冒険者の羽根・2
冒険者レオンには、五人の仲間が居た。
同郷の友で、レオンに冒険者になる様に誘った戦士のルイス。
友の二人に誘われ、冒険者になった勇者神官のテオドール。
ひょんな出会いから仲間になった、女盗賊のウルリカ。
闘技場で対戦し、その剣技にレオンが惚れ込み、仲間に誘った侍のノスケ。
そして最後の一人が――
ーーーーーー
迷宮都市に幾つかある湯屋の一つ、〈迷宮の休憩所亭〉は、建物の入口を入って正面、ロビーの受付から左は浴場と宴会場、そして貸切用の別館へと続く廊下があり、右にはすぐ食堂がある。
〈迷宮の休憩所亭〉の食堂は、キノコや山菜など、山で採れる食材の料理で人気の店だが、昼は等に過ぎ、今は一人以外、他に客は居ない。
「綺麗ねえ……」
「冒険者なんだって……」
「本物だ……本当に居るんだ……」
まだ少女と言ってもいい若い従業員の三人がロビーに集まり、その食堂の客をチラチラと見ては、コソコソ話をしている。
「あなた達、何をしているの?」
声をかけられ、三人は振り返った。
「あ、先輩! だって食堂のお客様が――」
「エルフなんですよ! エルフの冒険者!」
「私達! 生まれて初めて見ました!」
客を別館まで案内して戻ってきた先輩仲居に、後輩達は興奮気味に、だがエルフには聞こえないよう声を抑えて話す。
「ああ、ココ様ね」
後輩達が注目していた、紫色のローブを纏った食堂の客は、青みがかった黒髪から、ひと目見てエルフと分かる、先が尖った長い耳が見えており、食堂の一番奥のソファーに、足を組んで座り、手に持つ紙に視線を落していた。
「あなた達は初めてだったわね、よくお食事にだけに来られるお客様だから覚えて起きなさい。それと……ココ様はあなた達の声、全部聴こえていらっしゃるわよ」
「「「…………うええ!?」」」
三人は慌てて食堂を振り返ると、食堂のエルフは微笑みながら、こちらに向けて片目を閉じ、唇に人差し指を当てている。
「!?……全部聞こえていらっしゃいまし……た?」
女給の少女が小さく囁いてみると、エルフは微笑んだまま、コクンと肯く。
「は、はう〜!」
「はぁ〜……」
先輩仲居は溜息をつき、そしてすぐに切り替える。
「ハイハイ! 仕事よ仕事! もうすぐ別館のお連れ様もいらっしゃるんですからね!」
先輩仲居は手をパンパンと鳴らして解散させると、女給の少女を連れて食堂に向う。
魔術師の杖を立て掛けたテーブルには、空になったティーカップが一つある。
「ココ様、お騒がせして申し訳ございません」
「いやいや! 綺麗と呼ばれて良い気分になったので、感謝したいくらいさ!」
頭を下げる仲居と女給に、魔術師ココは腕を広げて、大袈裟に喜んでみせた。
「所で新しい子達かい? 随分若い」
「この娘はメイド見習いです。メイド研修の為、昨日から働いてもらってます。ココ様に新しいお茶をお入れして」
「はい、ただいまお持ちいたします」
女給は、メイド見習いの少女は、丁寧に一礼し、空のカップを持って奥の厨房へと下がって行った。
「メイドになるのも大変なんだね」
「ココ様、もし他にご用がございましたら、何でも仰せ付けください」
「ふむ、それじゃあこれを、冒険者ギルドに返しておいてくれないかな」
ココは仲居に、先程まで読んでいた一枚の紙を差し出した。
「承知いたしました。……?……ココ様、これは依頼書では?」
冒険者達を相手に仕事をする仲居は、その紙が何か知っていた。
それは冒険者ギルドの、クエスト掲示板に張り出される張り紙、クエスト依頼書だったのだ。
冒険者ギルドのクエストは、依頼者がギルドに依頼を頼み、ギルドはクエストの張り紙を貼り出し、冒険者達は張り紙からクエストを選び、クエストを終えて報告し、報酬を受け取る。
クエストの内容は魔物退治から、物資の調達、警備、護衛、清掃、荷物や手紙の輸送など様々。
迷宮の休憩所亭も、食堂で出す料理の食材、凶暴な魔物や魔獣が出る森や山での食材調達を、冒険者ギルドに依頼していた。
「一度受けたクエストを破棄すると、ギルドからの評価が下がってしまいますが……」
「ああ! 心配しないでくれたまえ」
安心させる様に、大袈裟に手をパタパタ振る。
「気になるモンスターの調査依頼があったから、控えを借りてきただけさ。まだ依頼を受けた訳じやないから問題無いよ」
「そうでしたか」
仲居はホッと安心し、受け取ったクエスト仮依頼書を開いてみた。
「目撃された、巨大モスマンの捜索、調査依頼……モスマン?」
「ああ巨大モスマンと書いてあるから興味が出たんだが、目撃情報には2メートルとあって、小さいからやる気が無くなってね」
