魔物が聞きたい事
蟲とナナジはリズが語る恋の逃避行第一部の終わりまで物語を聞いて第二部が始まる前にナナジがリズに訪ねた。
「でもよく皇帝に見つからなかったね」
『皇帝に見つからなかったのかと聞いている』
ナナジは分からない事、知りたい事をすぐに聞く。蟲がこちらの言葉に変えてリズに伝えている。
「ブラッツ様から聞いて知ったのですが近衛兵の皆さんの協力で私を処刑にして死んだ事になってたそうなんです。皇帝陛下は。その、……ご病気で、記憶力が少し、良く無いとかで誤魔化せたと言ってました」
皇帝が? いやそれより処刑だと? と蟲が反応した。
『それは二年前か?』
「え〜っと。はい、そうです」
――二年ほど前に、帝国が飼う役割の巫女が皇帝の命で処刑されたあと遺体が行方不明になったと聞いております――
『(宝玉の眷族が言っていた巫女はこの娘の事だったのか? ではナナジは?)』
蟲の記憶にある最初のナナジは剣で刻まれ血まみれで首が落とされた黒髪の少女だった。
自分と合体し再生して目覚め蘇生したその姿は若々しいが今は何歳だ? 二十か? それとも三十か? このリズと名乗る少女と余り変わらない気もする。
魔物の蟲では人間の年齢は判断し辛い。
『(あれから何年経っているんだ?)』
その時、人間達の集団に動きがあった。武装をした数人が森の中に入ってくる音が《聴覚強化》で聴こえた。
「お、動き出したね!」とナナジは道の方角を見て嬉しそうに言った。
『(ここで闘いになる事に期待しだしたな)』
少女の仲間達が森の中に入り探知系のスキルを使ったのか真っ直ぐこっちに向って進んでいる。かなりの使い手がいると蟲は思った。
「ほらほら。はやくこの娘に聞きたい事聞かないとあいつら来ちゃうよ♪」
はやく来い。はやく来い。ナナジはそんな態度を隠そうともしない。
何故奴らを一網打尽にする為にここまでしなければならないのか。だがナナジが自分で皆殺しにしなければ満足しない。勇者が居てはそれが出来ないし逆に自分達が危険だからだ。
蟲は初めこの集団を《視覚強化》で遠距離から見た時ナナジから役割の巫女が居ると聞いて仰天した。
もしかしたらこの集団に行方不明の勇者が居るのではないかと最大の警戒。いや、正直に言えば怖気づいた。
〈砕く者〉戦から身体を渡さなくなり何時までたっても隠れたまま動かない蟲に呆れたナナジが「じゃあ私が直接見てくる」と止めるのも聞かず唯一自分が動かせる腰を伸ばし集団を木の上から役割を確認していた所に矢を射られ、流石にこれには反省したナナジも慎重になり寝静まった夜に馬車から出てくる勇者を見つけるか人間を一人誘拐して確認する事にしたのだ。
だが運良く誘拐できた役割の巫女の少女は自分は巫女では無いと言い。勇者では無く近衛兵の男の話ばかりする。近衛兵なら自分の足跡を調べていた二人組。〈守護者〉と聞いた方の顔の大きい男の方の事だろう。
もう一人の優男は近衛兵にしては役割がおかしいからだ――
ーーーーーー
リズ救出の為にブラッツ達五名は森の中を進んでいた。木々は高く。空に浮かぶ三つの月の光さえも森に入れない。松明やランタンの灯りが無ければ森の闇に飲まれて迷う所だ。
もしこの場に闇夜とランプの神、暗黒神信者のアーダムが居たらランタンを掲げ暗黒神に感謝の祈りを捧げるだろう。
ミスリル鎖鎧から銀の光を放つ後ろの四人とは違い先頭の黒装束姿のヤマは追跡スキルを使用しながら進む。しかし目に映る追跡の道の位置はヤマの頭上を通っていた。
彼の経験では《追跡》スキルを使うと目に浮かぶ道は地面の上にあった。だがこれは……
(飛んでいる。いや違うな)
木の高い位置にあった折れている枝。木に何か擦ったような跡。これらをまた見つけ薄い煙のような道が若干だが濃くなり見えるようになった。
(自分の意志では無い力で。何か、そうロープか何かに括られ引っ張られている。括られてるのはリズか。もしそうなら傷だらけになっている。傷薬が足りると良いが)
ヤマは冷静だった。そう組織に訓練され、そう生きてきた。
(そして徐々に高くなっている)
ヤマは振り返らずに仲間の一人を呼んだ。
「ブラッツ」
「どうした?」
「町で聞いた例の蛾の頭をした機械甲冑の化物。大きさはどれくらいだと思う」
「何?」
何故今あの化物の話が出てくる? ブラッツは困惑したがヤマは常に頭上を気にしていたのを思い出した。
「ここにあの化物が!?」
「かもしれん」
ブラッツは考え込む。森の道で見たあの足跡。町で見た化物の姿絵。住民からの証言から想像すると……
ヤマの正面に照らし浮かんだ木の影。
