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赤竜の乙女夫人・上

 森の中を馬が走る。


 馬に跨がる騎士は道合ってるよな? 一本道だったよな? と不安になっていた。


 クソ、道の草刈りぐらいしやがれ!


 これで迷ったら笑い話にもならない。


「バナン!」


 名を呼ばれて騎士は馬の手綱を引いた。


「ヤマさん?」


 良かった道は合っていた鍛冶の神よ感謝します。


 名を呼ばれた騎士は馬から降りて森を見渡して声のした仲間の姿を探した。


「こっちだ」


 見ていた反対側の木々の中から黒装束の男が立ち上がった。

 黒いローブを纏いさらに黒い布などを顔や体中に巻き付けて目の部分だけが白い。彼は手に持つ細長い包みを肩にかけてバナンに近寄ってくる。

 自分と同じミスリルチェインメイルを装備している筈だがローブの間からは見えなかった。彼は始め鎧が光を反射すると言って嫌がったと聞く。その黒装束の男は自分の愛馬の首をよしよしと撫でた。

 バナンは彼のその姿を見るたびに子供の頃に旅の演劇団で観た悪い魔導師の姿を思い出す。だが彼の持つ技にはその悪い魔導師もかなわないだろうと身を持って知っていた。


「宿は取れそうか?」


 顔を覆う黒い布をずらして歳が三十程の右頬に火傷痕のある男が顔を見せた。


「あ、ああこういう事はアーダムさんに任せるのが一番だな。マチルダ姐さんだったら戦になる所だった」


 違いないと笑うヤマと呼ばれた男とバナンは馬を引きながら一緒に歩き出した。


「あ〜所で何でヤマさんが見張りを? 決まりだと今はデイブの筈」


 バナンは首を傾げながらヤマに訪ねた。

 するとヤマは少し困った顔をして言った。


「マチルダがそのデイブの事で今ちょっと夫人とな」

「……昨晩の騒ぎか? 何だったんだ?」


 バナンはその時は寝ていた。朝起きてから騒ぎがあったと仲間から聞いただけで詳細は知らない。


「デイブの野郎が夫人の、おい! デク! ここを頼むぞ!」


 バナンはヤマの目線を追い道から少しそれた所に大男が立っていて手を振っているのが見えた。


「バナン おかえり アーダム どこ?」


 大男はバナンにたどたどしい帝国語で話しかけてきた。


「アーダムなら先の町で宿を探してくれているよ」

「きょう ベット ねむれる?」

「ああ」


 多分な。


 すれ違うデクに手を振って返しバナンは答えた後ヤマに話の続きをうながした。 


「それでデイブの奴がなんだって?」

「ああデイブの野郎が夫人の天幕に入って――」


 なんという事を!


 良い奴だと思っていたのに! 寄りにもよって夫人の天幕に!


「――夫人に食われかけた」


 可愛そうなデイブ! 後で慰めてやろう!



 ーーーーーー



「夫人は約束しましたよね! わたしの部下には手を出さないと!」


 キャンプの中心では五人の男女がいた。 


 その中で声を大きく上げているのは赤みかかった金髪を後頭部でまとめた美人、いや顔が整いすぎて男前といって良い女性だった。その白い顔が怒りで少し赤くなっている。

 男装でミスリルチェインメイルを纏っているが身体の線を隠すどころか余計に際立っていた。


 シズカ夫人はそのマチルダを見ながらドレスを着たら絶対似合うのになぁと丸太に座り自分の赤毛いじりながら話とは全然別の事を考えていた。


(これでもないあれでもない。あ〜ダメダメ! こんなドレスじゃあ彼女の美しい身体を飾れない!)


