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冒険者の羽根・39


「子供。では無かったか、セシリー様が連れていた小柄なメイドですね」

「酷いものだ。頭を後から一撃か……?……この傷は」

「魔素屍人になる前で良かったでござるな。テオドール殿」

「はい浄化を行います」

「ふむ……」


 ココの仮面の目がギョロギョロと周りを見るように動く。


「魔法のような物を使った形跡が無いようだが……ッ!」


 目が死体に向いた瞬間、突然思考に入り込む異物に、ココは仮面の下で顔をしかめた。


 ……――死んでいるメイドはNo.5。

 我ら〈黒の姉妹〉のメイドは数字以外に名は無い。


「クッ……」

「ココ? どうしたんだい?」

「ウルリカ殿、すまないが私の身体を支えて欲しい……やはり憑依するもんじゃない」

「?」


 自分の記憶ではない記憶。


 ……――No.5は特殊な任務のため、子供の頃から組織の薬で身体の成長を止められた女だった。

 それがとある任務中に偶然理解ある男性と出会い、愛し合い、名を付けて貰う約束をしたという。

 付けられたナンバー以外の名前が無い私達は、愛してくれる夫から名を付けて貰う事は一生の夢である。

 ……実は私も……から、既に名を付けてもらっ……――


「――イッ!?」

「ココ!?」


 ココの腹部に激痛が走った。

 ウルリカは驚いて腕を回して肩を掴み、倒れそうになったココの軽い身体を支える。


「どうしたんだい? 大丈夫かい? お腹が痛いのかい?」


 支えられたココはノスケの方を見ながら、久々の心地良いドキドキと高鳴る胸も押さえる。


「違う違う! もおお〜我の物じゃないぞおお……」

「?? 大丈夫かい?」

「もうダメ……あ、いやいや大丈夫! お侍殿も罪な事を……」

「???」

「気にしないで欲しい。憑依したあとはちょっと混ざるんだ。記憶とか、異性への好意とかね」

「憑依? 混ざる? あ! さっきの精神魔術かい?」 


 ウルリカは小声になる。

 レオン達に問題無いと手を振ると、彼らは再び死体の方に戻る。


「触媒にする髪さえあれば、どれだけ遠くに居ても髪の主が見ている風景や記憶が視えるなんて凄く便利なもんだと思ったけど、最初嫌がったのはこういう事か」

「……ちょっと前に人探しに使ったら酷い目にあってね。余り使いたくなかったけど仕方ない。我が君の頼みだったし、テテ……」


 傷も無いのに腹部を痛がるココの背中をさすりながら、ウルリカは足下を見た。

 蝶が照らす足下には黒い跡が、広く飛び散ったオイチの乾いた血の跡があった。

 ここで、この場所で、オイチは背後から攻撃を受けたのだ。


 ……――腹部から飛び出す黒い槍先のような物。この傷では私はもう駄目だ。だがNo.5だけでも、彼女だけでも逃さなければ……

 だが隣で化物から一緒に逃げていたNo.5がまったく逃げようとしない。逃げろと叫ぼうとしたが血を吐くだけで出来ない。

 逃げろNo.5。何故逃げない。逃げろ。私に構うな。あなたは生きて、帰らないと…………ッ!?

 苦労して首と目をNo.5に向けると、私よりも背が低い彼女は後頭部から口まで、黒い槍のような物に貫かれ、歯と顎の骨が地面に飛び散っていた。

 即死だ。

 彼女はこの任務を終えて帰還すれば前線から退き、幸せに――……


「……――……よし。今記憶の方は削除したからもう痛みは大丈夫だよ。まだ好意などは消すのに時間がかかるけど、お腹の痛みは完全に消えたよ」

「へ〜そんな事できるんだ。……いやちょっと待ちな! じゃあココは今、あいつの事を?」

「愛は心の中でも特に強いからね。少し時間がかかるんだ。まあ他に強い刺激でもあればすぐに消せ……」

「……ふ〜ん……」


 ウルリカは向かい合わせでココを抱きしめている。

 両腕でがっちりと強く抱きしめており、大人と子供ぐらいの体格差で動けず、自分の両手は二人の身体の間に挟まり動かせない。


「あ〜……ウルリカ殿、"我を解放しなさい"」


 温泉での事もあり、もの凄く嫌な予感がしたので魔術を使って逃亡を図る。 


「……今凄くいい香りがするから、もう少し」


 だがココは逃げられない。


「しまった! この子には魔術が効かない!」


 腰の下に手が下がって撫でられた。

 ローブの下には真銀製の鎖帷子を着てはいるが気にはなる。


「こ、こら! やめなさい!」

「鎖鎧があっても細いねえ、本当に出産した事あるのかい?」

「ウルリカ殿、いい加減にしないと――ッ!?!?」


 ウルリカが顔を覆う仮面に唇を当てた。丁度、ココの唇がある位置だ。


「……邪魔だねえ」

「まっ、まままま待たまえウルリカ殿!? この仮面は、この仮面は絶対に取ってはいけないよ! 魔王の魔素が我を――」

「じゃあ耳でいいや」

「ひいいいいいい!」


 ココの中にあった異物など、なんかもう跡形も無くぶっ飛んでいた。

 そんな突然死体の前で抱擁する二人の様子を、一応トラップを警戒して離れていたララ達は、後方でその様子をず〜〜〜っと見ており、仲間達と顔を寄せてヒソヒソ話をしていた。


