 何枚も重ね着て本当に動きづらい。そのくせコルセットで締め付けて細くするので息も詰まる。

 半年前は普通にこれ着て暮らしていたのかと信じられなかった。


 ヨーコは乱れは無いかとシズカの周りを見て回っている。


「太ったかな?」

「いえとんでもございません! お美しいです!」

「何かきついんだけど?」

「それは奥様が逞しくなられたからでございます」

「う〜んそれはそれはで問題ね」


 胸元から肩まで大きく開けた物を選んだ。既婚者の女が着るような物ではないが関係無い。色は赤、赤は私の色だ。

 今の私の役割は今日命をかけてくれた皆を将として労う事。本当なら一人一人にキスをしたい気持ちだった。


「さて魔物さんにもちゃんと挨拶をしないとね」

「はい奥様」


 細身の銀剣を腰に下げ、長いスカートをつまみ上げ天幕から出る前にシズカは自分に続くヨーコをちらりと見て。


「……だから今は我慢する」

「はい?」



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