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槍使いの弓兵

 その仕事は簡単でラッキーな仕事のはずだった。武器商人を西方領まで護衛する仕事だった。


 マルティは傭兵として故郷の北方領から出て仕事を探しに帝国領に来たのに帝都近くの町で東方領でおきた魔王軍との決戦で帝国・東方連合軍の敗北を知った。

 負ける国の傭兵になる馬鹿は居ない。だが金も無いので故郷には帰れない。その町で他の仕事は無いかと探すと護衛の仕事がいくつかあった。

 その町は鍛冶職人の町で帝国軍の武具を量産しそれを東の要塞まで運ぶ輸送隊を護衛する仕事だった。


 仕事の金は安いが楽ができた。なにせ帝国領内は北方領と違い低級魔物(ゴブリンやコボルド)が少ない。

 マルティが帝国領に来た頃は簡単な天幕だけ作って見張りの順番も適度に決めグースカ眠れる帝国人達は頭がおかしいんじゃないかと思ったものだ。


 帝国領内で一番怖いのは人間の山賊だ。その時は手に持つ槍の出番だが……

 実を言うとマルティは強くはない。槍を振り回したり突いたりするが一度も魔物や山賊を倒せた事は無い。下手くそと言っていい。そんな彼がどうして傭兵として生きて来れたのか。それは腰にある小弓のお陰だった。


 マルティは子供の頃から弓が得意だった。

 弓を構え矢をつがえるとその矢はどう飛び何処に当たるかが手に取るように分かった。調子がいい時は目に赤い線が見えその線の通りに矢は飛んだ。天賦の才能だろう。

 弓の的当てでマルティに勝てる者は村にも町にも領内にも居なかった。なのに軍に入って配属された部隊は弓が全く使えない槍隊だった。


 マルティはある日、槍隊の隊長に不満をぶち撒けた。

「弓隊に変えてくれ! 弓なら自分は必ずお役に立てる!」と。だが槍隊と弓隊の双子の隊長は顔を見合わせてから揃って言う。


「「だがお前の役割は〈槍使い〉じゃないか」」と。


 役割の神信者だった領主は神に与えられた人の役割を聞いて軍を編制していた。役割が〈槍使い〉なのだからお前は槍隊だと決められていたのだ。


 くそったれの役割の神め! なんで俺が〈槍使い〉なんだ! その役割に相応しいのは故郷の家で隣に住んでたロカだ! ロカは子供頃よく遊んだ仲で戦ごっこで槍に見立てた棒をもたせたら勝てる奴はいなかった。余りにも強いのでロカに棒を持たせないというルールまで出来てた程だ。

 町の闘技大会の決勝で奴は木槍を構えて一瞬で三人の屈強な男達を突き倒した。悔しいが俺の撃った闘技用の矢は全てあいつの槍に打ち払われ矢が無くなり降参を宣言した。

 その決勝が噂になり二人とも軍に入る事になったのだがそのロカは寄りにもよって下手くそな弓を引いていた。ロカの役割は〈弓兵〉だったのだ。


 領主が病的な役割の神信者で例外は許されず結局軍は二年でやめた。


 軍をやめてから食うために冒険者ギルドの門を叩いた。冒険者なら自由に弓を使って食っていけるだろうと考えたからだ。だが受付で冒険者シートを渡されてマルティは青ざめた。

 シートには名前の記入と()()()()()をしなければならなかったのだ。


 冒険者シートに偽造は出来ない。仕方なく神に与えられた役割〈槍使い〉と記入しそれを見た小綺麗な受付嬢の怪訝そうな表情をマルティは今でも覚えている。シートには槍使いと書いて弓を背負っている冒険者はそりゃあおかしいだろう。

 冒険者チームに前衛を探して槍使いを呼んだのにやってきた男が弓を使うんだから詐欺のような物だ。


 考えたマルティは冒険者ギルドに金を借りて装備を一新した。まず槍を買った。見た目は良いが自分には使えない槍だ。そして小弓を買った。弓騎兵が馬上で使う小型で強力な弓。

