冒険者の羽根・42
聖女の声は届かず、通路での戦闘は続き、そして終わりを迎えようとしていた。
「今だルイス!」
レオンは影の槍先を切り落として燃やし、魔剣は味方にも危険なので下がる。
「うおおおおお!」
ルイスが盾で殴るように全体重をかけてメイドにぶつかる。
片腕の無いメイドはバランスを崩して倒れ、ルイスはその上に馬乗りになった。
「喰らええ!」
剣斧を逆手に握り、斧部分を核がある頭部に向けてメイドの顔に叩き付けた。
「どうダハッ!?」
「ルイス!!」
ゴツッと鈍い音が響き、兜の形が歪んで吹き飛ぶ。
メイドが顔にザックリと斧を埋めたまま、人間離れした力で殴り返してきたのだ。
「…………はっ!?」
グラリと倒れかけるがすぐに意識が覚めた。咄嗟に闘気で守ったのでこの程度ですんだようだ。
「クッソがっ!!」
ルイスはメイドの顔に刺さったままの剣斧を両手で力任せに押し込む。メイドも頭部をジリジリと両断されながら反撃しようとしたが。
――!?
複数の糸が手足の肉に深く食い込んで動きを封じていた。
「いい加減に……終われぇ!!」
――まぁいい。準備の時間は稼いだ。
ブチン。
「ハァ……ハァ……」
影の核が消滅し、あとには頭部を両断されたメイドの死体だけが残った。
「うっ……」
殴られた頭がドクドクと痛む。手をあてて見ればけっこうな出血をしていた。頭部の傷は小さくても出血が多い。
立ち上がり数歩フラフラと歩くが、レオンに止められて座り傷口に清潔な布を当てられた。
「大丈夫かい?」
「なんとか……しかしこれは、結構堪えますね」
「……そうだね」
元々死体だったとはいえ人に、それも女性に刃を通したのは二人とも生まれて初めてだった。
「ルイス殿お見事!! よう魔物を討ち取られた!!」
「うっ……」
ノスケの大声が傷に響く。
「負傷者は?」
「ノッポ殿が後ろ髪を切られたぐらいでござる!」
「ノスケさん……」
「ルイス殿いかがされたか!?」
「あの……今ちょっと頭に……その……大声が……」
「そうでござった! 急ぎ傷の治療をせねばならぬな! テオドール殿〜!!」
「……きっつい……」
奥からの追撃は無く、戦闘は終了した。
ララが三つの頭部の無いメイドの死体に浄化の祈りを捧げている。
祈りによって魂が浄化され、残った遺体が魔素によってゾンビになる事は無い。
「頼むよ」
「お任せください」
レオンはグワングワンと揺れているルイスをテオドールに任せ、メイドの手足を縛っていた糸を外し両手の黒い手袋に戻している人物に近寄った。
どんな仕掛けか、糸は十本の指先にスルスルと戻っていく。
「レッドさんありがとうございました。おかげでルイスが助かりました」
「いえいえ間に合って良かった!」
レッドは人が良さそうな微笑みを浮かべながら言った。とても女王直属の秘密諜報員で、裏の世界で最も非道な男と噂される人物には見えない。
糸が全て戻ると手袋がカチンと小さな音をたてた。
「ところで、その……糸? は何です?」
「ああ〜これは古代南方人が発明した武器です。扱いがとても難しいんですが、この鋼糸で細かく切り刻んだり、首を絞めて吊り上げたりなんかもできて――」
「細か、え? すみません今なんと???」
「――あ。えっと、まあその、色々と使えて便利なんですよこれ。ははは……」
レッドは誤魔化すように笑いながら布を取り出し、両断されたメイドの顔に掛け、首元から冒険者の証である羽根の印が付いた小さな銀板を回収し、その裏を確認した。
「名前は無く番号。三番か……鎖使いの戦闘メイドでもしやと思っていましたが」
「お知り合いで?」
「あ〜……いいえ。私ではなく、昔の部下が彼女に少しお世話になりましてね。その時のお礼がしたかったのです」
「そうでしたか……」
レオンからはレッドの表情は見えない。
「まあ良くある事です。さて」
レッドは銀板をしまって立ち上がり、メイド達が現れた曲がり角を見つめた。
「この先が本番ですので慎重に進みましょう。聖女様が無事かどうかはもう絶望的ですが、遺体だけでも発見して浄化しませんと」
「はい……」
兜は潰れ、頭に包帯を巻いたルイスがゴキンと首を鳴らした。
「よし」
「本当に大丈夫かい? ここで待っていても良いんだよ?」
「回復薬も飲んだし、これぐらいの痛みなら問題無い。これも闘気の効果か」
「重畳重畳! ルイス殿は闘気を使いこなせてきたでござるな!」
「よし浄化も済んだ。全員準備良いな。行くぞ」
