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追跡

(嫌! 嫌! 助けてブラッツ様!)


 リズは口を掌で塞がれていた。周りは暗く。目の前には役割が映らない地面から生える上半身だけの女性。青い瞳だけが妙に明るい。心臓が跳ね続ける。不安で呼吸が荒れ。涙が流れ。もし先程小用を済ませていなければ失禁もしていただろう。恐怖が彼女を包んでいた。


「ア〜ゴメンネ。コワガラセテ」


 女性が耳元で囁く。帝国語じゃない。知らない言葉だった。

 流した涙が女性の掌から伝って自分の口に流れ込み大きく咽るが押さえられた手は離れなかった。


「ハナシガオワッタラカエスカラ。チョットハナシヲシタイダケダカラネ」


 女性はまだ何かを言っているがリズは言葉が分からなかった。


『言葉が通じてないぞ』

「ア、ソウカ」

『話は私がしよう』


 女性の口から突然男性の声が発声られ。交互に何か会話している。男性の声の言葉は理解できたがリズはますます混乱した。 


『荒々しく連れて来て済まない。質問に答えてくれたら仲間の元に帰そう』


(帰そう? 今帰すと言った? 帰れる? 皆の所に? ブラッツ様の元に?)


 そう思うとリズは落ち着きを取り戻してきた。


『では今から口から手を放す。大声を出すな。騒げば貴様の仲間を皆殺しにする。分かったな?』


 リズは殺すという言葉にビクッと震えてからコクンとうなずいた。


「ウワ〜アクヤクポ〜イ。ニンゲンハダメダ。キリ! コロスナ。キリ! トカイッテタノニ〜」

『むう』


 また女性の分からない言葉に男性の唸り声。


「ダイジョウブダヨ〜ウソダカラネ〜ソンナコトシナイカラネ〜」


 光る青い瞳の女性は目を細くし明るくリズに話かける。


『ちょっと黙っててくれるか』

「イヤヨ」


 女性はそう言ってリズの口から手を離す。その掌は自分の涙と鼻水で汚れているだろう。


「あ、ごめんなさい……」

「キニシナイデ。ムリヤリツレテキタコッチモワルイシネ」


 女性は何処からか布を取り出しリズの顔の涙を拭ってくれた。

 拭き終わった後女性はまるでシズカとヨーコのようにリズを抱き寄せる。


『掴まれ落ちるぞ』

「は、はい」


 顔が熱くなるが女性の身体に触れ温もりを感じてから気が付いた。自分は何か柔らかい羽毛の様な上に座っていると。

 視線を下げ自分が座る羽毛の様な物が暗がりでもうっすらと見えそこからいつも見えるアレが見えた。


「魔獣……兵器?」

「オ!」

『本当に役割が見えるのか』


 リズはハッと慌てて自分の口を押さえた。油断してしまった。怯えて優しくされ気が緩んだからか。夫人達との旅ではしなかったミスをしてしまった。


 震えながら顔を上げると女性はニヤニヤと笑っている。バレてしまった! あれ程隠すようにと言われてたのに! しかもよりによって魔物に! 巫女は魔物の敵だ! きっと殺される! 皆の元に帰れない!


「ホラ〜イッタデショ」

『驚いたな本当に役割の巫女か』

「ち、違う! 私は! 違うんです!」


 リズは首を振って否定する。


『役割の巫女が何故ここにいる?』

「私は……違うんです……私は……」


 リズはポロポロ泣き出して答える事ができない。


「ア〜マタナカシタ〜」

『むう』

「アトワカッタカモ」

『何?』


 女性は泣くリズの顎を指で押し上げて青い瞳で少女の顔をのぞきこんだ。


「ホラ、コノコハワカスギルデショ」

『この娘が若過ぎる?』


 リズはその言葉でコクコクと頷いた。


 ーーーーーー


 ナナジはまた布で少女の涙を拭いた。その間蟲はナナジの口で『殺さないから』『食べないから』と少女を落ち着かせようと話かけるのが面白くて吹き出してしまった。笑うナナジを見て少女も落ち着いて来たので蟲はナナジから話を聞こうとした。


『それで若すぎるとはどういう事だ?』

「蟲から見てこの娘は何歳に見える?」

『若くは見える』

「じゃあ魔王様の役割が復活したのは何年前って聞いた?」

『十五年前だ』

「じゃあ勇者が転生して産まれたのは何年前?」


 魔王と勇者はほぼ同時に誕生する。


『十五年前……そうか。そういう事かこの娘は』

「はい……私は……グスッ。生まれるのが遅くて。役割の巫女にはなれなかったんです……」



 役割の巫女は勇者の魂をこの地に導き転生の手助けをする役目を持つ女性である。

 役割の神よりお告げを聞き各国の役割の巫女達はその運命の日にこの地のどこかに誕生する勇者に語りかける。


『巫女が語りかけるその際に勇者は自分の能力や容姿を決めるとか』

「うん? 能力と容姿を決める?」


 ナナジは首を捻った。いつものノイズは来ないが。


「何か引っかかるような……」

『聞いてるか?』

「あ、はいはい」


 その運命の日は十五年前。どれだけ若い人間の巫女でも今は三十手前になっているはずだ。この少女は若すぎる。いや生まれてもいないだろう。


 少女はポツリポツリと語りだした。


 自分は帝都の役割の神殿の前に捨てられていた赤子だったという。その神殿にいた本物の巫女はこの赤子は役割の巫女だと言った。


 その日からリズは神殿の中で孤児達と一緒に暮らし。巫女の役目はもう勇者が転生し終わってたので巫女ではなく神官見習いとして育てられた。治癒魔法一つ覚えられず、けして優秀ではなかったが……

