冒険者の羽根・5
ウルリカ達は出会った三日後に、しっかりと話し合い、準備を終え、街を出て南へと向かっていた。
四人は、道の途中で止まり、レオンがしゃがみ込みんで地面に触れ、スキルを使用する。
「《気配探知》」
スキルを使用した瞬間、レオンの視界が暗くなり、高い空から地面を見下ろす感覚になる。
本来は魔物を探し出すスキルだが、レオンは財布を盗まれた際にこのスキルを使用し、急いで遠ざかろうとする気配を追い、ウルリカを捕える事ができたのだ。
達人になれば、数km先の魔物や、室内の魔物でも、気配を発見する事が出来るが、今の彼にはそこまでは出来ない。探知出来るギリギリの範囲に、六つの白い点を見つけた。
「……いた。六匹。この方角」
レオンが地面から手を離し、方角を指差した。その先をルイスが眺める。
「あの丘の上から、こっちの様子を見てるのかもな、あと五匹狩れば良いんだよな?」
「うん、そうだね」
小型のクロスボウを構えたルイスの確認に、テオドールは手に持つ皮袋の中を見て、返事をした。
「じゃあ、さっさと済ませて先進むよ」
座っていたウルリカが立ち上がり、ルイスと同じ小型のクロスボウを構え、先頭で進もうとするが。
「ウルリカさん。待って下さい」
丘を見つめたままの、レオンが止めた。
「あ? なんだい?」
「ルイスが先頭に次に私、そしてテオの次、ウルリカさんは、最後尾をお願いします」
「またあ?」
「行くぞ〜」
ルイスが先頭になって四人は、一定の間隔を開けて進み始めた。
…………
彼らは街を出発する前、ウルリカの助言を聞き、目的地へ向かう途中でクリアー可能な、クエストを幾つか受けて、出発する事になった。
朝、四人が冒険者ギルドの酒場に入ると、クエストの張り紙を張り出された掲示板に、冒険者達が群がっていた。
「これは俺達がやる! てめえらはゴブリン退治でもやってろ!」
「ふざけんな! 返せよ! 安いゴブリン退治なんて、誰がやるか!」
数人の冒険者達が、報酬の良い魔物退治のクエストの貼り紙を、取り合っていた。
そんな日常風景には目もくれず、ウルリカは、掲示板には向かわず、つかつかと受付嬢達が座る、クエスト受付カウンターへと向かった。
カウンターに居た、年配の女性がウルリカに気付き、話し掛けてきた。
「あら、ウルリカじゃない。パーティーから抜けたって聞いてたけど、新しいのはもう見つけたの?」
「ああ、あそこでボーッとしてる、新人三人の子守で南の森に向うんだけど。途中で新人でも出来そうなクエストはあるかい?」
「南の森? あんな所、愚王の別荘跡しか無いわよ?」
「そこが目的地なんだ」
「ふ〜ん……途中の村に届ける、手紙と物資の輸送依頼があるわね。馬か荷馬車はある? 塩の輸送があるんだけど」
「無い。疲れたく無いから、軽い方で頼むよ」
「あとは〜……ゴブリンと、狼の被害で討伐依頼もあるけど、どうする?」
「う〜ん……」
弱いゴブリンの討伐は、確かに新人向けのクエストだ。
だが、新人達の死傷者を、最も出すクエストでもある。
ウルリカは振り返り、仲間の三人を見た。
三人の役割とスキルは聞いたが、まだ実力を見ていない。
「……いや、狩りをする。デイリーハンティングを入れておくれ」
「分かったわ。じゃあ畑を荒らす獣、十匹の討伐を入れとくわね」
デイリークエストとは、街がギルドに依頼するクエストだ。
その内容は清掃や荷物運びなど、報酬も少ない日雇が多いが。ハンティングは肉が取れる利点があるし、報告と提出はいつでも良い。
女性がカウンターに、手紙の束と、皮の袋を置いた。
「討伐した証拠になる獣の一部をこの中に入れて、提出する時は」
「分かってる。ギルドの裏だろ」
「じゃあ……ウルリカ、気を付けて、無事で帰って来てね。良い旅を」
「はい、おば様。行ってきます」
手紙の束と、皮袋を受け取り、カウンターから離れた。
ギルドの裏は、ゴミ捨て場になっている。係員に提出し、報酬を貰った後、そのまま放り込まれるのだ。
「小さなクエストを受けて来たよ。手紙の配達と、獣の狩りだ」
「それは、どれくらいの儲けになるんだ?」
ルイスが、冒険者達が群がる、掲示板を見ながら聞いた。
「三日分の飯代くらいにしかならないよ。本命の方に期待してるからね。これ、持ってておくれ」
「わかりました」
背囊の中身を確認しているテオドールに、皮袋と手紙の束を渡す。彼が背負う大きな背囊の横には、教えた通り、川の水をろ過出来る、小型の樽がぶら下がっていた。
これがあるか無いかで、途中の腹具合の不安が和らぐ。
