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冒険者の羽根・24

 ーーーーーー


「こ、これはどういう事だ!? おい! ……無視すんなお前ら! 何か言え!!」


 苦虫を十匹一度に噛み潰したような表情でララは叫んだが、周りの冒険者達は挙手をしたまま彼女を無視している。


「はい決まった! ギルドのねえちゃん! 話しを進めてくれ!」

「は、はい……」

「決まってねえ!!」

「ひっ!?」

「構うな進めろ!」

「おい止めろ! ちゃんと話し合ってから――」

「ちゃんと話し合った!」

「そうだ! 話し合いは終った! そして皆で決めた! もう諦めろ!」

「なん……だと……」

「進めろギルドのねえちゃん!」

「え、っと〜……そ、それでは〜挙手多数により〜次の西支部レイドリーダーは、ララさんに決定しました〜はい拍手〜」


 パチ、パチ、パチ……


「おめでと〜」「新リーダーおめでと〜」「頑張ってね〜」「ララさんおめでと〜」


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!


 迷宮都市中層の地下世界、その入口近くにある鉱石人の集落に建てられた冒険者ギルド本部の前で、ひきった笑顔で拍手をするギルドスタッフの女性とは違い、冒険者達は満面の笑顔で拍手。


「お、お前らぁ!!」

「はいねえちゃん! 報酬の話しをして締めだ!」

「こ、今回のレイド報酬は地上の西支部で支払われますので〜! 後日受け取りに来て下さ〜い! えっと……それでは冒険者の皆さ〜ん! 今回のレイドクエスト、本当にお疲れ様でした〜!」

「「「「うい〜す!」」」」

「おい!!」


 無視。


「では〜かいさ〜ん!」

「おつ〜」「また〜」「おうまたな〜」「お疲れ〜」「失礼しま〜す」

「おい!!!!!」


 やっぱり無視。


 冒険者達は仕事の面倒くさいリーダーの役割を押し付けたララを無視し、数人以外足早とその場を離れて行った。


「大事なリーダーの役割を、こんな簡単に決めていいのか!?」

「いいんだ」


 ララ以外その場に残っていた冒険者達の中から、先程から場を仕切っていた一番年配の男が腕を組み、首を強く縦に振って言った。 

 男は、前レイドリーダーの右腕と呼ばれていた冒険者だった。


「前もこうやって決まったし、皆も納得していただろ」

「リーダーなんてやだよ! 一番ベテランのあんたらどっちかがやれよ!」

「俺達は今日で冒険者を引退する。だからお前がやるんだ」


 一つ目巨人戦で負傷した前のレイドリーダーと同じパーティーだった彼らベテラン冒険者達は、レイド戦の帰還中に皆の前で引退を宣言し、その場で次のリーダーにララを推薦したのだ。


「……先生の意識が無いのに、仲間全員が辞めるとかよぉ……あんたらちょっと酷くないか?」

「冒険者をやるのは今期までと前から決めていた事だ。それが早まっても寝てる奴に文句は言わせん」


 傷は魔法で癒しても未だリーダーの意識は戻らず、急ぎ入院のため心配する家族が待つ地上へと運ばれていた。

 冒険者ギルドはどれだけ名のある冒険者でも、治療費など一切援助はしない。

 冒険者の基本は自己責任。

 怪我をしたり、例え死んでも、全て本人が悪いのだ。


「冒険者を引退して……あんたらこれからどうするんだ?」

「俺達は羽根を十五枚揃えた元冒険者だ。再就職先は幾らでもある。だが暫くは迷宮都市に買った家で、家族とのんびり過ごすつもりだ。それに……リーダーの見舞いもあるしな」


 リーダーの入院費は彼の家族ではなく、仲間達が出し合うという。


「……そうかよ……」

「心配すんなよララ!」


 年配冒険者と代わって、別の先輩冒険者が笑いかけてきた。

 他の支部の冒険者達から、「西支部一の曲者」と呼ばれていた男だった。


「リーダーといっても何も全部一人で考えて決める事は無いんだ。どんな事でも仲間とよ〜く話し合え。いいか? よ〜〜〜〜く話しあって、出てきた幾つかの選択肢に、お前はその中から一つを選んで決定するだけでいい。失敗したら仲間の責任で、成功したらお前の功績だ。ほら、リーダーなんて簡単だろ?」


