暗黒神の信者
宝玉神殿 女神の間
宝玉の女神は黄金に輝く神殿にある部屋の中で宝石で飾られたソファに腰をかけ空中に浮かぶ光るそれを見つめ何かを読んでいる。時折本の頁をめくるように指を当てて動かしている。
側に控えるぎんにはそれは神々がお互いに手紙の遣り取りができる物としか聞いてなかったし文字も見えなかった。
「宝玉様、暗黒神様は何と?」
「すっごい謝ってるわぁ今後このような事がないように信者に生贄のマナーを守るようしっかりお告げをすると言ってきたわぁ」
「マナーですか」何だよ生贄のマナーて。
「もぅ! 生贄自体時代遅れだから辞めなさいといつも言ってるのにぃ!」
そして女神が求めたもう一つの事は断られていた。
「捧げられた生贄の詳細は生贄の個人情報に当たりますのでお答えする事ができません? なんなのもぅ! 今度会ったらただじゃすまさないんだからぁ!」
女神はその美しい足をソファの上でバタバタ動かして怒っている。
「はぁ」ぎんはこめかみを抑えて溜め息をついた。
教えてくれないなら自分で調べるしかない。
「あの子の黒髪は東方人の特徴だったわぁそしてあの青い瞳」
青い瞳は西方人の特徴だ。つまり彼女は西と東の混血。ここから探れば生贄に拐われた娘の正体が分かるかもしれない。知りたい事は一つだけ。たった一つの確認。
ニホン語という言葉だけではまだ足りない。その一つを確認しなければ。
「ニホン語……ニホン領……?」
そういえばはるか昔その東方領のさらに東の島のニホン領から兵を集めて海を渡り西方領まで魔王を討ちに来た勇者とその軍がいた。
その勇者の血筋は絶えたが兵士達はその戦いの褒美で皇帝から西方領の小さな領地を与えられた。
その領地は長い時間をかけて開拓して大きくなり。いくつかの暗黒時代を経ては分裂したり集まったりを繰り返し現在は確か。
「西方南領八郡……今は九郡だったかしら?」
西方領の中心から山脈を挟んだ南の領地。
この地には西と東の混血した人々が多く住む地。
西方南部なら大森林を通れば生贄の儀式場にされた自分の旧神殿にも近い。もしかしたらもしかするかも。
「フフフ楽しくなってきたわぁお姉ちゃんは頑張るわよぉ〜!」
「……はぁ」神の仕事も頑張ってくんないかなぁとぎんは溜め息をついた。
ーーーーーー
警備長がその報告を聞いたのは昼前だった。
「警備長! 森から二人組が近づいてます!」
「二人組? この東門にか?」
行商人や旅人なら北から来る筈だここは東の森を通りはるか向こうにある隣の領地の町から来る旅人ぐらいだが滅多にやって来ない。
道がろくに整備されず荒れた道では通り辛いし危険だからだ。
一月に二度、自分の部隊で巡回し領内までの道なら低級魔物の掃討は済んでいるので魔物の襲撃は殆ない筈だ。だがそれでも商人達は整備され警備された安全な北の帝国大道を通りこの町につながる道に入る。
この町の北道周りには多くの茶畑や農地を広げその豊富な農作物を見た商人達は儲けを期待しながら町に着く。
今の町長が若い頃に思いついた演出だ。
そのお陰かこの町は帝国領の辺境にもかかわらず人が増えて大きくなり四方に石の城壁と門を作り上げ町民の安全を自分達が守っている。だが町は今二つの問題を抱えている――
「すぐ上がる」
警備長は詰め所から見張り台に直接繋がっている階段を上がった。
「あちらです」
「うむ」
部下が手で示す先に確かに二人組。馬に乗った一人が弓矢の届かない距離で止まり。もう一人が歩いてこちらに向かっている。敵意がない事を示すように両手を振っている。
「何者か!」
お互いの顔がわかる距離になって警備長は声をかけた。歩いてくる男は若い顔の整った優男風の男だった。
「やあやあすみませんお騒がせしてます! 東の町からきました避難民です! 体を休める宿をお願いしにきました!」
優男が避難民と答えそれを聞いた警備長はああと納得する物があった。今この国、帝国は魔王に敗北し魔王軍から逃れて西方領に逃れるために避難民が先に述べた帝国大道に溢れているという。この男は迫る魔王軍から逃げ道を求めて東の森を抜けて来たのか。
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今この町に抱える二つの問題。
一つはその魔王軍がもしここまで攻めて来た場合どうするかだ。
悔しいが戦うのは論外だ。
