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冒険者の羽根

 

 暗闇の外で、また悲鳴が上がった。


「何故、こうなったの……」


 私の身体は動かない。何も出来ない。


 また、私を助けようとした、仲間の悲鳴が聴こえた。


 残った二人の仲間は、私を見捨てて逃げ出した。

 伸びた二本の影が、逃げた二人を追って行く。


「そうよ……あの男のせいよ……あいつが……私じゃなくて……」


 遠くで、二つの悲鳴が聴こえた。


「あの女を……ッ!!!」


 痛みで現実に戻る。

 影の棘で手足を穿かれて拘束され、空中に持ち上げられ、身に着けていた衣服は引き裂かれ、肌に影が纏わり付いている。

 瞼を開け、顔を上げれば目の前にある影の塊から、私をじっと見ている眼球があった。


「はぁ……はぁ……はぁ……くっ! お前……お前なんか! 勇者様が来れば……あッ!!!?」


 激痛で息が止まる。

 纏わり付いていた全ての影が、細い針のようになって、ズブズブと私の中に入って来た。


「あっ……ああ……」


 喰われている。


 もう悲鳴も上げられない。


 私の足が、無くなっていく――


 ーーーーーー


 白い息を吐きながら、都市の道を歩く男が居た。

 着ている服は上等な物で、街中なのに腰のベルトに剣を下げ、コートに付いたフードで影になり、素顔は見えない。


 男が居る場所は西方国北部郡、その中にある、女王から自治を認められた自由都市。

 都市の中心には城は無く、空から降って来て、大地に突き刺さったという伝説がある、金属で出来た、斜めに傾いた円筒状の巨大遺跡の周りに、都市が築かれている。

 その遺跡の地下には、百層を超える巨大な地下迷宮が存在し、この都市はその地下大迷宮の上に築かれ、人々から〈迷宮都市〉と呼ばれている。


 迷宮都市の通りを歩く男は、寒さから首に巻いた布を引き上げようとすると、布の下に巻いていた首飾りに付いた、表と裏に、細かい羽根の模様と文字が刻まれた、手の中に収まるほどの小さな銀板が、チリンと軽い音を立てた。

 銀板は遺跡の金属で作られており、入口を監視された地下大迷宮に潜る事を、都市と冒険者ギルドに認められた証であり、帯剣も認められる。

 板に刻まれた十二枚の羽根模様は、彼の冒険者としてのランク。この街でも数少ない最上級の冒険者である事を示し、裏は男の名前が刻まれている。


 男はこの都市に幾つもある冒険者の拠点、冒険者ギルドの酒場の前を通る。

 冬の間は迷宮の入口が閉鎖される為、普段なら外にまで聴こえる程の冒険者達で騒がしい酒場は、昨日からとても静かだった。

 酒場の二階は宿であり、仲間の一人がここで下宿しているので、男は宿を見上げると、その素顔が見えた。

 西方人の、まだ二十にもなっていない、人が良さそうな若者だった。


「レオンじゃないか」


 銀板に刻まれた名前を呼ばれ、レオンは足を止めて振り返ると、酒場の入口から、北方人の女性が出て来た所だった。 


「あ、ララさん、おはようございます」


 レオンは女性に、もう既に昼を過ぎているが、丁寧に朝の挨拶した。

 日夜が分からない地下迷宮内で、何日も過ごす彼ら冒険者達の挨拶は、例え夜でも「おはよう」になる。


「おう、おはよう。ノスケなら居ないぞ。ココと一緒にさっき出てった」


 ララと呼ばれた女性は、挨拶を返しながら近づく。


「そうですか、じゃあ先に行ったのかな」


 彼女の身長はレオンを超えているので、見上げる形になった。

 普段のララは最低限の部分鎧しか身に着けず、露出の多い格好なのだが、流石に今は服を着ていた。

 だがそれでも、彼女の鍛えぬかれた筋肉の厚みが、服越しからでもはっきり分かる。


「ところで――」


 ララはそう言って突然、レオンのコートの前をガバッと開き、服の中に大きな手を、ズボッと突っ込む。


「え"!? ラ、ララさん???」


 ララは狼狽えるレオンを無視して、冒険者の証である銀板を掴んで引っ張り出すと、刻まれた羽根の模様を凝視する。


「十二枚の羽根か……ついに追い抜かれちまったな」

「あの〜」

「ん? どうした?」


 ララの手はレオンの鍛えられた胸板にあり、モミモミしている。

 

「うむ、良く鍛えている。だがもう少し飯を食って太れ、丈夫な子が産めんぞ」 

「何を言ってるんですか……」    

「ちょっと揉んだだけだろ。何なら詫びに、オレのを揉んでみるか? ホレ」


 ホレと彼女は、自分の胸を抱えるよに、寄せて上げる。その上には、十一枚の羽根が刻まれた銀板がある。


「い、いえ! 結構です!」

「遠慮するな、オレとお前の仲だろ。ほれほれ」

「いえいえいえいえ!」


 初めて仲間と共に迷宮都市に訪れた時、冒険者ギルドの酒場内でキョロキョロしているレオン達に声をかけ、一杯のエールだけの報酬で、この都市独自のルールや街の案内など、色々と助言をしてくれたのが、この女戦士のララだった。

