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冒険者の羽根・32

 

 迷宮の入り口が冬で閉鎖された次の日、迷宮内で行方不明になった聖女の捜索に参加したのはレッドの北支部レイドチームを中心に、レオンとララのパーティー、たまたま掲示板を見て参加した冒険者数名と、毎年この時期に迷宮に入る冒険者救助隊を入れて七十名ほどの人数になった。

 一行は特別に開けられた塔に入って中層まで降り、鉱石人の集落代表から十日間の地下世界に入る許可を貰い、二日かけて円形の形をした地下世界の中心地点である、旧魔王の宮殿と下層への入り口がある空洞拠点に入った。

 拠点では毎年数名は居る、負傷などで動けず帰還できなかった冒険者達を保護した後、ここで隊を三つに分ける事になった。

 一隊は毎年冒険者救助隊が行う拠点の周辺を捜索する隊。

 二隊は保護した冒険者達を鉱石人の集落に送る隊。

 そして、行方不明の聖女が最後に目撃された下層地下五十階を目指す第三隊。

 第三隊は北支部のレイドチームからレッドと彼が選んだメンバーに、レオンとララのパーティーを加えた三十名で、地下五十階まで降りるために昇降機に乗り込んだ。


 以前レオン達が螺旋倉庫まで降りた昇降機が発見されてから、空洞洞窟拠点に建つ宮殿の庭では、冒険者達があちこちを掘り返し、複数の昇降機を発見していた。

 そして昇降機の操作は簡単で、誰でも操作ができることが分かった。

 昇降機の側にある台座や中の壁にある、人の手の形をした印がある板に手を触れ、降りたい階の数をイメージすると動き出すのだ。

 ただし触れた者が一度その階に訪れておく必要があり、操作方法が解明されてからしばらく、過去に地下五十階まで降りる偉業を成し遂げた冒険者に操作を頼み、未達成冒険者達をギチギチに詰め込み、悲鳴が聴こえる中で地下五十階まで一つ一つ止まる作業が繰り返された。

 そんな苦労の末、下層の探索範囲は飛躍的な広がりをみせたのだった。


 第三隊が乗り込んだ昇降機は最も大型で大人数を乗せられ、ココの話しでは大型の物資を運ぶ為に使われていたという昇降機に、完全武装の冒険者が三十人乗り込んでもまだまだ余裕があった。


「お? 長椅子があるッスよ?」


 正方形の広い昇降機の上に、誰がいつ運び込んだか四つの長椅子が、角にそれぞれ一つづつ置いてあった。


「座ろ座ろ。あたい達こっちね〜」

「では北支部はこっちに集合〜」


 ララは二つ空いてる内の一つの長椅子に視線を向けた。


「じゃあ俺達はこれに座るか」

「あ、僕達はいいからララが椅子に座ると良いッス!」

「そうそう! ララは俺達のリーダーだからな! 座ってくれ!」

「そうか? じゃあ遠慮なく」


 ララがズシン! と長椅子に座ると、丈夫そうな木製の長椅子から「ミシリ……」と嫌な音がし、仲間の五人は冷や汗をかいていた。

 第三隊は四方の内三つの長椅子に別れ、自然と三つのグループに別れる。

 レオンのグループは黒いボディースーツを纏うウルリカと、黒い仮面を付け紫色の魔術師ローブを纏うココが長椅子に座り、他の男達四人は彼女達の周りに居る。

 ウルリカは、隣で自分の腕に甘えるように腕を絡めて座るココに質問した。


「ところでさあ、開かずの扉の先ってどうなってるんだい?」

「うん? 扉の先かあ。ん〜……」


 その質問に、ココは仮面の下で少し困った顔をして答えた。


「……実は扉の先は知らないんだよ。私の管轄じゃなかったからね」

「は? ここに住んでたんだろ?」

「こんなに大きくて広い場所を全部知るなんて無理だよ。多分魔王様でも全て知らなかったんじゃないかな。私が知っているのは物資を出し入れするこの昇降機と、以前行った螺旋倉庫と宝物庫だけで、扉の先で分かるのは運び込んだ物ぐらい……ああ宝物庫の中は空っぽだよ」

「な〜んだ」


 宝物庫と聞いて目を輝かせていた〈盗賊〉はガッカリした。


「クフフフ! 宝物は私達がここから去る時に全部持ち出したからね。だから最初に来た時に寄らなかったんだよ」

「成る程ね。そりゃそうか」


 納得したその時、昇降機内に軽快な音が鳴る。


 ピン、ポン、パン、ポ〜ン⤴♪


「びっくりした! 何ですこの音!?」


 北支部の冒険者達が居る方角から驚く声に、ウルリカとココは視線を向けた。

 北支部の冒険者達はレッドの額当てが赤い以外全員揃いの黒装束と黒頭巾の姿だが、長椅子に座る二人組だけローブ姿で、フードを深く被っていて顔が見えない。

 その二人組の、とても小柄な方が驚いた様子で立ち上がっていた。

 まだ声変わりしていない少年のような声だった。


「マモナク、エレベーターガシタヘマイリマス。アンゼンノタメ、ハクセンマデオサガリクダサイ」


 パン、ポン、ピン、ポーン⤵♪


「……古代語か」


 もう一人のローブ姿の人物から、こちらは大人の男の声がした。


「今のが古代語!?」

「はい。おそらくですが出発する知らせだと思われます」


 誰も古代語は理解出来ないが、レッドが二人組に丁寧に説明する


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 今度はかん高い音と同時に、四方の方角にある魔法具から黄色い光が回転し、昇降機は音も無くゆっくりと地面の下に下がって行くと、小柄な人物がまた騒ぎを始めた。