 それで日頃は槍を持ち歩き槍使いらしく振る舞う。

 戦闘になると槍を放り捨て腰の小弓を使い次々に敵を射貫いていた。

 そうしてから槍を使わない槍使い冒険者の名は割と上がった。



 戦争が始まり冒険者から傭兵に変わってもこのスタイルで彼は護衛の仕事をしていたがその仕事は突然終わった。

 輸送先の東の要塞が魔王軍によって陥落したのだ。

 マルティは別の仕事を探した。護衛の仲間達から傭兵団に誘われたが断った。軍だとまた槍隊に回されるかもしれない。負け戦で死ぬかもしれない。それだけは御免だった。

 金も少し貯まったし負ける帝国から逃れて北方領に帰るかとそんな事も考えていた。


 大勢の傭兵達が寝泊まりし今は人が居なくなった宿の食堂にいたマルティに見知った武器商人が声をかけてきた。


「良かったマルティ君は残ってたんだね」

「タルンの旦那? どうしました? 護衛の仕事はもう無いでしょ?」

「別の仕事だ。護衛なのは変わらないんだけどね」


 タルンはマルティに近づき小声で話しかけてきた。


「この国はもう終わりだ。私は家族のいる西方領まで逃げるから君も一緒に来なさい」


 マルティは驚いた。俺はなんてついてるんだ。護衛といって堂々とこの国から逃げ出せる。つまらない負け戦で死ななくて済む!


「分かりました受けましょうその仕事!」


 ニヤリと笑ってマルティは護衛の仕事を受けた。


 宿を引き払い外に出ると商人がよく使う輸送用の馬車が止まっていた。


「実はもう一人護衛を雇っているんだ。この町に来たばかりで仕事を探してたようなので雇ったんだが」

「ああそうなんですか」


 まあ護衛は一人より多い方がいい。西方領まで仲良くするさ。


 馬車を引く馬を撫でていた男がいる。真新しい弓と矢を背負い。手には使い古された背丈程の小槍を持っていた。その後ろ姿にマルティは妙に見覚えがある。


「紹介しよう彼の名は」


 男が振り返る。マルティは「あ!」と声が出た。髪が伸び髭も生やしているがよく知ってる男だった。


「ロカ?」


 ロカと呼ばれた男も驚いた顔になり。


「お前……マルティか?」


 そしてお互いの装備を見比べて二人は吹き出した。

 槍の使えない槍使いと弓が使えない弓兵の姿。二人は故郷を出て初めて子供のように笑った。



 その仕事は同郷の友と一緒に簡単でラッキーな仕事のはずだった。武器商人を西方領まで護衛する仕事だった。


 簡単な仕事だった……はずだった。



「それが何で大森林のど真ん中進んでんだろうなぁ?」

「何でだろうなぁ?」


 マルティとロカは同じ馬車に乗りボヤいていた。


 二人の雇い主タルンの旦那が付いて行くと決めてしまったシズカ私兵団二〇名は深い森が開いて石が砕けてできた道のような場所を進んでいた。



 アーダムが町で聞いた情報で南の宝玉山の近くにあったという町を囲む石壁の材料、その石材が山積みにされていたと聞いた場所から少し西に離れ森の中に聞いた通り森が開いた道があるのを発見しシズカ達はその道を進んでいた。

 この道が何処まで続くかは住人達は誰も知らなかった。先を調べに進んだ者は誰も戻らなかったからだ。


「おそらくこの道の先に石切場があるんだろう」


 先頭の馬車に乗るシズカとアーダムとブラッツはタルンの話を聞いていた。


 その馬車の幌の中は両側が腰掛けれるよう長椅子になっており、ゆれはするが乗り心地はそんなに悪くなかった。さらに女性用にと柔らかな毛布を椅子に敷いてその上にシズカは座っていた。


「そしてあの場所に石を運び山積みした?」

「何の為に?」


 シズカとブラッツは顔を見合わせる。


「あの山に宝玉の女神が住んでいるとか言ってたけど流石に胡散臭いね」

「宝玉の女神なら住んでるのは地下だろ?」

「宝玉神は地下の神だったね」


 アーダムとブラッツの会話を聞いてシズカがそういえばと話し出す。


「昨日の晩ヨーコが地面がゆれた気がするって言ってたわ」

「地面がゆれたんですか?」


 アーダムが驚く自分は何も感じなかった。そして宝玉の女神は地震の神だったなと思い出した。


「ああそれなら私も感じたよ? 地揺れというか地崩れのような感じではなかったかね?」


 タルンが言うとシズカは幌から顔を出して「ゆれたのよね?」と馬車の手綱を握るヨーコに確かめるように聞いていた。ヨーコの隣にはリズが座っていた。


「宝玉神の地下神殿が崩れたんですかね?」


 アーダムがそう言った時隊の先頭を進んでいたマチルダが止まれと声を上げた。


「マチルダどうしたの?」

「夫人……これを見てください」


 マチルダが珍しく顔を青くして道の先を見る。


「これ……足……跡?」


 それは確かに足跡だった。

 巨大な足跡。それが大木を折って左側から道に入り自分達と同じ西の方向に進んでいた。大森林にはこんな魔物がいるのか。私達は無事に森を抜けれるのか。私はとんでもない所にみんなを連れてきてしまったのではないだろうか。