 先輩冒険者は話しながら、薬指と小指の半分から先が無い右手をヒラヒラと振る。


「……ハァ〜〜〜〜……」


 ララは先輩冒険者の話しを聞いてから大きく息を吐き、それから諦めたように苦笑し、コクコクと二度頭を縦に振った。


「……分かったよ先輩、俺やってみるよ」


「よく言った!」「それでこそ俺達の教え子だ!」「後を頼むぞ!」と笑い声が上がる。


 そこから少し離れた所から、ララのパーティーのノッポ達と、このあとノッポと約束があるウルリカと、ココも一緒にその様子を見ていた。


「でも、本当にララで大丈夫ッスかねえ〜?」

「あたいもノリで挙手しちゃったけど、ちょっと心配になってきた……」

「クフフフ! 私は良いと思うよ!」


 ココは、「面白そうだから!」までは言わなかった。


「俺も結構やると思ってるけどな。ノッポはララと組んで一番長いんだろ? 信じてやれよ」


 仲間の男に言われ、ノッポは「あ〜」と、思い出したように声を出した。


「そういやそうッスね〜〈()()()〉の調査で始めて組んだのが縁で、誘われてここまで来たッス」


 ノッポの視線の先ではベテラン冒険者達が、最後にこちらにも一度手を振ったので、皆で手を振り返す。

 ララが新人冒険者の世話焼きになったのは彼らの影響だった。

 集落の出口へと向って歩いて行く彼らがここに来る事は、おそらく、もう二度と無い。


 見送った後、ココが先程とは違って真面目な表情で冒険者達に聞いた。


「……君達は引退した後の事、将来の事は考えているかい?」

「あ? 引退したあと??」

「う〜ん……余り考えた事はない〜ね」


 明日、明後日に生きているのかも分からない冒険者達に、将来など余り考えられない。


「……」

「はいはーい! 僕は故郷に帰るって決めてるッス!」


 ウルリカは答えず、ノッポは手を上げて明るく答えた。


「ほほ〜ノッポ殿は故郷に帰るのか〜」


 ココは「つまらない答えだ」までは言わなかった。


「確かノッポの故郷って、南部の鹿郡領だっけ?」

「え、鹿郡領!?」

「そう――ッス?」

「?」


 ノッポの返事よりも早かった声に二人は驚き、ココも唇を手で押さえて恥ずかしそうにしていた。

 エルフの見た目は少女のようなので、その恥ずかしがる仕草はとても可愛らしい。


「どうしたんだいココ?」

「僕の故郷にそんな驚く事あったッスか?」

「そ、その……私の古い友人が生前鹿郡領に住んでたんだ。最後に届いた手紙に変わった新しい領主が来たと書いてあったのを思い出して、ついね……」


 咄嗟に誤魔化したが、ノッポは「あ〜」と納得した声を出した。


「確かにあの領主様は変わった人だったッスね〜」

「昔精霊水が大量に湧き出たとかで有名になった領地だね。その精霊水で作られた鹿郡領産の回復薬は品質が良くて冒険者達の中でも有名だよ」


 ウルリカの説明に、ノッポがウンウンと嬉しそうに肯いた。


「それも領主様が薬草の栽培とか回復薬の生産に力入れてくれたおかげッス。それに僕の生まれた街じゃ、湯に精霊水を混ぜた湯屋があって、ちょっとした観光地になってるッス」