「正面の高い大木ぐらいだろう」
「でかいな」
隣で聞いていた大剣を背負うガイが口をはさむ。
ヤマの目にはその大木の先端の真横に白い煙の道が通っていた。
各自武器を取り出して構え備える。
ブラッツは剣。背には盾を背負っている。デクは鉄棍。デイブは手投げ用の斧を持ち腰には小剣を下げている。
ガイは背負う大剣の刃に上からかぶせているカバーを外し障害物の多い森の中でも大剣を使える特殊な構えをする。
十字形のガードとグリップを握り。大剣を槍のように構えた。
その構えで剣先で突き、捻り、抉る。何も剣の形をしてるから頭上から振って叩きつける必要は無い。柄頭で顔を殴りつけ怯んだ所を刃で払う戦法や長いガードで兜面の間を突いて目を潰し。時として刃の部分を握り鎚のように叩きつけたりとその見た目と重さに反して柔軟に使い方を変えて戦えるのが大剣という武器なのだ。
だがガイの持つ大剣の剣身には二箇所に傷が着いて少し歪んでいた。
ヤマが武器として持つ筒の仕掛けをいじる。
ガイもその武器の事は聞いた事があった。だが彼の知っている物は火薬を込めて筒の中で爆破しその衝撃で弾を飛ばす物で高威力だが一度攻撃した後は次の攻撃まで火薬を込めるのに時間がかかるハンドカノンという物だった。
だが彼は筒の後に付いているレバーを握り後ろに引くとカチャリと軽い金属音がしてレバーを戻した。これで彼のハンドカノンは何時でも撃つ事ができる。
ガイの大剣の傷はこの武器で撃たれて付いたものだった。
マチルダ山賊団での初仕事。シズカ夫人の馬車を襲った時だ。一発目は防いだと思った。だが続けて放たれた二発目に驚き剣を落とし動けなくなった。雇い主のマチルダが降伏し夫人に誘われ仲間になってすぐガイはその武器は何だとヤマに聞いた。
「これか? これは西方の地下迷宮で発見された せみおーとらいふる銃 というものだ。この弾丸を込めればいくらでも撃てる。弾が貴重で余り撃ちたく無いし我儘ですぐ機嫌を悪くする奴だがな」
彼は覆面をずらし火傷痕のある右頬を上げてニヤリと笑った。
ヤマはそのライフル銃を構え油断なく進む。
「……リズを拐ったヤツは近いぞ警戒しろ」
「応!」
ーーーーーー
「あの……き、聞きたい事とは?」
リズは羽毛のような地面から腰から上半身しか無い女性に落ちないようにと腰に腕を回され正面にその細い身体を抱き寄せられていた。女性はお腹に何か巻いているのか間に有り身体は密着はしていないが顔が近い。馬車での夫人とヨーコを思い出してしまい青い瞳を見る事ができなかった。そしてその口から出る声は男性の物だ。女性のはしゃいだような声は何を言ってるのか分からなかった。
『仲間に勇者は居るのか?』
「え? 勇者様は……」
リズは言葉に詰まった。生きて帰る為に何でも答えようとは思っていたけれども。もし勇者様は居ないと答えたらこの魔物は仲間達をどうするだろう。
そんなリズの緊張を声の主は読み取ったのか。
『警戒するのは正しい。だが勇者は魔物には天敵なのだ。それが突然自分の住処に入り込んできたかもしれない魔物の恐怖は理解してもらえるか? そもそも何でこんな所……』
男の声に間があいた。
『……何故この大森林に入った?』
「あ、はい。それは――」
リズはそれなら答えられると話だした。
帝国軍が敗れた事。帝国への人質だった貴族夫人がブラッツ達と一緒に帝都から抜け出した事。ブラッツが自分を向かえに来てくれた事。襲って来た山賊を味方にしたり出会った人を仲間にしながら西に向かう帝国大道を避け南へ進んだ事。この大森林を進んでるのは西方南部領にある夫人の故郷に帰る為で有る事。
『本当に魔王軍は帝国軍に勝ったんだな……しかし無茶な事をここらは人間達の地と違って低級魔物の巣窟だぞ?』
「はい、でも、私達が大森林に入ってから一度も、その……魔物は現れませんでしたし」
貴方以外の魔物はとはリズは避けた。
『それは我々が居るからだ』
「え?」
『我々が君達の近くに居るからゴブリン達が避けてるのだ』
「それは……何故です?」
何故助けてくれるんですか?
『さあな。大昔ゴブリンリーダーやゴブリンキングにも聞いてみようとしたがやっぱり逃げ出してな』
そうじゃなくて。
『では聞きたい事も聞いたし仲間の元に帰そう』
「え!? か、帰っても良いのですか?」
気になる事があったが帰っても良いと聞いて考えが吹き飛び。女性の青い目を見てしまった。
『勿論だ約束だからな。ああ、それから君の主に伝言を頼む――』
声は男性だが女性は微笑んでいる。
リズは皆とこの青い瞳の女性と戦ってほしくなかった。




