番外 嵐の前のメイド服
「そんな馬鹿な!」とハチが叫ぶ。
「魔物がなぜ?」
「そもそもワームは南の砂漠に居る魔物だろ?」
「騙そうとしているのでは無いか?」
「何故俺達に魔物が魔物退治の協力を頼む?」
「リズは大丈夫か? 何か取り憑かれて無いか?」
男達のその会話は森の中で自分達とほぼ同じ会話だった。
ブラッツ、ガイ、デイブの三人は顔を向き合い。デクとヤマは茶をすすっている。
「何だ何だ? どうしたんだい?」
「何の騒ぎだ?」とタルンや他の男達も騒ぎを聞いて集まる。
「私の……傘下に……?」
シズカ夫人はサロンで欲しかった男が自分のものになるかもしれないと思った時と同じ昂ぶりを感じた。
胸が高鳴って身体が火照り顔が熱くなる。
いったいどんな男だろう? どんな肌だろう? どんな味だろう? ああ……はやく。はやく……この腕の中に。
シズカの顔は妖艶に歪み唇を舐める。
その時アーダムがシズカの耳元に小声で声をかけた。
「夫人」
「っ!?……な、なに?」
シズカ夫人は怒られた子供の様な顔をしてからアーダムを見て同じように声を落す。
「兵士達の前でそんな顔をしてはいけませんよ? 士気に関わります」
私兵達はデイブ達にもっと魔物の話をと詰め寄っておりシズカを見てなかった。
彼女はハッと自分の口元を赤い手袋をした手で隠す。
「そ、そんな事分かって……」
口籠る夫人にアーダムは話をかえ。
「デイブ達の話では今一掴めませんね。やはりリズから話を聞きましょう」
「そうね、ちゃんと聞きましょう。もう着替えは済んだかしら? 呼んで来てくれる?」
「分かりました。あ、済んだようです丁度出て……ええ……?」
アーダムがそれを見て言葉を失った。
ブラッツも馬車の中で着替えて出てきたリズを見て仰天した。
「何故その格好を!」
「おいおい」
「お? おおおお〜!?」
やいのやいのと男達がブラッツ達に詰め寄っていたが三人が突然目を見開いて自分達の後方に視線を向けたので皆ゆっくりと追って振り返り全員それを見てぽかんと口を開けた。
アンナに連れられて馬車の中から出てきたリズは乱れていた髪を編んで整え直し。
白黒の上品なメイド服を着ていたのだ。
しかも普通のメイド服では無い。生地はおそらく最上級の物を使い。袖やスカートにリボンや鈴を付け彼女が動くたびにシャランと鳴る。彼女の体型に合わせて作らせた特注品だろう。エプロンはあるがもうメイド服というよりドレスに近い。
おお! 可愛い! 良い! と男達は声を上げる。
リズはスカートを握って耳まで赤くして顔を伏せているがその顔は満更でもなさそうで。リズの肩に手を乗せたアンナは。
「アーハハハ! 男共どうよ? ああん? もっと女を誉めろ誉めろ!」
どうだ! と犬歯を剥き出しにして笑っている。
「リズちゃん! スカート摘んでこう! 一礼して見せて!」
ジョンがリズに要求する。
アンナは自分の夫に鞘ごと剣を投げつけ顔面で受けたジョンはひっくり返った。
だがリズは言われた通り長いスカートを指先で摘み優雅に一礼してみせ。
おおおお! と男共はアホみたいに声を上げた。
「ありゃお前の趣味かい?」
「かわいい」
「……」
いつの間にかヤマがブラッツの後に立ちニヤニヤ笑っている。デクの素直な感想。クルトが同意するように無言で頷く。
ブラッツは慌てて否定した。
「違う! あれは伯父の奥方殿の趣味だ!」
ーーーーーー
二年前に帝都を追放されたリズを保護したブラッツは近くの町に住む伯父夫婦邸の門を叩いた。
堅物の甥が突然女児を抱えてやって来た事に驚いた伯父は事情を聞いて初めは匿う事に渋った。
この娘を預かるという事は皇帝陛下に逆らう事になる。自分も皇帝に仕える者なのだからと。
だが太った奥方が部屋に入り一目リズを見ると一転する。
「あらまあ! ブーちゃんお久しぶり! 立派になったのねえ! ……あら? あらやだ! あらあらあら! やだこの子! 良いわよこの子! ちょっと借りるわね!」
奥方は有無も言わずリズを邸の奥へと連れて行ってしまい。子供の頃から優しい人だとは覚えていたがこんな事は初めてで呆然とするブラッツ。いつもの病気だと頭を抱える伯父。
二人を待たせ次に部屋に戻った奥方はリズに紅をさし髪を整え子供用だがよく似合うドレスを着せて連れてきたのだ。
