表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/169

10年前の事だ。


 あの男は、牛郡領軍の将達の間でも、度々話題になっていた。


「戦士隊に変わった奴がいるぞ」

「とある家の、身分の無い下男だそうだ」

「何故そんな奴が、(ほまれ)ある牛郡領軍の戦士隊に入隊できたんだ?」


 ……


 クリフは、自分の事務室に呼んだ男に言った。


「お前の下男が訓練所で起した騒動だが。……真剣勝負の正式な決闘だったと、相手の家に納得させた」


 男は聞いた瞬間、クリフに頭を下げる。


「本当にすまん! 手間をかけた!」


 普段は整った顔が今は歪み、汗を流し、深く頭を下げる男に、大体は察しているが、クリフは聞いてみる事にした。

 

「あの下男は、お前の何なんだ?」


 本来は資格の無いただの下男が、軍に志願でき、騎士以外に指揮官候補にもなれる戦士隊に入隊出来たのは、下男の雇い主であるこの男が推薦し、後ろ盾になったからだ。


「そ、それは……」


 男は諦め、観念したような表情になった。


「その……あれの母親は良い子なんだ……美人で、賢くて、なのに何故あんな子供が産まれたのか……」

「やはりか! 何人目だ!?」


 男は、クリフの友は、若い頃から女癖が悪かった。

 女性と会えば、クリフの許嫁と知らず、挨拶の前に口説いたり。暇と金があれば、クリフの弟と一緒に、色街へと遊びに行ったり。何処かの町や村に美人が居ると噂を聞けば、クリフの兄と一緒に、探しに行くような奴だった。

 だがそれ以外は、戦士として優秀で、去年病死した牛郡領の領主だったクリフの父に良く仕え、自分の妻を心から愛し、幼い娘を溺愛する。けして悪い男では無いのだが。


「生活に苦労させない約束で引き取ったんだ! ……でもなあ……見た目があれだろ?……家に居るとエレオノーラが怖がってな」

「だから軍に入れたのか。お前……」

「志願したのはあいつの意思だ。……勧めはしたが」

「いやお前それ、絶対意思じゃ無い」


 半目になり、首を振って否定する。


 クリフのこんな表情は、他の者には絶対見せない。

 

「だが、……っ! ゲホッ!」


 友は突然咳をしだし、息苦しそうだった。


「座れ、楽にしろ」

「すま――ゴホッ! ゴホ!」

「誰か! 水を持ってこい!」


 事務室のソファーに座らせ、しばらくして落ち着いた。


「大丈夫か?」

「……もう、大丈夫だ」


 最近、彼の奥方と一緒に、今のような変な咳をする事があり、クリフはそれが心配だった。


「今日はもう帰って安め」

「そうさせてもらう。……あいつの事、頼むぞ。見ての通り腕力はある。適当な所で使ってやってくれ」

「ああ……今度再編成される救援隊の小隊に入れる予定だ」

「そうか!」


 安心した様子の友が去った後、クリフは席に戻り、騒動の報告書を読み直す。


「腕力があると言うが……」 


 訓練所での騒動、それは喧嘩だった。


 下男をよく思わない騎士が因縁を付け、真剣勝負の決闘を望み、下男は決闘に応じた。


 決闘は正式に行われ、開始直後、下男の一撃であっさりと終わった。

 決闘での騎士の死因は、木の棍棒による撲殺。

 この報告書を書いた者は、傷の詳細を分かりやすくする為に人の形をした簡単な絵を描いていた。

 その絵には、頭から下腹部までが、黒く塗りつぶされている。


 頬に流れた汗を拭う。


「腕力だけで甲冑を着た人間を、どうやったらここまで潰せるんだ……」


 ーーーーーー


 決闘を見ていた者達は、決闘審判官も揃って同じ顔、目を見開き、口をポカンと開けていた。


 決闘が開始される前。

 彼らの前には、甲冑を纏った二人の人物が立っていたが、開始を宣言された瞬間。轟音と共に、まるで水風船を破裂させたかの様に、人の形が飛び散り、子供のような背丈の、自分達が馬鹿にしていた下男だけが、背を向けて立っていた。


 背を見せる下男は、肉片が絡み付く棍棒で、肩を軽く叩きながら言った。


「う〜ん人間てこんなもんか、魔物や獣と変わらんなあ」


 下男は空いた手を上げ、役割の巫女がその目で見れば、そこに役割が写るという自分の胸の前を、手のひらで横へと撫でてから、顔の前で拝む。

 この世界で最も信仰者の多い、役割の神信者の一礼をした。


「この者の次の生に、良き役割が与えられますように…………ところで、俺の勝ちだよな?」

 