「高価な精霊水のお風呂? それは凄いね」


 ココは風呂を覗いた罰で半殺しにし、顔がパンパンに腫れた弟子を思い出しながら話を聞いていた。


「(あやつ……魔術は透明化以外さっぱりだったけど、領地経営の才能があったのか……)……聞いていると、とても良い所のようだね」

「ん〜でも今の領主はもう五十歳近くで、娘は三人居るけど息子が居なくて後継者が居ないんッス――」


 ココは息を吸って、「あれはハーフエルフだから、寿命は人よりはるかに長いよ」と、言いかけたが止めた。


「――だから、後継者争いとお隣領主のちょっかいで戦争になるッス」


 さも当然のように言うノッポに、ココは目を丸くして驚いた。


「何故争いで荒れると分かる土地に、わざわざ帰るんだい?」

「生まれ故郷を、兵隊になって守りたいんッス」


 ノッポの瞳には決意の光りがあった。

 ――後に彼女は鹿郡領の兵となって、故郷を守る事になる。


「なるほど……」


 ココは、先ほどつまらないと思った事を反省する。


「ノッポ殿、この後も故郷の話しを聞いて良いかな?」

「別に良いッスよ〜」

「ノッポ……話しの途中ですまん」


 ノッポは呼ばれて振り返ると、ララが深刻そうな表情で立っていた。


「助けてくれ……」

「え? え? どうしたんスか?」


 ララではなく、一緒に居た女性ギルドスタッフが説明する。


「レイドリーダーの引継ぎに、書類の記入が少々ありまして……」


 そのギルドスタッフが手に持つ、分厚い書類の束。


「それが少々ッスか……」

「俺、帝国文字が読めねえし書けねえ……ノッポ〜! 手伝ってくれ〜!」


 あのララが悲鳴を上げている。

 ノッポは「ハァ〜〜〜〜……」と長い溜め息をついた。


「しょうが無いッスねえ……」

「本当助かる!」


 ノッポはウルリカとココに向き直って謝罪する。


「二人ともゴメン! 約束しといて悪いスけど、ちょっと行けなくなったッス!」

「いいさ、お仕事頑張って」

「場所も聞いてるし、あたい達で行ってみるよ」

「本当にすまないッス! 話はまた今度に!」

「では、本部の中で」


 ララとノッポは、ギルドスタッフの案内で冒険者ギルド本部へと歩いて行った。


「じゃあココ、あたい達も行こうか」

「そうだね。それでは皆さん、ごきげんよう」

「お疲れ〜」


 ウルリカとココは、男達に挨拶をして歩いて行く。


 女達が去り、その場に残った男達四人は、この後どうするか話し合う。


「さて……俺達はどうする? 先に飯に行くか?」

「それ絶対あとでノッポに文句言われるぞ」

「じゃあ……俺達も手伝うか?」

「それがいい〜ね」


 男達はララ達を追う。その中で、長棍を肩に乗せてた男が溜息混じりに言った。


「俺、広い世界を色々見たくて冒険者になったのに、何で穴の中底に居るんだろ……」

「おや? じゃあ何故、この都市を出て旅に出なかったんだ〜ね?」

「旅すんのにも色々と金が居んだろ」


 魔術師の男はう〜ん? と首をひねる。


「じゃあ、稼ぎながら世界を見て回ればよかった〜ね」

「そんな簡単に稼げる仕事なんてねえよ」

「冒険者の仕事は魔物退治やダンジョン探索だけじゃない〜ね。配達クエストをすればいい〜ね」

「配達クエストなんて、小銭にしかならねえじゃねえか」


 魔術師はやれやれと肩を上げた。


「荷物の軽い手紙を運べばいい〜ね。一通なら小銭でも、一度に何百通も運べばそこそこの額になる〜ね。それに運ぶ距離が遠ければ遠いほど、その値は上がって、稼ぎながら世界を見て回れる〜ね」

「………ああ! 成る程! あったま良い!」

「でもね〜君に抜けられたら、我々がはとてもとても困る〜ね。あのララとノッポを制御出来るのは、この中じゃ付き合いの長い君しか居ないんだから〜ね」

「わ、わぁ〜てるよ!」


 男は杖のように持っていた長棍を握り直し、グルンと素早く回転させてから脇に挟むように持つ。

 それは仲間内で話は終わりという合図であり、魔術師もそれ以上は追求する事は止める。

 なので男は口には出さず、将来の事で真剣に考え始めた。


(手紙の配達か……良いかもしれないな!)


 ――後に彼が鹿郡領に運んだ手紙が、多くの人の運命を分ける事になる。


 ーーーーーー


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