冒険者の羽根・40
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「……?」
テオドールは魂の浄化を終え、メイドから冒険者の銀板を回収し布をかけ直して立ち上がった時にそれが聴こえた気がした。
ヒラヒラと漂う光の精霊が照らす、緩やかに傾斜し右にカーブした一本道の大きな通路の先を凝視する彼に、近くのノスケが声をかけた。
「どうかされたか?」
「女性の悲鳴が聴こえませんでしたか?」
「悲鳴? ふむ? 拙者には聴こえなんだが」
ノスケも耳を澄まそうと、武者兜のしころを摘んで上げる。
「エ、エルフの耳を舐めるなんてなんてことをするんだ君は! 今までの夫達にもされたこと無かったのに〜!」
「へへ〜ん! 舐めちゃいないよ。先っぽをしゃぶったのさ」
「もっと酷い事されてた〜!?」
「美味かったよ。もっと欲しいね」
ペロリと舌を出すウルリカに悲鳴を上げるココ。そんな二人を指差すノスケに、テオドールは苦笑しながら頭を振った。
「そこまでに」
「わ、我が君……」
優しげだが響く声に、騒ぎがピタッと止まる。
レオンが後方のララ達との話し合いを終えてルイスを連れて戻って来たのだ。
「先に進みたいのですが、ココ姉様はもう大丈夫ですか?」
「? 私は別に……あ」
まだウルリカに身体を抱え支えていた事に今ごろ気が付いた。そもそも、支えて欲しいと頼んだのはココなのだ。
「オッホン!……ウルリカ殿支えてくれてありがとう」
「本当に大丈夫かい? 目眩はしないかい? 変な音が聴こえたり見えたりとか」
「大丈夫だよ。心配をかけたね」
今度はとても仲の良い様子の二人の横を通り、レオンとルイスはテオドールとノスケの方に近づく。
「何かありましたか?」
「テオドール殿が女の悲鳴を聞いたと」
「悲鳴?」
「いえ、確信はありません。勘違いかも」
「何をしている! 出発するぞ! 今度は俺達が先頭だ!」
鼻息の荒いララが隣を通った。
再び前進を開始する13人の冒険者達。
班を変え、前はララと二人の戦士、その後をレオンとルイスとノスケが続き、後方はウルリカ、ノッポ、レッドとテオドールとココ、魔術師と長い棍棒を持つ冒険者が並んで続く。
時々止まってはスキルを使用して警戒しながら進んでいたレオン達とは違い、ララは止まる事なくズンズンと歩いて進んでいる。
「半円……」
ウルリカは歩きながら頭の中で、今まで進んだ通路の図形を立体的に描いていた。
白い機械甲冑があった広間から始まり、通路が半円の形を作りながら、途中メイドの死体を発見し、通路は半円の底に近づきつつある。
そしてこの半円は、最初の広間のほぼ真下に位置する場所にあった。
「この壁の向こうに大きな半円の空間……通路は空間を補強するためか」
ウルリカのひとりごとに、レッドがほおと声をあげた。
「あなたも《マッピング》が使えたのですか」
レッドはウルリカが頭の中で描いたのとほぼ同じ通路の図形をメモ帳に描いていた。
ダンジョンで一度通った道を完璧に記憶し、後でも地図に出来るスキルである。
「あ? こんなの頭の中で描けば誰だって出来るじゃないか」
いやできねーよ。と近くの棍棒の冒険者は思うが口には出さない。
「少し無警戒すぎませんか?」
ルイスがどんどん通路を進むララに向けて言った。
一本道とはいえ、迷宮ではモンスターの不意打ちやトラップに警戒しながら進むものだ。
ララではなく彼女の仲間の一人、盾にもなりそうな大剣を担ぐ戦士が答えた。
「大丈夫だ剣斧」
剣斧とはララの仲間達が、小剣と斧がくっつけたような武器を使うルイスに付けたあだ名だ。
「ああなったララはどんな探知スキルよりも優秀なんだ。ララの鎧が薄っすらと青光りしてるだろ? 罠でも何でも危険があったら鎧が教えてくれるんだ」
「聖霊の鎧がか?」
ララは筋骨隆々の身体に青色のビキニアーマーを身に着けている。最初は灯りの反射かと思ったが、よく見れば確かに光っている。
「あの鎧そんな事もできるのか」
ルイスは一つ目巨人の討伐中、あの鎧の光から羽衣のような物が生まれ、それが武器になり、巨人と互角以上に戦うララを見た事がある。仕留めたのは魔剣を持つレオンだったが、今でも信じられない光景だった。
「待て。静かに」
