大きいことはいいことだ
登場人物紹介。
蟲騎士……〈勇者殺し〉の名を持つ、全長20mの人型虫タイプモンスター。カイコガのような顔は、ナナジ曰く可愛い。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……
ナナジ……蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無く、この世界の言葉は理解できるが話せないので、蟲騎士が彼女の言葉を翻訳して会話する。
シズカ……前鹿郡領主の次女。十九歳。性欲が強く、男女問わずの色欲魔。実は暗闇が苦手で、人と触れて無いと眠れない。過去に二度結婚したが、二度目の帝都から、20人の仲間と蟲騎士を連れて、故郷の鹿郡領に帰って来た。
アイザック……牛郡領の将。有能だが顔がゴブリンのように醜く不気味とエレオノーラや女騎士達から嫌われていた。異様な怪力の持ち主で、指揮能力も高い。ウイリアム騎士団、四式隊を率いてる。エレオノーラと異母兄妹だが、彼女は知らない。
両陣営とも交渉の準備を進めていた。
鹿郡領側では、涙目でお腹を摩るシズカの前に、馬から降りたヤマが膝を付いた。
「このまま進めて良いとのことです。それから、後は全て任せるとも」
「あ~良かった。あれで本当にいいんだ」
シズカの決断が、後々問題にならないようレオンに確認と許可をもらう為に、ヤマを走らせていた。
「じゃあ、後でナナジ達と話をしなければね」
そのナナジと蟲騎士は、領境線のすぐ手前で立っていた。
牛郡領側に圧を掛けるためだが、牛郡領軍側には、魔物の脅威よりも好奇心が勝り、チョロチョロと近づく者も居て、ヘンリーはもしもの時の為に護衛を立てており、その護衛達の前を、牛郡領軍の騎馬が二人乗りで通り過ぎた。
「なあ、今の見たか」「女連れで、しかも美人か。くそ!」「牛郡領は美人が多いて噂は、本当かもな」「おまえら無駄話はやめて集中しろ。……うちにも美人は居るだろ」「それってシズカ様の事か?」「確かに美人だけどさ~……あれ噛むじゃん」「それな」「俺は噛まれたい」「え?」「え?」「この中に、変態が居る」
通り過ぎた馬の手綱を握る細目の男の後ろに、横向きに乗り、男の背にもたれる美人、黙っていれば美人の、ウイリアム騎士団術式隊隊長アザリーは、感情の無い声で、喉を鳴らすように笑い、もたれられる男、ウイリアム騎士団四式隊副長タイラーに話しかける。
「ククク……聞こえましたかタイラーさん。美女と一緒で羨ましいそうですよ」
「そうですか~なら代わって欲しいですね~」
「所で当ててるのに全然反応が無くてつまらないのですが、貴方あれが付いてるのですか」
「そうですか~鎧があるので分かりませんね~残念ですね~」
アザリーは第二領都に居たが、アイザックにエレオノーラの伝言を伝える為に領境まで来た。
ロメロの説得に失敗した事、ロメロはこの騒動の後は隠居する事、本当に自分が領主になる事、そしてアザリーの占いで、三式隊のローラが戦死している事を伝え、帰る前に、あの魔物を近くまで見に行こうとするとアイザックは止め、タイラーと一緒に行けと言った。
「さてと」
アザリーは鹿郡領の魔物に、その黒い瞳を向ける。
ここまで近づければ見える。
「ほうほう。ほ~う。なるほどなるほど」
「なんですか~? お得意の占いですか~?」
この役割の世界で、勇者と役割の巫女しか持たない、見た物の役割が見える目で、鎧のような胸部の前に見える、魔物の役割を見た。
〈魔獣兵器〉
(魔獣……兵器? 魔獣で出来た機械甲冑のような物でしょうか)
機械甲冑の役割は、アザリーの目には機械兵器と映る。
(これは、色々と調べないといけませんね)
役割の巫女アザリーは視線を上げ、魔物の頭部はまるで蛾のようだ。頭から長い櫛のような触角が伸び、後ろへと流れている。
その頭部の上に人影が見えた。長い黒髪の少女で、魔物の上からアザリー達、いや、アザリーを、じっと見ている様子だった。
(? 魔物を操る術者か……?……っ!?)
普段表情の変化を見せないアザリーが、驚く表情を見せた。
(役割が! 役割が見えない!)
