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小魔王シズカ

登場人物紹介。


蟲騎士……〈勇者殺し〉の名を持つ、全長20mの人型虫タイプモンスター。カイコガのような顔は、ナナジ曰く可愛い。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……


ナナジ……蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無く、この世界の言葉は理解できるが話せないので、蟲騎士が彼女の言葉を翻訳して会話する。


シズカ……前鹿郡領主の次女。十九歳。性欲が強く、男女問わずの色欲魔。実は暗闇が苦手で、人と触れて無いと眠れない。過去に二度結婚したが、二度目の帝都から、20人の仲間と蟲騎士を連れて、故郷の鹿郡領に帰って来た。

 天幕の中には、四人の男女が居た。

 女の一人は鹿郡領前領主ヴォルケの次女、シズカ。

 シズカは、半裸でメイドのヨーコに、戦闘ドレスへの着替えを手伝ってもらっていた。


「蟲騎士の言ってた事、どう思う?」


 赤い外装を着ると隠れて見えなくなる、まるで下着のような形をした、色鮮やかな部分鎧を着けて貰いながら、シズカは天幕内に居る、男達に訪ねた。


「牛郡領を許すかと言う話ですか?」

「そうよ」


 天幕の入り口には、外から中が見えないよう仕切りを立てているが、二人の男はその仕切りの内側、着替えているシズカの前で、考える仕草をする。


 肌を見られても気にしていない。この天幕内に居る、ヨーコも含めて、三人はシズカの愛人だ。


「許すのは簡単です。金は要らないと言い、捕虜を全員返せばいいのですから」


 愛人の一人、アーダムが発言した。


「そうですね。許すのは簡単ですが、今度は鹿郡領内から不満の声が上がるでしょう」


 愛人の一人、ブラッツが発言した。


 この二人と帝都で出会わなければ、今ごろ自分はここには居ないし、生きてもいない。


「そうよね~! やっぱそうなるわよね~!」


 蟲騎士で牛郡領内を蹂躙し、賠償金を脅し取るはずが、頭を抱えるシズカの立場はいつの間にか、外交の長だった。

 自分の行動が、これからの鹿郡領と牛郡領の関係を決める。


「こんな面倒な事になったのも、テオドール司祭とあの()()()()のせいよ!」


 ーーーーーー


 ――数時間前。


 ヘンリー隊と剣虎隊の合わせた兵五百が領境線に到着した時、牛郡領側には十一騎の騎兵と、僅かに歩兵が見えた。

 掲げる旗から紋章官によると、あの部隊はウイリアム騎士団四式隊と分かった。


 ヘンリーは、鹿郡領側から見ながら言った。


「噂では女ばかりの騎士団と聞いていたが、あれは男の部隊じゃな」

「騎士団長ウイリアムは、魔物との戦いで戦死したと聞いていますが」

「うむ。だがあの部隊は残党では無い、精鋭じゃぞ」


 五百の軍勢と睨み合っても全く怯む様子も無く、歩兵は散兵となって散り、地に伏せ、草木に隠れながら、こちらの様子を見ている。

 ここからではどれだけの兵が隠れて居るか把握できない。指揮官も兵もどこか普通では無い。早く掛かって来いと、獲物を待つ獣のような気配だ。


 数は二百も無いようだが、このまま前進させるのは危険だと、ヘンリーの勘が言っていた。


「ヘンリー様、いかがしましょう」

「いかがするも何も、儂らはここに戦をしに来たので無い。計画通り数日ここで領境線を警戒する。野営の準備を、剣虎隊の隊将殿にも伝えよ」


 剣虎隊とは、鹿郡領の西に接する、虎郡領からの援軍部隊であった。

 先日の北砦の戦いでは到着が間に合わず、このまま帰ってはご領主様からお叱りを受けると、剣虎隊将はヘンリー隊の同行を願い、鹿郡領主レオンは許可したのだ。


 ヘンリーは剣虎隊将とは、鹿虎両軍の合同訓練や魔物討伐の合同任務で何度も会っている。

 新兵から僅か数年で、剣虎隊の隊将に抜擢された。まだ若く、だがとても優れた指揮官と記憶していた。



「はっ! 野営の準備に取りかかります」


 部下が返事した。


 その時だ。


「む?」


 牛郡領側の四式隊に、怯んだような動きがあった。

 そして地面が、僅かに揺れる感じがした。


「ヘンリー様! 後方から!」

「何っ……なんとー!?」


 振り向いたヘンリーの目に、地響きを立てて歩いて来る、巨大な魔物の姿が飛び込んできた。



「さあ! お金をたっぷりと頂くわよー!」


 蟲騎士のカイコ蛾のような顔、その頭の上で、シズカは人が生まれて死ぬまで、けして見る事は無い、20メートルの高さから見える景色に、とても興奮していた。


「ヒャッハー! サカラウヤツハショウドクダー!」


 ナナジも興奮している。


