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英雄達・1

蟲騎士……〈勇者殺し〉の名を持つ、全長20mの人型虫タイプモンスター。カイコガのような顔は、ナナジ曰く可愛い。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……


ナナジ……蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無く、この世界の言葉は理解できるが話せないので、蟲騎士が翻訳して会話する。


シズカ……前鹿郡領主の次女。十九歳。性欲が強く、男女問わずの色欲魔。暗闇が苦手で、人と触れて無いと眠れない。過去に二度結婚したが、二度目の帝都から、20人の仲間と蟲騎士を連れて、故郷の鹿郡領に帰って来た。


アイザック……牛郡領の将。有能だが顔がゴブリンのように醜く不気味とエレオノーラや女騎士達から嫌われていた。異様な怪力の持ち主で、指揮能力も高い。ウイリアム騎士団、四式隊を率いてる。エレオノーラとは異母兄妹だが、彼女は知らない。

 

『シズカ様、少しよろしいでしょうか』


 蟲騎士の頭から降り、手に腰掛け、ブラッツから靴を履かせて貰っていたシズカに、蟲騎士はナナジの口では無く、直接自分の口をモゴモゴと動かし、人間の言葉を話した。

 その為、近くに居たヘンリーと、魔物が喋って驚いた様子の虎郡領軍の部隊長にも聞こえる。


(話があるなら上に居た時にも出来た……私じゃ無く、皆に何か伝えたいのね)


 そう察した。


「あら、何かしら」


 将達だけで無く、近くに居る兵達も聞き入る。


『牛郡領を、余り追い詰めず、程々で許してはどうでしょうか』


 ざわ……


「何を言っとる魔物!」


 ヘンリーが怒鳴る。


「北砦の戦いは、そもそも奴らが!」

「ヘンリー隊将」

「うっ……」


 友の娘に強く名前を呼ばれ、老将は止まる。


「それは何故?」

『はい。私は魔王軍として何度か人間達と戦った事が有り、何度も経験しました。追い詰めた人間達の中から英雄が生まれ、逆襲されたのです』


 この役割の世界で、異世界から転生する勇者とは別に、この世界で極めて稀に産まれ出る〈英雄〉の役割を持つ者は、勇者と同等の戦闘力があるとされている。

 だが役割は、産まれてから死ぬまで、変わる事は無い。


「勇者と英雄の、奇跡の逆転勝利、戦記録や物語に良くあるわね……牛郡領に〈英雄〉の役割を持つ者が居る?」

『いえ、役割ではありません。魔物にはとても恐ろしい事に、人は誰でも、英雄になれるのです』


 ーーーーーー


 北砦の戦いが始まる一月前――


 ーーーーーー


 牛郡領の、大森林と面し、開拓して広がった牛郡領東部地区。

 その地区に住む領民達は、竜の攻撃により軍が崩壊、撤退したために抑えを失い、大森林から溢れた出た魔物の群れに囲まれて孤立し、街や村の城壁や塀など防壁の中で彼らは救援を待ち、一月も籠もって耐えていた。


 軍を預かるクリフも勿論、救出の軍を準備させていた。

 だが、どれだけ急いでも軍幹部の中核が吹き飛び、主力を失った軍の再編に、鹿郡領行進の計画も合わせて時間を取られ、準備が終わるのは一月後、これだけ時間がかかっては、東部の領民達の殆は助けられないと、誰もが半ば諦めていた。


 しかし――――


 ーーーーーー 


 五千体を超える醜い魔物の群れが、人間の街を包囲している。

 その魔物は、子供ほどの背丈で、眉は無く目はギョロリと大きく、鼻は低く二つの穴があるだけで、口は獣のように大きい。

 魔物はこの役割の世界で、ゴブリンと呼ばれる下級モンスター。一体だけなら非力で倒すのは容易いが、数が百体を超えると、軍隊でも相手にするのが辛くなる魔物である。

 そのゴブリン、数百体が一度に、大森林の直ぐ側、湖を背にした街に、湖の水を流した街を囲む濠を、ゴミと自分達の死体で埋め、守りの堅い城門は避けて城壁に張り付き、乗り越えようとしていた。


 その包囲の外、周りをホブゴブリンに守られた台座の上に、何かの骨で造られた王座に座る、明らかに他のゴブリンとは違う、大きな体格で、甲冑を纏い、頭には王冠をかぶるゴブリンがいた。

