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冒険者の羽根・43


 レオンは手にあった魔剣を床に落し、血を噴き出しながら倒れこむウルリカを、彼女を、妻を、両手で支える。


「ウル、リカ……」


 テオドールが三重に掛けた魔法防壁を貫いた奇襲攻撃は、ウルリカの心臓の位置から十字に胸当てとボディスーツを引き裂き左頬まで裂いている。


「そんな……そんな……」


 影の魔人が放つ影の槍に貫かれて助かった冒険者は少ない。

 中層で殺されていた冒険者達。

 ここまで降りる通路の途中で後頭部から顎まで貫かれて殺された子供のような小柄なメイド。

 魔人の分身体にされた三人のメイド達も心臓を貫かれて殺されていた。

 そしてウルリカも――


「――くん――テオくん!!」

「ハ、ハイ!」

「ッ!」


 ココの声でテオドールと一緒にレオンも心が戻ってきた。

 ココはテオドールを呼びながらウルリカの引き裂かれた防具を外し、腰の鞄から複数の紙の包みと緑色の液体の入った瓶を取り出していた。


「よく見なさい! 貫いてない!」

「っ!」


 ココに言われて気づいた。鋭い刃で斬られたような傷だが、心臓が貫かれたにしては出血が少なく、胸が上下して呼吸もしている。


「傷が浅い……助かる?」

「助けるんだよ。テオくん麻痺薬の残りは?」


 ココは紙の包みを開き、傷口に包みの中の黄色い粉をパラパラと振りかけて清潔な布を当てている。

 回復魔法や回復薬を使えば傷は塞がるが、後になって激痛と高熱に襲われて死ぬ場合がある。その為に痛みを和らげる麻痺薬が必要だった。

 影の魔人の攻撃で、唯一生き残った戦闘メイドのオイチが、麻痺薬が無いまま回復薬で腹部の傷を塞いだが、救助されるまで激痛で苦しむ事になった。


「包帯はありますが、麻痺薬がもう余りありません……」

「そう。では血止めだけでいい。包帯を巻き終えたら、ウルリカ殿にこれを飲ませる」


 緑色のドロリとした液体の入った瓶を振って見せた。


「で、ですがその回復薬は……」

「飲ませたら眠らせるから」

「……わかりました」

「血止めを急ごう。この粉をかけたら包帯をしっかり巻いてあげてね」

「先生、その粉は?」

「エルフ族が使う傷薬だよ。人間に使っても問題ない。さあ包帯を」

「はい!」


 テオドールが胸の傷に包帯を強く巻いた時だった。


「……ッ……イッ!? たいなもう!!」

「ウルリカ!? あ、今は起き上がらないで!」


 ウルリカの表情が起き上がろうとしたので、レオンは裸の両肩を抱き止める。


「レオン?……ゥ゙ゥ゙ッ!?」

「大丈夫かい?」

「ハァ……ハァ……」


 抱き止められたウルリカは瞳だけをキョロキョロと動かし、レオンに支えられ、身体中に包帯を巻かれてて思い出した。


「そうだ……黒玉野郎がレオンめがけて槍をぶっ飛ばしてきたから、あたい思わず……」


 レオン達は黒い機械甲冑に気を取られ、背後を警戒していたウルリカだけが影の魔人が出す分身体、影の玉からの奇襲に気づき、声を出す間も無くレオンを守ろうと背を押して自らを盾にした。


