眠る化物は嗤う
「ここだ」
ヤマはそう言うと足を止めた。四人は手に持つ松明で辺りを注意深く照らす。
「何もないぞ?」とデイブが言う。
「間違いないここだ」
ヤマはデイブを見ないで手で招きその手で足元を指差す。デイブは指された位置に松明を向けた。
「こりゃ……足跡か?」
照らされた地面は大きく草や土が抉れ削られてできた足跡があり全員がその形に見覚えがあった。
ヤマは自分達が歩いてきた自分達の馬車がある方向に振り返り。
「ここから、こうして、こう引っ張ったな」
足跡を背にしヤマは立った状態から左足を後に引き、腰をひねって何か空間をつかみ引っ張る仕草をする。
誰も何を? とは聞かなかった。削られた地面を足跡として見るとそうだと分かる跡だからだ。
ブラッツとデクは地面にしゃがみ込み残る跡から指の数を数えている。
「四本の指だ。奴がリズを……何だデク?」
ブラッツはデクに肩を叩かれ見ると彼は松明で照らした先を顎で指す。
指された先を見ると巨大な足跡が枝を折り木々を裂いて森の奥に向かって続いていた。
「森の奥に進んだのか。ヤマ!……何だデク!?」
ブラッツはヤマ達を呼んで先に進もうとした所、デクに肩を掴まれ何だ!? と振り返ると彼は首を横に振っている。
「動くな!」
デクではなくヤマが声を上げた。ブラッツにではなく松明の灯りが届かない闇に筒先を向けながら叫ぶ。
「ゆっくりと歩いてこっちに来い!」
ガサリガサリ。と枝を避け草を踏み小柄な影がヤマの声に驚いて震えながらゆっくりと松明とランタンの灯りの中に入って来た。
「リズ!?」
「ブラッツ様!」
ブラッツが叫んでリズに駆け寄る。リズもブラッツを見て安心したようで涙を浮かべた。
「待て! ブラッツ! まだ!」
魔物には知人に姿を変えて近寄り襲いかかる奴もいる。ヤマはそんな魔物を警戒したが確認する前にブラッツはリズを抱きしめた。
「ああ良かった……本当に良かった……」
「グズッ……っ……うわああああん!」
けして恋人同士のような様ではなかったが二人は無事を喜んでいた。
ヤマはまだ警戒を解かなかったがデクが彼の抱える筒を押さえ「リズだ あんしん」と言ったので彼も息を吐いた。
デイブはふさぎ込み「良かった……もし嬢ちゃんに何かあったら俺は……」と鼻を鳴らしてリズの無事を喜んだ。
リズへの警戒を解いたヤマは少女の身体に傷は無いかと目で見て確認しながら背中に回り足跡が続く森の奥を振り返って落ち着きつつあるリズに声をかける。
「魔物はどうした? 逃げ出してきたのか?」
「っ!……ん、あ! ご、ごめんなさい!」
「いや良いんだ気にする事じゃない」
リズはブラッツの肩に涙と鼻水を付けてしまった事を謝り顔を拭いてからヤマの質問に答えた。
「いえ……帰してくれました、聞きたい事を話せば帰すって」
「話を? 魔物が? 何を話た?」
「ヤマさん」
リズが口を開く前にデイブがヤマに新しく火を付けた松明を手渡し。
「ここでより馬車に戻りながら聞きましょう。これの灯りでゴブリンどもが寄ってくかもしれませんから」
「そうだな……戻りながら聞こう。馬車に戻ったら皆にもう一度話して貰うが良いか?」
松明をデイブから受け取ったヤマは来る時は逆に最後尾に立つ。
リズは「はい」と返事をしブラッツに手を握られながら皆と一緒に歩きだした。何から話せば良いだろかと考え。
「えっと……私を拐ったのは女性で、声が男性と女性の二人で話す人で」
「ん?」とガイ。
「身体は半分で羽毛のような地面から生やしていて」
「は?」とデイブ。
「私達は低級魔物達からその魔物に守られていて……」
「う〜ん?」とブラッツ。
「デーク!」
最後尾のヤマは常に冷静であれと鍛えられた彼だが思わず先頭のデクに声をかけた。
「リズは こころ だいじょうぶ」と彼はいつものたどたどしい帝国語で保証した。
だがしばらくしてからヤマはまたデクに声をかける事になる。
ーーーーーー
「前から〈修道士〉〈剣闘士〉〈山賊〉あの子を連れてるのが〈守護者〉それからあの黒いのが〈野伏〉」
『修道士は我々に気づいていたな。只者では無いぞ』
ナナジはリズを抱え囮として足跡を残した場所から送り帰してから直ぐ音を立てずに跳ぶように移動していた蟲に引っ張られ西にあった高台の上から六人になった人間達を離れた場所から《視覚強化》を使って見ていた。その位置は六人の灯りと彼らの仲間が待つ馬車の灯りまでが一望できる。
「あの黒い奴が持ってる武器。何か分かる?」
『いや、変わった形のクロスボウだと思っていたが?』
「そっかぁう〜ん? どっかで見たような気がするなぁ……」
何かを思い出しそうだがすぐに※※……※※※※……※とノイズが混じりつついくつか筒の様な物が見えた最後に自分達が持つ鉈から発射する《熱弾》何でこれが頭に浮かぶ?