「シズカ様! 危険でございます! ちゃんと掴まってくださいませ!」

『本当に脅すだけなのだろうか……』


 蟲騎士はナナジの口でつぶやきながら、領境線と呼ばれた場所に向かって突き進む。両手には既に、武器の鉈を握っている。



「あれの上に居るのはシズカ様か!? お、お止めしろ!」


 ヘンリーは兵に命じるが、どうすればあれは止まるのか。


 だが、直ぐに動く者がいた。


「我に続けー!」


 剣虎隊の隊将の操る騎馬が駆け出す。彼を追い、剣虎隊も続く。



『進行方向に武装した軍が接近、このまま進めばぶつかる』


 ナナジの口で蟲騎士が警告し、ヨーコは身を乗り出して、前方の部隊を見た。


「シズカ様! あれは虎郡領軍です!」

「え? え? 何で??」


 剣虎隊将は蟲騎士の進行先で止まり、彼の剣虎隊も整列し、完全に前を塞いだ。向かって来る蟲騎士に、全く怯む様子が無い。


「ナナジ! 止まって!」

「エ~アンナノフミツブ――『承知した』――ア、マテ!」


 ナナジの耳から聴こえた指示に、蟲騎士は突然、ピタッと足を止め、身を乗り出していたヨーコが、蟲騎士の頭部の上からずり落ちた。


「あっ」


「ヨーコ!」

「マテトイッタダロ! マニアエ!」


 ナナジは、蟲騎士と繋がる身体を素早く長く伸ばし、ヨーコの身体に腕を回して掴まえ、ブラ~ンと、逆さにぶら下がった。


(ふう……うわ! ほっそ!)


 想像してたよりも腰が細く、軽く、柔らかい。彼女の潤んだ黒い瞳に自分が写っている。


「ナナジ様、助かりました」


 高い場所から落ちたのに、ヨーコはとても落ち着いていた。


「ツ、ツカマッテテネ」

『掴まっていろと言っている』

「はい」


 ぎゅっと密着しながら、伸ばした身体を縮め、頭部に戻った。


「ヨーコ! 大丈夫!?」

「ご心配をお掛けしました」

『ヨーコさん、すまない』


 蟲騎士が謝罪する。


「いえ、私の注意不足でございました」

「アトデ、セッキョウナ」


 握りこぶしをプルプルする。


『う……』

「ヨーコ、ちゃんとナナジに掴まっていましょう」

「はい」


 シズカとヨーコは、左右からナナジの腕を、胸に抱きしめるように掴まり、ナナジの腕に、二人のものが、両腕に当たる。


(で、でかーい!)


 そんなやり取りをしていた間に、蟲騎士はゆっくりと屈んで、剣虎隊将に、頭部のシズカ達を近づけた。


 剣虎隊将は下馬し、膝を付いていた。


「シズカ様、進行の妨害に事故もあったようで、申し訳ございません。謝罪いたします」


「虎郡領はどちらの味方?」


 シズカの声に怒気がある。


「もちろん鹿郡領のお味方でございます」


 剣虎隊将は笑顔で答え、次に質問した。


「シズカ様は、どうしてこちらに?」


「それは……ヘンリー隊とも合流しましょう。そこで話します」


「承知いたしました」


「ナナジ、あそこにいる部隊に向かって」

『承知した』


 蟲騎士はナナジの口で返事をし、頭部を動かさないよう、慎重に、ゆっくりと立ち上がり、ヘンリー隊が居る方角に歩きだした。


 蟲騎士を見送ると、剣虎隊員達から大きく息がもれた。


「隊長、流石に肝が冷えました」

「すまんすまん! 奥方様から聞いていた人物なら、こうしたら止まってくれると思ってね」


 虎郡領現領主の正室は、シズカの姉である。


「しかし、本当に魔物を使役している。まるで魔王……いや、〈小魔王〉かな」



 この時代の戦記録に、シズカを最初に小魔王と評したのは、虎郡領軍の剣虎隊将であった。


 …………


 それから、アーダム達も追い付き、ヘンリーと剣虎隊将に、シズカは後方での出来事を話した。


「なんっっっったる侮辱! 黒槍と呼ばれた男が! なんと姑息な!!!!」

「……」


 ヘンリーは怒るが、剣虎隊将は冷静だった。


「シズカ様、部外者である自分が、発言する事をお許し下さい」

「……許可します。何か?」

「話しを聞いた所、シズカ様は賠償金を魔物を使って脅し取れと命じられています。でしたら何も、牛郡領内を襲撃せずとも良いかと思います」


 そう言ってシズカの背後に立つ、蟲騎士を見上げる。


「先ほども思いましたが、この魔物の立っている姿を見るだけで、人の多くは脅威を感じます。魔物を牛郡領に見せつけ、交渉の使者を求めるのです。あとは容易く、賠償金を得られるでしょう」


 周りからおお~と声が上がる。

 シズカも考える仕草をした。もう一押しか。


「はっきりと申しましょう。虎郡領は、牛郡領の崩壊を望んでいません」


 ――ざわ。


「多くの兵を失い、領地の半分を失い、そこへ再び、魔物に襲撃されれば、牛郡領は立ち直れず、消滅するでしょう。大森林の門番を失い、その席を変わる事を、南部では誰も望んでいないのです」