「2メートルは大きいのでは?」
「私が調べたいのは、もっともっと大きな物でね」
モスマンとは、蛾の頭と人の身体をしたキメラモンスター……と言われているが、その詳細は殆ど無い。
詳細が無いのは、モスマンの目撃者は数多くあるが、不思議な事に、調査や討伐に来た者達には、誰一人遭遇した者が居ないのだ。
モスマンの唯一の遭遇記録は、とある英雄が魔王軍との戦争中、20メートルはある巨大モスマンと出くわしたという、とても古い勇者戦記録が、唯一の遭遇記録であった。
英雄は機械甲冑を操り、モスマンをあと一歩の所で討ち取りかけたが、モスマンは巨大な鎧百足の背に乗り、走り去ったという。
「死ぬかと思ったそうだよ」
「はい?」
「いやいや! 何でも無いよ!」
「そうですか、ではこちらは後で、ギルドの方に届けておきます」
仲居はそう言って、依頼書を仕舞う。
(そろそろ活動期だから、もしやと思ったが……目覚めてすぐに同化者は見つかるだろうか……)
「お待たせいたしました」
とある古い友を心配していると、先程の少女が、丸いトレーを持って戻って来た。
「ありがとう。あ〜とても良い香りだ、それにこの器も良い」
白い磁器製に澄んだ青色の、細い模様があるティーカップを片手で持ち、少女に見せる様に上げる。
「え? このカップがですか? ……市場で買った物と聞いてますが」
「市場で? ほ〜王宮や貴族達が使っていてもおかしく無い物だよ。実に良い仕事をしている」
「そ、そうなんですか!?」
皿洗いの時、一つ落として割ってしまった青ざめる少女に代わり、仲居が答える。
「そのカップは、南部の鹿郡領で作られたと聞いてます」
「鹿郡? ほ〜……」
ココが、本当に驚いた様子を見せた。
「……確か、精霊水と回復薬の生産で有名な所だね」
「はい、何でもそこのご領主様が、ご令嬢の提案を聞いて、大規模な工房を作らせたとか」
「ほほ〜う。……あやつめ、手広くやっているな」
鹿郡領の領主は、ココの弟子で、子孫でもある男だった。
妻と子と、孫達の死を看取る事になる、我が血を濃く受け継いだ男……いくら半殺しにしても、我の着替えや風呂覗きを止めなかった男。
(あやつ……自分の民に迷惑を掛けておらぬだろうな……うむ?)
タラ〜と汗を流しながらお茶を飲んでいると、長い耳がピクリと動いて、ソファーから立ち上がり、少女を呼んだ。
「お嬢さん、すまないがあと二杯、温かいお茶をお願いするよ」
「はい、二杯でございますか?」
「ああ、寒い外から来た二人にね」
「あっ! はい、かしこまりました」
「外の二人?」
少女は厨房へと向い、仲居は首を傾げる。
「いらっしゃいませ!」
受付嬢声に、仲居はロビーの方を見ると、二人の客が来店し、コートを他の仲居に預けていた。
「予約していたレオンです。先に四人の仲間が来てると思うのですが」
「レオン様ですね! ハイ! お待ちしておりました!」
ココは食堂から出て、ロビーのレオン達に近付く。
「我が君、やっと来たね」
ココはレオンの事を「我が君」と呼ぶが、主君に対しての様な重い態度では無く、実に軽く、愛称のように呼ぶ。
「遅くなってすみませんココ姉様、おはようございます」
「ああ、おはよう我が君」
微笑んで挨拶を返すココの視線は、一度レオンの手まで下がってから、手を繋ぐウルリカの顔まで上がると、ウルリカはそっぽを向き、ココの視線を避ける。
「レオン様、ご予約の内容を確認をしたいのですが」
「わかりました」
首に巻く、身分証明でもある冒険者の銀板を取り出す為、繋いでいたウルリカの手を放す。
レオンが受付まで離れたので、ココはウルリカの側に、ツツツ〜と近寄り、ニンマリとしながら、小声で話しかけた。
「どうだったかな? 綺麗と言ってもらえたかい?」
「うっ……」
今は女性らしい格好をしたウルリカだが、出会った頃の彼女は、容姿は整ってはいるが目付きが悪く。髪はナイフで適当に切るため長さは不揃いでボサボサ。肌は日に焼け、ガサガサで荒れ放題。生まれて今まで、化粧などした事が無い。そんな女だった。
「……愛しいって……言ってくれたよ……」
ウルリカはそう言って、照れ隠しに頭を掻こうとしたが、髪は二年かけて伸ばし、綺麗に整えていた事を思い出したようで、途中で手を止めて下げる。
「お〜そうかそうか! 良かったじゃないか! 私も手伝ったかいがあったよ!」
最後に迷路から戻ってから今日まで、ウルリカから綺麗になりたいと頼みを聞いたココは、自分の下宿している道具屋の部屋に呼び出し、特別な薬を使って、ウルリカの全身の肌を磨き、処理し、髪を整え、化粧の仕方を教え、彼女に似合う服や髪飾りを選んだ。
