冒険者の羽根・26
冒険者同士の結婚はけして珍しくは無い。
特に若い男女混合のパーティーで多く、最初は仲間として見ていても、同じ時間を共に過ごし、苦楽を共にし、いつしか仲間以上の、男女の関係になるのはそう珍しい事では無かった。
「お! あの二人か、羽根が十枚になったら結婚するって噂の」
「確かあと一枚だったよな?」
「頑張れよ〜! お二人さん!」
「あと一枚! あと一枚!」
「うるさいよ!」
「ウルリカさん、皆さんは応援してくれてるんですから」
「あれは応援じゃないだろ!? ……あと……名前をさん付けて呼ぶの……止めって言っただろ」
「あ、ごめんウルリカ……何だか恥ずかしいね」
「ヒュー! お二人ともアッツいね〜!」
「うるさいよ!!」
「ううう……二人が一緒になってくれて私はとっても嬉しいよ……ところではやく子孫の顔が見たいんだけど?」
「孫が見たいばーちゃんみたいに言うな! こうなったのもココのせいだろ!?」
レオンとウルリカの婚約の話しは、話しを聞いたココによって、あっという間に西支部の冒険者達に広まって暫くした頃――
レオンが仲間達と地下世界の探索に出て不在になった冒険者ギルド西支部の酒場内で、冒険者達に質問して回る一人の女性がいた。
女性は東方人の血を濃く受けた容姿をしており、黒髪とナイフのように鋭い目つきをした黒い瞳が特徴的で、美人が多いと噂の西支部内でも上の中と評される冒険者の一人で、聖女セシリーに仕える戦闘メイドの一人であった。
セシリーのメイド達はそれぞれ番号で呼びあっており、彼女はその中で一番。No.1と呼ばれていたメイドであった。
No.1は腰に太刀を下げ、黒と白を基調としたメイド服に見えるメイドアーマーを身に纏い、冒険者達にある質問をして回っていた。
ーーーーーー
「レオン様は、どのような人でしようか?」
昨日、そして今日も朝から、何度も繰り返した質問に、その冒険者の答えは――
「レオン? ……ああ〈魔人殺し〉のあいつか。どんな奴かって?」
「はい」
「そうだな〜モテるのが気に入らんが……でもまあ、普通にいい奴だな」
――また同じ答えだった。どの冒険者に聞いても。
「いい奴だぞ」
「いい人よ。ウルリカが羨ましいわ」
「いい奴」「いい奴」「いい人」
誰に聞いても似たような答えばかり。
ギルドを出て、レオンという男の裏の顔を知るべく、私は色街に向かった。
男の醜い部分を見つけるのに最適な場所だと思ったが……色街の道を少し歩くと、昼間なのにもう酒臭い男達に声をかけられ、一晩幾らだなどとしつこい誘いを何度も受けるので、太刀を抜いて丁重に断り、何とか情報にあった、レオンが仲間達と何度か訪れているという店の支配人と話しができた。
「冒険者のレオン? ……あ〜あのいつもニコニコした色男か。確かにたま〜に来るが、酒は余り飲まないし女も買わないケチな野郎だったな。 ……そんな事よりメイドさん、うちで働く気はないか?」
予想とは違ったので、支配人の誘いを丁重に断り、太刀を鞘にしまいながら次の目的地、病院へと向かった。
――コンコン。
「どうぞお入り下さい」
九大神会が運営する病院の中にある個室のドアがノックされ、病院側から呼び出してもらい、シスターに案内された二人の男を、待合室の中で立って出迎えた。
「あん? 俺達に用があるって……メイドさん?」
入って来た男達は私の顔と、私のメイドアーマーに何度も視線を上下に動かした。
「お久しぶりです。わたくしは――」
「……あ。あ〜! 確か聖女さんのところのメイドさんだったよな?」
「その通りです。ご自宅に覗ったのですが、こちらにお見舞いにいらっしゃっているとお聞きしたので、失礼ながらお呼び出しをお願いしました」
「俺達の家に?」
「はい。お忙しい中お呼びして本当に申し訳ございません。実はお二人に、お聞きしたい事がありまして」
元冒険者の男二人に、私は頭を下げ、ここでもレオンについて聞いた。
「レオン? ……確かララが連れて来た奴だったよな? 魔人倒して、魔法剣手に入れた奴」