『それよりもさっきの話は本当に良いのか?』
「え? あ〜別に良いよ?」
『反対すると思ったんだが……』
「ハハハ。何で? 蟲がそう決めたんなら私は反対しないよ?」
ナナジは自分が生えている蚕蛾の額に寝転ぶ。
息を深く吸いゆっくりと吐いて目を閉じる。このまま眠ってしまうだろう。少し疲れていた。
背に羽毛のような感触を感じながら思う。不思議な身体だ、眠っていてももう片方は起きてるあの感じ。ナナジがぐっすりと眠って夢も見ている時でも蟲が見ている物をはっきり覚えており余り眠らない蟲がこっそりとナナジ用の干し肉を囓って食べた事を次の朝に起きてすぐに叱った事もあった。
そういえば蟲から離れてあんなに移動したのは初めてだった。
蟲は言わないがもしかしたら余り胴体を離してはいけないのかもしれない。離れるたびに苦しく無いかと確認していた。
「命の恩人、いや恩魔物の蟲に私は反対しないし逆らったりしないよ」
『いや結構勝手に』
「それはそれ。これはこれ」
『むう……』
ナナジは腕に抱きしめていた少女を思い出していた。
「フフフ。アイツら引っかかるかな?」
『……さあな』
「皆殺しにする時は身体を貸してよ?」
そう言うとナナジはあくびをした。
『分かっている。好きにすれば良い』
返事は無く自分の額に生えている女は寝息をたてていたが聞こえているだろう。
『さて頼むぞ人間達。我々の為に犠牲になってくれ』
「うわ悪の魔物ぽい」と眠るナナジが呟いて顔が笑った。
ーーーーーー
馬車に戻って来たブラッツ達は。
「起きてるじゃねえか」
「ふじん とても おこってる」
「マチルダさんも……」
「アーダム……」
「はっはっはっ……ごめん。隠しきれなかった」
五人は横に並んでシズカ夫人とマチルダの前に立っていた。
ヤマだけは兵士兼料理人のアレックスから茶を貰いひと仕事終えたように足を伸ばして寛いで傍観者を決め込みそして一口付けたその茶は非常に美味と感想を述べた。
「ほお、これはいい茶だな」
「前の町で良い茶葉があるとアーダムさんから聞きましてね。苦労して戻った皆さんにと用意してました」
アレックスはシズカ隊で七人目に仲間になった男である。
ひょろりと細い身体の男だがナイフ投げの達人で彼の鎖鎧の上には投擲用ナイフを多く仕込んだベルトを巻いていた。
西方領の故郷の家業を継ぐのを嫌がり帝国領にまで来て仕事を探したが見付けた仕事が家業と同じ料理人だったという。
ヤマとアレックスは顔見知りで彼が暫く世話になっていた傭兵宿の料理人としてアレックスは雇われていた。
その町で多くあった傭兵宿で他の宿から食事だけは彼のいる宿に傭兵達が集まるという変わった風景が良く見られ、荒くれ者が多い傭兵達が頻繁に喧嘩を起こそうとしたのだがその都度に彼は包丁をまるで投げナイフのように喧嘩の間に投げて突き刺し止める事が日常的に行われていた。
それから帝国の敗北を知った傭兵達が町から姿を消し。さて自分はどうするかと悩んでる時に腐れ縁のアーダムに声をかけられた。
昔の彼とは色々とあったがすっかり様が変っていている事に驚きつつ腕の良い傭兵として自分を雇いたいのとついでに料理人を探していている聞いて失業状態だった彼を紹介しアレックスも故郷に戻るついでにと引き受けた。
シズカ夫人はアレックスが仲間になった事に歓喜した。彼女達には誰も料理ができる者が居なかったからだ……
アーダムをふくむ五人は寛ぐヤマを恨めしそうに見つつ。腰に手を当てて立つシズカ夫人のその横で腕を前に組んで立っていたマチルダが怒声を上げたので男五人は背筋を伸ばした。
「それで! リズには怪我はないのね!?」
五人の中心にいたデイブの背が誰かに押されて一歩前に出る。
え? 何で俺が?