その少女からは、必ず見えるはずの役割が、全く見えなかった。
「へ~貴女でも驚くことがあるんですね~」
「ク、ククク……当たり前です、私を何だ……と……」
タイラーが瞼を開けている。南方人の瞳の色よりも赤い、血のような赤い瞳。
言い返そうとしたが、息が止まる。役割の見えない驚きなど、すっかり消えてしまった。
「……タイラーさん、私を、見ないで下さい……」
「おっと、失礼しました。うっかりうっかり。さて~帰りましょ~」
パッと瞼を閉じ、馬の頭を返す。
「所でアザリーさん」
「……何でしょう」
「アザリーさんの線、とても美しかったですよ~」
「……それは、褒められいるんでしょうか」
「もちろん! なぞれば綺麗な、筋肉や骨の断面が見えるでしょうね~見たいな~切りたいな~」
「……」
この男が今、どんな表情か分からない。忘れていた訳では無いのだが、タイラーは油断してはいけない男だった。女を切り刻むのは楽しいと、平然と言う男だ。
タイラーの役割は〈殺人鬼〉、彼の目は呪われている。
彼の目は、生き物の身体に赤い線が見え、その線を剣でなぞると、どんな物でも斬り殺すことが出来る。
線をなぞる物は剣以外でも、包丁やテーブルナイフ、手刀でも良い。線にそってなぞると、まるで大刀で斬ったかのように切断できる。
東部の救出作戦で、彼はこの力を存分に使い、多くの魔物の首を斬り跳ばしていた。
だがこの線は、日常生活で見えていると色々と大変で、普段細目にして過ごしているのは、そうすると赤い線が見えないからだ。
この男は今、いつでもアザリーを斬殺できる。むごたらしく、快楽のために。
タイラーが振り返った。
「もちろん、冗談ですよ!」
その表情は、細目で、悪戯が成功して笑みを浮かべていた。
「……スン……冗談に聞こえませんので、本当に、スン……やめてください……」
「え”」
あのアザリーが鼻を鳴らし、瞳を潤ませ、両手で隠した。
「え? え! え~!?」
まさか彼女が泣くなんて。タイラーは彼女の白い指の間からポタポタと流れ落ちる涙を見て、ワタワタと慌てる。
「「「「あ~! 泣かした~!」」」」
周りの兵と、鹿郡領の兵達までもが、事情は知らないが美女を泣かせた男に、怒りの視線を向けた。
「あ、その、えっと~……ごめんなさい!」
タイラーは急いでこの場を離れようと馬の脚を速め、背中ではアザリーが、手に収まる水のもれる袋を捨てて、小さく喉を鳴らす。
『そこの君、いじめは良くない』
「はい! ほっんとすみませんね!」
誰の声だ。
…………
十年程前。
西方西部郡のとある町に、夜な夜な住民が斬殺される連続殺人事件が起きた。
犯人の正体は不明で、住民達は毎朝、バラバラの斬殺死体が発見される事に恐怖した。
誰が犯人か分からず、疑心暗鬼になり、争いが起きる。
だがある日、ふらりと町にやって来た若い冒険者達の調査によって、正体が判明するあと一歩の所で、殺人犯は町から、その姿を消した。
ーーーーーー
牛郡領軍の指揮官代理となったアイザックは天幕の中で、北砦の戦いで生き残った兵達から、一人一人に話を聞いていた。
これから鹿郡のシズカと会い、交渉する使者達の為に、少しでも交渉できる情報を探していたのだ。
「では、北砦側の挑発が原因で戦いは始まったんだな?」
アイザックは目の前の兵に、北砦戦の戦端が切られた時の状況を聞いた。
兵は少し考え。
「……いえ、怪我が治って良かったね。みたいな言葉でありました」
「フム……」
同じような証言は数多く聞いた。
まとめれば鹿郡領の砦将の何でも無い言葉に、ロジャーが突然激昂して攻撃を命じ、ローラのウイリアム騎士団三式隊、百騎の女弓騎馬隊が突撃した。
この突撃に釣られた牛郡領軍主力は、攻城戦の準備を全くしていない状況で戦う羽目になってしまったのだ。
「ローラめえ……もし生きていても、俺が殺してやる……」
「ンン! 次の者! 中へ!」
証言を記していた兵長が咳をし、次の兵士を呼ぶ。