 年が十を過ぎた頃。母のように慕っていた本物の巫女が病で亡くなり。それから暫くして突然近衛兵達が神殿にやってきてリズの腕を掴み、まるで罪人のように皇帝陛下の前に連れて行かれた。


 そして顔色の悪い枯れた木の様な皇帝はリズに言い放った。


「役割の巫女よ。その役割の見える目で勇者を見つけて連れて参れ。勇者が見つかるまで帝都に戻る事許さぬ」


 リズは自分は巫女ではないと訴えたが皇帝は聞かず。その日おそらく生まれて初めて帝都の外に一人で放り出された。


 呆然と知らない道を一人で歩き。


 何もかもが嫌になり座り込んで泣いていた所一人の近衛兵が走って来てリズに追いついた。


「見つかってよかった! すまない! 本当にすまない!」


 声をかけ救いの手を差し伸べてくれた。その近衛兵こそが――


 ーーーーーー


「リズがいない!?」


 ブラッツは声を荒げた。


「声が大きい。夫人が起きてしまう」


 アーダムが尖らせた口に指を当てる。

 男達は全員起きて半分は松明を持って馬車の周りに散っていた。


「デイブが便所で姿を見たのを最後に馬車に戻ってないとアンナが言ってきた」とジョンが言う。

「もし拐ったのがゴブリンだったらもう……」


「いやゴブリンの匂いはしないし足跡も無かった。別の魔物だ」


 黒装束のヤマが近づきながらアーダム達に言った。


「地面に何かが這った様な跡があった。もしかしたらロカ達が見た蛇女の魔物。ラミアかもしれん」


 蛇女がラミアならまだ希望がある。


 ラミアという魔物は上半身は人間の女。下半身は蛇の姿をした魔物である。

 この魔物は人の血を飲み肉を喰らう。蛇の胴体で動きを封じ。数日かけて喰うのだ。

 リズを拐ったのは食事のためだろう。だがそれは血液を飲み干してからだ。

 それにこの魔物はけして悪ではない。血を舐めるだけで満足し解放するどころか子供や赤子なら子守をして乳を与える事もある。

 知性も大変高く会話もでき。人に化けて普通に人の町で普通の食事をして暮らす個体もいる。彼女らから話を聞けばそれは「旦那様探し」と頬を染めて答えたという。


「後を追えないかい?」

「折れた枝を追えば出来るが暗すぎる。すまないが朝まで待ってくれ」

「駄目だ夫人が起きたら不味い。いま彼女はかなり参っている」

「あれでか?」

「彼女はあれで繊細なんだ。ここに僕達を連れてきた事に責任を感じているはずだ。リズの事を知ったら駄目になるかも知れない」


 黒装束姿の男がう〜んと唸る。


「……雇い主が駄目になるのは不味いな」

「そうだ王が駄目になるのは不味い。無茶は承知だが頼めるかい?」

「分かったよアーダム。やってみるが期待はするなよ」


 暗い森の中に入りリズの捜索はヤマ、デク、ガイ、そして志願したデイブ、ブラッツの五名が出る事になった。全員松明を持ちランタンを腰に下げていたがヤマだけは松明では無く細長い筒を手に持っていた。

 ガイとデイブにはそれは変わった形をした筒だがこれが武器で自分達マチルダ山賊団全員の動きを封じた恐ろしい武器だと身を持って知っている。


「良いか。お前達は左右から辺りを照らせ、だが俺から前に出るな。デクお前は感が良い。何かおかしいと思ったら直ぐ知らせろ」

「わかった リズ さがす」


「では行くぞ≪追跡≫」


 ヤマはスキルを使用した。


≪追跡≫は足跡などの痕跡から道のような線を視界に写し事件現場から犯人の追跡や狩猟での獲物の追跡などで重宝されるスキルである。


 視界が暗くなり薄い煙のように漂う白い線が浮かぶ。


「クソ、やはり薄い。ゆっくりだが行くぞ」


 五人は森の中に足を踏み入れた。


「リズ……無事でいてくれ」


 ブラッツは呟いた。


 ーーーーーー


「それから私を隣の領地に住むブラッツ様の伯父夫婦の家に頼んで匿ってくれたんです!」


 先程までグズグズと泣いていたリズが両手を組んで笑顔でナナジ達に語っていた。


「へ〜」

『良かった良かった』

「はい! ブラッツ様は私の命の恩人です!」


 目がすっごいキラキラしてる。


「あ〜これはアレですな」

『アレだな』

「な、何ですか?」


 ニヤニヤしているナナジにリズは戸惑った。


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