ルイスの治療と遺体の浄化を終えた冒険者達はララの指示で前進を再開する。
まずはウルリカが通路の曲がり角から顔の半分だけを出して覗き込んだ。
「通路のすぐ先、広い空間、ここからの灯りじゃ奥がぜんぜん見えない、とても広い」
片目で視えた物を仲間達に話す。
ウルリカの想像ならば、この先には大きな空間があるはずだ。自分達が通ってきた通路はこの空間をすっぽりと覆い補強している。
「よし、俺達が先行する」
「待ちなさい。暗いままだと危険だから光の精霊達を先に行かせるよ」
ララのパーティーから戦士の二人組が前に出ようとしたがココが止め、杖で床をトントンと軽く二回突くと、周りを漂っていた光る蝶の群れがヒラヒラと通路の奥へと飛んで行った。
「ふむ……精霊達に妨害が無いようだ」
しばらくして一匹の蝶が通路まで戻り、ココが伸ばした指先に止まった。
「これで中全体が良く見える筈だよ。ララ殿」
「よし。俺達は突入したら右、レオン達は左だ。行くぞ!」
始めから聖霊の蒼い羽衣を纏うララを先頭に、冒険者達は最大限の警戒で進む。
先頭のララが通路を抜けた瞬間、その大きな背が一瞬止まり、右へと動く。レオンも続いて突入し、その光景が目に入った。
「これ、は……」
記憶している物で最も近い物を、西方首都で見た事があった。
「闘技場?」
そう。闘技場に見えた。
観客が数万人も一度に入れそうな客席がぐるりと周囲を囲み、遺跡と同じ壁で出来た円形ドームの天井にはココが先に飛ばした蝶の群れが止まって闘技場全体を照らしている。
この遺跡を魔王城にしていた趣味人の魔王が、試作した魔道具や新型ゴーレムのテスト場、ついでに配下達の娯楽として作った地下闘技場だった。――と、物語ではそうなっている。
「なるほど。宝玉の女神様はこうやって迷宮を継ぎ足ししていたのか」
ココが天井を見上げながら言った。
彼女の記憶にある趣味人の魔王は闘技場など作った事など無い。
「レオン。アレって……」
「はい。視えています」
レオンとウルリカの会話が聴こえ、ココも天井から視線を下げる。
今冒険者達は観客席の真ん中に居た。そこから見下ろした闘技場の中心に、ソレは居た。
目測で全長5mのずんぐりとした人型、黒い鎧を着込んだような騎士が、闘技場の真中で二本の長剣を両手に持って立ち、まるで冒険者達が下りてくるのを待っているかのように見上げている。
「からくり甲冑でござるか?」
「機械甲冑ならやかましい呼吸音がするだろ」
「じゃあ影の魔人が機械甲冑に変身しているのかな?」
「黒い、機械甲冑ねえ……」
「レオン?」
冒険者達の中で、何故かレオンだけが闘技場をキョロキョロと見回している。
「さっきから何を探してんだい?」
「いえ、私がスキルで視えた気配はアレじゃなく、もっと巨大だったのです」
「もっと巨大? でも……隠れる場所なんてここには無いじゃないか」
そう聞いてウルリカも辺りを、レオンは前なので背後をキョロキョロと見回す。
レオンはもう一度探知スキルを使おうかと地面に手を伸ばしかけた。
「動いたぞ!!」
「っ!」
中央に居る黒い機械甲冑が腰を落としている。
流石にレオンも魔剣を抜き、黒い機械甲冑の動きに警戒する。
黒い機械甲冑は人が跳び上がる時のように力を溜め――跳んだ。
「ララさん!」
複数の座席が一斉に砕け散る。
黒い機械甲冑が見た目以上のジャンプ力で跳び、右手の長剣をララに振り下ろした。
人などその一撃で肉片となるだろう……が、ララの蒼い羽衣が盾となり受け止めていた。
続けて黒い機械甲冑は左の長剣を叩き付ける。これも二枚目の盾が守る。再び右、守る。連撃、二枚の盾がひとりでに動き、全て受け止める。
目の前で起きている攻防の中心で、首ちぎりの異名を持つ冒険者ララは、その丸太のような腕を組み、黒い機械甲冑のような見た目の魔物を観察していた。
「こいつが機械甲冑と同じとは思えんが……お前達は脚を狙え! 膝の裏には装甲は無い!」
「おうよ!」
「魔素吸収機は、あるわけ無いか」
冒険者達が動き、黒い機械甲冑はララから距離を取ろうと動いた。
「デカブツが、初撃かわされて、逃げてんじゃねぇぇぇ!!!」
羽衣を巨大ハンマーに変え、ララは黒い機械甲冑に飛び掛かり、それを見てレオン達も動こうとした。
「我々も行――っと?」
ドスンと背中を押され、半歩前に出る。背後でパンと破裂するような音がした。
「なにが……ッ!!!!!」
背後を振り返ったレオンに見えたのは、ウルリカの身体から噴き出る血しぶきだった。




