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赤竜の乙女夫人・下

 竜の乙女とは上半身は美しい乙女。下半身は蛇。背中には竜の羽根を持つ魔物である。


 普段は人間の美しい乙女の姿で町中で暮らし七日に一度正体を表すその時は家の部屋に籠もり一歩も外にでてこない。


 出会い恋に落ち夫婦になると竜の乙女は夫に一途に尽くす。


 男がその肌に一度重ねると他の女性ではふるえる事ができなくなる。


 しばらくして愛が本物かどうか試すため竜の乙女は夫を暗い洞窟に閉じ込めるとその中で醜い竜の正体を晒す。


 愛が本物で夫が醜い竜に口づけをすると竜の乙女は喜び財宝を夫に差し出し二人は生涯幸福の中で暮らすが竜の姿に怯えて逃げ出した夫はその場で食い殺されるという。


 西方領ではメリュジーヌ。北方領ではセイレーン。東方領では雪の娘という魔物の名前で伝わっている。



 そんなあだ名のある夫人の前で約束を破られたマチルダは怒り心頭であった。


 ブラッツはマチルダを抑える。こんな時にアーダムが居ればと思った。町への使者に推した事を後悔した。


「まあまあ! 夫人も反省してますから!」

「してない! あの顔はしてない!」

「してますよ! ねえ夫人?」


 この時夫人の脳内ではMIKOHUKU姿のマチルダがシズカの腕の中でとんでもない事になっていたが急に声を掛けられ現実に戻された。


「は! え? うん! マチルダなら抱いてもいいよね!」


 あんた何言ってんだ? 


 知ってはいたがブラッツは主君に呆れた。その時「あ」とデイブが言った。


 その声を聞いてブラッツは振り返るとマチルダの様子がおかしい。


 急に静かになりブツブツと小さく何か呟いている。


「どうした?」


 怒り過ぎて体調が悪くなったのか?

