冒険者の羽根・4
昼の酒場の客はまばらだが、冒険を無事に終えた打ち上げなのか、冒険者の一団がエールの盃を掲げ、彼らの為に、吟遊詩人が一曲披露している。
「?……何だいこの曲は? 初めて聴く」
席を移る途中に聴こえた、ウルリカの知らない曲と詩、少し興味を持って、吟遊詩人に視線を向ける。
ウルリカの腕を買うと言った少年達三人の内から、勇者神官服を着た少年が答えた。
「〈黒槍三兄弟の誓い〉ですね。十年程前に、南部で実際にあった出来事を歌った曲だとか」
「ふ〜ん」
西方領南部郡に牛郡領と呼ばれる領地がある。そこの領主には三人の子がおり、その三人の兄弟が力を合せ、領内で暴れる、オーガの一群を撃退する。
「良くある武勇伝ですが、オチが面白いんですよ」
三兄弟の一番下の弟が、オーガの太い首を、素手で絞め殺したのを見た二人の兄は冷や汗を流し、絶対に弟を怒らせないようにしようと誓い合う。
そんな曲が流れる酒場の中で、ウルリカは少年達の席に座った。
「では自己紹介を、私の名前はレオンと申します」
円形の机、ウルリカから正面に座る少年が名乗った。
おそらく三人のリーダー。
人が良さそうな、暴力とは無縁そうな少年だが……
(一晩中あたいと追いかけあった体力バカ。いったい何者なんだい)
「……俺は、ルイスだ」
レオンの左、ウルリカの右に座る少年が名乗った。
こちらは、レオンの財布をスリ盗った女盗賊を、自分達の仲間にするのが不安そうだ。
(ハッ! あたいもあんたと同じ気持ちだよ)
ウルリカの左に座る、先程吟遊詩人が歌う曲の話をした勇者神官の少年が名乗る。
「僕はテオドールです」
「あれ?」
「? 何か?」
「いや、別に……」
改めて見れば、神官の少年は小顔で童顔だが、その顔が乗っている身体とが合っていない。
背は三人とも同じ位だが、テオドールは横に大きい。
(神官服で目の錯覚と思ったけど、太ってはいないことは顎と首筋を見れば分かる。筋肉だ。勇者神会には神官戦士団と呼ばれる武装組織があったねえ。そこに所属していた神官戦士か?……おっと、あたいの番か)
少年達は名乗ったので、ウルリカが名乗るのを待っている。
「あたいは、ウルリカだ」
「ではウルリカ、これから宜しくお願いしますね」
「ムッ……ちょいといいかい?」
「はい、何でしょう?」
「あんたら幾つだい? 冒険者になってどれくらいだい?」
「十五です。冒険者になったのは先程、ここの二階にある本部で、登録を済ませた所です」
「同じく」
「僕も」
「はぁ……マジで素人のガキ集団、しかも今日からかい」
ウルリカの皮肉に、レオンは微笑みで返す。
「本当なら昨日街に到着してすぐ登録するはずだったのですが、ギルドへの登録料金が入った財布を、盗賊に盗まれましてね」
「あ、それは……悪かったよ」
盗賊は意外と、素直に謝った。
「あたいだって金に困って無きゃあんな……いや、そんな事より聞きな! あたいは十七で、冒険者になって三年目だ。つまり、あんたらの先輩になる訳だ」
そう言うと、変化したルイスの表情を見て、ウルリカは鼻を鳴らす。
「フン! 勘違いするんじゃないよ。あたいが仕切るなんて言っちゃいない。でもね、これから教える事だけはちゃんと聞いとくれ。それと、あたいの名前を呼ぶ時は、さんをつけな」
両側の二人と違い、レオンは納得した顔をした。
傭われたが、新人が先輩を、呼び捨てにするな。
「なる程。分かりましたウルリカさん」
「レオン様」
(様?)
