東から来た男
登場人物紹介
蟲騎士
〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……
ナナジ
蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無くこの世界の言葉は理解できるが話せないので蟲騎士が彼女の言葉を翻訳して会話する。
バナン……元東方軍の騎士。帝国東要塞の生き残り。鹿郡領の中で岩の砦騎士団を作り隊将に任命される。
ノスケ……鹿郡領北砦の砦将、レオンの冒険者時代の仲間。
ナナジは、日が高くなっても、まだホワ〜ンと、していた。
岩の砦騎士団の野営の真ん中で正座している蟲騎士の頭の上で、日の光が目に入るので、横向きになって寝転んで、時折「うへへへ」と、気持ち悪い声を上げ、蛇のように長く伸ばした、自分の身体を抱えて、ゴロゴロと転がる。
『何をやっているんだ?』
蟲騎士は見かねて、ナナジの口を使って聞くが。
「何でも無いよ〜……えへへへ……」
『この反応、《魅了》の魔術でも掛かったか?』
こうなった原因は、竜騎士との戦闘で受けた傷では無く、シズカから受けた、あの“お礼”が原因だった。
『しっかりしてくれ』
ナナジの頭を、指でツンツンとつつく。
「ん〜何でもないったら〜」
彼女はハエを払うかのように、手をパタパタ振る。
「お〜い蟲騎士殿〜今いいかい?」
『バナン君?』
声がした下を見れば、バナンとハチが見上げていた。
「ナナジちゃんの調子が悪そうだけど、大丈夫かい?」
バナンが、竜騎士との戦闘で、傷は消えているが重傷を受けたナナジを心配する。
彼は昔、矢傷が元で、身体の自由を失った、優秀だった騎士を見た事があった。
『全く問題無い』
「イヒヒヒヒ!」
変な声を上げながら、魔物と繋がる腰をめちゃくちゃに伸ばして転がり、身体が絡まっていた。
「とてもそうは見えねえな……」
「こんな時にすまないけど、ちょっと頼みたい事があるんだ」
バナンは蟲騎士に、ある仕事を頼んだ。
ーーーーーー
『立つぞ、周りの人間は気を付けろ』
「へ?」
立ち上がる蟲騎士に、頭上のナナジは驚き、伸ばしていた身体を慌てて縮める。
「え? 何? 何処いくんだ?」
『話しを聞いてなかったのか? あの埋まっている機械甲冑を引っ張り上げる』
「機械甲冑? あ〜そっか」
ナナジは、まるで自分とは反対の、地面から下半身が生える黒い機械甲冑を一度みてから振り返り、天幕から出てきたシズカに、こちらに指先を向けたバナンが何か話している。
巨大な魔物が動きだしたので、戦場跡の、各野営で作業をしていた者達は手を止め、捕虜達は立ち上がる。
機械甲冑が埋まる周りには、整備師達と、まだ蟲騎士に慣れない北砦の兵士達に、傭兵隊にいた冒険者達が集まっていた。
「おお〜い! おお〜い!」
整備師の一人が、七番機を囲んでいた足場を外して積み上げたその上で、蟲騎士に向けて大声で呼んでいる。
そこまで声を大きくしなくても、蟲騎士とナナジには聞こえるのだが、整備師の声を良く聞こうとするかのように、片膝を付き、頭部を近付ける。
『どうすれば良い? 掴み上げれば良いのか?』
「はい! ですが作業前に確認です! この地下通路の長さと横幅は判明しているのですが! 高さが、いえ、深さが判明していません! 足下に注意して、七番機を引っ張り上げて下さい!」
整備師は、地面に、石材の天井に沿って布を巻いて刺してある、杭の列を指差しながら説明した。
『なるほど、承知した』
「やめろー!」
『むう?』
「うん?」
突然声が上がり、蟲騎士とナナジは、顔と目を向ける。ナナジの目に〈探検家〉と役割が付いた、冒険者が居た。
「ばばば馬鹿! よせ!」
「こっち見てる! まてって!」
冒険者は蟲騎士に駆寄ろうとして、仲間達から押さえつけられた。
「機械甲冑を持ち上げたら貴重な遺跡が崩れる! やめるんだー!」
「今の俺達は傭兵だ! 口を出すな馬鹿!」
「あ〜〜! 離せ〜! 遺跡が〜! や〜め〜ろ〜!」
探検家は、仲間達に引きずられて行った。
「えっと……あ、ゴホン! では作業を開始します! 全員ロープを張った位置まで離れてくださ〜い!」
整備師は気を取り直して、全員に下がるように合図を送る。
蟲騎士は立ち上がり、人間達が安全な距離まで離れるのを待つ。
「良し、良し、よ〜し! お願いしま〜す!」
全員が離れた事を、指差し確認した整備師の声を聞いて。
『ゆくぞ』
「よいしょ〜!」
二十メートルは背がある魔物が、杭の列を跨ぎ、五メートルの機械甲冑の両足を掴み、まるで大人が子供を逆さに持ち上げるかのように引っ張り上げ、軽々と持ち上がった。
頭部が潰れた七番機を持ち上げると、それまで保っていた石材が、ガラガラと音を立てて、全て崩れ落ちた。
