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冒険者の羽根・34

 ーーーーーー


 開かずの扉の隙間に飛び込んだレオンは、まるで倉庫のような広い部屋の中心に晄石での灯りに照らされた、頭部に槍のような物が突き刺さっているゴーレムは動かないと判断し、先程スキルに反応した場所を見た。


「……セシリー様じゃない」


 仲間達も倉庫に飛び込み、一度ゴーレムを見てから、皆レオンと同じ方向を見る。


「確か、セシリー様の戦闘メイドの……」

「オイチ殿!?」

「オイチ?」

「本当だ、オイチさんだ」


 ノスケ達がオイチと名を呼んだ、黒い布を口に噛んだ血塗れのメイドに駆け寄ると、レオンは手袋を外し、ピクリとも動かない青白い顔色の首筋に指を当てる。


「……脈がある。生きてる」

「緊急! 人がいた! まだ生きている!」


 ルイスが背後に、ゴーレムを見上げていたララ達に知らせた。


「オイチ殿!? しっかりなされよオイチ殿ー!!」

「まだ駄目です!」


 オイチを揺すろうとしたノスケの腕を、レオンは掴み止めた。


「まだ動かさないで傷の具合いを見てからです」

「っ! そ、そうであった、すまぬレオン殿。 ……傷は拙者が見よう」

「お願いします。テオは癒しの魔法を。ルイスは周りの警戒。ウルリカは彼女の身体を支えてあげてください。私はレッドさんからヒーラーを借りて来ます。組み立て式の担架を持っていたはず」

「心得ました」

「おう」

「あいよ」


 仲間達に指示したあと、レオンはノスケに場所を譲ってレッドを探す。

 そして改めて、倉庫の中を見回した。

 飛び込んだ時には気付かなかったが、この倉庫には何体ものゴーレムが鎮座していた。

 ゴーレムの数は三十体以上あり、中には頭が無いもの、腕が無いもの、両足が無くクレーンの様な物にぶら下がっているゴーレムもあった。

 ココは大型物資を運び込んでいる倉庫だと言っていたが、レオンはこの光景を見て、学園生時代に見学した機械甲冑の整備倉庫を思い出した。


「そうか、ここはゴーレム達の整備室か」


 おそらく下層にはこの様な、それも自動化されて現在も活動している整備室が数多くあるのだろう。今は停止してはいるが、ここは最大級の整備室だったに違いない。奥にはまだ通路があり先が続いているが、晄石が天井に無いのか暗く、奥はよく見えない。

 倉庫の中心では、頭部を破壊されて停止しているゴーレムからララ達がコアの抜き取り作業をしており、開かずの扉から入ってオイチが居た反対側の壁に、レッドのチームが一体のゴーレムの前で集まって居るがリーダーのレッドは居ない。


「成るほど〜昇降機のようにこれに触れて念じればいいんですね?」

「その通りだよ。壊れてなさそうだし問題無いはずだよ」


 レッドはそこから外れた、開いた開かずの扉を裏からの開け方をココから教わっていた。


「この扉を開けたカードは頂いてもよろしいですか? もちろん代金は支払いますので」

「私は構わないよ」

「レッドさん」

「はい?」

「ヒーラーをお借りできませんか? 担架でオイチさん上まで運んで頂きたくて」

「え? ……あっ! しまった〜……ヒーラー!」

「「はい!!」」

「うわびっくりした!?」


 側で命じられるのを待っていたのだろう、オイチの方をチラチラと見ていた女性二人が、間髪入れず返事をした。


 ヒーラーとは異世界より転生してくる勇者達が、回復魔法の使い手や薬草師など、負傷兵への癒し手達をそう呼んだ事からこの世界に定着した名称であり、レオンの仲間ではテオドールがヒーラーを担当している。


「まったくうちのボスは! 仕事に集中すると周りが見えなくなるんだから!」

「本当に申し訳ない……」


 レッドが謝ってるヒーラーの二人は、荷物から二本の長い棒と厚い布を取り出して担架を組み始めた。


「すみません……任務にうかれて失念してしまいました……」

「いえいえいえ!」


 レッドが深々と謝罪する。この人は国の潜入工作員だとは察してはいるが物凄く人が良い。演技にも見えず、これで工作員が務まるのだろうか。


「任務ということは、そちらは見つかったのですか?」 

「はい、あちらです」


 レッドは、彼の仲間達が集まる白いゴーレムに手を広げて差した。


「白いゴーレム?」

「いえ違います。あれこそが勇者が建造し、魔王に奪われた、伝説の白い機械甲冑です」

 

 ………


 オイチの傷を見るため、レオンと位置を変えたノスケは短刀を抜き、オイチのメイドアーマーの留め具に刃を当てた。

 

