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冒険者の羽根・14

 ーーーーーー


「あ、あの〜ぐ、ぐるじいっス……」

「あんた分かってて黙ってたな? ええ?」


 目は血走り、髪の毛が逆立った物凄い形相のウルリカが、ノッポの胸ぐらを掴んで絞め上げていた。身長差があるので、ノッポの腰が曲がっている。


「ガハハハハ! 何だその頭!」

「うっさいねぇ!」


 充血した目でララを睨む。


 彼女達は今、大穴の底に作られた三階建のリフト乗り場の二階、二号車の前に居た。


 時は少し戻る。


「―――――――――ッ!!!!!」


 大穴の底まで落下するように加速するリフトは、大穴の底が見えてくるとガクンと減速し、そしてゆっくりと止まった。

 止まると、鉄格子の扉がガシャンと自動で開く。


「ふう……ウルリカさん、着いたようですよ。……ウルリカさん」


 自分の腕に顔を付けて掴まったまま動かないウルリカを、レオンは優しく声をかけて揺すると、彼女はビクン! と反応して顔を恐る恐る離した。


「……着い、た……本当に着いたのかい?」


 頬が涙で濡れ、髪が数本張り付いていた。


 彼らが居た場所は、上にあった同じ作りのリフト乗り場だった。

 見上げると、途方もなく高い場所から落ちて来た事がわかり、上でも見た、空の青い灯りが僅かに見える。


「あ……」 


 ……


「へえ、中層に行くのにあの塔の中を入るのかい」

「そうスよ。中に中層まで降りれる乗り物があるス」

「乗り物? なんだいそりゃ」

「……大した物じゃないっスよ。あ、お味噌屋さんはこっちスよ〜!」


 ……


「……あいつぅぅ!」


 見上げていると、市場でのノッポとの会話を思い出し、無性に腹が立ってきた。

 レオンがウルリカの乱れた髪に手を伸ばそうとしたが、彼女はそれよりも先に、ベルトを外して立ち上がった。


「ウルリカさん?」

「ちょっと焼き入れてくる!」

「お、起こしてくだされ〜」

「うるさい! 退きな!」


 扉に近い椅子の上で、何故か逆さまになっているノスケを押し退け、ウルリカはリフトから降りると、二階にある二号車乗り場までの階段を駆け降り、リフトから降りたばかりのノッポを捕まえたのだった。


「ガハハハハ! 何だその頭!」

「うっさいねぇ!」


 ギロリとララを睨み、視線を戻せば、ノッポが居ない。


「えっ!?」


「エヘヘへ! すまなかったスね〜でもこれはここの通過儀礼みたいなもんだから黙ってたス!」


 しっかりと捕まえていたはずなのに、いつの間にかララの後ろで、彼女を盾にしていた。


(速い……それに何かスキルを使ったね)

「まあそう怒るな」


 ノッポを呆れ顔で見ながら、ララがリフトを親指で差した。


「俺がこいつに初めて乗った時は目を回したし――」


 可笑しそうにニヤリと笑う。


「ノッポなんか小便を漏らしたからな!」

「アアアアアアアアアア!!! それは言うなっス〜!!」


 ノッポが顔を真っ赤にして絶叫し、ララのビキニアーマーからむき出しの背中を、バチーン! と叩く。


「……いっ!?」


 だが、何故か叩いた方が顔を歪ませた。


「ったあああああああい!?」


「なんだ? なんだ?」

「大丈夫か〜ね?」

「何やってんだ?」

「どうした?」


 悲鳴を聴いて、ララの仲間達が集まってくる。


「ヒンッ……ヒンッ……痛いスうぅぅ……」

「見せてみろ」


 長棍を持った男が、ノッポの赤くなった手を取った。


「……折れてはいないな。一応治癒魔法を掛けてやる」

「無茶しやがって、岩を素手で殴るようなもんだぞ」

「おいおい、それはちょっと酷くないか? 俺の乙女の柔肌は〜」

「鉄みたいだったス……ヒンッ!」

「……」


 ララはちょっとだけ傷ついた様子で、手跡が付いた背中をポリポリと掻いている。


「はあ〜……もう良いよ」


 ウルリカは、泣いてるノッポを見て、怒る気が無くなって引き返す。


「うん? ああ、忘れ物が無いように降りて来いよ」

「あいよ」


 ララの声に手を振って返事をし、その手で髪を撫でて整えながら、自分の仲間達の様子を見に階段を上がる。


 そこからでも見える隣のリフト乗り場では、帰りのリフトの出発を準備しているのだろう、係員達が忙しそうに働いていた。


「どうやって減速を掛けたのだろうね」

「あのあちこち飛び出ているフックのような物に、何か引っ掛けるのではないでしょうか」


 ココとレオンの二人は、リフトの仕掛けに興味を示して覗き込んでいる。リフトの中では、まだ逆さまになっているノスケを、ルイスとテオドールが介抱していた。


「大丈夫ですか?」

「何処か痛い所は無いですか?」

「それよりも起こしてくだされ……」


 レオンがウルリカに気付いて、彼女の荷物を持って来た。


「下の様子はどうでした? なにか悲鳴が聞こえたのですが」

「ああ、ララ達がふざけ合ってただけさ」

「そうですか」

「ノスケは何やってんだい。ノスケ! 早く起きな!」

「それが、締めたベルトが絡まって……仕方なし、斬るか」

「わー!? バカ止めろ!」

「止めてください! ギルドの備品ですよ!?」


 逆さまのまま、短刀を抜こうとするノスケを、ルイスとテオドールは慌てて止めた。


「しゅっぱ〜つ!」


 隣の乗り場から人を数人乗せたリフトが、行きとは違い、ゆっくりとレールを登って行く。

 それからレオン達は、係員を呼んでノスケのベルトを外してもらい、少し強めに注意されてから、リフト乗り場から出発した。

「頭上落下物注意。」と書かれた看板の前を通り、大穴の底をぐるりと回るように作られた、丈夫な屋根がある階段を下りて行くと、上からでも見えた淡い灯り、その灯りが漏れる横穴が大きくなってきた。