「はい。間違いございません」
「ん〜??? そいつなら俺達より、そっちの方が詳しいだろ? ……ハッ!……まさか聖女さん……フラれた事を怨んで……こわっ!」
「はい?」
「やだ〜女の嫉妬恐い!! それならやだよ!? 協力しないよ!!」
「あの、いえ、けしてそのような事は……」
「やだ~!」
何を想像したのか全くこちらの話を聞いてくれない。もう一人の男に視線を向けるが、その男は止める気は無いのか、シスターが用意してくれた茶を啜っていた。
「だってさ〜レオンの気持ちも分かるんだよ!? 今の奥さんの方を選ぶのも仕方ないぜ! だってお姫さんの役割は〈聖女〉様だもん! 国の宝の役割だぜ〜? 百年に一度の、〈勇者〉の恋人候補の〈聖女〉に、知ってて手を出す野郎は居ないって! 可哀想だけど仕方ないって! 聖女様には伝説の勇者様が現れるまで、その身は清らかのままでだな〜」
「あの、違います。お待ち下さい」
「あ、でもチュ〜はセーフかな?」
「お待ち下さい!!」
「はい」
男はようやく止まる。
「オホン……セシリー様もレオン様とウルリカ様のご婚約は祝福されておりますし、ご想像したような事はけしてございません」
「本当に? 怖い事しない?」
「はい。セシリー様はレオン様とはご友人としてこれからも良き関係を続けてたいと申しておりますが……ご実家のお父上様がセシリー様の側に男性が近づく事を、とてもご心配されていまして……」
「あ〜話が見えて来た。レオンが糞野郎じゃないか、ちゃんと調べて来いと命令されたわけね」
「そう思って頂ければ。セシリー様とレオン様にはご内密に」
「だったらいいかな〜なあ?」
「……」
隣で茶を啜っていた男も、同意するようにコクリと肯く。
「でも俺達はレオンの事は余り知らないぜ? 冒険者酒場でたまたま顔をみるか、レイド戦で少し話をしたぐらいしか無いからな」
「全く構いません。私達がこの都市に来る以前、中層に降りるまでの間にあった事や聞いた事でも教えて下されば」
「そう? んじゃ短い話しになるけど〜確かララからレオンについて最初に聞いたのは――」
ようやく話が聞けると私は安堵した。
だが。
安堵したのは早計だった。
この男は長々と、レオンと会ってもいない一年間の出来事を、二時間も話し続けたのだ。
「――んで! 俺は最初、レオンがどこぞの若殿様かと思ってよ〜! 言葉遣いにちょっと悩んじまったんだよ〜おっかしいだろ〜?」
「それは……可笑しゅうございますね……」
話しはやっと、レオンと初レイドで対面した所に入ったが、私は既にぐったりとし、どう話しを切り上げ、ここを去るタイミングの事ばかり考えていた。
「だろ? ハハハハ……さて、そろそろ良いか」
それまで笑っていた男が、突然ピタッと止め、その雰囲気がガラリと変わる。
「メイドさん。冗談はこれくらいにして、本音で話そうや」
「――っ! ……冗談とは、何の事でございましょうか?」
「あんた、〈黒の姉妹〉だよな? 〈戦闘メイド〉の役割だけを集めたお掃除専門の、物騒な事で有名なお嬢さん達に正直関わりたくねえ……でもな」
「……」
「最近迷宮都市に、西方国の〈霧隠れ〉が帝国の〈御庭番衆〉と一緒になってコソコソ何かしてやがるんだが〜……メイドさんは何か知らないかなあ?」
「……」
私は平常を装い、話しが分からないと首を傾げてみせた。
「……さて? わたくしはただ、セシリー様のご友人に相応しい男性なのかと調べて――」
「嘘つけぇ」
男は私に右手の人差し指を向けて声を遮り、その指を今度は額に当てて話し続ける。
「それも最初は聖女さんの横恋慕と思っていたが……そもそも国の宝である〈聖女〉の役割を持つお姫様が、鍛える為にとはいえ、こんな所に居るのがおかしいんだ。女王が許すはずが無い。許したとすれば……女王が指示した。お前達は聖女の護衛とは別に、女王から指示された任務。レオンの事を調べる任務がある。 ……違うか?」
首筋に汗が流れた。
……汗? 汗だと?