「奥様」

「大丈夫ちょっと驚いただけだから」


 ヨーコは青くなるシズカの手を握って肩を抱きしめた。



 愛する主君が落ち着く前にアーダムとブラッツは足跡を調べ始める。足跡は数週間以上前の物だろうかとアーダムは思った。


「アーダムこれを見てくれ。この指の数」

「巨人の足じゃない。機械甲冑の足でもない。四本指の足」

「アレだな」

「アレだね」


 二人は思い当たる一体の魔物。前の町で聞いた巨大な化物。アレがいる。それもとても近くにだ。



「先頭はどうしたのかねぇ?」

「どうしたんだろうねぇ?」


 マルティとロカの馬車は隊の後方にあったので足跡が見えていなかった。


「ちょっと前見てくるわ」

「ああ頼……!?」


 ロカが立ち上がり馬車から降りようとした時マルティがそれを見つけたのは偶然だった。

 マルティは馬車から降りようとするロカの腕を掴んで止めた。

 ロカは驚いたが相棒が目を見開いていたのでその視線を追った。


 馬車の右側にあった高い木の上にそいつは居た。


 そいつは女だった。長い黒髪が風で流れ化粧をし緑色の服を着た女。足が無く。蛇のような長い腰を木に絡め。目を動かしシズカの私兵隊を前から一人一人を見ていた。

 顔の動きから一度過ぎた二番目の馬車から休んでいた数人の仲間たちが出てくると木の上の女の顔は前に戻る。



「ロカお前も見えるか?」

「見える。やべぇ何だありゃ?」


 マルティは小弓を握りロカは小槍を握った。


 女は「お?」という顔で急にマルティとロカに顔を向け二人を見て微笑み手をひらひらと振る。

 その微笑みはマルティには魅力的に見えたが抱きしめたらその蛇のような胴体で絞め殺されそうな女は御免だ。


「魔物だ! 右の木の上!」


 ロカが叫んだ。



 ーーーーーー



「びっくりした! 何だあの槍使い! 矢がスカカカンて! スカカカーンて連射! 弓矢を連射してきたぞ! てっきり横にいた弓兵が討って来ると思ってたからびっくりした!」


 ナナジは興奮して赤くなっていた。あの時目に写っていた二人組の役割は確かに〈弓兵〉と〈槍使い〉だった。

 弓兵なら矢を討って来るとナナジは警戒していたが弓兵が声を上げた瞬間座り込み。何だと思った次はゾッとした。弓兵の身体で隠れて見えなかった槍使いが小弓を構え数本の矢を握って矢をつがえていたのだ。


『だから人間に油断するなと言っただろ! もう少しで当たる所だったぞ!』


 蟲はナナジの目で槍使いだと呼ばれた人間が弓を引いていたのを見た瞬間額から紐のように伸びるナナジを文字通り引っ張り戻した。


「もう少し優しく引っ張ってよ! あちこち擦ったよ! ほら擦り傷!」

『それぐらいすぐ治る! 頼むから静かにしてくれ! まだ人間が居るんだ!』


 ナナジ達は前に自分達も通った森の道から離れた森の中に隠れていた。

 蟲は《超擬態》で森と完全に同化し身体の色は流石に変えれないナナジは蟲の両手に包まれていた。


 人間達は移動を開始したようだ。森の中に入るのは危険だと判断したのだろう。ナナジを追っては来なかった。


 それを見てナナジ達は息をついた。


『〈砕く者〉より人間の方が強いんじゃないか?』

「ハハハそうかも……」


 ナナジは汗をかいて乾いた笑いがもれた。


『それで本当にいたのか?』

「いた。近づいて直接目で見て役割を確認したから間違いない」

『むう』


 蟲が唸る。まだ信じられない様子だ。


「〈役割の巫女〉がいたわ」



ちなみにロカ君はスカカカンと討たれた矢を槍で全部払い落とします_(:3 」∠)_

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