 下男は、決闘の勝利宣言が未だに無い事に、振り返ったが。 


「うん? みんなどうした?」


 決闘を見ていた者達は、目前で起きた事にまだ追い付いておらず、その様子を見た下男は両腕を広げ、呆れるように言った。


「おいおい、しっかりしてくれよ。あんたら(ほまれ)高き騎士様か、戦士様になるんだろ?」


 騎士だった物がベッタリと付いた、下男の顔がニタリと笑い、鋭く尖る獣のような歯を見せた。


 下男はまるで、ゴブリンのような顔をした、醜い男だった。


 ーーーーーー


 ……十年後。


 ーーーーーー


 牛郡領、南の鹿郡領と領境近くの街。

 その街は、牛郡領の最も南にある大きな街で、北は牛郡領都への領道と、西は竜郡領へと繋がる領道があり、この道を使って多くの行商人が行き来し、僅かだがここから、南の鹿郡領へと進む商人もいる。

 街を丸ごと囲む城壁は高く、他の街のような、魔物から街を守る城壁ではなく、人間から守る城壁。


 その街は、牛郡領の南を守る、城壁都市であった。


 だがその日は、いつもなら賑やかな城壁都市の市場が、開いてる店の数は少なく、商品も少なく、買い求める客も居ない。

 街を守る城壁の上で兵士達が、怯えた目で空を凝視し、設置された大型弓は空に向けられていた。


 城壁の外では、幾つもの急ぎ建てられた天幕と、その周りに多くの怪我人達が、天幕にも、街の病院にも入りきれず、地面に敷いた、敷物の上に寝かされている。

 鹿郡領内を行進し、北砦で戦闘になり、戦闘中に、シズカ姫の魔物と、領都を襲ったドラゴンが現れ、その二体の魔物の戦闘に巻き込まれ、爆発で吹き飛び、バラバラになりながら、何とかここまで撤退出来た、牛郡領軍であった。


「報告! 回復薬が足りません!」

「報告! 包帯が足りません!」

「報告! ヒーラーがまた一人倒れました!」

「ああぁぁぁぁ〜……」


 唯一生き残った上級騎士が、泣きそうな顔で、たった一人で指揮し、次々に来る報告に頭を抱えていた。

 

「うううう……! ロメロ閣下からの救援は、まだ到着しないのか!?」

「報告!」

「来たか!?」

「は? いえ……新たに帰還した隊が、三十人の負傷兵が居ると報告が――」


「ああああああ〜!!」


「あー! 逃げたー!?」

「捕まえろ! いや! お止めしろ! 逃がすな!」


 そんな騒がしく、怪我人で埋まる場所から離れた街の中、とてものどかな地区にある九大神教会の病院施設でも、負傷兵が多く入院していた。

 だが、ここは本隊と違い、先に撤退した第二傭兵団の傭兵達が助けた、北砦戦で傷付いた、ウイリアム騎士団三式隊の少女達を運んだ場所だった。

 まだ本隊の撤退前に到着し、一時は住民達が集まり騒がしかったが、清潔な個室とベット、多くの癒やし手から治癒魔法を受ける事が出来、運ばれた少女達は、まだ油断は出来ぬ者もいるが、殆どが助かった。


 ある少女騎士が入院する病室では、傭兵の男が椅子に座って、少女と談笑していた。


「わたくし、傭兵はもっと野蛮な方ばかりと思ってました」

「ワハハハハ! ……いや間違っては無いですな……オホン! しかし熱は下がったようでありますな。良かった良かった」

「隊長様のおかげですわ。あの時助けて頂き、本当に感謝いたします。この御恩は必ずお返しします」


 見舞いに来た傭兵隊長に、少女はベットの上で、病院の白い寝間着姿の胸に手を当てて微笑んでいる。


「ワハハハハ! そんな! お礼など〜」


 傭兵隊長の中では、女から受けとるお礼とは、金か、()()しか無い。


(でもまだちょっと早いよなぁ。もう少し、あと数年…………はっ!? いかんいかん! もし居たら自分の子供ぐらいの娘に、何考えているんだ俺は!)