 心配するブラッツにデイブが話しかける。


「あ~すいません実はマチルダさんはこういった話が全く駄目なんです」

「なに?」


「きれいな夫人が…………そんな…………ダメ……」


 先程まで声を張り上げていたマチルダが耳まで赤く染めてモジモジしている。


 その姿を見たシズカに電撃が走り赤竜の乙女夫人の名通り竜の奇声を上げてマチルダに飛びかかった。



 バナンが使者から戻ったのは三人掛かりで真っ赤になり動かなくなったマチルダから「可愛い! 可愛い!」と連呼するシズカ夫人を引きはがしている時だった。



 ーーーーーー



 アーダムは詰め所の中で十人の兵士に囲まれ。


 お茶をご馳走になっていた。


「いや〜美味い!」

「そりゃ良かったほれもう一杯」

「ありがとうございます。あ、思い出した。何か知ってる味だと思ったら帝都で舐めさせ貰った高級茶だそうかここが生産地だったのか」

「へ〜帝都じゃこいつは高級茶なのかい? じゃあ儂ら贅沢してんだなぁ」

「はっはっはっ!」


 アーダムと兵士達は笑う


「実は町を見た時は黒石の壁が見えたんで怖くなって引き返そうとしたんですよ。いや〜勇気出して来て良かった!」


 詰め所に警備長は居ない。ここで待っててくださいとアーダムを案内した後は彼は階段を上り見張り台に上がって行った。


 詰め所の中には十人の兵士が休んでいてアーダムはニッコリ笑って話かけ彼らと世間話を始めたのだ。



「この石壁はなぁ」

「昔先代達が宝玉山の近くで山積みになってたのを見つけて運んできてなぁ」

「北門の石壁は普通の岩なんじゃがなぁ」


 兵士達が石壁の由来を話し出す。アーダムは神の名前と同じ名の山に興味が出た。


「へ〜宝玉山ですか」

「南に見える高い山があったじゃろあそこじゃよ。あの山には宝玉の女神様が住んでるって言い伝えがあるんじゃ」

「こんな近くに神様が住んでるんですね」

「ハハハただの言い伝えだから」


 アーダムは笑いながら兵士達を見て回る。彼らは正規の兵士ではなく即席の民兵だ。装備もバラバラ。年寄りが多い。

 正規の兵はあの警備長の部下達だけおそらく魔王軍との戦争で町から兵半分を引抜かれて足りない分を民兵で補ったな。

 この東門に四十人。東西南北の門と中央入れて二百程の兵か……おっといかんいかん昔の癖が。別に戦に来た訳じゃないんだから。


「ところで騎士様はこんな所に何しに来たね?」

「アレじゃろ? 町長が頼んだ化物退治じゃろ?」

「いや〜騎士様が来てくれたら安心じゃなぁ」


 ――ん?


「化物退治?」

「アレ? 違うのかい?」


 民兵達の顔に落胆が浮かぶ。


「あ〜僕らは西の大森林を抜けて西方領南部に入ろうと思ってるんですよ」


 アーダムは自分達の、シズカ夫人の旅の計画を語った。



 ーーーーーー



 シズカ夫人の生まれ故郷は西方領南部九郡の中で一番新しい領地。鹿()と付けられた鹿郡(かぐん)領が彼女の故郷だ。

 彼女は鹿郡の前領主の次女だった。


 政略結婚、帝国への人質の意味も込めて帝都の貴族の家に嫁いだが結婚して半年。帝国の敗北が決定したらすぐさま愛人達(アーダム達)を巻き込んで帝都を抜けだした。


 西方領まで避難民で溢れる帝国大道を通って西方領中央から南下しいては時間がかかり過ぎる。人質が帝都から抜け出した事がバレて追手が出ているかもしれない。そこで道を南にそれ大森林を抜けて直接西方領南部に入ろうという計画だ。


 急ぎ故郷に戻り次の時代は暗黒時代だと父と現領主の義兄に忠告する為に。

 手紙では駄目だ。私自身が直接口で言葉で伝え。暗黒時代になる前に鹿郡に戻っていなければ。


 暗黒時代で役割が消え南部は荒れる。きっと戦になる。勝ち残る事ができれば鹿郡は強く大きくなる。


 アーダムがシズカ夫人と出会った頃。


 夫人は僕にこう言った。


「暗黒時代になれば〈貴族夫人〉こんな役割から開放される。私でも国を持って兵を率いる事ができるわ」


 この人は本気だ。赤竜のあだ名通りに戦場で赤い血肉を喰らう気だ。


 アーダムはその時吹き出し笑う自分が止められなかった。いつもの仮面の笑顔じゃない本気の笑声。凄い、こんな面白い人が居るなんて。笑い声が大きくてシズカ夫人は少し拗ねてしまったがアーダムは嬉しかった。


 そうだ暗黒時代になればこんな役割から開放される。開放されれば僕はこの人と一緒に――


「あ、夫人の旦那様ってどんな人です?」


 聞かれたシズカ夫人は目をぱちくり。


「そういえば一度も会った事ないわ」


 貴族ってひどいな〜とアーダムは思った。



 ーーーーーー



「へ〜大森林を抜けて……」

「西の森を……」


 民兵達が顔を見合わせる。言うべきかどうしよう。そんな顔だ。


「森を抜けるのは大変だとは思うんですけどね」


 そう言ってお茶を飲みなが民兵達の顔をみる。


 ――さっき言ってた化物がどうとか。


「あ〜騎士様。大森林を抜けるのは無理かもしれませんよ」


 民兵の中でも一番若い兵が言った。それでも自分よりはるかに年上だが。


「え? 何故です?」


 アーダムはとぼけて聞く。


「実は今、西の森に巨大な化物が出るんですよ」




 町から離れた西の森の中。


 木々の影の中に大小の四つの光が灯る。


 大鈴を転がしたようなコロロンと鳴き声が聞こえた。




ちなこの世界。南方領は存在しません。_(:3 」∠)_

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