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冒険者の羽根・37


「さあ、これなら飲めるかい?」

「ン……」


 レオンが戻ると、意識が戻ったオイチにウルリカが水を飲ませていた。

 毛布に包まれて抱きかかえられたまま、椀に入れた水をゆっくりと、舐めるように飲んでいるオイチの顔色はとても悪い。

 傷を薬と魔法で塞いでも、失った血はどうしようもない。急いで安静にできる場所に運ばなければならない。


「オイチさん」


 レオンはオイチの前で膝を付き、声を掛けながら背後をチラリと見る。

 レッドの隊から借りたヒーラーの二人が組み立てた担架を抱えて、ココと一緒にこちらに向かって来るのが見えた。

 下層の入口、昇降機を上がった旧魔王宮殿にはベットがあり、焜炉の魔法具を使って温かい食事も用意できる。


「すぐ上に運んでもらえます。ですから教えてください。セシリー様はどちらに?」

「……」


 質問の答えにオイチの瞳が左へと動く。

 レオン達がその視線を追うと、ゴーレムの整備倉庫の壁沿いの床と壁に残るオイチの血痕と手のひらの跡が、奥の灯りの無い通路の先まで続いていた。


「……あの」


 オイチが掠れるような小さな声を出したので、レオンは良く聞き取ろうと顔を近づけた。


「……あの時、……止めていれば……あの時――」


 ーーーーーー


 ――あの時私は……太刀で5メートル級ゴーレムの足首を斬っていた。


「よし!」


 《斬鉄》を一閃。全身金属製で大型だが、二足歩行の人型故に弱点は人と同じ。筋にあたる位置を切られたゴーレムは動きが止まる。


「今です!」


「発射らぁ!」


 私の号令を聞いて、離れた所で持ち運べる小型バリスタの発射準備をしていた戦闘メイドNo.5が、ゴーレムのコアがあると思われる頭部に向けて、バリスタの矢弾を発射した。

 小型といっても、見た目はいたいけな少女にしか見えない小柄なNo.5の背丈をこえる矢弾を撃ち出す強力なバリスタである。


 バリーン!!


 撃ち出された矢弾は狙い通り、ゴーレムのコアがある頭部に突き刺さった。


「当ったらぁ!」


 ちなみにNo.5は私より年上である。


「お見事です! 再起動を警戒!」


 ゴーレムの目から光が消えるが、私達は油断無くそれぞれの武器を構えて様子を見ていた。

 もし内部に予備のコアがあればゴーレムは再起動すると、以前ベテラン冒険者達から聞いていたからだ。


「……どうだ、No3.」


 両拳に鉄甲を付けた五人の中で一番大柄な戦闘メイドNo.2が、古代の勇者からこの世界に伝えたというボクシングという武術の構えをしたまま言った。彼女がゴーレムの気を引き続けてくれたおかげで私達は攻撃に集中する事が出来たのだ。


「暫し待たれよ……」


 戦闘メイドNo.3は両手に持つ長い鎖をゴーレムに向けると、二本の太い鎖はまるで二匹の蛇のように動いて分銅の頭を上げた。

 鎖の蛇はユラリユラリとゴーレムを見つめるように数秒揺れ、地面に落ちてガチャンと床を叩いた。


「……魔力の動きが止まっている。予備のコアは無いようだ」

「ふう〜」

「やれやれ」


 No.3の魔術は信頼出来る。それを聞いて太刀を鞘に収めた。


「No.1、他のゴーレムは動かぬようだ。見たところ壊れて運ばれてきたか、組み立ての途中で放棄されたかのどちらかであろう」


 大鎌を担いだ、この広い広間の壁に鎮座したまま動かないゴーレム達を警戒していた戦闘メイドNo.4が言いながら歩いてくる。

 彼女は双子のように顔がそっくりなNo.3と同じ魔術師だ。大鎌に見える物は近接戦闘も出来る魔術師の大杖である。


「なるほど、ではここは――」


 そう聞いて私は、戦闘メイドNo.1は、ゴーレムと戦ったその広い広間を見渡した。


「――ゴーレム達の整備倉庫、もしくは量産する工場といった所でしょうか……?」


 広間を見回していると、台座に座ったままの三十体以上はあるゴーレムの中に一体だけ、自分達がこの広間に入って来た扉から右側の壁のほぼ真ん中、そこに姿形が他とは違う真っ白なゴーレムで止まる。