 ゴブリン達の王、ゴブリンキングである。


「ゴアアア……」


 本来は愚かで、身勝手で、まとまりの無いゴブリン達が、この様に大集団で活動する事は殆ど無い。

 だがゴブリンキングは固有スキル、《ゴブリンの支配者》を持っている。

 《ゴブリンの支配者》は、ゴブリン限定で、最大で一万体のゴブリン達を支配できるのだ。


「ゴアァァ――――!」


  ゴブリンキングの命令で、ゴブリン軍の控えていた新たに数百の群れが、城壁に向けて駆け出す。


 ゴブリンキングは戦力を小出しにし、街の守りが疲弊するのを待っているのだ。タイミングを観て、全戦力を投入する。

 人間の軍では考えられない戦術だが、ゴブリン軍は幾ら消耗しても気にしない。

 何故なら、街を落とせば人間の女達を手に入れ、幾らでも産ませ、増やせるからだ。


「畜生! ゴブリン共め!」


 包囲されて十数日、今日まで休み無く攻撃が続き、放つ矢は既に尽き、投げつける投石も尽き、近くの民家を崩してかき集めた、石材やレンガを投げつけている。


「ギャァァァ!?」


 城壁を登っていたゴブリンに命中し、落ちてグチャリと潰れる。


「ヒヒヒ!!!」


 その死体を踏みつけ、新たなゴブリンの群れが再び城壁に張り付いて登り始めた。


「クソ! きりが無い!」

「シャー!」

「うわっ!!」


 兵士の隣で、一匹のゴブリンが城壁を登りきり、仲間に飛びかかった。

 ゴブリンは仲間の上に馬乗りになり仲間の顔面を目茶苦茶に殴りつける。


「たすげ、グべッ!」


 ボキンと嫌な音がした。


「うっ……」


 兵士は剣を振り上げるが、振り下ろせば、仲間も切りそうで躊躇してしまう。


「ふん!!」

「ギャアアア!!!」


 ツルンと頭が剥げた男が、ゴブリンを剣で突き刺し、蹴り飛ばす。


「そんな時は刺し殺すんだ! ヒーラー! この負傷兵を連れて行け!」


 ハゲ男は、兜もかぶらず素顔を見せている。

 戦場でそれはとても危険な事だが、兵に顔を見せて指揮出来る利点を、この男は優先した。


「だ、大隊長殿……」


 兵士はハゲ男を見て安心し、座り込んだ。


 大森林が直ぐ側にあるこの街が今日まで耐えてこられたのは、街の守備隊以外に、彼の大隊、近隣の開拓村に魔物襲撃の狼煙が上がれば、救出部隊を急ぎ派遣する、救援大隊の拠点だったからだ。


「馬鹿者! 立てえい! 兵士なら立って戦えい! 座って休む贅沢は、生き残ってからにしろ!」

「はっ、はい!!」


 慌てて石材を拾い、立ち上がる。


 戦いはまだ終っていない。

 終わる様子も無い。


「ハハッ!」


 だがこの絶望的な状況で、大隊長はゴブリンの死体、その顔を見て突如笑った。


「大隊長殿?」

「あ、すまん。昔うちに居た奴を思い出してな」

「はあ」


 その時、悲鳴を上げたくなる報告が届く。


「大隊隊長殿! 魔物の新手です!」

「ッ!? 何処だ!」

「東! 森の方角! ゴブリンキングの後ろ! 黒い影! 数は約二百!!」


 報告途中でその方角を見る。


 王座に座るゴブリンキングの背後、大森林の方角から二百の黒い影が、街を目指して近づいてくるのが見えた。


 ゴブリン軍の援軍。


 大隊長は今日まで奇跡的に保った、兵の士気が下がる事を恐れた。

 歯をギリッと強く噛んでから、声を張り上げる。


「たかが二百増えた所で! 状況は変わら……ん?……待て! あれは!」


 ……


 ゴブリン軍の本陣、包囲に参加せず、ゴブリンキングの後ろを守っていた、百体程のホブゴブリンの一体が、ふと何かを感じ、後ろを振り返った。


「……オブ?」


 黒いローブを纏った百体程の群れが、こちらに向かって近づいてくる。


「オブ!!……ア?……アオ」


 人間かと驚いたが直ぐに安堵する。先頭の小柄な影のフードが落ち、見えたその顔が、同族のゴブリンに見えたのだ。


「ゲフ!!」


 ホブゴブリンは、 紛らわしと悪態を付き、人間の巣に視線を戻す。


 壁の上の邪魔な雄達を皆殺しにして、中にいる子供の柔らかい肉を喰い、雌を存分に犯したいと、そう思った時。再び違和感を感じた。


「オブ?」


 後ろの同族は、何故人間と同じ格好なのだろう。


 再び振り返る。


「オ――」


 だが、見る事は出来なかった。 


 ――ゴツウン〜!


 鈍い音が響いた。


「オブ?」


 その音に、別のホブゴブリンが振り返るが。


 ――ザン!!!


 振り返ったホブゴブリンの首が、身体から離れる。


 ――ッ!

 ――!?

 ――!!


