英雄達・3
エレオノーラが五歳の頃、ある日父親が、不気味な顔をした少年を連れて、家に帰って来た。
「エレオノーラ、この子は今日から下男として、一緒に住む事になるから仲良くしなさいね。娘のエレオノーラだ、挨拶しなさい」
「はい……――と、申します、エレオノーラお嬢様、以後お見知りおきを」
名前は、良く覚えて居ない。
「……ひぐっ!」
幼いエレオノーラは、少年の、犬の様な歯を見て怖くなって大泣きした。
少年を家から追い出して欲しいと言って、父親をとても困らせた。
それから少し経ってから、怖い少年は家から居なくなったので、エレオノーラはホッとした。
エレオノーラが七歳の時、両親が万能薬も効かない病にかかり、揃って亡くなった。
生前の父との約束で、エレオノーラは、ロメロの養女となった。
ロメロはエレオノーラに愛情をそそぎ、教育し、女の身で好きなだけ、学問を学ばせてくれた。
そしてエレオノーラは、牛郡領一の美姫と噂されるほど、美しく成長し、そして恋をした。
一目惚れだった。
相手は牛郡領領主の息子で、後継者のウイリアム。
だがこの恋には、ライバルの多さもだが、最大の壁が存在した。
それとは、ウイリアムの弟、ロジャーが隣の鹿郡領の姫と結婚し、その祝会の最中に出会った。
「これから、少しいいかな? 話しがあるんだ」
「わ、わたくしに…………はい!」
ウイリアムに誘われ、共に庭へと出た。
ウイリアムはエレオノーラを連れて、どんどんと庭の奥へ、人の目が届かない奥へと入って行く。
心臓の音が、期待で、高く鳴る。
だが、ウイリアムが自分を誘ったのは、期待した事では無かった。
――ガサリ。
庭の草木を退けて、小柄な人影が姿を見せた。
「――! ゴブリン!?」
「大丈夫。やあ、良く来てくれたね」
ゴブリンのような顔の男が、不機嫌そうにノシノシと歩き、二人に近付く。
「いい加減にしろよウイリアム。俺は忙しいんだ。いい女を見せびらかす為に、俺を呼んだのか」
ゴブリン男を、何故か見覚えがあるが、良く思い出せない。
「ウイリアム様……あれは……」
「心配しないで、顔は怖いが、彼は僕の友だよ。違うよアイザック、彼女が以前言っていた、頭がとても良い、僕の騎士団に必要な人さ」
「騎士団? ウイリアム様の?」
「また女か……女給に、小便ガキに、頭がいかれた女魔術師、お前は本気で騎士団を作る気が……うん?」
それは、エレオノーラを見て足を止め。
「あ〜……アイザックと申します。エレオノーラお嬢様、以後お見知りおきを」
アイザックはニタリと嗤い、獣のような牙が並ぶ歯を見せて、役割神信仰者の一礼した。
「ひぃ!」
アイザックの牙を見て、悲鳴を上げそうになった。
「あれ? アイザックには名前、教えて無いよね? 知り合い?」
「あんな物なんて! 存じません!」
エレオノーラは顔を真っ赤にして答え。アイザックは髪を短く刈った頭を、ポリポリと掻く。
「あ〜ウイリアム……その姫は、美人で有名なんだぞ」
エレオノーラよりも美しいウイリアムは、キョトンとしている。
「え? そうなの?」
二人は揃って、カクンとずっこけた。
ーーーーーー
――――数年後。
ロメロから、領主の資格があると言われ、エレオノーラは困惑していた。
「……以前の、家の者から、そんな話しは聞いた事なんてありません」
「それはね、しっかり口止めをしていたからだよ。曾祖父ちゃん……その……女性関係で色々あったらしいから、後継者争いとか……分かるだろ?」
エレオノーラの父親も……血は争えない。
「南部で、女の領主など聞いた事がありません。それに、わたくしが神に与えられた役割は〈秘書〉です。役割も領主に合いません」
