揺れる大地 虐殺・下
ーーーーーー
「アハハハ! まずひとおおおつ!」
空中から鉈を投げた勢いで縦に一回転しそのまま着地。足の爪先から伸びる飛蝗の脚で作った多関節の脚をバネで跳ぶように走る。
『人間共は下がれえ!』
蟲が人間達に向けて叫んでいる。
巨大ワームの残りは五。
一匹のワームは突然の攻撃で兄弟が死んで混乱した。母を殺したあの化物は人間達から遠く離れた筈だ。なぜここにいる? 何だこいつは? 何で追ってくる? 何んなんだ? 偉大な母は大した奴では無いと言ってたではないか。だがこいつに愚かな母は殺された。自分に迫るこれは何――
「ふたあああつ!」
動きの無いワームをすれ違いざまに鉈で頭を掻っ切った。
残り四。
追いついた。速さはもういいと蝗の脚をバラして畳み脛に収め。勢いを殺すため地面を削り滑る。滑りながら地面に刺さる鉈に蜘蛛の糸を飛ばして回収し。回収した勢いで身体の向きを返し後ろ向きで止まった。
蟲は今までこの蜘蛛の糸は獲物の動きを捕らえるか移動用にしか使った事が無かったのでこのように武器の回収という使い方に驚いた。この女はどこからこんな発想が生まれるんだ。
"シャー!"
「みっつ! 不意打ちなら静かにやれ! 親からどんな教育受けた!」
一匹のワームが親のように後からナナジに襲いかかったが威嚇の声を発していたのでナナジは呆れ。
鉈で受けもせず身体をひねって右の鉈の峰で殴り。正面を向いて左の鉈で歪んだ頭を裂き、返した右の鉈で首をはねた。
残り三。ワームの戦意は既に喪失し逃げる為に地面に潜る。
「逃がすかぁ!」
ナナジは追って潜った一つの穴に鉈を突っ込んだ。
「焼け死ねえ!」
鉈から《熱弾》を弾では無く熱量そのものを叩き込んだ。
地面の穴は中で繋がっていたのか複数の穴から熱量が吹き出し中から複数の悲鳴が響く。
「いい声! よん! ごー!」
最後のワームが地面から這い出てる。
殆ど黒焦げになりしばらくすれば死ぬだろう。だが少しでもナナジから逃れようと地を這っている。
そのワームを踏み潰し。
「ラスト……」
頭に鉈を叩きつけてナナジは哀しそうに言ったワームへの慈悲ではなく戦闘が終わってしまう哀しみだった。
戦闘終了……だが。
「フーッ……フーッ……」
ナナジは自分の薄い胸を両腕で抱き寄せ爪を噛んだ。
「(足りない……ああ……もっと……もっと欲しい……もっと)」
ナナジの目で人間達を見る。数は二十人。二十体も居る。二十匹殺せる。
「(あの人間共を……)」
『ナナジ』
「!」
蟲の声にナナジは冷水をかけられた気分になった。
『凄いぞ。子供とはいえ砕く者の一族を一掃出来るとは』
「お、おう。もういないな? 穴掘って逃げ出す音はしないか?……このカサカサする足音は?」
『これは〈万の足〉だな。ここらは彼女の縄張りの近くだから様子を見に来たのだろう。彼女は話が通じる魔物だ。北の山に向かって手を振ってみろ』
言われた通りにナナジは山に向かって鉈を握った手を振った。
すると山の影から巨大な魔物が迫り上がり、手を振り返しているのか多くあるその脚から特に長い左右の前脚をナナジ達に向かって振っている。
ナナジの目から見てその役割は。
「鎧大ムカデ?」
"キキキキキキキキ"
巨大なムカデが話しかけているのか鳴き声が聞こえた。蟲はコロロロロンと大鈴を転がしたような鳴き声で返事をするように鳴く。
ナナジは人の話は理解できるが魔物の会話は何故か理解できなかった。
