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鹿郡領軍本陣にて

登場人物紹介。


蟲騎士……〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……


ナナジ……蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無く、この世界の言葉は理解できるが話せないので、蟲騎士が翻訳して会話する。


シズカ……前鹿郡領主の次女。十九歳。性欲が強く、男女問わずの色欲魔。暗闇が苦手で、人と触れて無いと眠れない。二度結婚したが二度目の帝都から、20人の仲間と、蟲騎士を連れて、故郷に帰って来た。


レオン……現鹿郡領主。シズカの義兄。元冒険者。


ルイス……レオンの冒険者時代からの仲間。


テオドール……レオンの冒険者時代からの仲間。


ノスケ……鹿郡領北砦の砦将、レオンの冒険者時代の仲間。


ウルリカ……レオンの冒険者時代からの仲間で、レオンの妻。


クリフ……牛郡領軍の将軍。前牛郡領主の弟。

 三日間の領境警備の為、ヘンリーが率いる部隊三百と、今朝到着した、戦が既に終わってる事に、微妙な顔をした指揮官率いる虎郡領の援軍二百を入れた連合部隊の出発を見送ったあと。

 中央天幕前に置いた領主の椅子に座るレオンと、集まった将と長達の前に、捕虜として引き出された、牛郡領軍のクリフ卿は堂々として言った。


「今回の争いは、魔王軍の攻撃で起きた事である。よって、南部条約に従い、我々に協力して頂きたい、急ぎ牛郡領に戻り、魔王軍に備えねばならぬゆえ」


「「「「……………はあ?」」」」


 西方南部条約、魔王の脅威が迫っていると分かった時、南部領の全諸侯は、例え争っていても戦を止め、協力しなければならない。


「?…………!」


 レオンを始め、ルイスも、テオドールも、ノスケも、この場に居る全員が、捕虜のクリフが言った言葉の意味。


「自分達を、無条件で解放せよ。」


 と、理解するのに、少し時間がかかった。


「ふっ!……ふざけるな!」

「お前達から攻めて来たのだろ!」

「恥知らずめ!」


 昨日の軍議と違い、退屈な、捕虜との戦後交渉になると思っていた鹿郡の将や長達は、激昂し、罵声が飛ぶ。

 その声は大きく、本陣の周りに居る、多くの兵達が振り返った。


「やはり、ここでその首を!」


 ノスケ砦将が、腰にある刀に手をやったが、スカッと空を切る。


「……あれ? 刀? 拙者の刀は? あれ?」


 そこにあるはずの刀は無く、後ろで彼の副官が、高い背に隠していた。



「やめよ!」


 ルイス将軍が、騒ぐ長達と刀を探すノスケを抑え、発言する。


「閣下、そもそもあのドラゴンが、魔王軍とは限りますまい」

「……いや、ここには居らぬようだが、こちらの将が、あのドラゴンは魔王軍の魔物だとはっきりと申していた。レオン卿もその場で聞いていたはずだ」


 二人は、剣を打ち合ってる最中にドラゴンが来襲し、バナンが駆けて来たのだ。


「……私は聞いておらぬ」

「ではもう一度聞けばよかろう。あの東方人の将は何処に」

「任務でここには居らぬ」

「そうか、では呼んで頂こう。それではっきりする」

「今は重要な任務中で、直ぐには無理です」


 クリフは、無理だと言ったルイスに視線を戻し、スキルが無くとも、経験から、その目が嘘を付いていると直ぐに分かった。


「任務とは何だ、隠しているのか、それとも口を封じたか」

「重要な任務です。話す訳にはいきません」


 クリフ卿に、バナン隊将を会わせる訳にはいかない。


 ルイス将軍はこの為に、本来は配下では無いバナンに、戦場跡の片付けを命じたのだ。



「……」


 レオンは二人のやり取りを、表情を変えぬようにして見ている。


 レオンの中で、クリフへの怒りは無かった。


(昨日の宴席で、話してみて分かったが、クリフという人はとても善人な人だ。領民の事を第一と考え、その為なら、平気でその身を盾にする。理想的な貴族の男だ。不幸だったのは、彼が軍人だった事だ。今回の鹿郡領内の行進、いや、侵攻は、ドラゴンの領都襲撃で怯え落ち込む領民達を、軍事で鼓舞するのが狙いだったと……バナン隊将の言った通りだったな。北砦までで引き返す筈が、戦になった切っ掛けは、こちら側の挑発、ノスケさんが原因だった訳だが……)


 鹿郡戦記録には、砦を包囲したロジャー領主の強襲に、ノスケ砦将と北砦の兵達は、勇敢に立ち向かった。


 ――と、戦記録への改変は既に命じている。


 歴史は、勝利者に書く権利があるのだ。


(クリフ卿は、自分の名声を失っても、苦しんでいる牛郡領の領民達の為に、莫大な賠償金と身代金を払うのを阻止したいのだろう。だがこちらも引く訳にはいかない)


