化物退治の依頼・下
(増えたなぁ)
アーダムは宿の食堂に入り自分の仲間達をみて思った。
旅の始まりは四人、いや五人からだった。それが三週間で二十人になっている。
我が愛する主君は故郷に着いたらどうするのか。本当にその美貌一つで軍団でも作るんじゃないだろうか。
仲間達は食堂の奥で町長たちの話を聞いているシズカ達の様子をうかがっていた。
一人だけ黙々と食事をしている男がいた。自分達とは違う全身を赤く染めた革鎧を纏っている。
機械甲冑乗りが纏う鎧だ。名は確かクルトと言ったか。背中に小さい盾のような板を布に巻いて背負っている。彼ともう一人同じ鎧を纏った男も板を背負いけして身から離そうとしない。機械乗りの呪いだとそれは何かと聞いた若いアベル君の質問に本人達はそう答えていた。
アーダムは食堂の奥に進む。
話合いの場にはシズカとブラッツが席に付きヨーコがシズカの後ろに立って控えていた。机を挟んだシズカの正面に老人。おそらくこの人が町長だ。隣には使者として着いた時最初に話しかけてきた警備長が座っている。町長達の後ろには話を聞いて集まったきた住民達が立っていて食堂がとても狭く感じた。
(やれやれブラッツ君。そこはヨーコさんに席を譲って君が立つべきだろ)
そんな事を思いながらアーダムはヨーコと並ぶようにシズカの後ろに立つ。
シズカは化物の姿を絵にした物だろう。質の悪い紙に子供の落書きのような化物の姿絵を真剣に見ていた。
アーダムはシズカの後ろから絵を覗き見る。
(何だこりゃ蛾の頭を付けた機械甲冑か?)
そう思うしかない下手な絵が並ぶ。
機械甲冑とはかつて一人の盗賊が宝玉の女神から一体の魔導兵器を盗み出しそれを多くの機械技術士と錬金術士が長い年月をかけて分析と解析の末作り上げた機械で動く鎧である。
強力であるが量産が難しくそしてその操者の育成も難しいため未だ戦場の主役は騎兵であった。
ブラッツと町長達の会話は続いていた。
「町長殿。我々は傭兵団ではないしそれに領内の魔物退治は領主と冒険者の仕事では?」
「もちろん領主様に頼んだ。だが駄目だったんだ。魔王との戦争で今魔物退治をする余裕がないと。冒険者ギルドにも頼んだが人を集めるのに時間がかかりそうだと……」
帝国領内で活動する冒険者は想像するよりも少ない。
山の多い北地になら魔物退治を生業にしている冒険者がいるかもしれないがこの辺りはどうだろう。低級の魔物退治を領主や警備兵達がしっかりしているからゴブリンも滅多に姿を見せない。
冒険者が少数のゴブリンや獣退治だけでは生活もできないのではないか。
腕に覚えのある冒険者は西方領の遺跡都市の地下を潜っている。そこそこの冒険者は戦争中の今なら傭兵をしていた方が金になるだろう。
もちろん中には例外は居るのだが。
「我々はこの夫人の私兵だ。それが他人の領地で勝手に魔物と戦争を起こすと問題になりませんか? 警備長どの」
「町長には悪いが俺からは何も言えん。だがもし手伝ってもらえるなら助かる」
警備長は一応中立を通したいようだが彼もこの町を化物から守りたいのだ。
ブラッツもその気持ちはよくわかる。「夫人どうしましょう」と主人に声をかけた。
夫人と呼ばれた赤毛の女性は魔物の絵から顔上げ真っ直ぐ町長を見た。
その青い瞳の美しさに町長は息を飲む。
「お断りします」
シズカはきっぱりと言った。
「何度も言いましたが私達は傭兵団じゃないわ。私は急いでいるのです。ですから私の兵を雇いたいと言われても困るのです」
町長の顔が青くなる。
「そんな! 町のすぐ側に巨大な化物が巣を作っているのですよ! どうか我々を見捨てないでください!」
「うるせぇジジイ! 夫人は断ってるだろ!」
シズカの私兵の一人髭面の男が近づいてきて大声をあげた。クルトと同じ赤い革鎧を着ている。
「ハチよせ」
クルトがハチの肩を掴んで止める。
住民はハチの声に驚いたが二人の格好をみて言い返してきた。
「甲冑無しの機械乗りの手助けなんていらねぇんだよ!」
「何だと!?」
「よせ」
「やめろ君たち喧嘩しに来たのなら家に帰れ!」
警備長が立ち上がり住民達を止める。
町長は両手の掌を合わせて宝玉神に祈るようにシズカに頼んでいた。
「ご夫人。どうか……どうか……」
(僕の出番かな?)