 二百体の影が、ホブゴブリン達を静かに殺しながら、ゴブリンキングの背後に近づいて行く。


「ギャオオオ!!!」


 一体のホブゴブリンが、心臓に短剣を刺されて悲鳴を上げた。


「オブ?」


 ゴブリンキングは王座の上で、何事かと振り返る。

 すると王座のすぐ背後。

 黒い棍棒を振りかぶった。

 黒い何かが居た。


「ふん!!!」


 キングの意識は、その瞬間消えた。



「オブブ?」


  突然キングの支配が消え、棒立ちになるゴブリン軍の中に、王座の方向から、何か丸い物が勢い良く飛んて来て、地面を跳ね、転がって、止まる。


「オブ〜!?」


 それは、ゴブリンキングの、歪んだ頭部だった。


 キングを殺した影は、城壁の人間達とゴブリンから注目される中、砕け散った王座を台座から蹴り落とし、ローブを脱ぎ捨てて、元の色が分からない程、酷く汚れた鎧姿を見せた。

 危険な戦場の真ん中で、兜をかぶらず、素顔を見せている。

 その男の顔は醜く、ゴブリンそっくりだが、短く刈り上げた黒髪がある分、不思議と人間の顔に見えた。


 台座の男は、キングの頭部をかっ飛ばした棍棒を掲げ。  


「鬨声ー!!!」

「「「「すうううう!」」」」


 台座の周りで、今まで声も上げずに、静かにゴブリンを処理していた兵士達が一斉に、大きく、息を吸う。


「上げええええ!!!」

「「「「「お お お お お お――――――!!」」」」


 鬨の声は、味方の士気を上げ、敵の士気を下げる。


 ……


 その鬨声に、城壁の兵達も続く。


「味方だー!」

「援軍だー!」

「助けが来たぞー!」

「おおおおおー!」


 彼らはこの光景を、夢で見る程、一月の間耐えてきたのだ。


「ハッハッハッ!!!」


 周りの声でかき消されるが、我慢できずに大隊長は、声を上げて笑いだした。

 ゴブリンキングを討った男は、大隊長がまだ小隊副隊長時代、自分の小隊に居た戦士だったのだ。


「アイザックか!」


 ……


 台の上でアイザックは、掲げた棍棒をくるりと回すと、鬨声がピタリと止んだ。


 そして棍棒の先を、支配と士気を失い、怯むゴブリン軍に向ける。既に多くが背を見せて、バラバラに逃亡を始めていた。


「蹂躙せよ!!」


 突 撃。


 命令し、棍棒を担ぎ、自分が真っ先に駆け出す。

 五千体のゴブリン達に、たった二百人の人間達による、虐殺が始まった。


 ……


「アイザック! 良く来てくれた!」


 追撃を止め、隊と共に引き上げたアイザック達は熱烈な出迎えを受ける。


 街の全住民が集まり、男達から、ありがとうの声をかけられ、アイザック以外、乙女達のキスを受ける。

 その中で、自分の名を呼ぶハゲた男に、アイザックは見覚えがあった。


「副隊長殿? おお、これはお懐かしい。失礼、大隊長殿、ご出世されたのですね」


 普段粗暴そうな彼だが、話すその口調は丁寧で、戦士階級はアイザックの方が上だが、先輩であり、先任の大隊長に対して、です、ますを付けて話す。


「上がまるごと吹き飛んでな、お前のような上級戦士でもないのに異例の出世さ、それにしても良く来てくれた!」

「戦力が足りず、救援に遅くなりました。申し訳ありません」

「いやいや、おかげで助かった! ところで疲れている所すまんが、直ぐに隊は動かせるか? 昨日まで近隣の村から多くの救援の狼煙が上がっていたが、今日は一つも見えん。もう遅いかもしれんが、今から救援に向う。手を貸してくれ」

「ああ、それならもう不要であります」

「何?」

「それより街の住民達に脱出の準備をさせてください。荷物は最低限、背負える食料のみ、街にある人が乗せて運べる馬車や荷台を全て集め、我々は安全な西部まで、領民を守りながら、撤退します」

「お前は、何を言って……」

「報告ー!」


 その時、慌てた様子の兵士が走って来た。


「接近する一団あり! 魔物ではありません!」

「ああ、丁度到着したようであります」


 報告通り、街に向かって来る一団が見えた。

 良く見れば村の守備兵と思われる兵士達に守られながら、近隣の開拓村の住民達だと直ぐに分かった。

 だが、向かってくるのはそれだけでは無かった。

 後に続く数十人――数百人――数千……まだまだ続く。


「あの領民達は……まさか、まさかお前!」

「戦力が足りず、()()()()()()()()()()()


 アイザックはニタァ〜と、獣の牙のような歯が並ぶ口を開け、不気味に嗤った。


 北砦の戦いが始まる数週間前――

 こうしてアイザックは、牛郡領軍よりも早く、僅か歩兵二百の戦力のみで、東部地区に取り残された領民を、救って見せたのだ。


 ーーーーーー


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