「そんな事は発表しなくて良いよ。僕なんか〈暴れ者〉だよ? こんな役割に、誰が政治を任せると思う?」
「……一族を調べれば男児で、良い役割の者も居る筈です。アザリーの占いで、その者を――」
「や め ぇ い !!!」
突然、アイザックが大きな声を上げ、エレオノーラ達は驚く、隣のタイラーが、ひっくり返っている。
「……もう探す時間は無い。ロメロ閣下が断わるなら、副官殿が領主になるべきだ」
「なっ!? 何をおっしゃってますの!」
「聞け。ロジャーが死んだのなら好都合。空席になった席に座るだけで、全て解決するんだ。物好きなあの女王なら、南部初の女領主もあっさりと認めるはずだ」
「でも!」
「ウイリアムも、そう望む筈だ」
「っ!」
エレオノーラは一瞬、アイザックのギョロリとした目から、哀しみの色が見えた気がした。
だが見えたのは一瞬で、すぐその目を、ロメロに向ける。
「これ程の失敗と敵の捕虜となったクリフ閣下は、軍部から退いてもらいます。よろしいですね、ロメロ閣下」
「う、うむ……兄ちゃんが、オホン! 兄上が無事、生きて帰って来てくれれば、それで良い」
「では、城塞都市に送る援軍と、負傷兵も多く居るはずです。回復薬、包帯など、急ぎ用意をお願いします。その救援物資を、直ぐに動ける、我々が届けますので」
ロメロはハッとする。
「そうか! そうだった! すぐに揃えさせる!」
バタバタと、側近達も共に部屋から飛び出して行った。
「術式隊長!」
「はいはい何でしょう」
アイザックは、奥で乱れた服を正して戻って来た、アザリーを呼ぶ。
「お前の術式隊も、付いて来い」
「あ〜申し訳ないですが団長代理、私の術式隊は暫く動かせません」
「何だと?」
「あなた達に付き合って、体力の限界です。それに、エレオノーラの治療も集中したいのです」
「治るのか?」
「視力までは、……難しいですが」
アザリーはエレオノーラの顔、包帯に包まれた目の辺りを、優しく、触れないように撫でた。
「分かった。術式隊はこの街で待機。休ませろ。だが何か報せがあれば、すぐに伝令を送れ」
「承知いたしました」
「エレオノーラ副官殿」
「な、なに?」
車椅子に座るエレオノーラと、背の低いアイザックの視線の高さは同じ、その目には、先程までとは違い、別の何かがギラギラしている。
アイザックは、腕を上げ、エレオノーラを指差す。
「必ず、お前を、ここの領主にしてやる。行くぞタイラー」
「はっ!」
そう言って歩きだし、両開きの扉の前で止まる。
タイラーが扉を開けようと、取っ手を握り、アイザックは、足を上げる。
「ふん!!!」
「ドォアああああ!?」
突然、ドカン! と、取っ手を握ったタイラーごと、扉を蹴り破った。
「何事です!?」
「……すまん、うちのボスだ」
部屋の外で控えていた使用人は、唖然とした様子で、四式隊の兵長は、慣れた様子で言った。
ガバッ! と、タイラーが起き上がった。手にある、取れてしまった取っ手をブンブン振って。
「開けようとしたじゃないですか〜! 余所ん家のドアですよ〜!」
「煩い。おい! 隊に集合をかけろ! 寝ている奴は叩き起こせ! 出陣だ!」
「はっ!」
「これの弁償どうすんですか〜!?」
「煩い。行くぞ!」
そんな男達を見送った後、呆然としていたエレオノーラはプルプルと震え、包帯の間から見える片目には、涙を浮かべる。
「ほん……本当に……何なんですの! あの野蛮な男は!」
自分には、あの男しか頼れる者が無く、涙が出てくる。
「ククク……あの男も自分の尻に火が付いて、水を汲み上げる気になったようです」
言葉の意味が分からない。