ルイスがレオンを呼んだ。
その、ルイスの呼び方が気になった。
「良いのですか?」
「いいんだよ、ウルリカさんが正しい。それとルイス、今日からそんな風に私を呼ぶのは止めて、昔のように呼び捨てで良いよ。仲間なんだから。テオもいいね?」
「分かったよレオ」
「分かりましたレオン、さん」
「さん?」
「はい、レオンさん」
「まあ、いいか」
「ルイスは頑固だな〜」
そんな三人のやりとりから、ウルリカはレオンの正体を察した。
(はは〜ん。こいつ貴族崩れか。末子で家に居ても自分の場所が無くて、夢見てお友達と一緒に冒険者に、って所かねえ)
昨日の仕返しに、少し現実を教えてやろう。
「ちょいと、話はまだ終ってないよ」
コツコツと、手で机をこついて、三人を注目させる。
「いいかい良くお聞き。冒険者の基本は自己責任だ」
「自己責任……ですか?」
「そうさ、冒険者ギルドてのは冒険者達一人一人の登録した記録を管理し、仕事の斡旋はするがそれ以外は何もしない」
「冒険者ギルドに登録すれば、多くの特典があると聞きましたが……」
「関所の通過が楽になったり、数日の生活費を貸してくれたり、荷物を預かったり……まあこれくらいかね」
それは、三人がここの二階で登録した時、受付嬢から説明を受けていた事だ。
「昔、魔物退治で出発した、あんたらの様な仲良し四人組の冒険者のパーティーが居てね。でも一人が大ぽかをやらかして、二人があっさりとくたばった。大ぽかをやった奴は身体の半分が動かなくなった。一人生き残った奴は、冒険者ギルドに助けを求めたけど、冒険者ギルドからの援助は無く、クエストが失敗したので、失敗の印を付けて、それでおしまいさ。生き残った奴は、見捨てりゃいいのに半分になった奴の入院費を盗賊ギルドに借りて、返すために無理して働いてくたばって、結局全員くたばって、残った借金は、半分になった奴の娘が返している」
誰の話か。
ルイスの喉がゴクリと鳴る。
「何が言いたいかと言うと、冒険者の成功と失敗も、生と死も、自分と仲間の死も、全て自己責任。自分の失敗で仲間が死んでも、死んだ奴が悪いと、そう思うようにするんだ。そうしないと、こんな仕事やってけないよ。あんたらが冒険者にどんな夢を見てるか知らないけど――」
背後で笑い声と歓声が上がる。
ウルリカが振り返ると、打ち上げ中の冒険者達が曲を弾き終えた吟遊詩人に、拍手と銅貨を贈っていた。
「……良い曲じゃないか。オーガなんて化物を相手に、兄弟が三人とも生き残って、バカな話ができるんだからさ」
十年前はまだ、現在は遠い東方領に居る事が分かっている、魔王の居場所も判明していない時期だ。
当人達は、相当な覚悟を持って、オーガに挑んだに違いない。
「さて……うん?」
身体の向きを戻すと、ルイスの顔色が悪くなっている。
レオンとテオドールに、冒険者になるよう誘ったのは自分なのだ。
その様子を見たウルリカに笑みが浮かぶ。
「フッ……さあさあ! 夢の話はおしまいだよ! 次はこれからの話だ。あんたらの事を全部教えな。使えるスキルとか、役割もね」
「え?」
「あたいを雇うって事は、金を稼ぐ方法が何かあるんだろ? じゃあしっかり稼げるよう、お互いの事を知らないといけないからね。質問もあればしな」
「……役割も、話さないと駄目ですか?」
「僕もちょっと……」
「冒険者が、他人の役割を気にする奴なんか居ないよ。どうせ登録時に記入したんだろ?」
「そうなんですが……」
レオンとテオドールの様に、この世界に住む住民は、神から与えられる自分の役割を、他人に話したがらない人は多い。
「二人とも、話そう」
責任を感じていたルイスが、二人を説得する。
「調べれば直ぐに知られる事だし、全部ウルリカさんに話そう。俺達は何も知らない素人だ。話してアドバイスを貰うのが、一番良いと思う」
「……そうだね」
「分かりました」
二人は納得したようだ。
「いいのかい? じゃあまず聞きたい事は――」
「おい、お前ら」
その時、酒場のマスターが、ウルリカ達に話しかけてきた。
「なんだいおやっさん。今大事な話をしてんだけど」
「そりゃ悪いがな、お前らここが何処か知ってるか? 一応酒場だ。だから何か頼め」
そう言われて、四人は視線を合わせ。
「だから、金が無いんだって」
「お酒はまだちょっと」
「一滴も飲めません」
「信仰で酒類は……」
「…………そうかい」
ドン!!
マスターは四つの木製のコップを、机の上に置く。中には透明な液体が入っていた。
「ごゆっくり」
「え? あの、これは?」
「良いんだよ。貰っときな」
「はあ……では」
レオンはコップを取り、口を付ける。
「っ! ……美味しいです」
水だと思ったが、果実の味がした。
「フフフ……おやっさんにはガキ頃から世話になっててね。見た目はアレで、凄く優しいんだ。……だから好きなんだけど……はっ!? 何言わせるんだい!」
「自分で言い出しといて……それに、歳離れすぎだろ」
ルイスは、顔を赤くして怒りだすウルリカを、呆れ顔で見ながらコップを取った。
「ルイスだって、初恋はココ先生だったじゃないか。どれだけ歳の差があったんだい?」
「いや、それは……だってあの人は……」
「ハハハ! まあ実は僕も、初恋はココ先生だったんだけどね!」
テオドールも、笑いながらコップを取る。
「応援しますよ。ウルリカさん」
レオンが微笑みながら言うが、ウルリカの表情は暗い。
「残念だけど、おやっさんには奥さんが居てね……この人もまた良い人で……ってあれ? 何の話だっけ?」
「私達に聞きたい事があると」
「あ〜そうだったそうだった。あんたら――」
レオン達は、ウルリカの質問を聞きながら、飲み物を口にする。
彼らは何時間も、これからの事で話をする事になる。
「――女は経験済みかい?」
「「「ブウウウウウウウウ!!!」」」
噴き出した。
…………