「あれは……」


 もしかしてと続ける前に声をかけられた。


「もう大丈夫かしら?」


 私は白いゴーレムから視線を外し、白いローブを纏う声の主に返事をした。


「はいお嬢様、もう安全でございます」


 返事をしてる間にその白いゴーレムの事は忘れた。そもそもこんな場所に、伝説の白い機械甲冑があるはずがない。


「怪我はない? 治癒魔法はいる?」

「ございませんお嬢様」

「お嬢様にお手間を取らせぬよう我らは上級回復薬を持参しております」

「遠慮しなくても良いのよ? 聖女の力でどんな傷でも治せるんだからね」

「はい、ありがとうございます。お嬢様」

「問題はございません。セシリーお嬢様」


 我ら〈黒の姉妹〉戦闘メイドの御主人様の一人娘、〈聖女〉の役割をもつセシリーお嬢様。

 〈聖女〉は死者以外ならどのような傷、病でも癒せる治癒魔法の使い手で、過去の勇者達が最優先に仲間にし、もし勇者が男なら愛し合うと、多くの勇者戦記録にはそう記されている役割である。

 セシリーお嬢様は、その〈聖女〉の役割を持つ、西方人の美しい女性であった。

 セシリーお嬢様がゴーレムに潤んだ碧眼の瞳を向けると、癖一つ無い長い金髪がフワリと揺れる。

 こんな美しい女性が隣に居て誘っても、全く相手にしない男が居た事が今でも本当に信じられない。


「それにしても驚いたわね。まさかゴーレムが中で待ち構えていたなんて」

「そうですね……」


 確かに驚いた。だがゴーレムにではない。


「……お嬢様、この扉を開けた鍵はどちらで入手されたのですか?」


 女王から帰還命令を受け、冒険者として最後の記念として迷宮最下層の開かず扉を見学に来たはずが、扉の前に立ったセシリーは無言で一枚の赤いカードのような物を取り出し、扉にある溝にそのカードを通した。

 すると絶対に開かないとされた〈開かずの扉〉が開いていき、呆然とする私達だったが開いていく扉の奥で、ゆっくりと立ち上がるゴーレムの姿が目に入り、戦闘に突入したのだ。


「フフフ……これはね」


 セシリー様は手にある金属製の赤いカードを、背が少し上の私によく見せるように上げた。


「お父様から贈られて来た誕生日プレゼントを覚えてるかしら?」

「確か……見事な細工がされていた真銀製の宝石箱でしたね」

「後日届いたお母様のお手紙にあの宝石箱について書かれてたの。なんでも愚王の時代に作られた物なんですって」

「愚王? ……勇者を監禁しという、あの愚王ですか?」


 役割の世界は百年に一度勇者と魔王が戦い、その勝敗で時代が決まる世界である。

 勇者が勝てば人々から役割は消えず、敗れれば人々から次の百年まで役割が消えてしまう。

 それが役割の世界だ。

 そんな世界で、大昔に勇者が敗れて役割を失う事を恐れた愚かな王が居た。

 自国内で産まれた勇者を、周囲の反対を押し切り勇者を魔物から守るという口実で捕らえ、大要塞に監禁したのだ。

 民に重税をかけて建築した大要塞だったが、要塞は魔王に落されて勇者は殺され、役割を失った王は元家臣と元民達から命を狙われ、王の役割だけでなく王国と家族も殺されて全てを失って発狂し自ら命を絶ったという。

 まだ大陸中央の帝国が存在していない、四百年前の昔話である。


「お父様は知人の商人に大金を払って宝石箱を譲ってもらったんですって。フフフ……愚痴が書かれていたわ」

「だ、旦那様は収集家でいらっしゃいますからね」


 No.2が背を向けてフォローを入れた。見れば他の戦闘メイド達は周辺を警戒し、No.3の鎖が我々の周りを何重にもとり囲み、鎖の魔術で鉄壁の守りを敷いていた。


「では、鍵はその宝石箱に?」

「お母様のお手紙で興味を持ってね。あちこち触ってたら箱の底がパカッて、その中からこのカードが出てきたの。前の持ち主は気づかなかったのね」


 カードは以前、レオンがセシリー様に見せた、〈開かずの金庫〉を開くための鍵だったという青いカードと同じ形で、違いはカードが〈開かずの扉〉と同じ赤色な事だった。


「ふむ……もしかしたら」


 私と並んで、セシリー様が持っているカードをまじまじと眺めていたNo.4が言った。


「何か知ってて?」

「はい。愚王の先祖は九戦記前の、つまりここ迷宮都市を拠点としていた魔王を倒した勇者の配下の一人だったと記録があります。倒された魔王は数多くの魔法具を身に付けており、勇者は今までの忠義の褒美として、配下達に全て与えたそうです」