振り返るが全員デイブから目を逸らした。
「……はい! 今はヨーコさん達に見てもらってる所です!」
魔物に拐われ帰ってきたリズは馬車の中でヨーコとアンナに連れられて服を脱ぎ身体を拭かれながら様子を見られていた。ヨーコの腰には夫人から借りた銀色の剣を挿し油断なく裸のリズの背を見つめている。
デイブは四人を睨みつつ代表のように声をだす。だがマチルダに胸ぐらを掴まれて睨まれた。
「デイブ……私の目を見ろ」
「ひい!」
怒ったマチルダさんは本当に恐い! やっぱ山賊王の娘は伊達じゃないわ! 血の力半端ないわ!
「何故私や夫人に報告もせずに事を起こした?」
「それは……その……夫人には休んで貰いたかったしマチルダさんは何か動けなくなってましたし……」
「っ!? だってだって! 目の前で夫人とヨーコさんが……あ、あんな事を……」
マチルダの顔が一瞬で赤くなってもじもじする。
こうなる時は可愛い娘なんだがなぁ
「マチルダもういいわ」
「……は!? ですが夫人!」
シズカ夫人はハァと息を吐き。
「勝手に動いた事はリズを救った事で許します。そして報酬もだします。銀百枚の褒美です」
近くで様子を見ていたハチがヒュー! と口を吹き。バナンが羨ましいねぇとからかい。クルトはヤマと一緒に茶に口を付けて首を撚る。
「それより魔物が言ったって話をちゃんと聞きたいわ」
「は、はあ。それは」
デイブはリズから聞いた話を語った。自分にも今一理解できてないし信じられない話なのだが――
――デイブの話を後で聞いてアーダムは目を見開き。
茶化しながら話を聞いていたハチとバナンそして珍しくクルトも顔色を変えた。
「それで大森林を荒らすワームの群れを退治したいので協力して欲しいと。そうすれば……」
「ま、まて! まてぇ! その魔物の女。上半身しか無いっていったな!?」
ハチが大声で口を挟む。
「ハチどうしたの?」
「夫人様! その化物を信じちゃいけませんぜ!」
「そいつは魔王軍の魔物です! 千機の機械甲冑軍を全滅させて東の要塞を落とした! その化物共は皆頭に上半身しかない人間を生やしていたんです!」
夫人に詰め寄るハチとバナン。マチルダはまだ茶をすするクルトに目を向ける。目の合ったクルトはコクリと頷いた。
三人は元々は東の要塞が陥落しそこからの逃亡してきた兵士でハチとクルトは機械甲冑乗り。バナンはそこの下級騎士隊の十人長だった。
マチルダが山の中で動けなくなっていた三人を保護し山賊の頭数に加えたのだが。
「二人とも待って! まず話を全て聞きたいわ」
「しかし!」
「待って」
「よせハチ、バナン」
夫人は手で制し。クルトが二人を呼ぶと二人共渋々と下がる。
「デイブ話の続きを」
「えっとワーム退治に協力してくれれば」
デイブは一旦後の三人とヤマに目を向けた。三人は頷き、ヤマは無視して茶をすすった。
「協力してくれれば我々は貴方の傘下に加わると……」
ちなみにデイブ君を押したのはデクさんです。_✍(:3」∠)_