『ワームの死骸が食べたくて欲しいそうだ。大昔に彼女とそのつがいには助けられた事があるんだがその恩返しに譲ってもいいか?』
「別に良いよ私は食べないし」
コロロン
"キキキキ"
〈万の足〉は山の影に沈んで行った。足音もしない蟲が去るまで待ってくれているのだろう。
『いい女だな。と言っている』
「フフーンそうだろう! そうだろう! 良い気分だ殺さないでおこう!」
そう言ってからナナジは巨体の身体を切り替えて蟲に押し付けるように渡した。
ナナジはふうーと長く熱い息を吐く。
「(いつもよりきつい。なんだ? まるで俺が危ないヤツみたいじゃないか)」
『どうした?』
「……何でもないわ」
『そうか。何か不調があれば言ってくれ』
蟲は人間達が走って行った方向へと向く。
人間達は集まり何か言い合っている。
馬車から出て数は二十。なんて運の良い人間達だ全員生きている。半分は喰われると思っていたのに。
「役割が皆バラバラで誰が当主が分からないなあ。あの女騎士ぽい〈妃〉か?」
『いや、あの赤い髪の女だな』
「〈貴族夫人〉? あ〜あの娘が言ってた人間か、でも夫人ならその旦那は? あのいつも一緒にいた二人の男でも無さそうだけど」
『人間は勇者と英雄以外は気にしなくて良い。それに人間は時に複数の雄と雌とで子を作るとか』
「ちょっとそれは違うぞ! 良くわからんが多分!」
『どうでもいい。さて我々の魔王様にお目通りといこう』
蟲は人間達の方向へ歩き出した。敵意が無いこと示すため両手の鉈の刃を閉じて畳み甲殻の篭手に収めた。
「でも良いの? その……魔物が人間の仲間になるなんて」
裏切り者になるのではないか? ナナジは宝玉の女神と未だ出会ってない魔王の事を思った。そして蟲の仲間達。
『人間の魔王にはよくて普通の人間に仕えては駄目だという神の教えは無い。奴らは西方南部領に行くと言っていた魔王軍とは遠く当たる事は無いだろう。それにナナジの為だ』
「私の? 何だよそれ」
『気づかれて無いと思っているのか? 戦闘時に感じるのだろ? もっと血が欲しいと、もっと殺したいと血肉の欲求が』
「!?」
バレてたとナナジの顔が紅く染まる。
『ナナジの狂いは私のせいだが生まれたての魔獣兵や過去の同化者にも血に狂う者が居たんだ。突然発狂して降伏した人間達を熱弾で焼いたり食い殺したりして難儀したぞ』
ナナジは血の気が引いた。自分は魔物らしく戦闘狂かもしれないが虐殺をしたい訳ではない。砕く者の一族が生きて聴いてたら不満を言いそうな事をナナジは思った。
「ど、どうすれば治る!?」
『時間が経てば大体の者は落ち着いたが手っ取り早いのは同族と一緒にいる事だ』
「同族? ああ人間とか」
自分が人間だと呼ばれても記憶が無く目覚めてから化物の身体だったナナジには今一つピンときていなかった。だが会話をするだけでも心が落ち着くとも思った。鉱石人のあかとこうの二人を思い出した。一緒に居たのはわずかな時間だったが女神との戦闘後でも穏やかだったし、あか女史にはもう少しお近づきになりたいとも思った。
『ナナジにもつがいが必要だろう』
「……はい?」
蟲がなにかとんでもない事を言った気がする。
『ああ先に謝っておくぞ種を貰っても子を作る事は出来ないからな? 同化する際に――』
「まて! さっき何て言った! いや、今のもだが! つがいって!?」
『決まっているだろ雄と雌が』
「あ〜! 詳しくいらん! やっぱ聞きたくない!」
ナナジは自分の耳を押えて騒ぐ。蟲の提案に賛成した事と身体を返した事を後悔した。逃げ出したい、だが彼女には足が無かった。