男二人はリズのドレス姿を見てお〜! と声を上げた。
「オーホホホホ! ……所でこの娘はどちら様?」
上機嫌になった奥方はそれからリズの事を聞いてきたのだった。
そして話を聞いた奥方はバン! と胸では無く大きな腹を叩き。
「任せなさい!」と言った。
夫の意見など聞きもしない。
「あ、そう? うん、じゃあ家でこの娘預かるから安心して帝都に戻んなさい」
伯父は何とも情けない顔でリズを預かる事に同意しブラッツは深く深く伯父夫婦に頭を下げたのだった。
ーーーーーー
「ア、アンナ夫人! 何故リズにその服を!?」
ブラッツは慌てて馬車に近づき着替えさせたアンナに声をかけた。
今リズが着てるメイド服は帝都を脱出して直ぐ迎えに行った時に着ていた物だった。
伯父夫婦は、というか奥方はリズを邸に多くいたメイドと同じような恰好に変装させて邸に住まわせて更に教育までしてくれていたのだ。
伯父夫婦はブラッツの警告を聞き魔王軍から逃れる為に使用人とその家族も連れて奥方の故郷。北方領の方へ避難するため再会を約束して別れた。
その際伯父はけして少なくない旅費をブラッツに手渡し、奥方はリズに「幸せになりなさい」と言葉をかけて抱きしめ馬車に乗って去って行った。
奥方に大変感謝したが流石にこの格好で長旅は出来ないとブラッツは旅用の衣服を買い与えたのがこれまで着ていた服だったが今回の騒動であちこち破れ汚れたので着替える事になったのだが。
「ブラッツさんよお。そう言うがこの娘の荷物に着替え探したんだけどこれしか無かったんだよ?」
「他の服を買ってあげてないの!?」
アンナが着せる服が無いと言ってブラッツを睨み。マチルダが信じられないという顔をブラッツに向ける。
ブラッツは何とも情けない顔をして。
「……すみません」と謝罪した。
ヨーコは馬車から降りてポケーっとリズを見つめるシズカ夫人に声をかけた。
「奥様」
「は!? え? あ、ヨーコ? 何かしら?」
「お借りした剣をお返しします」
「そ、そう」
シズカはヨーコから片膝を付き両手で差し出された細身の銀剣を受け取ってからう〜んと考え。
「私には使えないし。もうヨーコがこれ持っていたら?」
「それはいけません」
ヨーコは拒否した。
「私は高貴な剣を帯びる身分では御座いません。奥様の忠実な使用人でございますから」
「え〜? でもそんなに強いのに……」
「遊戯として嗜む程度の業です」
「ええ〜?」
ーーーーーー
シズカは帝都にいた頃。ここから逃げ出す体力を付ける為に三人から屋敷の庭で授業を受けていた。
ブラッツは基礎体力作り。
アーダムからはサバイバル術。
体術の授業はヨーコ担当だった。
まず見本としてアーダムとブラッツの二人がかりでメイド姿のヨーコに組み付こうとしたが二人は投げられ地面に叩きつけられた。
「クソっ! 何で僕まで!」
「何がどうなってる! 魔法か!?」
「魔法ではありません。業です。さあ立ってください私を押し倒すつもりでかかって来なさいませ」
ヨーコは奇妙な構えをして腕を伸ばし掌を上に向けて二人を招く。
次に二人は左右から一斉に飛びかかった。
アーダムはヨーコの胸をブラッツは腰を。
だがヨーコは息を吸いスカートが広がった次の瞬間。アーダムは庭の噴水に飛び込み。ブラッツは腕を極められ土を噛む事になった。
「人って飛ぶんだねえ!?」
「参った! いだだだ! まいったあああ!!」
ずぶ濡れのアーダムは半泣きになり。ヨーコのお尻の下でブラッツは本気で泣いて悲鳴を上げている。
「今のは良い連携です。さあもう一度」
その時の凛としたヨーコの美しさにシズカはその都度惚れ直したものだ。
「さて次は奥様の番です」
「にゃ!?」
ーーーーーー
今の彼女はその長身にミスリル鎖鎧を纏いその武人姿も大変素敵なのだが。
「ねえヨーコ」
「何でしょうか奥様?」
「私、貴方のメイド姿も好きよ」
ヨーコは不意を打たれたような顔をして褐色の肌に赤が混ざりそれから口元に手を当てて笑う。
「ウフフフ有難う御座います」
ヨーコは愛する主人に優雅に一礼をした。
一方その頃。
高台の上で人間達の様子を見ていた蟲は。
『何をやってるんだ?』
ほんとにね。