三式隊は砦側の罠に掛かかり、隊長のローラと副官のメルルは戦死、多くの死傷者を出し、無傷の者はたった六人しか居なかった。傭兵隊の救出で、深く傷を受けつつも多くの者が助かり、鹿郡領から届けられた捕虜名簿を見れば、十二名の隊員が、捕虜になっている事も分かった。
三式隊は解散する事になったが、隊員の中には軍に残る事を希望する者や、領都への爆破攻撃で家族を失った者、放棄した東部領地に家があった者も居たため、アイザックは行き場の無い彼女達を、エレオノーラの護衛騎士にすることになる。
「自分が覚えているのは竜が現れた時、あの魔物が人の言葉で、竜と会話していた事です」
新しい情報だった。
「何と言っていた?」
「自分は運良く、落ちてきた竜の指の間にいたのですが、竜は魔物の事を、裏切り者と――」
「失礼するよ」
聞き取りをしている天幕に、上級騎士の紋章を付けた騎士が入って来た。
「アイザック殿、すまないが少し話が……」
「ここを頼む」
「はっ」
アイザックは兵長に任せ、騎士と供に天幕を出た。そこへ陣に戻った、タイラー達が見かけた。
「あれ? 上級騎士は居ないって聞いてたけど~誰だあれ」
「……先程到着したご使者殿のご子息で、北砦戦では唯一生き残った上級騎士様ですよ」
「あ~うちのだんちょ~に、軍団指揮権を譲った騎士さんか」
軍には二つの階級がある。
騎士の階級と、戦士の階級である。二つは同列ではあるが、軍の中核で、貴族や有力者の家の者が多い為、騎士の方が上と扱われる事が多い。
階級は士、上級士、長の三段階。それ以上は将軍となる。
そして、軍団の指揮官は上級以上の者と、定めらていた。
北砦から撤退した敗残軍の中に、彼以外の上級騎士は一人も居らず、上級戦士も、アイザックが来るまで居なかったのだ。
アイザックが城塞都市の、怪我人だらけの陣に到着した時、彼は早く命令をと騒ぐ兵達に囲まれた中で、膝を抱えて座り込んでいた。
元々軍を乗っ取る為に来たアイザックだが、彼の肩に手を当て、自分が代わると伝えると、ガクガクと震えるように頷き、軍団指揮権を譲ったのだ。
「才能も無いのに家名の為に軍に入り、コネと金で上級騎士になった男ですよ」
「詳しいですね~」
「……家同士が勝手に決めた、元婚約者です。ある日突然破棄されて、向こうは私の顔も知りませんがね」
「あ~なるほどね~……」
きっとその家にバレたのだろう。
(魔物と寝る女とか、そら婚約破棄されるわなあ……)
「所詮、コネで出世した無能です」
「俺も、軍にはコネで入ったぞ」
「「!?」」
驚いて振り返る二人の後ろに、アイザックが居た。
「いつの間に……」
「そんな事よりアザリー、騎士殿の話は兵にはするな。士気に関わる」
「……はいはい、分かってますよ。あの騎士様は何の用だったのですか」
「ああ、俺に父親、使者の護衛として付き、もしもの時は守って欲しいそうだ。タイラー、お前の目で見えた、奴の弱点はどこだ」
「は~い、ここですここ~」
ここと、前頭部を指先でトントンと叩く。
「線はここに集中していました。蛾のような頭の上に何かがあり、その何かが、あの魔物の弱点です」
「ほう、なら簡単だな、あのでかい頭を殴り潰せばいい」
ニタリ――
――ブルル!
「ンン!?」
『どうした?』
「突然寒気がして……何だろ? 風邪かな?」
蟲騎士の頭の上で、ナナジは胸に布を巻いただけの裸体を摩る。
『我々は風邪などひかん』
「そうだけどさ~シズカさんに着替えを借りれば良かったかな」
『下からは見えんさ。それにサイズが合わん』
シズカと比べれば、無いに等しい。
「くっ!!!」
『??? む、呼ばれた。戻るぞ』
体型の事を言ったのに、何故か胸部を気にするナナジを不思議に思いながら、聴覚強化スキルを使っていた蟲騎士は、後方からシズカが呼ぶ声がして領境線から離れた。
何か話があるようだ。
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