 命令一つで戦ってくれた、兵と領民と、戦死者達の為に、牛郡領から賠償金を出してもらわなければならない。


(戦なんてするもんじゃ無い。か……ヴォルケ様の言った通りだったな)


 領民を助ける筈が、逆に苦しめてしまう。


「ドラゴンは魔王軍では無い!」

「魔王軍のドラゴンである!」

「違う!」

「あの東方人を連れて来い!」

「だから今は無理と!」


 ルイスとクリフの、もはや交渉ではなく、言い合いが続く。


 鹿郡領にとって、あのドラゴンは、野良の魔物である事にしなければならなくなり。

 ルイスは、後でバナンの元に、口裏を合わせる為に人を送っておこうと考えていると。


 兵が近付いて来た。


「失礼します。急ぎ報告する事ありと、領都から調査隊が到着しました」

「っ! すぐここに通せ!」


 そこへ調査隊員が、二人のシズカ姫の配下、アーダムとブラッツを連れ、領館暗殺未遂事件の調査結果。シズカを狙った暗殺者の雇い主が、シズカの前夫、牛郡領領主代理ロジャーである事を示す、多くの証拠を持って到着した。


 目の前に、多くの証拠を並べられ、クリフの表情は曇る。

 字の癖に見覚えのある、直筆の暗殺命令書、彼しか持たない印が決定的だった。


「閣下はこの事はご存知かな?」

「ロジャーが暗殺を命じ…………こんな事を……こんな事は……」


「南部条約違反ではないか!!」

「南部の男がする事か!!」

「恥知らずめ!!」


 罵声が飛んだ。


 暗殺は、南部条約違反であり、武勇を重んじる南部で、最も下策とされていた。


「あの馬鹿者……何と、言う事を……」


 クリフの脳裏に、出陣前から妙に機嫌が良く、前妻の話をして笑みを浮かべる、ロジャーの顔が浮かんだ。


 ドラゴンに踏み潰され、肉片になった甥の悪手に、クリフは青い顔になって黙ってしまい、休憩とレオンは宣言した。




「あれがシズカ様の……」


 テオドールは、シズカの配下、連れて行かれるクリフを、「誰だろう?」「牛郡領の将軍じゃ無いかな?」と、話す二人組を見て少し考え、レオンに耳打ちする。


「閣下、策がございます」


 ーーーーーー


 中央天幕の中で、粗末な椅子の上で頭を抱えていた夫を、中に運ばれた、領主の椅子に座らせたウルリカは聞いた。


「テオの計画が気にいらないのかい?」


 レオンは肯く。


「正直に言えば、だが軍がもう動かせぬ今、賠償金を取るにはこれしか無い。……と、思う。シズカ姫とあの魔物に、我々は関わらず、牛郡領に金をよこせと、まるでレイダーのように脅せなどと……姫は私を恨むだろうね」


 ーーーーーー


 一方その頃。


 北の領境へと向かう、蟲騎士の頭上に居るシズカ達は。


「さあ! お金をたっぷりと頂くわよー!」

「ヒャッハー! サカラウヤツハショウドクダー!」


「シズカ様! 危険でございます! ちゃんと掴まってくださいませ!」

『本当に脅すだけなのだろうか……』


 結構ノリノリでした。 


 ーーーーーー


 鹿郡領軍本陣の背後にある村、牢代わりの宿の一室。


 床には、望めば出される、中が空になった酒の瓶が数本転がり、気力無くうつむいて、椅子に座るクリフに、同室を許された騎士が声をかける。


「クリフ様」

「ああ」


 呼び声に、クリフは気力無く反応し、目には光が無い。

 交渉から数時間で、急に老けたようにも見える。


「これから、どうなるでしょうか」

「……おそらく軍が動かせぬレオン卿は、あの魔物を使い、牛郡領に直接脅しをかけて来るだろう。魔物が勝手にしたと言ってな」


 気力は落ちていても、クリフはスラスラと、テオドールの策を言い当てた。


「昨日の宴席で話してみて分かったが、レオンという男はとても善人な男だ。領民の事を第一にと考え、その為なら、悪事にも手を染める。理想的な領主だが、不幸なのは彼の前任がヴォルケだった事だ。あの男の後は、何事もやりづらい事だろう」

「ク、クリフ様……」

「なんだ」


 騎士は聞き直した。


「あ、あの魔物が攻め込むのなら、牛郡領は、残りの者達で……守れるでしょうか」


 事態は深刻だった。


「……今の牛郡領に、あの巨大な魔物に対抗出来る戦力は無い。……優秀な人材の殆どは、ドラゴンに踏み潰され、吹き飛んだ。あとは弟のロメロと、ウイリアムの元に居た……」


 突如、目に光が戻った。


「……いや、まだいる。まだ、……あの男が」


 ーーーーーー

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