 横穴の大きさは機械甲冑が二機並んで通れる程あり、そこから風が吹き出ている。


「おや?」


 大穴の底に松明でもランプでもない例の灯りに照らされた場所に動く人影に気付き、レオンは注目した。

 よく見ればそこに十数人程の人が、「安全第一。冒険者ギルド北支部」と印がある兜を被った冒険者達が、底に溜まった土の一部をツルハシやシャベルで掘り返していた。 


「あれは何を?」

「うん? ……ああ、レッドの所が最近始めた発掘チームだな。この底はまだまだ奥があるらしくてな、下層への最短ルートを探してるんだと言ってた」

「なるほど、素晴らしいですね」


 レオンは素直に感心する。


 今歩いている階段や通路、そしてリフトも、あの冒険者達のような者達の、絶え間ない努力によって作られたのだ。


「フフフ……あんな所を掘り返してもお目当ての物は無いのに無駄な事を」


 だが、後ろからその彼らを蔑む声がしたので、レオンは驚いて振り返った。


「あのような無駄な事をして短い貴重な生を消費するなんて、人間とは何て哀れな…………アレ?」

「ココ姉様、大丈夫ですか?」


 他者を貶すような言葉を口にする女性では無い事は、子供の頃からレオンは知っている。


「あ〜何だか調子が、え〜っと〜……クフ♪」


 エルフは首を傾げて、頬に指先を当てて、ニッコリと微笑んで見せる。


「……可愛い……」


 長棍を持ったララの仲間が素直に思った事を言い、ゴツッ! と鈍い音が響く。


「いっ! てえ……」

「さあ入るスよ〜!」


 殴ったノッポを先頭に、ララのパーティーは横穴に入って行き、レオン達も後に続く。


(いよいよ中層に入るのか……)


 レオンは少し緊張しつつ、強風から目を手で守りながら、ララを追って通路を進む。

 少し歩いて天井が急に高くなり、風も弱まったので背後を振り返った。一本道で仲間達とはぐれる心配は無いが、一応の確認のためだ。


「?」


 その仲間達が、ルイスも、テオドールも、ウルリカも、ノスケも、クスクスと笑うココ以外の四人の仲間達が、ポカーンと口を開けて、上を見上げている。

 レオンも視線を追い、()を見上げ、口がポカンと半開きになった。


「空?」


 そう。レオンの視界には今、()()が広がっている。

 視線を下げれば鳥の群れが、緑が、滝が、湖が、草原が、集落が、高台の上にいるレオン達の前に広がっていた。


「そんな……私達は地下迷宮に……ここは、ここが? これが!? ララさん!」


 ララに説明を求めるが、彼女は今、笑いを抑えるので必死だった。


「クッ……そう! クククッ! ……そう、それだ! やっぱそんな顔になるよな!」


 レオンの質問に答えず、腹を抱えてゲラゲラと笑いだした。


「あの、ここはいったい……」

「我が君、我が君」


 呆然とするしかないレオンを、ココは笑顔で、チョイチョイと手招きする。


「ココ姉様……」

「オッホン!」


 ココは少し芝居がかったように大袈裟に両手を広げた。


「我が君、この広がる地下空間こそが、迷宮都市の地下に広がる大迷宮、その中層と呼ばれる場所にございます。……そしてようこそ冒険者達よ! 役割の世界の始まり、始まりの大地へ! だがここから先は進ませ……? ……私は何を?……くっ!」

「ココ姉様?」

「始まりの大地? なんだそ……ココ?」


 杖を落とし、頭を抱えるココの様子に、ララ達も笑うのを止めた。


「……昔の役割に引っ張られる……何故……我が君、危険だから私から離れなさい。離れ……我に触るな! 愚かな人間共め!」

「ココ姉様!? 気を確かに!」

「ココ殿!?」

「布を噛ませて触媒を取り上げろ! 魔術を使わせるな!」


 ルイスの素早い判断で、ココに布で口枷をし、手足を縛って動きを封じた。


「ふう……すみません先生。暫らくこのまま我慢してください」


 ルイスの詫びに、ココは目を細め、コクコクと肯いた。


「だが、先生にいったい何が……」

「ちょっと失礼する〜ね」


 ララの仲間の一人、魔術師の男がココの様子を見に来た。


「こうなる前、何か様子がおかしな事はあったか〜ね?」

「塔に入った辺りから様子が変だったね」

「まさか! 拙者が食べさせた味噌が!?」

「それは関係無い〜ね。ちょっと失礼する〜ね」


 男は、動けないココの額に指先を当てた。


「フムフム……何か強力な《支配》を受けている〜ね。それにしても凄い魔力だ〜ね。彼女の役割は何か〜ね?」

「〈魔女〉です」

「エルフで魔女か、魔王軍に所属した事はあるか〜ね?」

「はい」

「フムフムなるほど〜ね。魔王だけが持つ固有スキル、《魔王の支配》だ〜ね。ここ中層には大昔、魔王城があったらしいから〜ね。魔王が違ってもスキルは同じだから、まだその時の魔素が残っていたのかもしれない〜ね」

「このすぐ先に幾つも結界が張られた安全地帯の集落がある。そこに行けば元に戻る筈だ」


 ララは、高台から見える集落を指差した。


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