先頭のララが全員に見えるよう太い腕を上げて止まれの合図をしている。無駄話への注意では無い事は見ればわかった。
視線の先には傾斜した通路が終わり、右へと直角に曲がっていた。
「聖霊様が警戒しろと言ってる」
「《気配察知》」
即レオンが壁に手を当ててスキルを使用する。
壁は厚いが通路は繋がっている、なら気配が探れる。そして、直ぐに反応があった。
「……なんだ……これは……」
「どうした?」
「……気配の反応は四つ、ですが一つ大きな、何かとてつもなく大きな反応が……三つ来ます!」
「来るぞ!」
魔人剣の黒い炎が揺らぎ、聖霊の鎧から羽衣が現れたと同時に、一つの人影が通路の角から飛び出してきた。
「あいつは……」
「影の魔人は死体に取り憑いて操ります。残念ですが、彼女はもう亡くなっています」
「……そうだったな」
冒険者達は飛び出して来た人物に見覚えがあった。
生気のない瞳で大鎌を構え、前が大きくはだけたメイド服……何故半裸なのかは置いといて、全身に黒い影が纏わりついている。
セシリーが連れていた護衛メイドの一人に間違いない。
遅れてもう二人、いや、もう二体。
手甲をはめた大柄なメイドと、鎌のメイドとまったく同じ顔で身体に鎖を巻きつけたメイドが姿を見せ、全員の目がそちらに動いたその瞬間、鎌のメイドが目の動きとは逆方向に跳んだ。
「不覚!」
ノスケが跳んだメイドを追ったが、壁を蹴り、隊列の後ろ、驚いてるノッポめがけて跳び、重心が悪そうな大鎌をまるで槍のように鋭く突いた。
「あぶぶぶ!」
ノッポは変な声を漏らしながら胸を反らして突きを躱す。躱しながらも、手にある連弩をメイドの胸に向けて二発撃ち、左胸と溝内に命中していた。
「頭部を!」
狙えとノスケが叫ぶ。以前の影の魔人は頭部の中に本体があった。
メイドは撃たれながらも大鎌の柄を回して持ち替え、鎌の刃が反対側からクルリと回り、ノッポの後ろ首に刃が当たる。
「あっ――」
メイドが大鎌を勢いよく引いた。鎌は本来農具である。その刃は引くことで稲や麦を、ノッポの首を刈り取る。
「――ぶ、なかった〜!」
「おおびっくりした!」
驚くノスケの隣で、ノッポが自分に首がある事を撫でて確認していた。
「い、今のスキルは《空蝉》か。おぬし忍びの者か?」
「いやぁ〜大声では言えないけど、役割は〈大泥棒〉ッス」
ノッポが無事な事を確認した冒険者達は立ち直った。不意さえ取られなければ彼らは優れた狩人だ。
「エルフさんと花嫁さんは下がれ!」
冒険者が長い棍棒を振り回しながらココとウルリカを守るように立ち塞がり、テオドールもメイスと盾を構えて前に出ようとした。
「坊さんも邪魔だ! 下がってろ!」
冒険者が神官戦士のテオドールに向けて言い放ち、さらに前に出る。
メイドは冒険者に大鎌を振ったが、冒険者は棍棒でメイドの大鎌を弾き返し、叩き、突く。またまるで踊るように振り回す。
「あれは棒術か」
テオドールは初めて見る彼の戦い方に驚きの声を上げる。
ララの存在で全く目立たない彼だが、その動きはしなやかで鋭い。
メイドは棒を握る冒険者の手首を大鎌で引き裂こうとしたが、鎌の刃が手首を裂く寸前、冒険者は棒から両手を放し、身をひねって回転して刃を躱し、棒を再び掴んで突きを繰り出した。
メイドは棒の先を躱しきれず、頭、溝内、腹に連続で受け、体勢を崩し魔術師がその隙を見逃さなかった。
「"浮け。そして跳べ!"」
音声魔術で手のひらの上にある三個の鉄球を飛ばした。
体勢を崩していたメイドは鉄球を受け、肩、腕、膝を砕かれ、片膝を付いた。
「その首い! 貰ったぁ!」
ノスケが刀を振り下ろす。
膝を付いたメイドは動く片腕だけで大鎌を持ち上げ、柄尻側で刀を受け流し、その反動で鎌の刃がノスケの目をめがけて迫る。
「フンッ!」
ノスケは目に迫る鎌の刃に怯む事無く顎を引き、あえて武者兜で受けて刃を弾き、刀を返す。
以前の影の魔人は死体の全身を影で覆っていたが、メイドの影は薄く、容易く斬り飛ばされた首はゴトリと重い音をたてて落ちた。
「ふん!」
その頭に刀を深々と突き刺す。
「見ろ! 身体の影が消滅していくぞ!」
「……よし!」
首の無いメイドの身体がビクンと跳ねて倒れ、影が消えていくのを見たノスケは、メイドの頭に足を乗せて刀を抜き、前衛に知らせる為に叫んだ。
「討ち取ったりぃ〜!!」