人間達に近づいた。もう《視覚強化》を使わなくても顔が分かる距離まで来ている。巨体の蟲に警戒してるのだろう。馬車三台を横に並べてその後に備えている。まずは剣を収めてもらわなければ。
『愛想よくしろ挨拶は大事だという夫婦の誓いと裏切りと復讐を司る愛の神の教えがあるぞ』
「なにそのおっかない神!?……何だ?」
馬車の後で人間達が騒いでいる。赤い髪の女が、ナナジの目には〈貴族夫人〉の役割が付いた女が蟲の前に出てきたのだ。
「シズカ夫人!」
「奥様!」
〈妃〉と〈くノ一〉の役割が付いた金髪と黒髪の女二人が〈貴族夫人〉を止めようと叫ぶ。
赤毛の〈貴族夫人〉は振り返り二人に。
「だ、だいじょうぶ……」と震えながら答えた。
ナナジと蟲は貴族夫人の名前に反応した。
「静?」
『シズカだと?』
ナナジは自分よりも蟲が反応した事に驚いた。
「知ってるの?」
『いや大昔の勇者と同名だったのでな。気にするな』
「あ〜昔の偉い人の名前を親が付けたのね」
『……私が殺した勇者なんだ』
「へ〜縁だねえ」
ナナジは余り関心がなさそうだった。
「僕に回復薬をくれ!」
「こっちにも速く!」
怪我をしたのか血を流している〈怪盗〉と〈山賊〉に支えられている〈守護者〉に向かって〈魔物狩り〉と〈役割の巫女〉の少年少女が〈商人〉から受け取った瓶を抱えて走り。
馬車の影に隠れて〈野伏〉が筒を構え〈騎士〉がナナジの位置を指差していた。
「ほら頭に青い服を着た女が居るだろう東要塞にも似た様な魔物が」
「弱点か?」
「いや分からない」
ナナジは〈野伏〉を囲む六角形の警戒色を一段階上げてオレンジ色にする。同じ目の蟲も気がついた。
蟲は腕を上げてナナジを守るように昆虫の脚が集まった様な四本指の手を広げて〈野伏〉に向け。
『武器を下げてください』
ハッとした〈貴族夫人〉は。
「ヤマ! バナン!」
二人の名前か、呼んで制する。
「すいません!」
「魔物が銃を知っている?」
〈騎士〉は立ち上がり〈野伏〉は筒先を下げた。
ーーーーーー
シズカは化物の方に再び向き直り。
その化物は城壁よりも巨大で。
蚕蛾の頭と鍬形のような大顎。
あのワームを斬り伏せた鉈が収まってる篭手。
昆虫の脚が集まったような手と指。
ずんぐりした体と機械甲冑のような鎧。
腰にボロボロ腰布。
膝当てと脛当。手と同じように昆虫の脚が集まって足の形になっている。
「(本当に……本当にこの魔物が私の物になるの? でも約束で……あんな約束で本当に?)」
シズカの呼吸が荒くなる。不安でおしつぶされそうになる。あの上げた腕が次の瞬間私を叩き潰すのでは? あの大顎が私に喰らいつくのでは?
やっぱり駄目だ逃げ出したい。
どうせ死ぬならヨーコの腕の中がいい。マチルダのならもっといい。でも皆をここに連れてきた今の私はそれは出来ないんだ。
「や、約そくを」
シズカは苦労してこれだけが言えた。喉がカラカラだった。
化物は膝を曲げて土に付け。大顎をシズカに向けて開いた。
「ひっ!」
『はい、約束通りお世話になります』
「ヨロシクネ〜静サン♪」
化物の額に青い服をまとった女が居る。女はシズカに手を振って自分の名前を言ったような気がした。
「は、はい――」
シズカはそこで意識が飛び。倒れる所を涙を流すヨーコとマチルダに支えられた。
後に西南の小魔王と恐れられ称えられた彼女の伝説にある蟲姫騎士の忠誠の誓いは。
実際は何かこんなもんだった。