 ブンブン! と、頭を振る傭兵隊長に、少女は首を傾げた。


「どうかされましたか?」

「い、いえ! 何も!」


 誤魔化す傭兵隊長の目に、服の間から見える、少女に巻かれた包帯が見えた。

 医者によると、彼女の肩を砕き、貫いた矢傷は綺麗に塞がり、跡も残らないだろうと教えてくれた。

 あの時、惜しまず鹿郡領製の回復薬を使って良かったと、心から思った。



 この世界の包帯には、傷は回復魔法や回復薬で塞がっても、役割が勇者か英雄で無い限り、傷の痛みは身体に残るので、痛みを和らげる薬を染み込ませている。

 その薬は一種の麻痺薬で、触れるとピリッと痺れ、その痺れで痛みを和らげる効果があるのだ。

 なおエルフ族は、この麻痺薬を回復薬など、飲み薬に混ぜたりするが、人間の医者は、飲むと全身の皮膚が、暫くの間少し触れるだけで、()()()()()()()()痺れるので、けして飲んではいけないと注意している。


 

 

「元気そうで安心しました。では、自分はこれで失礼します」


 椅子から立ち上がると、少女は残念そうにした。


「もう、行ってしまうのですか?」

「はい、外にいます。教会は自分の百人隊がお守りしますので、安心してお休み下さい」


 少女はそう聞くと、安心したような表情になった。


「はい、よろしくお願いします」

「お任せ下さい。では!」

「……あの!」

「はい?」

「また……お会いできますか?」


 傭兵隊長は少女に、ニカッと笑う。


「もちろん! 次は土産を持って見舞いにきますよ」


 そう言って部屋を出ると、廊下で部下の一人が、ニタニタとやらしそうに笑って待っていた。


「あの娘、隊長に惚れましたな」


 廊下を歩きながら部下は言ったが、傭兵隊長は冗談と受け取った。


「ワハハハハ! んな訳ないだろ!」


「にっぶ〜!」と、部下は思ったが、何だか腹が立つので、それ以上話さなかった。 


 廊下を曲がると。


「ああん? お前何でここに居るんだ?」


 自分が戻るまで、警備の指揮を任せた部下がいた。


「あー! いたー!」

「おいコラ、病院では静かにしろ」

「そんな事よりも! 外に出てください! 大変なんです!」

「あ? どうした?」


 ーーーーーー


 傭兵隊長が外に出ると、百名ほどの兵士達が教会の前に並んでいた。

 仲間の傭兵達は教会を守るように並び、「あ"ー!?」「おーん!?」「何だオラー!?」「やんのかオラー!?」と、睨みつけているが、兵士達は睨み返すだけで、何もして来ない。


 様子を見ている、顔に包帯を巻いた傭兵に声を掛けた。 


「本隊の連中が文句を言いに来たか?」

「イヤ、本隊に居た連中じゃ無い。どうする?」

「どうするつっても、一応は味方の……げっ!?」 


 兵士の一人が掲げる将旗を見て、声がもれた。


「どうした?」

「こいつら、狂人の部隊だ……」

「こいつらが!?」


 牛郡領軍の中で狂人とは、ある個人を指す。


 その男は、傭兵達の間でも度々話題になり。

 その男が指揮する部隊は、ウイリアム騎士団、四式隊と呼ばれていた。


 彼らは二月前、ドラゴンの爆発攻撃により領主と多くの戦力を失った牛郡領軍が、牛郡領の東部から引き上げた後で、抑えを失い大森林から魔物が溢れ、危険になった東部に入り、孤立した街や村を助けて周り、多くの領民達を救出し続けた部隊だった。


「団長代理、こちらです」

「おう」


 兵士に案内され、背が低くく、ゴブリンのような顔した男が、手に持つ、その背丈の長さと変わらぬ棍棒を肩に担ぎながらやって来た。



「四式〜きおつけ!」


 ザッン!


 号令に、兵士達が姿勢を正す。


「間違いねえ……アイザックだ……」

「あ、あれが……」


 血塗れアイザック。

 狂人アイザック。

 ウイリアム騎士団副団長、アイザック団長代理。


 アイザックは傭兵達を、ギョロリとした目で見る。 


「何だこいつらは」

「北砦で三式隊を救ってくれたそうです。彼らの行動で多くの者が助かったとか」

「ほ〜それは感謝しないとな。所で……」 


 アイザックは、肩に担いだ棍棒を、トントンと軽く肩を叩きながら、周りを見渡す。


「……ローラは何処だ。あの小便ガキを見つけて、俺の前に引きずってでも連れて来い」


 ゾクリッ!!!!


「ぐう!?」


 傭兵隊長の背筋から、冷たい汗が噴き出す。


(何だこれは!? まるで、すぐそこに、ドラゴンが立って居るような!!)


 アイザックの側に居る兵士が、一歩前に出る。


「団長代理! 発言しても宜しいでしょうか!」

「許可する。何だ」

「もれてます! またご近所の犬から吠えられます! 止めて下さい!」

「む?」


 傭兵達から、押し潰されそうになる何かが消え、何人かはカハッ! っと息を吸い、倒れそうになる者も居た。


「何なんだ、ありゃぁ……」


 兵士は続けた。


「それとローラ三式隊隊長ですが……戦死されたそうです」

「何だと?」


 アイザックは、驚いた様子で聞き返した。


 ーーーーーー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