逃げるとしても北と東は塞がれ。西は大森林に塞がれ。南は宝玉山で塞がれ。四方の逃げ道全て塞がれている。
町長と老人達は領主には悪いがさっさと降伏する事を決定してしまった。
西の大森林ならまだ逃げきれる可能性はあるがそれはもう一つの問題の方が――
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「あの男の鎧ミスリルチェインですよ」
横にいた部下が囁く。
「何?」
金属製の小さな鎖を繋げ編み上げたのがチェインメイルと呼ばれる一般的な防具だ。
ミスリルとは鉄よりも硬くそして軽くさらに錆びない非常に貴重な金属であった。
そんな金属で作り上げた防具は男なら一生に一度は装備してみたい憧れの防具だ。だが勿論とんでもなく高価である。
警備長は優男の姿をよく見た。
剣は腰に着けておらずその体を守る銀色の鎖鎧を身に着け。これで紋章の付いたコートとマントでも纏えば騎士にも見えなくもないが彼は旅人がよく着ているフードの付いた前を開いたローブを鎧の上にかけてベルトを巻いていた。
「お前よくこの距離で見えたな」
警備長は部下を見て眉毛を上げて見せた。
部下は照れて笑っている。
「オホン! 今の避難民はそんな上等な装備をするのかね!」
「装備? あ、これ? はっはっはっよく見えますね! 良いでしょう? 自分のじゃなくて今の主人からの借り物なんですけどね! 給料じゃ買えないよこんなの!」
優男は鎖帷子の肩を少しつまんで持ち上げて見せて笑っている
部下達も釣られて笑っている
今の会話で警備長は理解した。
主人とは貴族。彼はその護衛で使者。
帝都から逃げ出した貴族達がここに到着する前に彼に宿を探して来いと命令されて来ているのだ。
「避難民は何名かね!」
百や二百人だったら大変だ。そんなに入る宿は無い。その場合最悪何十人か外に天幕を張ってもらうしか無い。
「僕を入れて二十! 男が十五に女が五名! できればお湯も貰える宿を願いたい!」
風呂も出せる上等の宿。だったらあそこがあるな。二十人なら今は客もおらず空いてるだろう。監視も付けて見張っていれば問題ない筈だ。
「分かった! 用意させよう! その代わり高いぞ!」
警備長は同意したように手を振った。
「はっはっはっ感謝します戦士長!」
優男は振り返って馬に乗った仲間に手を振った。
仲間は承知したように手を上げ。来た道を馬を走らせて引き返して行く。その主人に知らせに行ったのだろう。
「俺は警備長なんだが」と呟いてから部下を呼ぶ。
「宝玉の泉亭に客が来る事を知らせろ。あと町長にもだ」
「はっ!」と返事をして部下は走って行った。
残った優男が声を上げる。
「主人が着くまで待たせて貰って良いですか〜!」
「構わんよ! それか中に入れ! 茶ぐらいだそう!」
警備長は右手の人差し指を上にしてくるくる回した。部下に門を開けというサインだ。
警備長は階段を降り。詰め所の中を通って表に出て門の前にまで来ると優男が既に到着していた。
優男は開いた門の大きさを両手を広げてしきりに何か確認している。
「何をしている?」
警備長は訪ねた。
「いや〜馬車があるんですがここ通れるかなって」
ああ馬車があるのか。そういやこの門に馬車とか通した事無いぞ。
「無理だったら北門にまで行けば通れるだろう。あっちは大門だから」
「う〜んちょっと失礼」
優男が突然背中から二本の小剣を抜いた。
その動きがあまりにも素早く自然だったので警備長と兵達は優男が武器を抜いた事に反応できなかった。
優男は両方の手で剣の刃の部分を持ち両腕を伸ばして柄頭が門の端に触れないかプラプラと動かしている。
「あ、いけます! いけます! ここ通れますよ! はっはっはっお騒がせしました」
優男は頭をかく。いつの間にか小剣は消えていた。
警備長は息を飲んだ。
この優男只者じゃない。
何故俺はこの男が武器を持っていないと錯覚した?
「……名を聞いてなかったかな?」
「あ、名乗ってませんでしたね。僕はシズカ私兵団の……一応副長のアーダムと申します」
アーダムと名乗った優男は左手の平を上に向けてみぞおちに当て。右手の人差し指と親指を合わせて輪を作り何かを摘むようにして胸の中央に右手を当てた。
左手は地に沈む太陽を表し、右手は闇を照らすランプを表す。
闇夜とランプの神。そして魔王の神でもある暗黒神信者のする挨拶をアーダムは警備長に送った。




