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揺れる大地 虐殺・上

「本当に草原があるなんて……」


 シズカは息をのんだ。


 先日メイド見習いのリズが化物に連れ去られそしてその化物から伝言を持って帰ってきた。


『この道の先に森が消えて草原がある。そこの草原で足を止め大地が揺れたら走り出せ。ワームの群れを誘い込んだら後は任せろ。大森林を荒らすワーム討伐に協力してくれた暁には我々は貴方の傘下に加わろう』



 アーダムがシズカに聞く。


「夫人、本当にやるんですね?」

「……やるわ」


 シズカ夫人の青い瞳が決意で輝く。


「よーしやるぞ!」「身体を馬車に括れ! 落ちるなよ!」「デイブもっと強く掴まりなさい!」「でも夫人!?」「良いから!」「あわわわ」「誰だ俺の尻を掴んでる奴は!」「あらこれアベル君の手?」「す、すみません!」


 シズカ達は草原に入る一歩手前で強行の準備をした。

 ワームという魔物がどれほどかは誰も分からない。彼女らには南の砂漠の魔物としか知識でしか知らなかった。

 元冒険者のマルティやガイもワームとは戦った事が無かった。唯一ヤマが遠くから見ただけでしかも砂煙でほとんど姿は見えなかったと言う。


 その南砂漠の魔物がなぜここ大森林にいるのか。なぜ化物がそのワームを退治をするのか。はっきり言って意味が分からない。


 わかってる事は。


「化物は俺達を囮に使う気だ」


 ヤマがシズカにそう言い。夫人もそう思うと頷いた。


 だが隊の士気は何故か高い。



 ロカが本来の雇い主、荷台に乗るタルンに話しかける。


「ここ何で草原なんですかね?」

「う〜んそうだねえ」


 タルンは北の山々を見て草原の中心を流れる川を見る。大森林の中にぽっかりと穴が空いたように開いてできた草原だった。


「ここは雨季によく洪水するのかもしれないね」

「木を押し流して草原に?」

「専門外で分からないよ。でもそれで森の道を押し流しちゃったかな」


 シズカ隊の行軍を助けていた西に続く森の道は草原に入る手前で消滅していた。この先に道は有るのかは草原を通り川を渡り再び森まで行ってみなければ分からない。


「結局草原に入って行ってみるしかないんだよね」



 シズカ隊は草原に入ったがすぐには止まらなかった。ここで馬車が走れるか確かめる必要があったのだ。

 土は固く生える草はそう高くない。馬の足を絡める事も無いだろう。もしかしたらこの下は巨大な岩盤かもしれないとバナンは思った。


「……行けそうですね」


 バナンは愛馬に相乗りしてるヨーコに話しかけ彼女は頷く。


「川の下流に向かって緩やかですが傾いてます。走るならこれを利用しましょう」


 ヨーコは再び頷き「奥様!」と主人を呼んでバナンの提案を伝えた。



 ーーーーーー



 シズカ達よりはるか後方、森の道に立ち《視覚強化》でぎりぎり見える距離からナナジ達はシズカ達の様子を見ていた。


「あいつら引っかかるかな?」

『無茶苦茶な案だがな』

「釣り餌みたいなだしね」

『釣り?』

「待って! あいつら止まった!」

『何!』


 蟲が言い出した案なのに一番驚いている。


「アハハハ! 止まった! あいつら本当に止まったよ!」


 ナナジは蟲の身体を動かしてシズカ達に鉈を向けながら笑う。


「さ〜走るぞ走るぞ〜♪」


 ナナジは準備した悪戯に人が引っかかったように楽しそうだった。

 両足の鎧の脛当てのような部分が縦に割れ蝗の後ろ脚のような脚が蟲の両足のつま先から八本伸びる。

 八本の脚に支えられ浮き上がりバランスを取るように両肩の蜘蛛の脚が伸びて動く。その姿はまさに化物だった。 


 ーーーーーー


 馬車は横に並び十九人の男女が馬車や馬から一人の女に注目している。


 強化の(ポーション)を飲ませた馬二頭で引かせる二台の馬車にはマチルダとジョンが、マルティの馬車は四頭で引く。


 ヨーコは地面に這いつくばり耳を地に当てていた。彼女は大森林に入ってからも何度か地の揺れを感じていた。タルンも一度揺れを感じたがそれ以降は無く彼女は自分がやると志願した。

 近くにはバナンが待っている。女性が地面に這いつくばる姿を見るのに全員ばつが悪そうだったがヨーコは真剣だった。


「……」


 マチルダは手綱を握り這いつくばるヨーコを見ながら。


「本当に地面が揺れるの?」と地震の無い帝国領生まれのマチルダにはどうもピンとこない様子だった。

「北方と東方では大地がよく揺れると聞くよ?」と同じく帝国領生まれのアーダムが言う。

「ガイそうなの?」とシズカ夫人が聞く。

「俺が生まれた領地では余り」

「しー!」とブラッツが唇を尖らせた。


 その時ヨーコがハッと気がつく。それはかすかな揺れと音だった。


「……?……!? 来ました!」

「乗って下さい!」


 バナンがそう言って顔が青くなったヨーコはバナンの愛馬の後ろに飛び乗る。


「馬車を走らせるぞ〜」


 ジョンがのんびりした口調で声を出し。シズカ隊の三台の馬車はゆっくりと走り出した。


「速く! もっと速く! 急いで!」

「ヨーコさん?」


 マチルダは彼女のこんなに苛立ってる顔は初めて見た。



 ーーーーーー



「遅い! 遅い! 遅い! 死ぬよ! 死ぬよ! 死ぬよ!」


 ナナジは蟲の巨体を走らせていた。八本の蝗の脚をつま先を揃えて多関節の足を作り疾走していた。


「加速! もっと加速!」


 その足で走ると一歩が大きくなるだけでなく本来の両足で走るより高速で移動でき。二十メートルはある巨体が傾きぴょんぴょんと跳ぶように疾走してナナジとシズカの距離を詰めた。