「オイチ殿、ご無礼仕る」


 留め具を切り落とし、白いエプロンのように見える胸当てを取り外し、それから防刃仕様の黒いワンピースを容易く裂いて行く。

 衣服を切り裂かれても未だに目を覚まさない彼女の肌を見る事になるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 血塗れのメイドアーマーを脱がせた後、ノスケとルイスは出血が最も酷いと思われる腹部の傷を確かめようとしたのだが……  


「む? 傷がない?」

「いえ、これは傷の再生跡です。背中にも……何者かに腹部を穿かれたが、その傷が治ってる」


 ノスケとルイスは、チラリとテオドールに目を向けるが、彼は治癒魔法を唱えながら首を横に振った。自分の力では無理。


「じゃあセシリー様の治癒魔法か? ……? これは?」


 ルイスは床に落ちていた空の小瓶を拾って中を嗅ぐ。


「上級の回復薬か、オイチさんは腹を穿かれて咄嗟にこれを飲んだのか。凄い根性だが――」


 魔法や薬で傷を癒せても痛みは癒せない。

 痛みとは脳に伝わる神経の信号であり、傷は魔法や回復薬で治せても、一度傷付いた神経は、脳に痛みの信号を止まる事なく送り続けてしまうのだ。

 小さな切り傷程度なら我慢すれば耐えられるが、腹部を貫通するほどの傷となると。


 ………


「ハァ……ハァ……もう……駄目……ハァ……ハァ……もう……耐えられない……ハァ……ハァ……」


 上級回復薬は飲み込んだが、既に血を多く失っていて身体が動かない。

 そして腹部の激痛に耐えられず意識を失い、痛みで目を覚ましては、再び激痛で失神する……数時間事に繰り返される苦痛に、オイチはまともな考えが出来なくなってきた。

 目の前にいる、自分達が破壊したゴーレムが動き出して殺してはくれないか、先に死んだ仲間達がアンデットになって殺しに来てはくれないか、もしくは()()が、とどめを刺しに来てはくれないか、そんな楽になる事ばかり考えて…………

 …………それから何度目かの失神から目覚めた時、力を振り絞って太刀の刃を首に当てた。


 これを引けば、全て、楽になる。


「ハァ……ハァ……くっ!」


 だが、首ではなくメイドアーマーのスカートを切り裂き、太刀を手が届かぬように投げ捨て、切り裂いたスカートを噛んだ。


(私はなぜ生き延びようと……助けは来ないのに……助けは……あの人なら……ぐっ!?……ああああああああああああ!!!)

 

 僅かな望みに賭け、オイチは再び来た激痛に意識が落ちた。


 …………


「――麻痺薬と包帯が無かったのか」

「ノスケさんは僕と交代を」


 テオドールは治癒の魔法を一旦止め、腰の荷物入れから液体の入った小瓶と包帯を取り出す。


「ウルリカさんは彼女の手を取って上げてください」

「あいよ。 ……うわっ、身体が固まってるよ!?」

「早く温めてあげたいですね」


 テオドールはオイチの腹と背中にある傷の再生跡に麻痺薬を染み込ませた清潔なガーゼを貼り、包帯を手際よく巻いていく。

 回復薬で再生した皮膚に麻痺薬が染み込み、神経を麻痺させて痛みを忘れさせる。

 これが、魔法や回復薬で傷が塞がるこの世界での治療法である。

 この治療が必要無いのは、人間では〈勇者〉の役割を持つ者と、〈英雄〉の役割を持つ者だけであった。


「これで良しと、もう一度治癒魔法を掛けます」


 治癒魔法と麻痺薬が効いてきたのか、オイチの表情は穏やかになり、一同ホッと息がもれた。


「腹に穴開けられてずっとここで我慢してたのかい。ホントよく頑張ったね」


 そう言うとウルリカは背嚢からローブと毛布を取り出し、自分の防具の留め具を外し始めた。


「「「?」」」

「……お前らちょっとあっち向いてろ。こっち見たら金取るよ」

「「「あ、はい」」」


 回れ後ろと男達に命令したウルリカは、防具をとり外してローブを纏い、オイチを抱きしめ、その冷えた身体に毛布をかける。


「こんなに冷たくなって……」


 冷えて固まった手足に血液を通す為、マッサージを始める。腹の傷は治っても、このままでは四肢が腐ってしまう。


「……うっ……?」


 すると、今まで何をされても目を覚まさなかったオイチが、うっすらと瞼を上げた。


「あっ、気が付いたかい? 水は飲めるかい?」

「……? ……??」


 マッサージをされながら、まだ意識がはっきりとはしていないのか、瞳がキョロキョロと動いている。


「オイチ殿」

「!!」

「無事で良かったでござる。よう耐えられましたなあ」

「……ヒフホヒ、アア……」


 オイチの賭けが勝った瞬間だったが、渇いた口と喉からは声が出なかった。


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