「やはりここは古代人が遺した遺跡! しかも起動している! 魔王は古代人の遺跡を魔王城にして居たということか! これは研究したい!! 地下遺跡全体!! ……いや!! あの地下世界全体も!! ……いやいや!! この迷宮都市全体を!! 歴史的な遺跡文化財の保護という言葉を知らない馬鹿な冒険者共ではなく!! 僕のような天才を集めた研究機関で保存と研究をするべきで――」


「うるさあああああああああああああああああああああい!!!」


 ララがキレた。


 いつもの聖霊の力が宿る露出が多いビキニアーマーで、丸太のような腕を組み、レッド達が居る方向に大股を開いて座っているので、多くの者達を困らせている。


「おいレッド!!」 

「は、はい!」

「その騒がしい馬鹿を黙らせろ!!」

「ば、ば、馬鹿だと!? 貴様! 天才の僕に向っ――」

「ストーップ! ララさんすみません!! ……すみませんがここではもう少し大人しく、お静かにお願いします。あの女の人、怒ると凄い恐いんですよ……」


 その間も昇降機はほんの数秒で加速。地表の塔にある中層まで降りる昇降機よりも高速で落下しているはずなのだが、あれとは違い落ちる恐怖感が全く無い。

 以前なら数日をかけて降りなければならなかった地下階層を、あっという間に通り過ぎていく。


「でも!! 先ほどの宮殿にあった貴重な貴重な魔法具を、温かい朝ご飯を作る便利な道具程度にしか見ていない馬鹿な冒険者達に、天才として僕は教え――」


 ゴッツ〜ウン!


 小柄な人物の脳天に、もう一人のローブ姿の男から拳骨が飛んだ。


「いっっったぁぁぁい!!!」


 小柄な人物が頭を抱えて悶え、ゴロゴロ転がり、レッドは慌てて男を止める。


「あわわわ! ぼ、暴力はいけませんよ!?」

「これが一番手っ取り早い」

「ま、また殴ったなー! 天才である僕の頭を殴るなんて! ただで済むと思うなよ!?」

「俺には関係ない」


 男は口数が少なく、長椅子に座り直す。


「レッドぉ〜!」

「……アレは彼にしか使えません。我慢してください」

「クソ……野蛮な帝国人め……僕は天才なのに……」


 ブツブツ言いながら小柄な人物も長椅子に、男から離れて座り静かになった。


「今の声、子供ですかね?」


 ウルリカ達が座るベンチの近くで、魔人剣に巻いていた布を外しながらレオンが言った。

 魔人剣は刀身に黒い炎を纏う魔法の剣で、地下世界の中層では火事に注意せねばならず、普段は鞘から抜けないよう厳重に布と革製の紐で巻いて背負われていた。だが下層のダンジョンでは火事になる事や、酸素では無く魔素で燃える炎なので、地下で酸欠になる心配は無く使用できる。


「そういや中層に入った時も騒いでいたねえ」


 その時も小柄な人物は脳天を殴られていた。だが殴った男も、中層の地下世界の景色を珍しそうに見回し、集落の周りに立つ結界の柱を、あれは何かとレッドに話しかけているのをウルリカは目撃していた。


「あの二人は羽根が五枚以下か、もしかしたら冒険者でも無いのかもしれません」


 通常なら迷宮に入る際、塔の入り口で首にかけた迷宮都市の冒険者の証である銀板と羽根の数を確認されるが、今回は誰も確認されていない。

 レッドのチームに混ざれば、冒険者ではない者を迷宮内に入れるのは容易い。


「我が君、どうする? 銀板を確認するかい?」

「……いえ、レッドさんが連れて来たという事は、レッドさんの任務(にんむ)に必要だからでしょう。私達は私達の任務(クエスト)に集中しましょう」


 ピン、ポン、パン、ポ〜ン⤴♪


「マモナクトウチャクイタシマス。ゲンソクノサイ、ユレルアシモトニゴチュウイクダサイ」


 パン、ポン、ピン、ポーン⤵♪


 昇降機がゆっくりと減速を始め、身体が下に軽く押し付けられる感じがする。


「着いたか」


 以前なら一月以上はかかっていた下層地下五十階に、僅か数分で到着したのだ。




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