 脳内で勝手にマチルダを着せ替えが始まる。


(男装のスーツもいいけど東方領のKIMONOとか……そうだわ! あのドレス! 東方人の商人が一度持ってきた。あのMI KO HU KU! あの赤いスカートは何と言ったかしら)


「夫人! 聞いてますか!」


 MIKOHUKU姿のマチルダが腰に手を当て束ねた髪をゆらして怒っている。


「これだ」


 シズカ夫人は握り拳をして呟いた。


 シズカ夫人はまだ十九歳。だがこの世界の女性は十五で嫁ぐ者が多く、この年で夫人と呼ばれる事は珍しくはなかった。

 赤い髪、青い瞳、赤い唇。赤いドレスの上に皆と同じ鎖帷子を纏い、何気ない仕草一つ一つがまるで魔法のように男達の目を惹きつける女性であった。

 赤いドレスは「貴族の女性でも戦に出れて優雅にダンスも踊れる戦闘服」という文句で一時期帝都で流行ったドレスで、ゆったりと長いスカートの下はズボンとブーツを履いている。全く肌を晒さないドレスだが見た目よりも動きやすく彼女はアーダムからプレゼントされるととても気に入りそれから運動する時愛用していた。


 赤く美しい女性だが彼女にはそれを台無しにする酷い趣味と癖があった。


「夫人?」


 シズカのすぐ側にいた堅物そうな顔の大きい男は突然目を輝かした主君の顔をみる。


「え? あ、んん。ブラッツ何でもないわ」


 シズカは口から流れそうだったよだれを拭いて座り直す。


 ブラッツはシズカの性格と趣味をよく知っていて考えている事もよく分かっている。あの顔は「あ〜マチルダの怒る顔も可愛いなぁ〜」だ。


 彼女は男でも女でも良い。男装の似合うマチルダはまさにど真ん中だった。


(私の()()にしたいなぁ〜でもアーダムとブラッツが怒るだろうしヨーコが悲しむしなぁ〜)


 マチルダはまさかシズカがそんな目で自分を見ているとは思ってもおらずまた何かを言おうとした時。


「マチルダ様申し訳ございません。私が奥様から目を離したせいでデイブ様にご迷惑を」


 キャンプの中心に居たもう一人の女性がマチルダに頭を下げた。


「ヨ、ヨーコさんは悪くないですよ! 悪いのは夫人ですから!」


 ヨーコと呼ばれた女性はウエーブかかった黒髪を腰まで伸ばした褐色肌の女性でシズカの使用人だった。マチルダはヨーコより年上だが何故かヨーコをさん付けで呼ぶ。

 目を潤ませたヨーコが顔を上げたその背はマチルダよりも高く。そしてスタイルも負けていなかった。

 使用人だが俗に言う使用人服(メイド服)は着ておらずこの世界で旅人の女性がよく着る簡素な服の上に鎖帷子を纏っている。 

 マチルダは一度シズカに襲い掛かる低級魔物(ゴブリン)にヨーコが立ち塞がり剣の使えないシズカの代わりに借りた剣で三匹の魔物を斬り殺し「あら、これよく斬れますね」と言って返り血も浴びずにシズカに剣を返したのを目撃している。とんでもない武芸者だった。


「すいませんヨーコさん油断した俺が悪いんです」


 最後の一人、デイブが頭を下げる。

 中肉中背でけして顔が良いとは言えない男の顔には殴られたような酷い痣ができ首筋には歯型があった。


 マチルダとデイブは今でこそは騎士のような出で立ちだが元山賊で東の要塞からの逃亡兵を拾って仲間を増やし、混乱する帝都周辺でひと稼ぎを始めようとした所最初に襲ったのがシズカの乗った馬車だった。

 簡単な仕事だとなめて襲い掛かったがヤマというたった一人の傭兵に返り討ちにされた。


「命を救う代わりに仲間になりなさい」


 シズカにそう言われたマチルダもある理由でそれに承知した。


 一緒に旅を始めてすぐシズカの悪い趣味と癖に気がついたマチルダはシズカと約束を結んだ。


「わたしの部下に手をだすな!」と。


 だと言うのに昨晩のあの騒ぎ!