「じゃあこれは魔王の……これが何かも分からないまま、一族で五百年間守っていたのね」


 セシリー様は手にある鍵を少し見つめてから仕舞い、それから笑顔になる。


「さて。この開かないと言われていた〈開かずの扉〉を開けたのだから、羽根の印は幾つ貰えるのかしらね?」

「はい、議会とギルドの両方から貰えるでしょう。おめでとうございます」

「……二枚だけ?」


 笑顔が消えた。


「じゃあ今は九枚だから、全部で十一枚になるわね」

「そう……ですね。お嬢様?」


 セシリー様は広間の奥、晄石の灯りが無い暗い通路がある方角を見る。 


「もう少し探索しましょう。あとひとつぐらい羽根を取りたいわ」

「はいぃ?」


 セシリー様が突然そんな事を言い出し、はしたない声が出てしまった。

 そもそも冒険者の羽根などもう必要が無い。何故羽根の数を気にするのか。


「オホン。……ですがお嬢様、迷宮の封鎖がもう間もなくです。今から戻らないと間に合いません」

「数日ぐらい過ぎても問題無いわ。毎年日程通りに戻れずに救助隊が来るんだから、その時一緒に帰れば良いのよ」

「ですが」

「待てNo.1」


 No.2に呼び止められる。


「お嬢様がしたいとおっしゃっているんだ。ご主人様がしたい事に付き従う事が私達のお仕事だろ?」

「しかし……」


 ……――……※※、※※※※……


 ――しかしNo.2は、私とNo.5を逃がす為に、殿になって死んだ。


 次にNo.3とNo.4が同じ顔で言う。


「我らがお嬢様をお守りすればいいではないか」

「然り、我が身を盾にしてお守りすれば良いのだ」


 ――だがNo.3とNo.4は、その力を使う前に貫かれ、殺された。


 No.5が折り畳んだバリスタを背負い直し、ニコニコと微笑んでる。


「どんな奴が出てきてもね、あちしがぶっ飛ばすから大丈夫らよ!」


 ――No.5は共に逃げていた通路の途中で、追ってきた黒い何かに背後から頭部を貫かれ、死んだ。


「……はあ」


 止めろ。


「……分かりました」


 止めろ。セシリー様を止めろ。


「ですが無理はしませんように。危険と判断すれば直ぐに引き返しますからね」


 ああ……この時、止めていれば……セシリー様は……


「何が※※※※?」


 ――?


「それから、何があったの?」


 ――あ、黒の姉妹達が、何もできず魔物に殺されてしまいました。


「君は何故助かったの?」


 私?……私は……何故、生きている?

 ……そうだ。逃げる途中で、背中から槍のような物に貫かれました。激痛と、何故か猛烈な眠気に耐えながら、回復薬の小瓶を血で滑りそうになりながら取り出して蓋を開け、中の薬を口の血ごと飲み込みました。鹿郡領製の上級回復薬の効果は抜群でしたが、腹部に開いた穴から外にこぼれ落ちかけていた腸が、ズルズルと中に戻っていく感触はもう二度と経験したくありません。


「ああ可哀想に……でも傷はもう傷は大丈夫だからね。……それで……セシリー様はどちらに?」


 ――?? お嬢様? ……お嬢様は……そう……お嬢様は、通路の先にあった円形の広間の中心辺りに着いた時、突然現れた黒い魔物に捕まって、No.3とNo.4が殺され、No.2が私達に逃げろと叫び――


「そこはいい。セシリー様を捕らえたという、その魔物について詳しく」


 ――??? ……突然の事で正直良く覚えていません。巨大で、黒くて丸く、真ん中に大きな一つ目があり、沢山の触手のような物が生えた魔物でした。黒い触手にお嬢様は手足を、貫かれて……あ、ああああ! お嬢様が! 皆死んだ! 勝てない! 私では助けられない! 助けを呼ばなければ! 誰かお嬢様を助けて! 死にたくない! 皆死んだのに! 私だけ生き延びた! 逃げた! 逃げてしまった! 助けて! お嬢様を助けなければ! 痛い! お腹が痛い! 誰か殺して! 誰か! 助けに来てミツノリ様! 死にたくない!


「限界か。……良く頑張ったね。"ゆっくりお休みなさい"」


 あ……あ……え? あ……はい。お休みなさいませ、セシリーお嬢様――


 ーーーーーー


「自身の痛みより先に仲間の死が見えた。そして逃げてしまった自分に苦しんでる。この子仲間想いで凄くいい子だね」


 精神魔術を解いたココが、再び意識がなくなったオイチの額から手を離して言った。


「何か分かりましたか?」

「色々とね。……どうやら聖女様は魔物に捕まり、生きているようだ」

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