 ウルリカが話しながら左頬の傷に手をやろうとしたのでテオドールが止め、頬の傷にも粉をかけ、顔に包帯を巻く。

 エルフの傷薬の効果かウルリカの出血は止まりつつあり、呼吸も楽に、安定してきた。


「ついに、やっちまったね。肌に傷が無かった事が、冒険者やってて自慢だったのに…………いや、なんであたい生きてるの???」


 記憶している最後は、黒い影の槍の尖端が、自分の胸に突き刺さる瞬間だった。その時はやけに世界がゆっくりに見えた。

 ボディスーツに装着している胸当てが砕けた瞬間、影の槍は突然十字に分かれて破裂し、胸を中心に十字の傷を付け、左頬までを引き裂いた。


「そうだ、黒玉野郎は?」


「それなんだが。ノスケさん、あの辺でしたよね?」

「うむ。姑息にも隠れた瞬間、破裂したような……」

「あ、大丈夫ですか〜?」

「レッド殿?」


 ルイスが数席の座席が吹き飛んだような跡がある辺りを指差しながらノスケと話している所にレッドが駆けてきた。

 レッドは血を流すウルリカを見て、ララ達が黒い機械甲冑と戦闘中でも動かないレオン達の状況を理解した。


「いったい何が?」

「影の分身からの攻撃でござる。こう、黒くて丸く、目か付いた魔物でござった」

「奇襲ですか」


 レッドは、両手に鋼線の手袋をし、辺りを警戒してからウルリカの様子を診た。


「以外と……大丈夫そうですね」

「ハッ死んでたまるかい」

「ほらほら動かない。さあウルリカ殿、このお薬を飲んで」

「なんだいこの色、回復薬かい?」

「エルフ族の回復薬だよ。人間が飲んでも問題ない。飲んだ後で私が効果が出る魔術をかけるからね。絶対に抵抗しないでね」


 ココの魔術はウルリカには何故か通じ難い。


「ふ〜ん」


 ウルリカは受け取った瓶の液体を素直に飲み干す。

 それを見たココは、過去の魔王から受けた支配の魔素から守る為に着けている、顔を覆う黒い仮面を外した。


「何か、これ変なアジら、や? アに? 舌がシびレ――」

「"眠りなさい。良い夢を"」

「――デ……」


 仮面を外したココはウルリカの瞳をのぞき込み、合わさった視線を触媒に眠りの魔術をかけた。

 ウルリカは不意を突かれて抵抗が出来ず、コテンと力が抜けてレオンにもたれる。魔術を使った後、ココは仮面を素早く付け直して深く呼吸する。


「先生、大丈夫ですか?」

「大丈夫……大丈夫だよテオくん。支配は受けてない……私は魔王の支配は受けて無い……よし。我が君、ウルリカ殿は?」

「眠っています」


 抱きしめるウルリカに巻かれた包帯の下から、パチン。パチチと小さな音が鳴り続けている。

 この音は回復薬の効果で傷口が閉じる音だった。

 レオンも何度か経験があり、麻痺薬が無ければ音が鳴るごとに傷を受けた時と同じ痛みが何度も何度もして悶える事になるのだが、ウルリカの寝顔はとても穏やかだった。

 その様子を見たレッドが、一緒に周りを警戒していたルイスに聞いた。


「あの薬はなんですか? 麻痺薬も無いのに凄い効果ですね」

「あ? あ〜……あの薬はエルフ族の強力な回復薬で、あの中に麻痺薬が入ってるんだ」

「は〜麻痺薬を中に。ああエルフ族の回復薬。そんな話を聞いたことが……え!? そ、そんなの人が飲んで大丈夫なんですか???」


 ルイスは顔を横に振って大丈夫じゃないと答え、辺りの警戒に戻る。


「えええ……それで眠らせたのか」

「他に影の玉は居らぬようだ。奇襲は破裂した一体だけのようでござる」


 破裂した座席辺りの様子を見に行ってきたノスケが戻ってレッドとルイスに言った。


「魔剣を持つレオンさんだけを狙ったのでしょうね。魔素を燃やし尽くす黒い炎は、奴からすれば一番の脅威でしょうから」

「じやあ俺達も、黒い機械甲冑に――」


 三人は振り返り、ララ達が戦ってる方へと視線を向ける。

 視線の先で、ララは聖霊羽衣で作った金槌を振り回し、ララよりもはるかに大きな黒い機械甲冑と互角以上に戦っていた。

 金槌の一撃を受けて胸の装甲を大きく凹まし、ララの仲間から膝裏を攻撃を受けて片足をヨタヨタと引きずっている機械甲冑は、ヨロヨロと下がった際、ダメージを受けた足が観客席と闘技場を隔てるフェンスに当たる。 ガラガラと大きくフェンスを崩した黒い機械甲冑は、無事な片足だけで跳び、最初に立っていた円形闘技場の中心に着地した。


「あの野郎逃げるぞ!」

「逃がすな!」

「おうよ!」


 二人の戦士とララは黒い機械甲冑が崩したフェンスに向かって駆け下りる。


「さすがララ殿だ。我々の出番は無さそうですね」

「やつめ、何故フェンスを……」


 5mはある大きな機械甲冑が相手でも、人の身で圧倒するララの桁外れな強さにレッドは楽観して見いるが、隣のノスケは面具の下で険しい表情をし、機械甲冑が足で崩したフェンスを見ていた。

 その壊れたフェンスに、ララ達が観客席から闘技場に飛び降りる為に駆け寄っているのを見て、ノスケは息を吸った。


「罠 だ 戻 れ え え え え え!!!」


 闘気を込めた雷鳴の様なノスケの咆哮が、闘技場全体にビリビリと響き渡る。


 隣のレッドは殴られたかのように首が曲がって耳がキーンと鳴った。


 ノッポと近くの冒険者は、驚いて身を竦めた。


 魔術師は、何事だと後ろを振り返った。


 観客席を駆け降りるララは、声を背中で聞き聖霊の羽衣が大盾になった。


 既にフェンス手前まで駆け降りて来た二人の戦士は、止まろうとしても止まれなかった。



 闘技場中央。

 中央で立っている黒い機械甲冑の全身がユラリと揺れると、全ての損傷が消えて塞がる。そしてウルリカを傷付けたもとの同じ影の槍が、無数の槍が、全身からララ達に向けて発射された。



 フェンス手前で並ぶように駆けていた二人の戦士は一本の槍で串刺しにされた。


 ララは全方位から無数の槍を受けた。


 振り返っていた魔術師は、何が起こったのか分からないまま胸を穿かれた。


 ノッポは空蝉のスキルで槍を回避したが、冒険者は間に合わず首を裂かれた。


 一瞬で、ララのパーティーは崩壊した。 


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