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冒険者の羽根・11

 

 ーーーーーー


 開門式から三日後の朝、いつも拠点にしている冒険者ギルドの酒場を待ち合わせにして集まったララ、セシリー、レオンの三つのパーティーは、春の祭りも落ち着いた、都市の中心にある迷宮の入口を目指していた。

 ベテラン冒険者のララは歩きながら、隣の新人冒険者のセシリーに、指を三本立てて話している。


「迷宮で稼ぐ方法は三つある。迷宮探索、魔物討伐、そしてお宝だ。迷宮の未探索地点を探索して報告すれば冒険者ギルドから報酬が、迷宮内に住み着いた魔物を討伐すれば都市から報酬が貰える。そうしてギルドと都市からの評価が上がれば、その首飾りに羽根の印が貰えるんだ」


 今日初めて迷宮に入るセシリーに、ララから話があると声を掛けられ、何かと思えばお金の話だったのでため息をついた。


「私の目的はお金ではありません。修行の為に来たのです」

「ああ、中にはそんな奴も居る。では本題だ。早く銀板の羽根を五枚にして中層に来い。レイドに誘ってやる。大物が喰えて良い修行になるぞ」

「レイド??」

「上層のダンジョンは小物しか居ねえが、中層から下層は時折とんでもなくデカくて強い魔物が現れる。そんな時は昔から、レイドつって複数のパーティーと組んで、大人数で討伐しに行くんだ。お前のような回復魔法の使い手は、是非うちの〜……」


 その時ララは、考える仕草をするセシリーの瞳が、レオンに向いていた事に気づいた。


「あ〜……レオン達も誘うし」

「お世話になります!!!」

「お、おう、その日が来たら頼むな」


 そんな話をしている間に、遺跡前、開門式でノスケと冒険者達が走った広場に着いた。


 地下迷宮の入口がある巨大な円柱の遺跡は、歩いて一周するのに何時間も掛かりそうな壁にぐるりと囲まれ、壁の門は一つしかなく、その門前の広場は、本来は迷宮から出た魔物を迎え討つ為の物だったが、現在は屋台が多く並び、大きな市場になっている。


 レオン達は門に向かおうとしたが、ララが止めた。


「すまん。ちょっと待っててくれ、俺達はいつもここで食料を買って行くんだ」

「いつものでいいよな? 急いで買ってくるわ」


 ララの数人の仲間が慣れた様子で、広場の市場に入っていった。

 良く市場を見れば、他にも冒険者らしき者達が、朝の市場で買物をしていた。

 それを見てルイスとテオドールは、あ〜と声を上げた。


「ここでも食料が買えたのか」

「ウルリカさん、ここで食料を買い足しても良いですかね? 毎日乾いた物じゃ嫌でしょ?」

「そうだねぇ……」


 迷宮内での食事は冒険者達の唯一の楽しみだが、何故か迷宮の中層からは、火を使ってはいけないルールがあった。

 そのためウルリカ達の食料は、そのまま食べられる携帯食ばかりを揃えていた。

 迷宮内には数日潜る予定だが、ここで買えば一日目は、火の通った物が食べられる。


「味噌などは無いでござるか」

「ミソ?」


 ノスケが、ルイスに聞き覚えのある食材の名前を言い、少し考えてから思い出した。


「あ〜昔見せて貰った、見た目が酷いアレですか。ニホン領の調味料が西方にあるわけが――」

「あるッスよ」

「「え?」」


 ララの仲間の一人、背の高い女冒険者が声を掛けてきた。

 女冒険者は革鎧に、迷宮内で手に入れた、装填したボルトを最大五発連射出来る、特殊なクロスボウを背負っている。


「味噌があるのでござるか!?」

「ここには何でもあるス。なんなら僕が、中層向けのご飯でおすすめを紹介するスよ」

「それはとても助かります」

「ありがとうございます」

「味噌!」

「ありがたいねぇ。レオン!」


 レオンはココと一緒に、ララとセシリー達と何か話しをしていたが、ウルリカに呼ばれて振り返った。


「どうかしましたか?」

「あたい達もちょっと買物に行ってくるよ」

「分かりました」

「じゃあ、新鮮な果物か、野菜も少し頼めるかな?」


 ココは話しが聴こえていたようで、ウルリカに注文してきた。


 エルフ族のココは肉が食べられない。

 全く食べられない訳ではないが、小さな一切れの干し肉を、時間を掛けて良く噛んでから飲み込まないと、次の日のトイレが大変な事になるのだと、エルフ族ならではの苦労をウルリカにだけ話していた。