迷宮の休憩所亭前で待ち合わせをしていた時、仲間の男達三人は、姿を見せたウルリカの変身に驚き、そして大爆笑、三人共蹴られた。
レオンが待ち合わせの時間に遅れ、寒いので先に店に入ろうとするが、ウルリカだけはレオンを待つと言って、早く変わった自分を見せたくて、あの場に残ったのだ。
ココはウルリカの姿を確認するように周りを回る。
「良し良し、見た目だけは我が君に相応しい淑女になった」
「む……」
くるっと回って背を見せ。
「……あとは渡した薬を今夜飲めば……クフフフ!」
「……」
笑うココの後ろで、ジト目のウルリカが、目の前をパタパタと動くエルフの耳に手を伸ばし、グイッとつまみ上げた。
「いっ!? たたたた!!」
「ココォ〜……あんたから昨日最後に渡された薬だけどぉ〜野良犬に飲ませたら急に盛りだしてねぇ〜あたいに何飲ませようとしたんだいぃ〜?」
「え、あ、ああ〜あれは〜……」
耳をつままれながら、ココはそっぽを向き、ウルリカの視線を避ける。
「あれは〜?」
「あれは〜……性欲強化剤を少々……」
「ああん!? 何でそんな物を、あたいに飲ませようとしてんだい!」
「だってだって〜! 早く子孫の顔が見たかったんだよ〜!」
「孫が見たいばーちゃんみたいに言うな!」
「あの〜」
女給の少女が、カップが二つ乗ったトレーを持って、ウルリカに声をかけた。
「ああん!? なんだいガキ!」
「お、お茶を……ココ様が、お外に居て冷えてるだろうからって……」
「ココが〜?」
確かに身体は冷えている。少女が持って来たお茶は温かそうだ。
「……フン」
耳を放されて、ココは涙目でさする。
「いちちち……全くなんて子だ、私の耳に触れたのは、魔王でも居なかったんだよ」
「ハッ! 何が魔王だい、またホラ吹いてさ」
そう言ってカップを鷲掴みで取り、お茶をゴクンと飲む。
「あ〜……美味いな。これ」
「やれやれ言葉使いと作法も教えないといけないね」
「うっさいなあ、飲めりゃ良いんだよ」
「仲が良いようですね」
レオンが戻って来た。
「お茶をどうぞ」
「ありがとう。お嬢さん」
レオンは礼を言って、受け皿ごとお茶の入ったティーカップを受け取り、まるでウルリカに、見本を見せるように飲んで見せる。
ウルリカはそれを見て、見様見真似で、ティーカップの握りを握る。
「握りの穴に指を通さない、両手でカップを持たない、片手の三本の指で添えるように、立席の場合は受け皿を持って」
「う、うるさいな〜!」
ココの注意にウルリカはイライラし、カップがプルプルする。落としそうで、見れば女給の少女も緊張している。
二人で緊張しながら、カップをコトとトレーに戻し、二人でフゥ〜と息をつく。
「そんな事より聞いとくれよ! ココがあたいに、一服盛ろうとしたんだよ!」
「あ〜先程予約を確認したら、泊まる部屋が私達だけ同部屋になってたので、察しました」
「いや〜君達二人の為にと思ったんだよ? 結婚してもう一月たつのに、未だ下宿先も別々だなんて」
「心配せずとも、一緒に住める家を探してますよ。所でこの思い付きは、テオドール達ですね?」
「あ、分かるかい?」
「てめえらぁぁ!」
ウルリカが別館とつながる廊下の先、曲り角から顔出す三人の男達に、怒鳴り声を飛ばす。
「おい! バレたぞ!」
焦るルイス。
「あれ〜? これでうまく行く筈だったのになあ」
テオドールが頭を掻く。
「拙者は無実でござる!」
顔に二つの靴跡を付けた、ノスケが叫ぶ。
「てめえらそこを動くなぁぁ!」
長いスカートをたくし上げ、ウルリカは走り出す。
「まずい! 怒ってるぞ!」
「逃げよう!」
「殿中でござる! 殿中でござる!」
三人は慌てて逃げ出すが、盗賊の足からは逃げられ無い。
「あー! お客様困ります! お止め下さいお客様! お客様!? あー! 困りますお客様!! 店内でドロップキックはお止め下さい!!」
仲居達が止めようとしている。
「レオン様、奥様と同部屋のお部屋ですが、変えた方がよろしいでしょうか?」
受付嬢がレオンに、確認する為に声をかけた。
「いえ、そのままで結構です」
レオンはきっぱりと言って、ティーカップを女給の少女に返した。
「とても美味しかったです。お嬢さんとは初めてお会いますね。新しい女給さんですか?」
剣を帯びているが、柔らかな物腰とその声に、少女はドキッとする。
「いえ、私は……わたくしは、メイド見習いのエリーと申します。以後お見知りおきを、お願い申し上げます」
後に、ウルリカの専属メイドとなるエリーは、右手にトレーを持ち上げ、左手でスカートをつまみ上げ、ペコリと一礼した。