 事の発端は深夜シズカの天幕で一緒に眠っていたヨーコが小用で彼女から離れ天幕から出た時にそれは起った。


 シズカは目を覚ましすぐ側に居る筈のヨーコがいない事に困り果てた。


 彼女の悪い癖。それは夜一人で眠れない事。


 半分眠た頭と身体でヨーコを探しに天幕から顔を出し。そこにたまたま通りかかったデイブを発見し名を呼んだ。


 デイブはアーダムとブラッツから彼女の危険な話は聞いてはいたがまさか自分のような醜男には関係ないだろう。きっと飲み水をもってこいとかそんな用事だ。運良く彼女の肌でも見れたら良いや程度の男らしい考えでほいほい天幕に近付いた。

 だが近付いた瞬間彼の視界は逆さになった。背中を強く打ち息を吐き出す。次に息を吸った時は「あ、いい匂いがする」と思った瞬間いま自分は獣の巣穴にいる事に恐怖した。


「やばいやばいやばい!」


 素早くうつ伏せになり顔を上げると獣が天幕の入り口を閉めている。


 デイブはアーダムの話を思い出す。



 ーーーーーー


「いいかい絶対に彼女と床を共にしようとしない事。誘われても断って全部ヨーコさんに任せるんだ」


 男達は意味が分からない。


「何だ? 夫人は夢魔(リリンデーモン)かい?」


 男達の下品な笑いが広がる。


 だがアーダムはその笑う男達を見ていつもの笑顔を浮かべるが目が笑っていない。


「はっはっはっそれならまだ可愛いんだけどね。彼女が帝都のサロンで何と呼ばれてたか知っているかい? 赤竜の乙女(メリュジーヌ)夫人だよ?」


 男達はえ〜とここ笑う所? と迷っている時に仲間の一人「か、彼女がそうか」と、傭兵のガイが冷汗をかいている。


「ガイ、知ってるのか?」

「ああ……」


 ガイはチラリとアーダムを見る。アーダムは話しても良いよと肩をゆらした。


「……赤竜乙女夫人は望めば誰とでも寝る。だが、もし彼女を満足させる事ができなければ……()()()()()()()()()()と……」


 男達全員の背筋からどっと汗が噴き出した。


「いいかい? 君達のために言っているんだよ?」


 アーダムの目は笑ってはおらず、そう言ってデイブの肩に手を置いた。


 ーーーーーー



 その赤竜(レッドドラゴン)の巣に入り込んでしまった。


「う、うわああああ! マチルダさ〜ん!」


 デイブは隣の天幕で寝ている筈のマチルダの名を連呼しながら何とか逃げ出そうと天幕の中を逃げ回るがとうとうシズカが彼の背に覆いかぶさり捕まる。それでも逃げようするデイブの首筋をシズカが噛み付いた。


「痛ったたたたた!」


 デイブはスケベだが紳士である。そんな目に合ってもけして女性に暴力を返さない。



 気付いた時にはシズカはデイブの背で寝息をたてていた。


 助かった。


 そう思ったその時、小用から戻ったヨーコが天幕に帰ってきてデイブの姿を見て悲鳴を上げた。


 ヨーコの悲鳴は男が天幕にいる事では無く。主人がデイブにしでかした事への悲鳴だったが隣で寝ていたマチルダはその悲鳴で目を覚ました。


 0・5秒で起き上がり。0・5秒で自分の天幕から飛び出し。1秒でシズカの天幕に飛び込み。ヨーコに介抱されているデイブを5秒見てからその顔をぶん殴った。


 デイブは紳士である。誤解で殴られてもけして怒らずに今にも剣を抜こうとするマチルダにここで起きた事を隠す事なく説明した。


 騒ぎで何人かの仲間達が起きて集まる。


 どうした? 何が起きた? 


 デイブが夫人に襲われた。


 何だって? それは 気の毒に。


 デイブは無事か? 多少怪我をしただけ? そうかそうかそれは良かった。


 はっはっはっ。


 以上が昨晩起きた騒動である。


 ちなみにこの紳士的に行動したデイブの評価が男性陣の仲間達の中で急上昇した。



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