「ああ、適当に買っとくよ。ノスケ、あんたはここにいな」

「え"、味噌は?」

「要らないだろそんなもん。目立つから目印としてここに立ってな」


 ノスケは確かに目立つ。

 異国の武器に黒い武者兜と武者甲冑、顔には怪物の様な面を付けて表情は見えず、黙って立っていれば、只ならぬ雰囲気を漂わせているが。


「味噌を買って来て欲しいでござる〜! 味噌が欲しいのでござる〜! 味噌おおお〜〜〜!」


 大の大人が味噌一つで、ブエ〜ン! と泣き出した。


「あ〜もう! 分かった! 分かったから! 恥ずかしいから止めな! ちゃんと買ってくるから!」


 女冒険者は、その様子を見てドン引きしている。


「変……個性的な人スね」

「剣の腕は確かなんです……」

「ふ〜ん……(……ララに仲良くするよう言われてるけど、あの変な人には関わらないようにしよっと……)さあ、こっちスよ〜」


 後に、ノスケ北砦将の副官となるノッポはそう誓うと、三人を案内して市場の中に入っていった。


 レオンはウルリカを見送ってから、ララ達との会話に戻ろうとした。今ララはセシリーに、上層の迷宮で注意する事を話している。


「すみません。もしかしてレオン殿ではないですか?」

「はい?」


 名前を呼ばれて振り返った。

 振り返ると、見知らぬ冒険者の青年が立っていた。

 レオンが拠点にしている冒険者ギルドの酒場では見た事がない。

 この都市には冒険者ギルドの支店が複数あるので、別の支店を拠点にしている冒険者なのだろうとレオンは思った。


「ああやはり! 噂通り美しいエルフとサムライを連れてるから、そうだと思った!」

「あらあら! 美しいだなんてそんな、本当の事を」

「拙者達が噂に?」

「何だレッドじゃないか。何か用かい?」


 ララが冒険者に気づき、青年の名を呼んだ。


「やあララ、相変わらず新人の育成かい? とても良い事だ」

「有望な奴だけさ。こいつらは俺達のレイドチームに入れるから手え出すなよ。北支部の連中にも言っとけ」

「ハハハ! 俺がレイドなんて興味無いのは知ってるだろ? 西支部はララのお陰で人材豊富だね。……ああそうだ! レオン殿達に礼を言いに来たんだ!」

「私達に?」


 自己責任が基本の冒険者から、礼を言われるような事をした覚えが無かった。


「前シーズンで上層の地下28階、迷宮オークの集落を潰してくれたろ?」

「おお! 確かに拙者達だ」


 その迷宮オークの半分を殺したノスケが、ポン! と手を叩いた。


「お陰であの辺りの調査が捗るよ、ありがとな!」

「いえ、お礼を言われるような事は――」


 その時レオンは、レッドの首に下げる銀板を見た。銀板にはその冒険者の格を表す、羽根の印が彫られている。


(!……十枚の羽根!?)


 十枚は迷宮都市内で数少ない、最上級の冒険者である。


「何もやれないからさ、礼だけは直接言いたかったんだ。それじゃ!」


 そう言ってレッドは、一瞬チラリとココを見てから、レオンに手を振って、門に向かって行った。その先には彼の仲間だろう冒険者達が待っている。


「ララさん。今の方は?」

「〈探検家〉のレッドだ。遺跡探索が大好きな変り者んでな、探索活動だけで羽根を十枚にした奴だ」

「羽根が十枚でござるか!?」

「この迷宮が三千年前に作られた物だって、あいつらの調査で判明したんだぞ」

「凄いですね」

「お嬢様」

「? どうかしたの?」


 大鎌を持った戦闘メイドが、主人のセシリーに、血の気が引いた顔で耳打ちする。


(先程の男、ベアトリス女王陛下直属の影、赤霧です)

(女王陛下の!? 陛下の工作員が何故、自国の迷宮都市に?)


 セシリーは、レオンとは別の理由で驚いてるが、エルフ族のココは、長い耳をピクピクと動かして、セシリー達の会話を聴いていた。


(ほほぉ〜あの小娘め、もしや()()を探しておるのか……フフフ……見つかるかな?)


 魔女だけは、驚くレオン達とは違い、微笑んでいた。


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