後ろで見ていたアーダムはコホンと一つ咳をして全員に聴こえるように喋り出した。
「まあまあ夫人! まずどんな魔物か聞いてみましょうよ。そのぉ巨大な化物? それが町にどんな被害にあったとか」
突然喋りだした優男に視線が集まる。
「町を少し見て来たのですが特に被害というか何か破壊された様子が無かったので化物にこの町がどんな恐ろしい目にあってるのか興味があるんですよ」
アーダムは笑顔で椅子に座るブラッツをぐいぐい押す。むぅと唸ってからブラッツは立ち上がりアーダムに席を譲った。
アーダムは住民達を見ながら席に座る。
彼らの仕草。目線の動き。つぶやく口の動き。全て貴重な情報源だ。
「それは……」
「破壊などの被害はないんですが……」
「森で狩りができないじゃないか!」
アーダムは掌を合わせる。宝玉神への祈りではなく彼の癖だ。
さて何から聞こうか閉め方は決まっているがこれも演出だ。
「家畜や畑等に被害は?」
「それは……まだ無い」
「橋を落とされたり行商を襲われるとか?」
「それも無い」
「狩りができない!」
「夜中に家に入り込み一家丸ごと食われたとか?」
「いやそんな恐ろしい事は」
「森に入れない!」
「おや? 森に入れない以外にこの町に何も被害はないと? 被害がないなら領主も軍は動かせないだろうね」
「被害が無いのに化物退治か?」
ハチが煽る。仲間達も話を聞きに集まっていた。
「そのうちに何か起こるかもしれないじゃないか!」「起こってからじゃ遅いんだ!」
住民達をまあまあとアーダムはなだめた。
「化物が現れたのはいつ頃?」
「三週間ほど前、この二人が発見したのが最初です」
先程から森に入れないと言っていた狩人風の二人が前に出た。
「場所は? あ、ここの周辺の地図があったら貸してください」
「これを」
警備長が腰から羊皮紙を取り出して広げた。手書きだがここら一帯を細かく描かれている。
うわこりゃ貴重だぞ。そんな地図に印は付けられないので食堂に置いてある客が呑みながら楽しむ盤上遊戯から駒を取って町ある位置にキングの駒を置いた。
「ありがとうございます。でどこで見た?」
「ここだ。この川のこの辺り」
指を置いた位置。川の場所に魔物の駒を置く。
「あとこことこことここ」
(この狩人。入れないと嘆く割には森の中入りまくってないか?)
駒を置きながらアーダムは思った。
「ここで見た。化物がここで獣の血をばら撒いてたんだ」
別の住民が地図を指した。地図の西側にある湖に続く道の側だった。
「何だ? 化物の儀式か?」「縄張りのマーキングとか」「もしかして血抜きじゃないですか?」「化物だぞ?」「まさかぁ〜」
仲間達がどうでもいい会話をしている。
(君たち今はちょっと黙っててほしいなぁ)とアーダムは思ったが口には出さなかった。
「俺はこの湖で女が体を洗ってたのを覗いてたらその女が化け物に変わったのを見た」
「うん? 女?」「おい今覗きって言わなかったか?」
「行商人が北のこの道で黒髪の長い青い服を着た変な声の女に塩や生活品を宝石を渡されて売ったと聞いた」
「山菜を採ってた女房が髪が長い緑色の服を着た足の無い女を見たって」
「何だそれは? バンシーか?」「バンシーなら足はあるだろゴーストだ」「巨大な化物の話じゃないのか?」
バンシーとは女の姿をした魔物だ。その泣き声を聞いた者は数日の間に死ぬ。だがその唇と乳房を吸うと幸運が舞い降りるという。
(今その女の事は良いかな。さてと)
いくつか他の住民達から聞いた位置に駒を置き。アーダムはこの騒ぎを終わらせる事にした。
「狩人さん。その化物は初めて見た時君たちに何かしなかったかい?」
「狙ってた獲物を先に取られた」
「……それ以外」
「でかい声で吠えられた」
「吠えられて?」
「吠えられただけだ」
「ふむ」
アーダムはなるほどそうかと大袈裟にうなずいて町長に向った。
「町長一ついいかな?」
最初に置いた魔物の駒に人差し指を置きながらアーダムは住民全員に聴こえるように言った。
「この化物はかなり賢い。狩人さんがここで聞いた声はおそらく縄張りの主張だ。ここからここまでだからね! ってね」
「そ、そうなんですか?」
「髪の長い女はわからないが化物はこの山とここからこちらの町に近づかないようにしてる」
地図に描かれた山から適当な位置まで指で線を引く。
置かれた印は確かに森の湖がある西側に集中していた。
「こちらから入りこんだ人間に手を出さないのは人間の事をよく知っている証拠だ。化物は、彼は約束を守っている。こういった頭の良い魔物は下手に手を出した方が危険だ……怒った化物が仲間を呼んでこの街を滅ぼすよ?」
ーーーーーー
住民達が渋い顔で出ていったあと食堂の端でシズカ達四人は座っている。
「ほんと助かったわ」
シズカが自分の左胸に右手を当て勇者の神への祈りをしてアーダムに礼を言った。
「いや〜町長達がでまかせを信じてくれてよかったよかった。はっはっはっ」
「でまかせだったのか!」
「はっはっはっ」
ふざけ合う二人を見て微笑んでいたシズカだが「……でも」と呟き視線を飲み物を入れた木製のコップに落として考えごとをしている。
アーダムとブラッツは嫌な予感がした。こんな時の我らが愛する主君はとんでもない事を考えてる。
「その賢い魔物には興味があるわね」
「奥様?」
ヨーコが驚いたように声を出した。
男二人は視線を合わせる。
(おい止めろ)
(いやもう無理)
「魔王が使わない魔物を私達が使っちゃ駄目っていう神々の教えはないわ」
シズカは食堂の窓から外を見た。
「森に入れば会えるのかしら」
その横顔を知っている。あのサロンで面白そうな男を見つけた時の顔だ。
彼女との出会いは三カ月程前、もうずいぶん昔に感じる。あの楽しい歪んだ日々。
「やれやれ」
アーダムは困り果てた。