 今まで西方南部郡の土地に、大森林からの魔物の襲撃を受けていないのは、大森林に接する、牛郡領が押さえていたからだ。

 鹿郡領も大森林に接しているが、森との間には、ゴブリンも越えられない、領地の半分を占める、巨大で険しい岩山があり、僅かに接した道には、森林砦を築き、魔物の侵入を防いでいた。


 シズカは初めて、剣虎隊将に微笑みを向けた。


「よくぞ言ってくれました。我が義兄鹿郡領主レオンと、私も短い間ですが暮らしていた、牛郡領の消滅を望んでいません。賠償金も牛郡領の民に負担が掛からない方法を考えてみましょう。ヘンリー」

「はっ!」

「前方の部隊に、わたくし、元鹿郡候ヴォルケ・二の娘・シズカが、牛郡領の今の代表と話しをしたいと。そう使者を送りなさい」

「ははっ! ただちに!」

「部外者の言葉をお聞き届けくださり、真にありがとうございます」


 一礼する剣虎隊将を見つめる、シズカの様子が変わっていた。


「良いのです。姉様と鋼姫様が羨ましい。こんな優れた将が虎郡領にいるのだか」

「いえ、自分はまだ若輩者です」


 頭を下げる剣虎隊将は見ていないが、彼を、色を含んだ瞳で見つめるシズカの様子を見て、彼女を良く知る三人の愛人と、赤ん坊の頃から彼女を知るヘンリーと、鹿郡領軍の兵達は、同時に思った。


((((あ、これはまずい……))))


 ーーーーーー


「彼が欲しいわ。私の物にしたい」


 天幕の中で、戦闘ドレスに着替えるシズカは言った。もうすぐ牛郡領からの使者を向かえる。

 鎧姿なのは、まだ戦は終わっていないとの示しだ。

 もっとも、赤い戦闘ドレスは彼女にとても良く似合っていて、真っ赤な派手なドレスのようにも見えるのだが、あえて誰も言わない。


「いつものように、彼を私の寝室に招きいれ――」

「駄目です」「いけません」「反対です」


 三人に、きっぱりと言われた。


「え~! なんでよ~! 帝都じゃ協力してくれたじゃない!」

「あの時と今とは違います」


 ヨーコはそう言いながら、シズカの赤い手袋の上に、まるで宝石の付いた、金の腕輪のような籠手を合わせる。


「他人の配下を、それも他領の人材を引き抜くなんて、争いの元になります」

「私……皇帝陛下から、貴方を引き抜いたんだけど……」

「あんなボケ老人は良いんです!」

「う……」


 ブラッツから強く言われ、ちょっと怯む。怒っているのか、普段の言葉づかいではない。


「もし、子が出来たらどうするのです」

「あら都合がいいじゃない」


 アーダムの言葉に、シズカは何でもないように言った。


「それを理由に彼を引き抜、痛! ヨーコ痛いわよ。ヨーコ?」


 ヨーコは腰を絞めるコルセットの紐を、足をシズカの背中に当てて、おもいっきり引っ張っていた。


「もう少し!……御体を!……大事に!……なさって! ……ください……ませ!……それから、私との約束を……守って下さい!」


 更にぎゅ~~と引っぱり。コルセットはシズカの身体に食い込む。


「いっ!? たたたた! ヨーコ! いい加減に! あっ! ごめんなさいごめんなさい! 約束は忘れてないわ! 本当よ! 許して! 愛してるわ! だから! あ! なんか出ちゃう! 出ちゃうから! あ! あ! あ~~~!」


 男二人は視線を合わせ、止めるべきか相談する。

 コクリと二人は頷き、もう少し、様子を見ることにした。



 そんな天幕の外では、ヘンリー達がシズカの準備が終わるのを待っていた。


 ヘンリーは隣で一緒に待つ、剣虎隊将をちらりと見る。


 若いが先ほどの出来事で、近い将来間違いなく、虎郡領軍の中心となる、優れた将軍になると理解できた。


 そして。


 シズカ姫の好みの男だとも、理解できてしまった。


 問題が起こる前に、ここは恥を忍んで、言っておかなければならない。


「オホン! 少し、よいかの?」

「はい、何でしょう?」

「……シズカ様の悪い噂と病気は知ってると思うが、けして相手にしないで欲しい。襲われたら大声を上げるんじゃ、儂らが止めるからの」

「は?」


 剣虎隊将は一瞬ポカンとした顔になったが、すぐに意味を理解したようだ。


「ああ~……シズカ様はお噂通りとてもお美しい方なので大変光栄でありますが、実はその、自分は年上の女性が好みでして~……うっ!」


 そう言うと剣虎隊将は急に、ガクンと項垂れ、肩を落とした。


「うううう…………」

「どうした?」


 困惑するヘンリーに、控えていた、彼の二人の部下が教えてくれた。


「ヘンリー様、申し訳ございません……」

「うちの隊長、先日失恋したばかりでして、たまにこうなるんです……」

「そ、そうか」

「想いの人を向かえる為に、今まで頑張って来たもんな~」


「うううう……マヤさ~ん……」


 泣いちゃった。


 ーーーーーー


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