「蟲騎士様〜! こちらまでお願いしま〜す!」
先程の整備師が、少し離れた場所にある巨大な荷台、機械甲冑専用の輸送馬車から呼んでいた。
『承知した』
七番機を持ち直して、パラパラと、小石と小さな部品を落としながら、ズシン、ズシンと歩くその横を、冒険者達が、まだ土煙が上がる、瓦礫で埋まった地下通路を覗き込んだ。
通路の深さは六メートル程で、その半分は崩れた瓦礫で埋まり、柱の列だけが突き出ている。
「やっぱり崩れた……貴重な遺跡が……」
「残ってる部分でも調べる事は沢山ある。それにこの辺りを掘り返せば無事な遺跡がまだあるだろう」
「おい、見ろ。おそらく天井を支えていたあの柱の模様。古代南方人の遺跡にある物と良く似て――」
「あんたらまだあぶねえぞ! もう少し離れてろ!」
「うるせえええ! この事は冒険者ギルドに報告させてもらうからなあああ!」
「な、何で泣いてるんだ?」
冒険者のその様子に、北砦の兵士は困惑する。
「そっとしといてやってくれ。こいつ、遺跡大好き子なんだ」
「お、おう」
「うわああああああん!」
後方の騒ぎに、蟲騎士は運びながら、ナナジの口を使って呟く。
『変わった人間がいるんだな』
「知り合いに、もっと変わった奴が居るけどね」
『ほう、そんな知り合いが居たのか』
「あ、自覚無いのか」
『?』
相当変わっている魔物が向かう輸送車の上で、七番機担当整備師達が、運ばれる機械甲冑の、損傷の様子を見ていた。
「頭部の呼吸機関が完全に潰れているが、他は骨も折れて無いようだし想像してたよりも損傷が少ないな。高い所から落ちたんだろ?」
「機体が軽かったからか? いや、もしかしてクルトさん、あの状況で転倒時衝撃分散操術をとったのか?」
「なあ、あの壊れた動く鎧て直るのか?」
整備師達に北砦の兵士が話しかけてきた。
「ああ、あれなら潰れた頭部交換して呼吸させれば、自力で立ち上がれるぞ」
「へ〜凄いもんだ、うちにも欲しいな」
機械甲冑が真上まで来た。
「ゆっくり! ゆっくりと降ろして下さい!」
ナナジは蟲騎士の目から見えた、機械甲冑の持ち方が、うっかり落としそうで怖かった。
「何か落っことしそうだよ。ちゃんと持って」
『問題無い。もう済む』
蟲騎士は言われた通り、ゆっくりと、七番機を慎重に降ろそうとした時だった。
「おお! 戦時に、砦からは見てはいたが! これがシズカ様の魔物か! まるで我が故郷に絵巻で伝わる、鬼を喰らう虫の神、神蟲様のような姿でござるな!」
突然の声に、蟲騎士がピクリと反応し、声のした方へと顔を向ける。
釣られて、他の者達も向ける。
視線が集まる先に、武者鎧姿の男が、腕を組んで立ち、ナナジの目には〈侍〉と、役割が見えた。
……
その国は、東方領から海を挟んだ、東の島にあった。
国を作ったのは、異世界から転生してきた、勇者ガマクラ。
彼は、魔王を倒したあと、海を渡り、一つの大きな島に自分の国を建国した。
いつか、この世界に来るであろう、自分が出会うことは無い同志達の為にと、勇者ガマクラは、ニホンと国名を付けた。
……
男は、ニホン国から来たサムライだった。
兜と面頬を外しており、東方人のような黒髪を括り上げ、目が小さくて鼻が低い、平たい顔が見えている。
「あ、ノスケ様だ」
北砦の兵士が、自分達の砦将の名を言った。
「うむ! 今戻ったでござる!」
部下に向けて、ビッシッ! と手をあげる。
機械甲冑を持って止まったまま、ノスケを見ている蟲騎士が言った。
『かつてニホン国で』
「うむ!」
『人間達から、その名で呼ばれていた頃がある』
「うむ?」
ガクン!
掴んでいた機械甲冑がずれ落ち、バランスを崩した。
『おっと』
慌てて掴み直そうとしたが運悪く、ツルンと手を滑らせる。
『あ』「ア」「あ」「うむ!」
「うわああああああ!?」
「あぶねええええええ!」
整備師達が間一髪で飛び降りた輸送車の上に、機械甲冑を、ガシャーン! と落っことした。
二番機と八番機を見ていた整備長が飛んできて、部下達から事情を聞き。
「作業中の魔物にいらん声をかけた奴は誰だ!」
「拙者だ!」
ゴツーン! とノスケの平たい顔面に、整備長のげんこつがめり込む。
「うむ〜〜! ――ぐて」
「御大将ー!」
伸びたノスケ砦将を、北砦の兵士達が、砦に運んで行った。
「お〜い! ナナジちゃ〜ん! シズカ様が作業が終わったらすぐに戻るようにって……うわ、どしたのこれ! ……また壊したの?」
蟲騎士を呼びに来たバナンが、潰れた輸送車を見てどん引きしている。
『今回は我々のせいではない』
「ワタシカンケイナイ!」
ナナジがハエを払うかのように、手を激しく振って何か言っているが、バナンには彼女の言葉が分からなかった。