「……あの二人って、やっぱああいう仲か?」

「じゃないッスかね? お風呂もよく二人で行くッス」

「あれですか? 男が間に入ったら死ぬってやつですか?」

「これって不倫か? 不倫になるのか?」

「魔女さんは悲鳴あげてるけど〜ね」

「旦那の方がこっちに来るぞ」


 レオンがルイスを連れて引き返して来る。ココの事は放ったらかしである。


「ララさん、レッドさんも聞いて下さい」

「あ? 何だレオン?」

「どうしました?」

「ルイスが気づいた事があると」


 そう言ってルイスを見る。


「はい。先生がオイチさんの記憶で見えたという、黒くて丸い魔物の事だが……」


 ルイスは振り返り、レオン達もその視線を追う。

 テオドールが遺体の前で浄化の祈りを唱えており、ノスケは蝶の灯りで照らされた通路の先を警戒し、ココはウルリカに抱き締められたまま仮面の目がグルグル回っている。

 それらを見て、ルイスは兜の後頭部をコンコンと突いた。


「あの傷と似たような傷を前に見た事がある。この先に居る魔物は以前戦った、〈影の魔人〉の本体ではないかと――」 


 ーーーーーー


『〈影の魔人〉、……魔人と呼ばれたのは初めてですね』


 レオン達が居る場所からさほど離れて居ない距離、緩く曲がり、下っていた通路が周りをぐるりと囲むその内側、ゴーレム倉庫のすぐ真下に、半球形の広い空間があった。

 上から見て円形の中心に居たその化物は、両耳を押さえていた両手で、自分の口と喉を震えながら押さえた。


『ああ申し訳ございません。また姫君を驚かせてしまいましたね』


 今の声は化物が居る場所から下の方から聴こえた。

 この声は化物が目覚めてからずっと返事をしないのにこの調子で、無視していても化物に話しかけて来るのだ。

 化物を『姫君』と呼ぶのも、声が勝手に決めた事だ。

 そして声が自分は人間達になんと呼ばれているか聞かれた時、根負けして化物が小声で呟こうとすると、喉から自分の物ではない声が出たのだ。


『落ち着いてください。今の声は姫君の声ではなく私のものです』


 化物は違うと頭を激しく左右に振る。癖の無い長い金髪がバサバサと揺れた。


『姫君、御髪が乱れております』


 近くで何かが蠢き、髪に触れてくる。化物は恐怖で動けなくなった。

 震えながらそれを見ると、数本の黒い触手のような物が、先端を櫛のような形にして髪を梳くっていた。

 化物は自分が着る黒い服を、手で掴んで引き裂こうとするが、それはビクともしなかった。


『姫君、ドレスの着心地はいかがでしょうか』


 この黒い服はあの触手が細く細かくなって編まれ作られた物だった。化物がどれだけ非力な力を入れても裂く事はできない。


『姫君の衣服は私が愚かにも裂いてしまったので、ドレスはあの者達の衣服を真似た物ですが』


 化物の目で見ていないのに、突然三人のメイドが視えた。

 自分の護衛だった戦闘メイド達。今では声の分身が乗り移って黒い影が全身を包み、立ったままピクリとも動かず本来のメイドのように控えている。

 その内一人が半裸なのは、化物に着せる服の構造を声が調べる為に脱がせたのだ。

 戦闘メイドは元々は五人居たが、ここに居ない二人は逃亡した。影の触手が追って通路の途中で始末したと声は言っていた。

 化物は涙を流しながら頭を抱えると、髪はいつの間にか古風に編まれて整えられ、触手で出来た髪留めで止められていた。

 それに気づいて驚いていると、視えていたメイド達が消えた。

 メイド達を見ていた物が振り返ったのだ。

 今度は自分の目でそれを見る。

 プカプカと浮かぶ、握り拳程の大きさがある黒い球体、その球体の真ん中に眼球があった。そんな球体が幾つも浮いていてこちらを見ている。


 化物はガチガチと歯を鳴らす。


 恐怖と絶望から。


 恐怖は目のある黒い球体にではない。

 プカプカと浮かぶその球体達が見ている物が、何故か化物にも視えている。


 それは直径20メートルはある黒い球体。黒い球体の輪郭は影のようにぼやけてはっきりとはせず、球体の真ん中に一つ、大きな眼球が瞼を開いていた。

 まるで空間に大きな穴が開き、そこから目が覗いてるかのような錯覚さえする。

 そんな影の球体の丁度真上に、黒い髪留めをした黒い服を着た金髪の女が、頭を抱えたままこちらを見ている。


「………………」


 球体の上に聖女が、いや元聖女だった化物が、ニョキと()()()()()()()()()()()

 両脚がある感覚は、目覚めた時から無い。


「………………………………………………………………………………………………ッ!」


 化物は悲鳴をあげた。



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