「獣は、私が発見すれば早く終わりますね」
レオンが、篭手の留具をいじりながら言った。
「そうさ、あんたの持ってる探知スキルに期待しているよ。鹿か、猪なんて狩れたら最高だね」
「任せて下さい。さあ出発しよう」
「おう」「はい」と、レオンを先頭に、三人は素早くウルリカに背を見せ、出口へと向う。
ウルリカは、三人の様子のおかしさに首を傾げつつも、酒場に居るマスターに手を振ってから、三人の後を追った。
…………
ウルリカ達は街を出てから今までに、四匹の小型魔獣と、一匹の丸々と太った鹿を仕留めた。
鹿の大きな肉塊は密閉瓶に保存し、テオドールが背囊と一緒に背負って居る。かなり重いはずなのだが、彼が疲れた様子は全く無い。
ルイスは前方を、レオンとテオドールが左右を、地面に潜む、小型でも凶暴な魔獣に警戒して歩く。
ウルリカはその最後尾で、のんびりと歩き、丘があるだけの、何も無い平地で、生真面目に基本を守りながら進む三人を眺めながら、彼女はふと、朝から気になっていた事を聞いた。
「何で、あたいを見ようとしないんだい?」
「「「ドキ!」」」
「あ?」
「そ、そんな事は、無いですよ? ははは……」
テオドールはウルリカの前を進みながら、誤魔化すように笑うが、こちらを見ない。
「? 理由があるなら教えなよ! ねえ!」
「はあああ〜」
先頭を進むルイスが、大きく溜息を吐く。
「じゃあ教えてやる。あなたのその格好だ!」
「あたいの格好〜?」
格好と呼ばれ、ウルリカは歩きながら、自分の姿を見る。
全身を包む、黒い戦闘用ボディスーツ。
知り合いの防具屋の手伝いで、機械甲冑乗りの革鎧を参考にして作った試作品を、モデル代として貰い、自分用に改良した物だ。
何層にも生地を重ねた丈夫な作りで、肘や膝、肩や脇など、あちこちにあるベルトには、これも薄く作られた、黒い布で覆った部分鎧を装着している。
鎧を黒い布で覆うのは、防御力を上げるのと同時に、金属部分が音を出さず、光を反射しないようにするためだ。
「何が? 何処がおかしいんだい? ただの防具だよ? ちょいと! こっちを見な!」
「出来るか!」
自分のサイズに合わせた胸当てに、作業しやすいよう指先が開いた手袋をした手を当てて言うが、ルイスは見ようとしない。
「ウルリカさん、違うんですよ」
ルイスでは無く、レオンが返事をした。だがやはり、ウルリカを見ない。
「その防具でウルリカさんの、その〜……スタイルが見えるのがどうも……」
「はあ?」
「あ〜……私達の生れ故郷に、その様な姿で歩いている女性は殆ど居ませんでしたから、慣れていないんです」
ウルリカのボディースーツは、彼女の体型の線が確かに浮き出ているが肌の露出は無い。
だが、田舎育ちの、慎みのある服装の女性しか知らない三人には、少々刺激が強いのだ。
「あれ? じゃあ――」
街でウルリカは、動き易い服を好む。
二の腕を出した袖の無いトップスに、素足を出した短いスカート。
彼ら三人には、どの様に見えていたのか。
「あたいを……露出狂いと思ってたのかい……」
「けして! けしてそのような事は!」
「へ〜……じゃあそれなら」
パチンと、首元ある防具の留具を外す。
「中を見せてやろうか? 何も着て無いよ。ほら」
「「「え!? ……あ」」」
三人は驚いて振り返るが、ウルリカは留具を閉め直し、舌を出していた。
「な〜んてね♪ よくまあ、女の身体に興味が無いなんて言えたねえ」
「すみません……」
(まあ、何も着て無いのは、本当だけどね)
何故なら暑いのだ。
最も内側の、肌に触れる、取り出して洗濯も出来る生地には、所々がメッシュになっており、熱は篭もらないようには出来てはいるが、それでも暑く、夏は最悪だった。なので時々、こっそりと留具を外し、前を開いて肌を晒したりする。
更に小用か大用がしたくなっても、全て脱がないと出来ない等、不便な所は多くあった。
だがそれを補う程、軽くて丈夫、そして刃を防ぐ程の防御力。
これを手に入れてから、何度かあった修羅場で、一度も肌に傷を受けた事が無く、女盗賊の防具としては最高の防具なので、ずっと愛用していた。
だというのに、今まで他の男冒険者達から、見た目で何か言われた事が無かった。
なお、防具屋が販売した戦闘用ボディスーツは、同じ女性冒険者達からは不評の嵐で、全く売れなかったという。
何で売れなかったんだろうと首を傾げるウルリカは、腰に着けた背嚢から、隠す為にローブを引っ張り出す。
「恥ずかしい話ですが……教えられた通りに、色街にでも行っておけばよかったですね――」