〈黒の姉妹〉No.1のこの私が、この目の前の男に緊張しているというのか。
「そんなコソコソして調べるよりさ、本人に聞けばいいんだよ。それとも聞けない事か……出生とか……」
不覚にも腰へと、病院に入る時に預けている太刀を探そうと一瞬動きかけたが、何とか止める事ができた。
「いま腰に気をやったな。剣か?」
「っ!?」
この男、只者ではない。確かこの男は――
「何だ〜? 俺をぶった斬る気か〜? 困ったな〜あと三本しか無いんどけどな〜」
男は薬指と小指の半分から先がない右手を、私に見せつけるようにヒラヒラと左右に振る。
――思い出した。
確かこの男は、西支部一の曲者と呼ばれていた冒険者だった。
「い、いえ誤解でございます。わたくしは――」
「大声だすか。きゃ〜殺される〜! ってな……嫌ならほら、話せよ。お前達の任務。レオンにいったい何が――」
「もう良いだろ」
その時、今まで茶を啜りながら成り行きを黙って見ていた、もう一人の男が口を開いた。
「いい歳して悪戯もそれぐらいにしておけ」
「あ? 何で止め――」
「黙っていろ」
「……今のが悪戯?」
「ああ、すまないメイドさん。こいつは昔から、可愛いお嬢ちゃんを見るとすぐからかって悪戯する奴なんだ。許してやってくれ。お嬢ちゃん」
…………
メイドが不機嫌そうに立ち去った後。待合室に残る元冒険者の二人は、残った茶を飲みながら話しをしていた。
「……何かお前、冒険者辞めてから変ったな」
「変っちゃいない」
「い〜や変った! 何で止めた? もう少しで金になりそうな情報が引き出せそうだったのに」
「……〈黒の姉妹〉といったら西方国の中でも、〈邪眼〉と並ぶ指折りの戦闘群族だ。そんなのに睨まれたくない。」
「怖気づきやがったな!」
「人の親になれば誰でもこうなる! お前の所も予定日は来月だろ。あのメイドが一度家に行ったのは、脅しだと気付いてるだろ」
「うっ! ……だ、だけどよ〜」
「いい加減に自分の命を自由にできる冒険者だと思うな。俺達はもう、不自由なんだ」
…………
病院から預けていた太刀を返して貰い、安心するように息を吐く。
外に出てから一度病院を振り返り、不愉快だがあの男が言った一言を思い出す。
――帝国の〈御庭番衆〉と一緒になって――
「〈御庭番衆〉がこの迷宮都市に?……霧が動いて居る事は知っているが、そんな話し聞いてないぞ」
No.1は、少し調べさせた方が良いかと考えながら歩いていたので、後ろで黒装束を纏った冒険者救助隊の腕章をした男が通行人に「すまない。冒険者ギルド北支部までの道は、どう進めば良いでしょうか?」などと、道を訪ねている様子に気付かなかった。
「〈御庭番衆〉も気になるが……もうレオン様について新たな情報が無い。本部の方では彼の故郷を探っても、有益な情報が一つもないという……レオン様が前西方王のお子だという噂は、本当だろうか?」
――本人に聞けばいい――
「聞ける訳がない! ……いや、近い者なら……よし!」
私は伝言を頼む為、冒険者ギルド西支部に向かって歩き出した。
ーーーーーー