 初めは新人とベテランの関係だったが、今では競い合うライバルであり、時には協力し合う良い関係を結んでいる。


「ところでギルドから出てきましたけど、何かクエストでも始めるのですか」


 誤魔化すつもりで言った質問に、ララの表情が曇った。


「いやギルドに少し報告をな……」

「報告?」

「……セシリー達が、まだ未帰還なんだ」

「セシリー様が!?」


 地下迷宮から、未だ帰還していない。

 その意味は一つしかない。

 迷宮内に住み着くモンスターやトラップによって、未帰還になる冒険者はベテランでも多い。


「三日前だ。帰還中にセシリー達とすれ違ってな。下層に行くと言っていた。無理はするなと言ったんだが……その事を報告をしに来たんだ」

「セシリー様が……」


 セシリーは九枚の羽根を持つ冒険者だった。

 〈聖女〉の役割を持った、金髪碧眼の美しい女性で、冒険者の男達から姫様、聖女様と呼ばれて人気があった。

 そしてレオンとセシリーは、同じ西部郡の貴族出身だった。もっとも同じ貴族でも、レオンは小さな領地しか無い田舎領主の末息子で、セシリーは西部郡に大きな領地を持つ名家の娘、本物の姫君だった。


「セシリー様は、何故そんな無茶を……」

「そりゃあ――」


 ララは何か言いかけたが、口を一度閉じた。


「……まあしかし! まだ死んだとは限らんだろ。安全地帯まで避難できていれば、動けなくなってても水と備蓄された食料で暫く持つし、報告で救助隊も出るしな」

「……そうですね。無事を祈りましょう」


 ララは話題を変えた。


「で、お前はここに何しにきたんだ?」


 セシリーの事は頭の隅に置き、質問に答える。


「今期を無事に終わった事を、これから皆と祝に行く所なんです」


 その答えでララは理解した。


「ああそうか、あの湯屋に行くのか、呼び止めてすまなかったな」


 湯屋とは、迷宮都市で多くある大きな風呂屋で、地下探索に身体が傷づき、心が疲れた冒険者達が英気を養う施設である。

 施設内は風呂だけでは無く、食事や酒、遊戯や音楽、部屋を借りれば寝る事も、男女で夜を過す事も出来る。

 レオンが向かう湯屋は、ララに仲間に居るエルフにも、美味しく食べられる食事が出せる湯屋を紹介して貰い、休みや祝の日によく利用するようになった店だった。


「いえいえ、それでは失礼します」


 ララと別れ、仲間と待ち合わせである店に向かうが、未帰還のセシリーの事を思う。

 セシリーは学園に在学中、遠くから彼女と目が合っただけで、悪友達と大騒ぎをする、皆の憧れの少女だったのだ。

 そんな彼女が、何故貴族の家を捨てて冒険者になった理由は知らないし、知る機会も失われた。


「冒険者なら知人を失う事は良くある事だろ。いい加減に馴れるんだ」


 自分に言い聞かせる。


 冒険者の基本は自己責任。

 成功と失敗も、生と死も、自分と仲間の死も、全て自己責任。

 だから国は、重要な遺跡の調査を、替えが利く冒険者達に任せる。

 報酬は迷宮内の財宝、魔法の武器、名誉。

 セシリーは失敗したのだ。自分は、まだ失敗していない。

 だが次は――


「何辛気臭い顔をしてんだい」

「!」


 突然の声に、レオンはハッとし、顔を上げる。

 何時の間にか、目的の店の前に着いていた。

 そしてレオンは、自分に声を掛けた目の前の、目つきの鋭い女性が、一瞬誰か分からなかった。

 見慣れた動き易い服でも、身体の線が浮きでる戦闘用ボディースーツでも無い。

 何時もボサボサの髪をまとめて整え、薄く化粧をし、耳飾りと髪飾りを付け、一般の女性がよく着ているような、スカートの長い服の上にコートを羽織っていた。

 首飾りの銀板が無ければ、冒険者とは思われ無いだろう。


「あ!? ウルリカさん! おはようございます」


 同じパーティーの冒険者仲間で、女盗賊のウルリカに、朝の挨拶した。


「おはよう。大丈夫かい? 何だかボーっとしてたようだけど」

「……ええちょっと、そこでララさんに絡まれまして」


 誤魔化したが、ウルリカはあ〜と納得する。


「そりゃあ災難だったね。さあ外は寒いし中に入るよ。みんなあんたを待たずに、先に行ったからね」

「ウルリカさんは待っててくれたんですね」

「……ちょいと」

「はい?」


 店に入ろうとしたウルリカは、足を止めて振り返る。少し機嫌が悪そうだ。


「さっきも言ってたけど、いい加減にあたいを、さん付けで呼ぶのやめとくれよ。約束しただろう?」


 呼び捨てで、名前を呼んで欲しい。


「ああそうでした! すみませんまだ慣れなくて……」

「まあ、あたいもまだ慣れてないけどさ〜」


 今度は照れている様子のウルリカの前で、レオンはコホンと咳をし、一礼してから手を差し出す。


「ではお手を、共に行こうか、愛しき我が妻よ」

「違うそうじゃねえ〜!!」


 レオンの妻は、夫の手を取りながら、耳まで真っ赤にして怒り出した。


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