レオンが、申し訳無さそうに言った。
…………
三日前。
女の経験はあるかと聞かれて大きく動揺し、ウルリカに大笑いされた後、理由を教えてくれた。
「あたいが女で、あんたらが男だからだよ」
そう言って、短いスカートから長く伸びる、組んだ足を組み直す。
「男パーティーに女が入るとね、だいたい男女の問題を起こすんだ。それが恋愛なら良いよ。でもね、魔物と殺し合って命張った男は、自分でも意味が分からないくらい女を求めるもんなんだ。そんな時、近くに女が居てみな」
「私達はけして、ウルリカさんにそのような事は――」
「わーってるわーってる。あたいに女の魅力が無いのはわーってるって」
「……」
「否定しろよ!」
ドンと机を叩く。
笑ったり怒ったりと、コロコロ表情を変える。
「あ、ああ、すみません。話の内容に、呆然となりました」
「たく……でだ、そんなトラブルにならないように女抱いとくんだよ。自分のお楽しみと、仲間の為にね」
「な、なるほど……」
女性から、女を抱いて来いと言われ、レオンはどぎまぎしていた。
ウルリカは、今まで出った女性の中で、知らないタイプの女性だった。
学園で皆の憧れの的だった、聖女と呼ばれた少女。故郷で面倒を見てくれた、お淑やかな姉とメイド達。初恋だったが、自分の御先祖様と知ってショックを受けた、エルフの先生。
(……先生も変わった人だったけど。こんな女性は初めてだ……)
「ああ、ちなみに」
「はい?」
「この街の色街だけど、今は若い子が居なくてババァしか居ないんだ。でも経験豊富だから全部吸い付くしてくれるよ」
「「「……」」」
「クッ……ククッ……アハハハハハハハハハ!」
少年達の表情を見て、彼女はバンバンと机を叩いて、また腹を抱え、大笑いする。
その間少年達は、なんだかな~と、情けない顔になっていた。
「す〜〜はあ〜〜……笑い過ぎて! あ〜っもうお腹痛い! クククッ!」
息を整え、目元を拭うウルリカに、レオンはある事が心配になって聞いてみた。
「ウルリカさんは、その……仲間の男性から、危険な目に会った事はあるのですか?」
「あたいに? いや、運良く無いよ。旅の途中で雑魚寝はこれを」
腰から、使い込まれた短剣を鞘ごと外し、ゴトンと机に置いた。
「これ抜いて、握ったまま寝てた。切り落とすと脅してね」
「なる程、……自己責任」
「そう、自己責任さ。あんたらも覚悟しなよ!」
ニヤリと、不敵な笑みを浮かべるウルリカに、レオンは、素直に言えば、見惚れていた。
…………
「――仲間にお誘いした時、腕以外は必要無いと言った事を今は後悔しています。あなたに頼めばよかった」
丘を目指して歩きながら、レオンにしては珍しく、下品な冗談を言った。
彼女なら、笑って返すと思ったのだが。
「!!っ……これだから童貞は! あたいなんかで盛りやがって!」
「あ、あれ?」
予想外に、彼女は激高した。
「言っとくけどね! タダじゃないよ! 金取るからね! あたいとヤりたきゃ金を払いな!」
「ウ、ウルリカさん申し訳ない! 冗談! 冗談ですよ!」
「フン! あたいみたいな醜女に、金を払う価値も無いのはわかってるよ!!」
「醜女だなんて、そのような事は――」
「うるさい! 黙って進め!」
「ですから……ウルリカさん?」
「……」
それからウルリカは、一言も話さなくなり、黙ったまま付いて来る。
前を進む三人は、周囲の警戒も止めて、歩きながら集まった。
「怒らせてしまった……女性と一緒に旅をするなんて、こんなにも大変なのか」
「勇者戦記録だと、勇者様は複数の女性と旅をしていても、なにも問題を起こさないのに……」
「物語のようにはいかないね」
「いや、レオンさん。彼女の機嫌を直す方法を考えて下さいよ。これから彼女の技術が必要なんですよ」
「そうだった。先生は食事を奢れば機嫌を治したけど、他の女性も一緒だろうか?」
「「「う〜ん」」」と、少年達は困り果て、ウルリカを振り返れない。
そのウルリカだが、「う〜ん」と、彼女も困り果てていた。
(ど、ど、ど、ど、どうしよ〜〜!……お金を払えば良いなんて言っちゃったよ〜〜〜!!!)
冗談と分かっていたのに、動揺し、声があんなにも大きくなってしまった。
(本当に頼まれたらどうしよう!? 初めては、おやっさんにって決めてるのに〜〜〜!!!!!)
頭を抱え、短い髪をワシワシとしながら、連続四回転半ジャンプ。
幸い前の三人に、その様子は見られなかった。
四人は、そんなアホな事をしていた為に、丘の上から彼らを見つめる十二匹の魔物に、全く気づかなかった。