「? 何ですのそれは? いえ、そんな事よりも! もう一度お父上を説得しませんと! ……椅子を押してくださらない?」
「やれやれ、肉体労働は苦手なんですがね。少しは痩せて、軽くなってください」
「わたくし、太ってなんかいませんわ〜!」
アザリーは、悲鳴をあげるエレオノーラの車椅子を押し、アイザックが壊したドアから部屋を出た。
……
ロメロ邸の廊下を歩きながら、頭を擦るタイラーは、アイザックに話しかけた。
「……良いんですか〜? お嬢様の命令を殆ど無視して〜」
「ふん! あの女は自分の策に酔って、ウイリアムの目的を忘れている。ウイリアムは牛郡領では無く、そこに住む民を守る為に、騎士団を結成したんだ」
「えっと〜……恥ずかしく……ないですか?」
「全く無い。お前はどうだ」
タイラーは、東部で救った、涙と鼻水で、顔をベタベタに濡らした村人に囲まれ、感謝された時を思いだす。
人を、バラバラに分解するぐらいしか出来ない自分に、人から感謝される日が来るなんて、思っても居なかった。
「民の味方ですか、嫌いじゃないですね〜」
「ふん」
邸の出口では、数人の衛兵が待っていた。
「アイザック様、タイラー様、お預かりしたお荷物をお返しします」
「おう」
「どうも〜お疲れ様です〜」
邸に入る前、衛兵に預けた、武器を返される。
アイザックは小剣を、タイラーは刀剣を受け取る。
アイザックには、もう一つの荷があった。
「ぐっ! ぬぬぬ……」
「おっ、も……」
屈強な衛兵が二人がかりで、一本の黒い棍棒を台の上まで運び、木製の台がミシリと鳴る。
遠い東の国で、金砕棒と呼ばれる武器だった。
「何て、重いんだ、こんな武器をどうやって……」
アイザックは金砕棒の握りを、片手で掴む。
「嘘……だろ……」
「ふん」
軽々と持ち上げ、肩に担ぎ、衛兵達を驚かせた。
……
街の外にある陣にアイザックが戻ると、既に兵が揃い、待っていた。
四式隊がこの街に到着した時は、全員が真っ黒で酷く汚れていたが、風呂で垢を洗い流し、髪と髭を整え、真新しい服に着替えている。
アイザックは、整列した兵士達の前に立つ。
「状況は聞いているな。軍がやらかした。任務は軍の救援。鹿郡領から撤退中の友軍を救う。喜べ、東部よりも楽しい事になるぞ」
ニタリと、牙を見せて、嗤う。
(こっわ……あれで微笑んでいるつもりなんだもんな〜)
「タイラー」
「はっ!」
すぐ声は出たが、慌てて一本前にでる。
「お前の第二中隊は、準備が終わり次第すぐに出発し、南の領境線へ向かえ。速さが大事だ。もし鹿郡領軍が追撃戦を行い、領境線を越えるなら迎え撃ち、味方を一人でも多く救え。手段は問わん。俺も軍と合流後、すぐに向う。ついでに勝手に出撃した、三式の小便ガキも探して行く」
「はっ! 第二中隊、鹿郡領との領境線に向かいます!」
「第一中隊は、ロメロ閣下から物資を受け取り次第、出発する。……の前に、荷と一緒に客を解放するよう一班を送れ。合流は第二中隊へ」
「ハッ!」
第一中隊の、兵長が返事をした。
客とは、中央のベアトリス女王から送られた、救援物資輸隊員の事である。
エレオノーラは殺せと命じていたが、彼らはアイザックの指示で、竜郡領との領境近くにある砦に居た。
輸送隊員には取り調べだと、砦の兵にはクリフ将軍の命令だと言って、監禁していたのだ。
「質問、よろしいでしょうか」
「許可する。何だ」
「口を封じなくて、よろしいのでありますか」
殺さなくて良いのか。
「いらん。中央と無駄なトラブルになる。潜入しようとした竜郡領の密偵と勘違いしたと、適当に言い訳しろ」
現に竜郡領から、情報収集の為に、冒険者に扮して多くの影が潜入している。