「そう! そのまま! そう!」


 ナナジは蟲が握る鉈を跳びながら投げる姿勢になる。


「死ねえええええ!」


 ナナジは構えた鉈をシズカの乗る馬車に向けて放り投げた。



 ーーーーーー



 走って来る化物にロカとマルティが最初に気が付いた。


「何だあれは!」

「あれがリズちゃんさらった化物か!」

「おいおいおいおい! こっちに何か投げようとしてねえか!?」


 馬車の後にいるタルンも叫び声をあげる。デクもいるが彼はタルンが揺れる馬車から倒れて落ちないように支えていた。彼らの乗る馬車には旅に必要な物資が満載で大人数が乗せられないのだ。


「うわぁぁ! 何だアレは!」


「旦那! 左の見えますか!」

「後ろ! 後ろだよー!」

「「え? ええええええええ!?」」


 後ろを見たロカとマルティは同時に叫んだ。


 さっきまで自分達が馬車を止めていた位置に三本の巨大柱が立っていたのだ。いやそれは柱ではなかった。それは柱の一番先、頭を動かし開いた口の中の歯は回転していた。


「アレがワームか!?」

「想像してたよりでけえ! 馬を丸呑みにするぐらいあんぞ!?」


 地面から飛び出したワーム達はロカ達を見失ったのか頭を揺らし探しているようだった。


 マルティは慌てて馬達に鞭を入れる。


「あ! やべえ!」


 ロカがそれに気づいたのは幸運だった。馬車の前方に大口を開いた穴が開きその中に並んだ歯が見えたのだ。


「借りるぞ!――《筋力強化》《必中》《クリティカル》――!」


 ロカはマルティの槍をつかみ投げ槍のように投げた。

 槍は狙い通りに口の中に突き刺さりそれは突然口に飛び込んできた槍に驚きに頭を引っ込め。ロカ達の馬車はその隙に大穴の脇を通り過ぎた。


「すまん! 返せなくなった!」

「いい! どうせ安物だ!」



 ジョンはロカが槍を投げたのを見てワームが前方で待ち伏せしていると察し馬車を大きく右へと操った。


 待ち伏せしていたそれは自分に向かっていた獲物が逃げるのに慌てて穴から頭を這い出しその巨体をぶつけようと迫ったが伸ばした距離が足りず馬車の左手前の地面を叩いた。


「キャー!」


 馬車を操るジョンの左に座るアンナが悲鳴を上げた。ジョンが馬車を右へと操ったので彼女の身体は左に傾き歯が並ぶワームの口の中をまともに見てしまった。

 ジョンは馬車を左へと操りアンナの身体を抱き寄せる。


「掴まってろ!」

「う、うん」


 一回り大きい彼女の腕が彼の身体をミシリと締める。

 いつもなら馬鹿力女と罵るところだが。


「絶対に離すな!」


 この女だけは俺みたいな男の女房になってくれたこんないい女を死なせるものか。


 馬車の後ろでパンパンと軽い破裂音がする。ヤマがあの連射できるハンドカノンを撃っているのだろう。


 ハチが大声でヤマに怒鳴る。


「当たってるのか!?」

「当たっている」

「効いてるのか!?」

「わからん」

「糞! 機械甲冑があれば!」

「あれが倒せるのか?」

「俺じゃ無理だ! クルトがやる!」


 荷台に居る全員がクルトを見た。凄いんですねと目を輝かせるリズに彼は慌てた様子で首を横に振った。


 ヤマが筒の様な物に弾を込めるその横でアレックスは嫌な予感がしていた。


「ワームは五体?」 


 左右の馬車二台に待ち伏せしているのなら中央のマチルダの方も。マチルダの馬車には。


「シズカ夫人!」


 アレックスはマチルダの操る馬車を探す。

 そして自分達の馬車の通り過ぎたすぐ後ろ。ハチ達の正面に黒い物が突き刺さった。


「は?」「何だ?」「鉄板?」


 アレックスにはそれを見て料理で使う大型の鉄板が頭に浮かんだ。


 ハチ達三人は同時に顔を飛んできた方向に動かして見る。


 目に飛び込んで来たのはマチルダの操る馬車の後方が地面から勢いよく飛び出したワームにかすり浮き上がっている瞬間だった。もしヨーコに急かされマチルダがスピードを上げていなければワームは馬車の中央を突き破っていただろう。


 馬車は二三度はねるが車軸は折れることはなく再び走り出す。マチルダの顔は真っ青だった。幌の中は跳ねてどうなっているか想像出来ない。


 必殺の一撃をかわされた六体目のワームは、その頭部が切り裂かれて血の様な物を撒き散らしながら飛んでいた。頭を失ったワームは力なく倒れて行く。


 アレックスは口を開けたまま目は鉄板に戻る。距離がひらき鉄板の全体像が見えたそれは。


「鉈?」


 そう呟いてすぐ叫び声が聞こえた。大地を揺らすような大きな声だった。


『人間共は下がれえ!』


 アレックスは女の笑い声も聞こえた気がした。

 

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