「承知しました。間抜けを演じます」
「他、何か質問は」
「はい!」
声を上げた若い兵士は、アイザックが昔所属していた戦士隊の後輩で、彼を慕って、この部隊に入隊した兵士だった。
「おう、何だ」
「先輩は何だか……あ、自己解決しました! 何でもありませんでした!」
「そうか。他は? ……良し」
「四式隊総員! 準備行動、掛かれ!」
「「「「はっ!!」」」」
兵長の号令で、兵士達は準備の為に散った。
……
装備を点検し、準備を終えた、先程質問しかけた若い兵は、整列する途中で、アイザックと出発前のタイラーを見かけた。
騎兵はタイラーを入れて十一騎、残りは兵員輸送馬車に乗りこんでいる。
「ではだんちょ〜第二中隊、これより出発します!」
「おう、頼むぞ」
その立ち振る舞いは、普段と変わらないように見えるが……
「やっぱ先輩、東部に居た頃より活き活きしてるなあ」
ーーーーーー
――――数時間後。
領境線を挟んで兵が並んでいる。
鹿郡領側は、鹿郡領軍三百と虎郡領軍二百、合わせて五百。
対する牛郡領軍も五百。
これはウイリアム騎士団四式隊二百を中心に、たまたま見つけた傭兵隊百を入れ、北砦戦から撤退した中でまだ動ける兵五十に、城塞都市の守備兵の一部と、第二領都から到着した援軍を入れた数であった。
今日は交渉で、戦をする訳では無いが、見栄は張らねばならない。
主役であるはずの外交官は、巨大な蟲騎士の姿を見て、青い顔をしている。
馬に乗れ無いので、何かの台車に乗せられて運ばれてきたアイザックに、タイラーは駆け寄る。
「軍の乗っ取り、上手くいったんですね」
あ、これ野菜運ぶ時に使う台車だ。
アイザックは野菜の台車から降り、何故か居るアザリーを見てから、タイラーに話す。
「上級騎士殿に、指揮を代わると言ったら譲ってくれた。あれが鹿郡領の魔物か……」
「はい、だんちょ〜達が来る前にしゃがみこんだのですが、我々がここに着いた時は――」
タイラーは鹿郡領の魔物を指差し、状況を話しを始めた。
……
『――こうして私は、大ムカデのつがいに助けられ、英雄の操る機械甲冑から逃れたのです』
鹿郡領側では、蟲騎士が大昔に、とある英雄にこてんぱんにされた時の話を終えた。
「シズカ様、そろそろお着替えを……」
「え〜もうちょっと〜」
「いけません! さあ、こちらへ」
シズカは自分の知る勇者戦記録と照らし合わせて、何だか楽しそうだったが、三人の愛人達に押されて、天幕の中に入って行った。
ヘンリーと虎郡領の隊将が近付き、蟲騎士に話しかけた。
「お主、そんなに巨大なのに、人の英雄一人に勝てぬのか?」
『勇者や英雄は、我々魔物の天敵です。私一体では敵いません。私の同族が、今の魔王軍に居るそうなのですが、帝国の英雄に、腕を斬り落とされたそうです』
「お、おお〜」
「そ、そうなのですか……」
『私は英雄に出会ったら、すぐ逃げますからね』
「今逃げるのは困るんじゃが……まあ英雄はそうは居らんから、心配するな」
「居ると南部としては、とても助かるんですがねえ」
苦笑い。
(それが……居るんだよなあ)
ナナジは、蟲騎士が昔話をしてる間も、人の役割が見える目で、牛郡領軍の方を見ていた。
後から来た、牛郡領軍の中に居た。
子供ぐらいの背丈で、金棒を担いだ、目がギョロリとした男。
〈役割____英雄〉
〈殺人鬼〉がこちらに指先を向け、その背の低い〈英雄〉と話し、側には〈役割の巫女〉がいる。
(蟲に教えたら、逃げ出そうとするし、黙っとこ)
ナナジはチョロっと、小さく舌を出した。
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